第2章 107 落胆
「クラウディア様。まさか貴女は宰相との勝負に勝てるとでも思っていらっしゃるのですか?」
ハインリヒは信じられないと言わんばかりに目を見開いて私を見つめる。
「そうね。実際に勝負をしてみなければ分からないけれど……カチュアさんにも出来ることなら、私にだって可能かもしれないでしょう?」
「本気ですか?相手は宰相ですよ?恐らくあの女と事前に打ち合わせをしたうえで、クラウディア様に勝負を挑んでくるに決まっています」
「だからこそ尚更私がその勝負に勝てば2人の鼻を明かすことが出来るし、この国での私の評価も上がるのでは無いかしら?これはアルベルト様の為にもなると思わない?」
「本当に貴女は呆れた方ですね。もう御自身で決められたことなのですから仕方ありませんが……これ以上陛下の足を引っ張らないようにして下さい」
「ええ、分かっているわ」
ハインリヒは一度だけ眉をしかめると、再び歩き出した。
そしてその後ろを歩く私。彼の背中を見つめながら――。
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「図書館に到着いたしました。ここはいくら宰相や『聖なる巫女』とはいえ、王族しか入室出来ないのでゆっくりするには良い場所でしょう」
そうか……確かにハインリヒの言う通り、宰相もカチュアも中に入ることが出来ないのなら、私にとってはお誂え向きの場所かもしれない。
「ええ。そうね。今度からそうさせてもらうわ。気付かせてくれてありがとう」
「では、私は図書館の前で待っております」
ハインリヒの言葉に私は首を振った。
「いいえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫よ」
「ですが、私はクラウディア様の専属護衛騎士でありますから」
「それは分かっているわ。けれど貴方がここに立っていれば万一宰相達が現れた時に私が図書館にいることがバレてしまうでしょう?」
「成程……確かにその通りですね」
納得したかのように頷くハインリヒ。
「だから待っていなくてもいいわ。そうね……2時間後に迎えに来て貰えれば大丈夫よ」
「はい、ではそのようにさせて頂きます」
ハインリヒは返事をすると、そのまま踵を返して去って行った。
彼の背中を見届けると、扉に向き直りノックをした――。
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「クラウディア様、またいらして頂いたのですね」
扉を開けてくれたのは司書のジョゼフだった。
「ええ。どうしても探したい本があったから」
「はい、どのような本をご所望ですか?」
にこやかに尋ねてくるジョゼフに私は小声で尋ねた。
「ええ、そのことで願いがあるのだけど……」
「お願い?どのようなことでしょうか?」
「私がその本を探していることは誰にも言わないで欲しいの」
「ええ勿論です。秘密はお守り致しましょう」
真剣な顔で頷くジョゼフ。
「実は錬金術に関する本を探しているのだけど……あるかしら?」
「錬金術ですか……?」
「ええ、どうかしら」
「そうですね……蔵書目録には錬金術に関する記録は無いですね。でもこれだけの蔵書がありますから全ての記録があるとは限らないのですが。もしかすると何処かに埋もれている可能性もあります。あくまで可能性の話ですが」
「そうなの……」
てっきりこの図書館にならあると思っただけに落胆してしまった。
「あ……ですが、ひょっとすると……」
「え?何か心当たりでもあるの?」
「いえ、心当たりと言うか……もしかすると陛下ならご存知かもしれませんね」
「陛下が……?」
「はい、王族の方々なら我々の知らない蔵書のこともご存知では無いでしょうか?是非、尋ねてみて下さい」
「ええ、そうね……」
私はその言葉に曖昧に返事をすることしか出来なかった――。




