第2章 126 出発前の牽制
騎士と供に法衣を身に纏ったカチュアが白馬に乗って登場した時、感嘆のため息と拍手が沸き起こった。
「流石は『聖なる巫女』だ」
「神々しいお姿でいらっしゃる」
「やはりオーラが違いますな」
神官達は次々にカチュアを見て褒め称えている。そんな様子をハインリヒは歯ぎしりしながら呟いた。
「何がオーラだ。法衣を身に着けてそれらしく見せかけているだけではないか……」
その言葉は隣に立つ私の耳にも入り、思わず苦笑してしまった。
聖女の降臨と言われているカチュアだが、所詮ハインリヒにとって紛い物にしか見えていないようだった。
「こんにちは、クラウディア様。馬上からの挨拶で申し訳ございません。本日はどうぞ宜しくお願い致します。お互いに頑張りましょうね」
笑みを称えながら私に声を掛けてくるカチュアに私も笑顔で返す。
「ええ、こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」
「おお、カチュア殿。何という立派な出で立ちだ。まさにこの国の聖女に相応しい。どうかその「聖なる力」で、是非とも黄金の果実を見つけ出してくだされ」
宰相は私のときとは、打って変わって満面の笑みを浮かべてカチュアに話しかけている。
「ええ、おまかせ下さい。必ず『聖木』を見つけ出して、黄金の果実を取ってまいりますね」
「期待しておりますぞ」
そして再び宰相は私の方に向き直った。
「まぁ、無駄だとは思いますが……クラウディア様もせいぜい頑張って下さい。そこの騎士と一緒にね」
嫌味な言い方にハインリヒは舌打ちをする。
「ええ。1個と言わず、10個でも20個でも取って来ましょう」
するとその言葉に明らかに顔色を変える宰相とカチュア。
「何だって……10個でも20個でもだと……?」
「そんなバカな」
「本気で言ってるのか?」
神官たちはざわめき、宰相は身体を震わせている。
それは当然のことだろう。回帰前の世界では、カチュアは黄金の果実を1個だけ持ち帰ってきたのだから。恐らく今回も最初からその予定……と言うか、それしか用意していないのだろう。
案の定、宰相は顔を真っ赤にさせると私を指さしてきた。
「クラウディア様!貴女という方は……何と愚かなのだ!黄金の果実がそれほどまでに安易に手に入るとでも思っているのですか?!神聖なる神殿でそのように堂々と嘘をつくなど、とんでもない!」
「リシュリー様、落ち着いて下さい。クラウディア様はそれだけ、意気込みがあるということです。目標を高く持つのは良いことではありませんか」
カチュアが宰相をなだめている。
「おお、流石は聖女カチュア殿。何と立派な……どこぞの敗戦国の姫とは偉い違いだ」
宰相は大袈裟な位、カチュアを称えている。
「いえ、そのようなことはありません」
カチュアは笑みを浮かべて宰相と話しているが……私は見ていた。一瞬、カチュアが物凄い敵意の込められた眼差しで私を睨みつけた瞬間を。
「よろしい。では、そろそろ勝負を初めましょうか。『聖木』は深い森の中に生えていると言われております。日没までに黄金の果実を探し出してくるのが今回の勝負です。仮に見つけられなかったとしても、日没には必ず戻ってくること。良いですかな?」
「はい、分かりました」
「ええ」
私とカチュアは頷いた。
「それでは、出発して頂きましょう!」
宰相の言葉にカチュアは騎士に声を掛けた。
「行きましょう、サイモン」
サイモンと呼ばれた騎士は頷くと、馬を走らせ颯爽と森の中へと消えていった。
「クラウディア様、我々も参りましょう」
ハインリヒが声を掛けてきた。
「ええ。そうね」
私達もカチュアから少し遅れて出発した。
けれど、このときの私達はまだ何も気付いていなかった。
この勝負には予め、私を陥れる罠が仕組まれていたということに――。




