第2章 16 気まずい空気
「よせ、クラウディアは関係ないだろう?何故彼女に尋ねる?」
アルベルトが眉間にしわを寄せた。
「関係ないことはありません。クラウディア様はいずれ王妃になられるのです。この国の重要人物である方に間違いはありません。ここはクラウディア様の考えも尊重されるべきではありませんか?」
「……分かった。ならクラウディアにも尋ねるが良い」
ため息をつくとアルベルトは私を見た。
「どうですか?クラウディア様。私共も、食事会に参加させて頂けますよね?」
リシュリーは威圧するような眼差しを向けて来る。そしてカチュアも私から視線をそらない。
勿論私の答えは既に決まっている。
「はい、私は別に構いません」
「何っ?!」
驚きの声を上げたのはアルベルトだった。
「クラウディア……本当にそれで良いのか?」
私が承諾したことが余程意外に感じたのだろうか?アルベルトは目を見開いて私を見ている。
「はい、この国の宰相と、『聖なる巫女』である方の同席を拒絶する理由は私にはありませんので」
むしろ、アルベルトにはカチュアと是非とも親交を深めて欲しいと願っている。
2人が恋仲になれば、それだけ私も早く離婚を切り出すことが出来るのだから。
「おお、流石は次期王妃になられるお方だ。話が早くて助かります。では早速座らて
頂きましょうか?」
「はい、失礼致します」
そしてカチュアはアルベルトの右隣で宰相は左隣。
私はアルベルトから少し距離の離れた向かい側の席に座ることになった。
この席次もリシュリー宰相が勝手に決めてしまった。
「‥‥…」
アルベルトは席の並びも気に入らなかったのか、忌々しげな様子を見せている。
けれど彼らとは出来るだけ距離を開けたい私にとってはありがたかった。
出来るだけ、存在を消すように息を潜めていよう……。
そして私達が着席すると給仕によって料理が運び込まれ、何とも微妙な雰囲気の中、夕食会が始まった――。
****
「こちらの国のお料理は本当に美味しいですね」
カチュアは料理を切り分けながら、隣に座るアルベルトに親し気に話しかけている。
「……そうか」
一方のアルベルトはカチュアを見ることも無く、料理を口に運んでいる。
そっけない態度のアルベルトの態度に困った様子のカチュアはまるで助けを求めるかの如く、リシュリー宰相を見た。
すると、すぐに宰相は話し始めた。
「カチュア殿、この国は益々大きくなりますぞ。何しろ先の戦争で我が国は圧勝したので、敗戦国の領地を手に入れることが出来たのですから。そして『エデル』国の富と繁栄をもたらすとされる『聖なる巫女』である貴女も現れました。これで我が国は、もう安泰ですな」
そして私を意味深な目で見る。
この宰相の態度には流石の私も驚いた。
一体彼は何という人間なのだろう。
リシュリー宰相はよりにもよって敗戦国の王女である私の前で、常識では考えられない発言をするとは……。
この態度から、彼がいかに私を軽んじているかが良く分かる。
けれど、私は気にする素振りも見せず、食事を続けた。
すると――。
「宰相っ!」
突如アルベルトが怒りを露わに、声を荒げた。
「はい?何でしょうか?陛下」
リシュリーは気にも留めていない態度で返事をする。
「クラウディアの前で、何と愚かな発言をするのだ!お前はこの国の宰相でありながら……言って良いことと悪いことの分別もつかないのか?!それほどまでにクラウディアを貶めたいのか?!」
これには流石の宰相も驚いたのか、慌てた様子で弁明した。
「陛下、お、お許しを……何も私はそこまで叱責されるようなことは申してはおりません?ただ、事実を述べたまでなのです」
顔を赤らめてリシュリーを叱責するアルベルトの態度が私には不思議でならなかった。
何故アルベルトは私を庇うような態度を取るのだろう?
回帰前の世界では、彼はことごとくリシュリーの言葉を鵜吞みにし……最終的には私を断頭台に送った人物なのに?
「黙れっ!お前は我妻となるべく嫁いできたクラウディアを馬鹿にしたのだ!それはつまり国王を侮辱するのと同じだということを忘れるな!」
「は、はい!申し訳ございません!」
リシュリー宰相は必死の形相でアルベルトに頭を下げた。
「何故俺に頭を下げる?」
怒りを抑えた様子でアルベルトが宰相に尋ねる。
「え……?それは陛下が……」
「お前が謝るべき相手は俺ではなくクラウディアだろう?」
「は、はい…左様でございましたな……」
リシュリー宰相は私に向き直ると頭を下げてきた。
「クラウディア様。ご無礼を働き、申し訳ございませんでした」
けれど、次に頭を上げた時…宰相は冷たい瞳で私を睨みつけていた――。




