第2章 105 決意
あの後、アルベルトはまだ仕事が残っているということで部屋を出て行った。
再び、1人になった部屋で私は祖母が残した日記帳を読んでいた。
「やっぱり移動魔法のような錬金術は見つからないわね……」
ため息をついて日記帳を閉じた時に、視線を落とすと自分の指にはめた指輪が目についた。
「そうだわ。この石は【賢者の石】。何故アルベルトがこの石を持っているかは分からなけれど、ここの王宮図書館なら錬金術の本があるかもしれないわ」
時計を見ると、時刻はそろそろ正午になろうとしている。今から図書館に行っても良いが、もしかするとアルベルトから食事の誘いがあるかもしれない。
「図書館はお昼を食べてからの方がいいかもしれないわね……」
ポツリと呟いた時、扉のノック音と共に声が聞こえた。
コンコン
『クラウディア様。いらっしゃいますか?』
それは‥‥‥リーシャの声だった――。
**
「リーシャ。数日ぶりね?」
昼食を運んできたリーシャに声を掛けた。
「はい、クラウディア様。中々伺えずに申し訳ございませんでした。ここ最近はメイド教育を受けていたものですから」
テーブルに食事を並べながらリーシャが申し訳なさそうに答えた。
「ええ、いいのよ。それ位のことは分かっているから。それでどう?ここでの仕事は少しは慣れたのかしら?」
「はい。大分慣れてきました。冷めないうちにどうぞ、クラウディア様」
「ありがとう」
テーブルの上を見ると並べられた料理はスフレ風パンケーキだった。カットされたフルーツが飾り付けられ、パンケーキの上には生クリームがたっぷりかかっている。
まるでスイーツのような食事に私は目を見開いた。
前世の私はパンケーキが大好きだった。
子供たちが小さかった頃は良くおやつにパンケーキを焼き、自分も一緒になって食べた記憶が蘇る。
「まさか……ここでも食べられるなんて……」
回帰前はこんなスイーツを食べたことは一度も無かっただけに驚きと喜びがあった。
「何か仰いしましたか?クラウディア様」
「ううん。とても美味しそうだと思って」
「ええ、そうですよね?これは『グリルケーキ』と言う甘いデザート料理です。ここ『エデル』では有名らしいですね」
リーシャが嬉しそうに教えてくれる。
「そうだったの?」
それではカチュアも食べたことがあるのだろか?
回帰前はアルベルトの寵愛を受け、今は宰相の完全庇護下に入っている。恐らく大切にされている彼女なら当然食べたことはあるだろう。
「はい、今日のクラウディア様はお疲れのようなので、甘い料理を出すようにと言われてたそうです」
「そうなのね。後でマヌエラにお礼を言わないと。丁度甘いものが食べたいと思っていたところだったから。それでは頂くわね」
「……」
すると何故か、一瞬リーシャは困ったような表情を浮かべる。
「どうかしたの?」
「い、いえ。何でもありません」
「そう?ならいいけど……」
早速デザート料理を口に入れてみた。甘酸っぱいフルーツと生クリームのかかったパンケーキは最高の相性だった。
「フフ……美味しいわね」
「それは良かったです。ところでクラウディア様……。お聞きしたいことがあるのですが……宜しいですか?」
リーシャがためらいがちに尋ねてきた。
「ええ、いいわよ?何かしら?」
「はい。城中で噂になっておりますが……リシュリー宰相と、『聖なる巫女』に喧嘩を売ったと言うのは……本当ですか?」
「え?!」
その言葉に私は耳を疑った。
「ま、待って。リーシャ。城ではそんな噂が流れているの?!」
「はい、そうなのです……あ、でも私はそんな話は少しも信じてはいませんから!」
「ええ、貴女の話は信じるわ。でもそんな噂が……」
だからアルベルトは血相を変えて私の元へやってきたのかもしれない。
「ええ。城中その話でもちきりです……」
リーシャは落ち込んだ様子で俯く。
「ねぇ、リーシャ。もしかして私のせいで肩身の狭い思いはしていない?」
「い、いえ。大丈夫です」
けれどリーシャの視線は泳いでいる。
「ごめんなさいね。リーシャ。」
私はリーシャに頭を下げた。
「や、やめて下さい。クラウディア様。私は大丈夫ですから」
「いいえ、そういうわけにはいかないわ。私は貴女をここに連れてきた以上……守ってあげなければならないのだから」
「クラウディア様……」
そっとリーシャの手を取りながら私は心に決めた。
私を信用してくれている人たちの為に……宰相と戦おうと――。




