第2章 152 貧民街
ユダを先頭にリーシャと並んで歩いていると、背後からハインリヒが声を掛けてきた。
「クラウディア様、本当に『貧民街』に行かれるつもりですか?」
「ええ、そうよ。だって彼らは皆戦争被害者なのでしょう?元はと言えば、私の祖国がこの国に宣戦布告したせいで戦争が起こってしまったのよ?責任の所在は私にもあるわ。そこに住む人々がどんな生活をしているのか知っておきたいのよ」
それに……もし力になれるのなら、なってあげたい。
するとユダが立ち止まり、振り返った。
「何を仰るのですか?別にクラウディア様が戦争を始めたわけではないではありませんか?俺は一切責任は無いとおもいます」
「いや、確かにクラウディア様の言うことも尤もです。貧民街に住む者達は『レノスト国』の王族というだけで、敵とみなすでしょう。何しろ彼らは戦争の被害者なのですから」
ハインリヒの言葉にユダが反応した。
「ハインリヒ殿! 仮にもクラウディア様の護衛騎士でありながら何てことを言うのです⁉」
「そうですよ! 酷いじゃありませんか!」
リーシャもハインリヒを睨みつける。
「だが、本当のことだ。二人だって分かっているのでないか?」
すると、リーシャとユダは口を閉ざしてしまった。
「ええ、そうよ。敵国の王族というだけで、きっと彼らは私を良くは思わないでしょうね」
「その通りです。ですから貧民街に着いても絶対にクラウディア様はご自分の身元を明かさないほうが良いでしょう」
ハインリヒが真剣な表情で語る。
「分かったわ……。私が『レノスト』王国の姫だということは伏せておくわ」
何より、私の身元が人々に知られればリーシャ達に迷惑を掛けてしまうことになるだろう。
「ええ、それが一番です、では行きましょう」
ユダが促し、私達は再び貧民街へ向かう為に歩き始めた――
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ユダが連れてきた場所は、その名の通り本当に路地裏にあった。大通りに所狭しに立ち並ぶ店や建物の間の細い路地を抜けると景色が一点する。
先程の通りは道も石畳で綺麗に舗装されているのに、路地裏は土埃が舞うような空気の悪い場所だった。それに日当たりも良くなかった。人々は皆薄汚れた麻布の服を着ており、住居はまるでバラック小屋のような有様だった。
私達の姿に気付いた住民たちの何人かは訝しげな様子でこちらを見ている。
「これは……」
その光景を目にし、思わず私は眉をしかめた。
信じられなかった。『エデル』は大国で戦争に勝利した国。多くの貴族が住み、王都は賑やかで『レノスト』国より遥かに裕福な国だと思っていたのに……。
「アルベルト様は……このことを御存知なのかしら……」
ポツリと呟く私の声が聞こえたのか、ハインリヒが首を振った。
「さぁ……そこまでは分かりかねますが……」
するとそこへユダが声を掛けてきた。
「クラウディア様。もう気が済んだでしょう?先程の露店主の話でお分かりでしょうが、ここは治安が悪いです。そろそろ戻りましょう」
「え?何を言ってるの?まだ来たばかりなのに」
「ですが……」
ユダが困惑の表情を浮かべたその時。
「ウワアアアアーン!」
何処からか、子供の泣き声が聞こえてきた――




