第2章 94 私の要望
「陛下とはお話がはずみましたか?」
歩き始めると、すぐにハインリヒが尋ねてきた。
「え?ええ……そうね」
とてもではないが、はずんだとは言えないが別に正直に答える必要も無いだろう。
「そうですか。それなら良いですが……陛下を失望させるようなことだけはなさらないようにして下さい」
まるで釘を差すような言い方だ。
私がアルベルトを失望させる?まさかそれは無いだろう。アルベルトの方から私を失望させることがあったとしても、私からなどありえない。
「陛下は……クラウディア様には何も仰っていないと思いますが、ずっと待ち望んでおられました」
ハインリヒがポツリと言った。
「え?何を待ち望んでいたの?」
「お分かりにならないのですか?」
何故か苛立った様子でハインリヒがこちらを振り向く。
「え?ええ。ごめんなさい、何のことか分からないわ」
「ならいいです。ただ、貴女の地位は絶対的なものだとは思わないことです」
「そうね。自分の置かれている立場くらい分かっているわ」
「……別にそのような意味で申し上げたわけではありませんが……」
ハインリヒはそこまで言うと足を止めた。
「お部屋に到着致しました」
「ありがとう」
いつの間にか、自分の部屋の前に着いていた。
「それでは失礼致します」
「ええ、送ってくれてありがとう」
「……任務ですから」
ハインリヒはそれだけ告げると、一礼して去っていった。
パタン……
部屋の扉を閉めると、私はすぐにライティングデスクから祖母の日記帳を取り出した。
あのヨミという魔術師は魔法陣を描いて【ポータル】を作り出した。簡単に行きたい場所に移動することが出来る魔術。
錬金術にもそのような術があれば良いのだけど……。
私はパラパラと祖母の日記帳をめくって、探し始めた――。
「ふ〜……。中々見つからないわね……」
時計を見ると午前10時を過ぎたところだった。そろそろ部屋にリーシャかエバが来る時間だ。
「何だか疲れたわ……少し休憩しましょう」
引き出しに日記帳をしまい、鍵を掛けたところで扉がノックされた。
コンコン
『クラウディア様、いらっしゃいますか?マヌエラです』
「マヌエラ?どうぞ」
彼女が来るとは珍しいことだった。
「失礼致します、クラウディア様」
扉が開かれ、マヌエラが姿を現した。マヌエラはお茶のセットをトレーに乗せていた。
「ありがとう、お茶を持ってきてくれたのね?」
「はい、今淹れますので少々お待ち下さい」
「どうぞ、クラウディア様」
お茶を入れ終えたマヌエラがテーブルに紅茶を置いてくれた。
「ありがとう」
早速テーブル席に着席すると、レモンの香りのする紅茶が置かれている。
「これは……レモンティーね?」
前世の私はレモンティーが好きだった。よく、自分で淹れて飲んでいたことを思い出す。
「はい、お好きですよね?」
「え?ええ。そうね」
レモンティーが好きだという話をしたことがあっただろうか?訝しげに思いながら、早速紅茶を口にした。
「……美味しいわ」
つい、笑みが溢れる。
「それは良かったです」
「あの、そう言えば貴女に聞きたいことがあるのだけど」
「はい、何でしょうか?」
「実はこの国へ来たときに、旅の同行者としてトマスとザカリーという若者を連れてきているの。彼らに会うことは出来るかしら?」
「トマスさんにザカリーさんですね?分かりました。すぐに探してみます」
「え?そんなすぐでなくても良いのよ?」
まさか、今すぐ探しに行くと言い出すとは思わなかった。
「いえ、アルベルト様から申し使っておりますから。クラウディア様の頼み事はすぐに引き受けるようにと」
「そ、そうだったの……?」
「では行って参りますね」
そしてマヌエラはすぐに部屋から出ていった。
パタン……
扉が閉ざされ、私は1人になった。
「アルベルト……」
回帰前はメイドどころか侍女も付けてくれず、私の要望が叶うことは殆ど無かったのに?
未だに彼が何故良くしてくれるのかが分からずに、ただ戸惑うばかりだった――。




