第1章 25 傷病者の町『クリーク』 2
馬車を降りないほうがいい。
私の言葉が余程驚いたのだろうか?リーシャが目を見開いた。
「何を仰っているのですか?それって…馬車から降りたら危険と言っているようなものじゃないですかっ!駄目ですよっ!クラウディア様がお1人で馬車から降りるなんて…!だったら降りる時は私も一緒ですっ!」
リーシャは私の右手を両手で握りしめてきた。
…そう。
リーシャはとても責任感が強い娘だった。自分の身の危険も顧みず、私を助けようとする…そして私はそんな彼女に甘えきっていた。
けれど、もう私は違う。
自分の娘と年齢も然程変わらないリーシャを危険な目に遭わせたくない。
「聞いて、リーシャ。私は戦争犯罪を犯した王族の1人なの。だから責任を負わなければならないのよ」
リーシャの髪を撫でながら言い聞かせる。
「で、ですが…クラウディア様。私は貴女の専属メイドなのです。クラウディア様をお守りするのが私の役目です」
リーシャは声を震わせている。
「いいえ、それは違うわ。専属メイドを守るのが…主人としての私の務めなのよ」
「クラウディア様…」
その時、馬車がガタンと音を立てて停まった。
「…停まったわ」
私はじっとリーシャの顔を見た。
「ク、クラウディア様…」
リーシャが私の袖を掴んで離さない。
「いい?リーシャ。事が収まるまでは…絶対に馬車から降りないで。お願いよ」
「で、ですが…!」
その時―。
「クラウディア様。今夜はこの町で宿泊致しましょう」
不意に馬車の外から声を掛けられて、扉が開かれた。
扉を開いたのは…。
「分かったわ、ユダ」
目の前に立っていた人物はユダだった。
「…1人で降りられますか?」
ユダが私に尋ねてきた。
「え?ええ。勿論よ」
そしてリーシャを振り向いた。
「いい?リーシャ。まだ馬車から降りては駄目よ?」
「は、はい…」
私の決意を知ったのか、リーシャは頷いた。
「では降りて下さい。ここは『クリーク』と言う町です。クラウディア様ならここがどのような場所なのかお分かりになりますよね?」
ユダは私に問いかけてきた。
「ええ知ってるわ。この町は『レノスト』国の領地でしょう?」
「その通りです。町民達には事前に今日はこの町に宿泊させてもらうことは伝えてありますので」
ユダは無表情で状況を説明した。
「そう、分かったわ。なら…私からも挨拶しないとね」
笑顔でユダを見ると、私は手摺を握りしめてゆっくり馬車から降りた。
「…」
馬車を降りると、日は大分落ち…辺りはすっかり薄暗くになっていた。
目の前には大きな厩舎のような建物が建っており、存在感を放っている。
建物の前には10人以上の人々が集まり、鋭い視線でこちらを見ている。彼等の内半分近くは怪我をしているのか、身体のあちこちに包帯が巻かれている。
そしてその人々の中心に、松明を手にした白髪頭に白ひげの老人が立っていた。
「あの老人が、この町の町長です」
「ええ、そのようね」
ユダの言葉に頷く。
言われなくても分かっている。
回帰前…私はあの町長に会っているのだから。
彼等が私を見る目は…憎悪に満ちていた。
挨拶をする為に一歩前に進み出た時…。
「姫様ーっ!」
背後でスヴェンの声が聞こえ、駆け寄ってきた。
「スヴェン…どうしたの?」
スヴェンは返事もせずに、私の前に立った。
まるで…今対峙している町の人達から私を守るかのように。
「おいっ!貴様!何を勝手なことをしている?!」
ユダが声を掛けるもスヴェンは返事をしない。
そしてスヴェンは町民達に向って叫んだ。
「いいかっ!どういうつもりかは知らないが…姫様に指1本でも触れようものなら、この俺が容赦しないからなっ!」
スヴェンの言葉に、その場にいた全員がざわめいた―。