第1章 27 傷病者の町『クリーク』 4
「それでは…その御方は本当に王女さまなのですな?」
町長さんがこちらを見た。
「はい、そうです。わたしは戦争犯罪を犯した『レノスト』王国の生き残りの王女である『クラウディア・シューマッハ』です」
私は敢えて「戦争犯罪」「生き残り」と言う単語を交えて自己紹介した。
「そうでしたか…本当に王女様だったのですな…?」
町長さんの背後では人々がざわめいていた。
「まさか本物の王女だったとは…」
「嘘か冗談かと思ったよ」
「どう見ても王女には見えないぞ?」
「当然だろう?あんな格好してるんだから」
皆が驚くのは無理も無いことだった。
何しろ今の私は若草色の麻のロングワンピースにエプロンドレス姿なのだ。これでは侍女どころかメイドにすら見えないかも知れない。
『アムル』の村からこの姿で馬車に乗り込む際、流石に全員が驚いた目で私を見た。リーシャなどは無理やり着替えをさせようとした程だが…私は頑なに着替えを拒んだ。
何故なら、この姿で『クリーク』の町に降り立つ必要が私にはあったからだ。
そこで私は集まっていた人々に近づくと町長さんに話しかけた。
「貴方がこの町の町長さんですよね?」
「ええ、そうです。私は町長のポルトと申します。それで?今頃この町に何の用ですか?いくら医療用の備品や薬をお願いしても一向に返事も頂けず、梨の礫だったではないですか」
町長さんは嫌味を含ませて私を睨みつけてきた。
「何だと…?」
スヴェンが背後で殺気に満ちた声をあげる。
「スヴェン。お願い」
小声でスヴェンに訴える。
「…分かった…」
私は一度深呼吸すると頭を下げた。
「町長さん…皆さん。本当に申し訳ございません。遅くなってしまいましたが、清潔なシーツや上掛け、タオル、それに包帯や薬といった医療品を用意させて頂きました。あちらの馬車に積んでありますので今、持って参りますね?」
「え…?」
私の言葉に町長さんの目が見開かれる。
背後にいた人々も再びざわめき始めた。
「おい、聞いたか?シーツだってよ」
「包帯…不足していたよな?」
「薬も必要だったんだよ…」
「私が運びますので、皆さんはあちらの病院でお待ち下さい。それで町長さん。荷物を運びたいので、もし台車があればお借りしたいのですが」
「あ、ああ…台車ならあの小屋の中に入っておりますが」
町長さんが指さした先には小さな小屋が建っていた。
「ではお借りしますね。ではどうぞ皆様は病院の中でお待ち下さい」
私の言葉に、集まってきた人々はゾロゾロと野戦病院へ戻って行った。
「…」
しかし町長さんだけはその場にとどまり、何故かじっと私を見つめている。
「あの…?」
戸惑っていると町長さんが声を掛けてきた。
「…本当に王女様に荷物を運んでいただいて宜しいのですか?」
「ええ、勿論です。こちらには怪我や病気の方々が大勢いらっしゃいますから」
「そうですか。では宜しくお願いします」
「ええ。お任せ下さい」
町長さんは頭を下げると病院へ歩いて行った。
「さて、それじゃ台車を借りてくるわね」
それまで私と『クリーク』の町の人達とのやり取りを黙って見ていたスヴェン達を振り返り、声を掛けた。
「台車なら俺が借りてくるよ。荷物も積み込んでおいてやるから。それよりも姫さんは馬車にいるリーシャを呼んできたほうがいいんじゃないか?」
「スヴェン…ありがとう。それじゃリーシャを呼んでくるわ」
「ああ、そうするといい」
スヴェンに言われてリーシャを呼びに行く時に、こちらをじっと見ているユダと目があった。
そうだ、ユダにもお礼を言っておかなければ。
「ユダ」
「…何でしょう」
相変わらず無愛想に返事をするユダ。
「さっきはありがとう。貴方のお陰で助かったわ」
「え…?何故礼を…?」
ユダは意外そうな顔で私を見つめた。
「貴方が町の人達に私が王女だと訴えてくれたことよ」
「ああ…そのことですか。別に大したことではありませんよ」
「それでも助かったわ。ありがとう」
「…」
私を見つめるユダをその場に残し、リーシャが待つ馬車へと向った。
これからが本番。
何としても『クリーク』の町の人々の心を掴まなくては―。