第1章 28 傷病者の町『クリーク』 5
「リーシャ、もう出てきてもいいわよ」
リーシャの乗る馬車に戻ると、外から声を掛けた。
「あ…クラウディア様…」
すると馬車の扉が開き、リーシャが恐る恐る降りてきた。
「大丈夫?リーシャ」
リーシャの身体は酷く震えている。
「よ、良かった…クラウディア様…っ!」
リーシャは涙を浮かべると突然抱きついてきた。
「ど、どうしたの?リーシャ」
するとリーシャは私に抱きついたまま涙混じりに言った。
「だ、だって…クラウディア様のことが心配でたまらなくて…で、でも絶対に馬車から出てこないように言われていたから様子を見ることも出来なくて、不安でたまらなくて…でも良かった…!クラウディア様が無事で…!」
「リーシャ…」
何てリーシャは良い娘なのだろう。こんなにも私のことを心配してくれるなんて…。
「大丈夫よ、リーシャ。だって私達には心強い仲間がいるでしょう?」
「仲間…。スヴェンさんのことですか?」
リーシャは涙に濡れた瞳で私を見る。
「ええ、そうよ?だから大丈夫よ」
『エデル』に辿り着いた段階で、私たちはスヴェンとお別れすることになるけれども、少なくともあの国に辿り着くまでは彼が一緒なのだ。
「そうですよね…スヴェンさんが一緒ですから大丈夫ですよね?」
「勿論よ。だから…ね?リーシャは何も心配する必要は無いわよ?」
「はい…分かりました!」
元気よく頷くリーシャ。
「それじゃ、早速手伝ってくれる?」
「はい。クラウディア様のお願いならどんなことでも聞きます。それで?私はなにをすればいいのですか?」
「それはね…。2台目の馬車の荷物を台車に乗せて野戦病院に運ぶことよ?」
私はにっこり微笑んだ―。
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「え…?」
荷馬車に戻った私は驚きのあまり、目を見開いた。
積んである荷物が松明を手にしたユダの指示の元、『エデル』の使者たちによって台車に積み込まれていたからである。
「おい!その箱の中には何が入っているか分からないから慎重に積むんだ!」
ユダは仲間たちに命令を下している。
「ああ!分かった!」
「次はこれを運べばいいな?」
あれほど私に反抗的な態度を取っていた『エデル』の使者たちは私の持ってきた荷物を丁寧に運んで台車に積んでいく。
「クラウディア様、一体これは…?」
リーシャが唖然とした様子で問いかけてきた。
「さ、さぁ…私にもさっぱり…」
すると、ユダが私が戻ってきたことに気付いたのか声を掛けてきた。
「クラウディア様、2台目の荷馬車の荷物は全て野戦病院に運べば良いのですか?」
「え、ええ…。で、でもユダ…どうして…?」
貴方は私の手助けをしているの―?
そこから先は言葉に出来なかった。
けれど、ユダは私が何を言いたいのか理解したのだろうか?彼は私の目をじっと見つめ、今ままでに無い穏やかな口調で私に言った。
「かつてはこの町の兵士たちは…俺たちの敵でした。しかし、戦争は終わり…この町は『エデル』の領地となりました。もう、この町の住民たちは俺たちの仲間も同然です。仲間を助けるのは当然でしょう?」
「ユダ…。ありがとう…」
「…」
ユダは少しの間、私を見つめていたけれどもフイと視線をそらした。
「勘違いしないで下さい。別に俺たちは貴女の為に手伝っているわけじゃない。怪我人や病人を放っておくわけにはいかないので手を貸しているだけですから」
「ええ、それ位分かっているわ。それでも…やっぱりお礼を言わせて?ありがとう。ユダ」
「…俺たちは荷物を運ぶので早く野戦病院に行ってください。恐らく貴女のことだ。他にも何か考えがあるのでしょう?」
ユダは視線を合わせることなく口にした。
「あ、そうだったわ!リーシャ、早く野戦病院に行きましょう?」
背後にいるリーシャを振り返った。
「はい!クラウディア様っ!」
そして私たちは多くの怪我人や病人が運び込まれている野戦病院に向かった―。