第2章 30 監獄 1
「いい?リーシャ。犬が人間の何倍もの嗅覚を持っているのは知っているでしょう?」
「はい、勿論です」
頷くリーシャ。
「犬という生き物は刺激のある匂いに弱いのよ」
「あ……では、まさか……」
リーシャは自分の首からまるでネックレスのように吊り下げられた唐辛子を見た。
勿論、私もリーシャと動揺に麻紐で繋げた唐辛子をクビから下げている。
「この唐辛子の匂いは犬が大嫌いな匂いなの。これを身につけている限り、番犬に襲われること無く、監獄へ行くことが出来るのよ」
「そうだったのですね?その話を聞いて安心しました。それにしても驚きです。よくご存知でしたね?」
「え、ええ。まあね」
何故、知っているか……それは回帰前、私が監獄へ連行される際に宰相から聞かされていたからだった。
監獄は森の中にあり、脱獄できないように獰猛な番犬を何匹も放し飼いにしてあるという話を……。
実際、私を連行する兵士たちは大量の唐辛子を身につけていたからだ。
「流石はクラウディア様は博識ですね」
リーシャは私が何故ユダ達が捉えられている牢屋の場所や、番犬がうろついていることを知っているのか不思議でならないはずだろう。
けれど、敢えて尋ねないでいてくれる。
そんな彼女の思いやりの気持ちが嬉しかった。
ありがとう、リーシャ。
私は心の中で感謝した……。
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森の中は1本道が続いており、監獄までの道のりはそれほど遠いものではない。
私とリーシャが森の中を進み始めて程なく、突然目の前の森が開けて眼前に不気味な石造りの大きな建物が現れた。
「クラウディア様……ひょ、ひょっとしてこの建物が……?」
リーシャが震えながら尋ねてくる。
「ええ、そうよ。これが『監獄』と呼ばれる牢屋なの。重罪を犯した罪人たちが投獄される場所と言われているわ」
下唇を噛みしめるようにリーシャに説明した。
「これが…『監獄』……」
リーシャは青ざめながら監獄を見つめている。
無機質な石造りの監獄は不気味な蔦が幾つも壁を這い、建物のてっぺんにまで届いている。
等間隔にはめ込まれた小さな窓からは鉄格子がはめ込まれ、決して窓からは脱獄など出来ない造りとなっているのだ。
「……行きましょう、リーシャ。ユダ達が心配だわ」
ユダ達が捕らえられているという事は、私についてきてくれたスヴェンやトマス、それにザカリーも捕らえられている可能性がある。
鍵束を握りしめるとリーシャに声を掛けた。
「はい、クラウディア様」
リーシャを連れて、頑丈な鉄の扉へ近付くと鍵束の中から一番大きなカギを鍵穴に射し込んだ。
カチャ……
予想通り鍵穴にはまったので、ゆっくりと回してみる。
カチン!
鍵の開く音が聞こえた。
「開いたようですね……」
背後からリーシャが声を掛けてくる。
「ええ、そうね。それじゃ扉を開くわよ」
「はい」
金属製のドアノブを回し、私は扉を開けた。
キィ〜……
サビつき、軋んだ音と共に扉が開いた。
「リーシャ、入るわよ」
「はい、クラウディア様」
私はリーシャを伴い、監獄の中へと足を踏み入れた――。




