第2章 15 『聖なる巫女』カチュア
白いローブを着た『聖なる巫女』、カチュア。
背中まで届く長い黒髪のカチュアを見ていると、日本のことが少しだけ思い出された。
けれど……こんなに早くカチュアが現れるとは思いもしなかった。彼女が現れるのは後半年は先の筈だったのに。
けれど今の私にとって、彼女の登場は都合が良かった。
何故なら、カチュアとアルベルトは結ばれる運命だからだ。
そうなれば私は不用な存在になる。
この国にとって無害な人間であれば、処刑されることは無いだろう。
そして、リシュリー宰相の機嫌を損ねない限りは……。
私はアルベルトにさり気なく離婚を切り出し、承諾を得て国に戻る。
そして弟のヨリックを支えて生きていければそれで良い。
回帰前にあれ程、欲していたアルベルトの愛は…もはや私には不用なのだから。
しかし、今回は何故か様子が違う。
「リシュリー。何故余計なことをする?俺はクラウディアだけを夕食に招いたのだぞ?何故お前がここにいるのだ?」
アルベルトはカチュアの存在を気にする素振りも見せず、宰相に文句を言った。
「アルベルト様、落ち着いて下さい。まずは私の後ろに控えている女性を御紹介させて頂けますか?」
宰相はアルベルトの苛立ちを気にすること無く、カチュアを振り返った。
「さぁ、陛下にご挨拶なさって下さい」
リシュリーは丁寧な態度でカチュアに声を掛ける。
「はい、リシュリー様」
カチュアは頷くと、前に進み出た。
「はじめまして、アルベルト様。私はカチュアと申します。本日、気付けばこちらの国の神殿の前に立っておりました。そして途方にくれているところをリシュリー様に保護していただきました」
そして笑みを浮かべる。
「…そうか、カチュアと申すのか。分かった、挨拶が済んだのなら、出て行って貰おうか?リシュリー。そなたもだ」
アルベルトは無表情でカチュアとリシュリーを交互に見た。
するとリシュリー宰相がカチュアの隣に立つとアルベルトに語った。
「申し訳ございませんでした。これは言葉足らずでしたな。陛下は不在だった為にご存知無いかも知れませんが、本日この国に虹色に光り輝く雲が現れたのでございます。我が国には言い伝えがありますよね?虹色に輝く雲が現れた時、空に虹の雲が現れる時、この国に富と繁栄をもたらしてくれる『聖なる巫女』が現れると」
「それがどうした?」
アルベルトは返事をしながら、着席すると腕組みした。
「そこで、私は慌てて湖のそばにある神殿に向かったのです。すると神殿が美しく光りており、そこで彼女が扉の前に立っておりました」
宰相の隣でカチュアは熱い眼差しでアルベルトを見つめている。
恐らく、カチュアはアルベルトに恋してしまったのだろう。
けれど……。
「…それで?」
そっけない言葉でアルベルトはカチュアを見た。
「…え?」
カチュアの顔に焦りの表情が浮かぶ。
「話はそれだけか?リシュリー」
「そ、それだけとは……?」
「『聖なる巫女』だか、何だか知らないが用が済んだなら2人とも出ていけ。今夜は我妻になるべく嫁いできたクラウディアを歓迎するための食事会なのだ。お前たちは不用だ」
面倒くさそうに言い放つアルベルト。
「な、何ですとっ?!陛下!本気ですかっ?!この女性は我が国に富と繁栄をもたらすと言われる『聖なる巫女』ですぞっ?!それを出て行けなどと……!」
リシュリーがついに感情を顕にした。その声には怒りとも驚きとも言える物が含まれている。
一方のカチュアは顔が真っ青になっていた。
しかし、アルベルトは全く動じる気配もない。
「証拠は?その女が『聖なる巫女』であるという証拠は何処にあるのだ?」
「虹色の雲が現れた時に、この女性は神殿に現れたのですよ?言い伝えの通りではありませんかっ!これだけで十分なはずですっ!」
「彼女が『聖なる巫女』であろうと無かろうと俺には関係ない。今夜はクラウディアと2人きりの食事をすると決めていたのだからな」
「な、何という罰当たりな…そうだ!」
すると、何故かリシュリー宰相は私の方を振り向いた。
「なら……クラウディア様の許可を得られれば宜しいですか?」
「え……?」
宰相は、とんでもないことを言い出した――。




