第2章 175 皆の為に
「私はこの国の次期王妃になるのよ? 何処へ入ろうが私の自由だと思うけど?」
カチュアに自分が聖地に入ろうとした理由など、口が裂けても言いたくはなかった。
「ふ〜ん……初めて会ったときは大人しそうに思っていたけど、どうして中々気の強いところがあるじゃない?」
「それはお互い様よ。貴女のその今の態度を見れば、『聖なる巫女』と崇めている人々がどう思うかしら?」
「……何? 私を脅迫するつもり?」
「いえ、私はただ思ったことを述べただけよ」
するとカチュアは少しの間、私をじっと見つめていたが……やがて勝ち誇ったように笑った。
「アハハハハハハ……ッ! 本当におかしな人ね? 明日の勝負で貴女の様子を見に来た甲斐があったわ。私に対してこんな愚かな行動を取るとは思わなかったもの」
「愚かな行動?」
「ええ、そうよ。フフフ……明日の勝負が今からとても楽しみだわ。せいぜい今のうちに強がっていなさい。……言っておくけど、逃げようなんて思わないことね」
「もちろん、逃げようなんて考えていないわ」
仮に私が逃げたりしようものなら、私に味方してくれるリーシャ達がどうなるか分かったものではない。皆を守る為にも、私は逃げるわけにはいかない。
「そう、分かったわ。それじゃせいぜい足掻くことね。今回の勝負は私の勝ちで間違いないのだから。お邪魔したわね」
カチュアは言いたいことだけ告げると、席を立って部屋を出ていってしまった。
――パタン
扉が閉じられ、私はため息をついた。今の態度で確定した。
やはり、黄金の果実を盗み出したのは宰相達だ。
「でも……一体どうやって? それにアルベルトの姿も見当たらないということは……まさか、黄金の果実と共に……何者かに……?」
そんなバカな。
アルベルトはまだ戴冠式を済ませてはいないが、この国の国王。その国王に手を出すなど愚かなことをするだろうか?
彼に何かあったなんて考えたくはなかった。けれども、今の私にはじっとしている余裕がない。
「何としても聖地に入って『黄金の果実』をもう一度手に入れなければ……私は終わりだわ」
恐らく宰相のことだ。私が黄金の果実を持って現れなければ難癖をつけて、最悪投獄されてしまう可能性だってある。
何しろ私とアルベルトはまだ婚姻していない。そして私は敗戦国の人質のようなものなのだ。
「駄目よ。私は何としても……生き残らなければならないのだから」
もうカチュアをこの国の王妃になどさせられない。あんな女が王妃になったときのことを考えると恐ろしくなってくる。
「何か良い錬金術は無いかしら……」
私は部屋の内鍵をしっかりかけると、祖母の日記帳の頁をめくった――




