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第2章 153 見下す者

「このクソガキ‼ とんでもねぇ奴だな! 早く盗んだ物を返せ!」


 大の男がまだ年端もいかない貧しい身なりの子供の襟首を捕まえて怒鳴りつけていた。

 周囲にいる人々は遠巻きに見ているだけで、誰も助けようとしない。


「あの子は……」


 口の中で小さく呟く。まだ5歳位の男の子の姿が我が子、倫の子供時代の姿と重なる。


「あぁ。また盗みを働いた子供か」


 ハインリヒの漏らした言葉と同時に私は駆け出していた。


「え⁉ 何処へ行くのですか! クラウディア様!」

「お待ちください!」


 リーシャとユダの驚く声が聞こえて来るが、構わず私は二人に駆け寄った。


「待ってください! こんな小さな子供に酷いことをしないで下さい!」


 私は男の腕にしがみついた。


「何だお前は! このガキの知り合いか⁉」


 男は子供の襟首を離すと睨みつけ、今度は私の腕を掴んできた。そこへユダ達が駆け寄って来る。


「やめろ! 貴様! その手を離せ!」


 ユダが剣を抜きそうになったところを私は止めた。


「だめよ! ユダ! ハインリヒも手を出さないで!」


 ハインリヒはその言葉に剣から手を離す。


「あぁ~ん? 何だ? 貴様らは」


 男は私の腕を離した。彼はユダとハインリヒに睨まれながらも、怯む様子をみせない。かなり大柄な男は腕に自信でもあるのだろうか?


「まだこんなに小さな子供に乱暴な振舞をしないで下さい。あんなに怯えて泣いているではありませんか」


 男の子は怖くて逃げることも出来ないのか、顔を真っ赤にしながらボロボロと泣いている。


「うるせぇ! このガキはなぁ、露店から売り物を盗んだんだよ!」


 見ると、男の子のズボンのポケットからオレンジ色の果実が見える。


「ち、違うよ……お、お金……置いたよぅ……」


 グズグズ泣きながらも男の子は首を振る。


「何言ってんだ!あんな銅貨1枚でそれが買えるはず無いだろうが!」


 大男は男の子を指さした。

 

「だ、だって……それしかお金が無かったから…‥」


 泣きながら男の子は震えている。


「なら、足りない分は私がお支払いします。おいくらですか?」


 すると男は値踏みする様に私を上から下までジロジロ見るとニヤリと笑った。


「この果実はなぁ……こう見えても一級品であまり市場に出回らないんだよ。これは銀貨10枚だ。だが、お前のような貧乏人には買えるはずないだろうな?」


 男は私の貧しい身なりを明らかに馬鹿にしている。その言葉にユダとハインリヒが素早く反応する。


「何だと貴様!」

「ふざけるな!」


「落ち着いて! 二人とも!」


 二人が同時に声を上げるのを私は再び止めた。揉め事を大きくはしたくなかったからだ。

 きっと、この手の男には何を言っても話は通じないだろう。ここはおとなしくお金を渡した方が良さそうだ。


「分かりました。お支払い致します」


 ポケットから麻袋を取り出すと、男に渡した。あの麻袋には丁度銀貨10枚が入っている。


「中を見せてもらうぜ」


 男は紐を解き、袋の中を確認した。


「……丁度あるな。それじゃ品物は売ってやるよ。じゃあな」


 それだけ告げると男は背を向けて去って行った。


「何故あの男のいいようにお金を支払ったのですか⁉」


「そうです! ユダの言う通りです! 何故我々を止めたのですか!」


 男の姿が見えなくなると、早速ユダとハインリヒが詰め寄って来た。リーシャは余程怖かったのか、震えながら黙って私を見つめている。


「揉め事を大きくしたくなかったからよ。それよりも大丈夫だった?」


 私は未だに震えている幼い男の子の前にしゃがむと尋ねた。


「う、うん……お母さんが……食べたがってたから……」


 男の子は真っ赤に泣きはらした目で頷く。


「そう? お母さんに食べさせてあげたくてオレンジを買ったのね? 偉いのね」


 頭をそっと撫でてあげると、ようやく男の子は少しだけ笑った。


「お母さん……病気なんだ。だから僕、これを食べさせてあげたかったの」


「まぁ……お母さん病気だったのね? もし良かったらお母さんのお見舞いをさせて貰えるかしら?」


 私は目の前にいる小さな男の子をどうしても放っておくことが出来なかった――


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