第2章 13 宰相リシュリー
ガチャ……
扉を開けると、そこにはあのトリスタン・リシュリー宰相が立っていた。彼の背後には側近と見られる2人の男性がついている。
痩せぎすの青白い顔に銀髪の初老のリシュリーはまるで司祭のように長い紺色のローブを羽織ている。
リシュリーは私に声を掛けてきた。
「貴女が……敗戦国から嫁いでこられたクラウディア・シューマッハ様ですか?」
「はい、そうです」
随分失礼な物言いだと思いながら返事をする。
「左様でございましたか。先程は私がクラウディア様のお出迎えをすることになっておりましたが……突然大事な用が出来てしまったので席を外してしまいました。大変申し訳ございませんでした。どうぞご無礼をお許し下さい」
そして頭を下げてくる。
彼の物言いだと、まるで私の出迎えは大して重要事項では無いと言っているようなものだ。
以前の私だったら、ここで言い返していたかも知れないが……今は違う。
様々な経験が私を大人にしたのだ。
なのでにっこり笑みを浮かべた。
「いいえ、どうぞお気になさらないで下さい。人には誰でも優先事項というものがありますから、当然そちらを優先するべきです。第一、私の到着が意外なほどに早かったのですから予定が重なってしまうのは無理もありません」
「ほ…う…。これは驚きましたな。貴女は随分噂とは違うお方だ」
私の言葉に目を細めるリシュリー宰相。
「そうですか。所詮噂というものは得てして尾ひれがついて歪曲されがちですからね」
「……本当に貴女は20歳なのですか?随分大人びて見えますが?」
リシュリー宰相は忌々しい物を見るかのような目で尋ねてきた。
「はい、そうです。お褒めに頂き、光栄です」
「…ところで、最初にこの城にいらしたときには随分とみすぼらしい姿でお越しになったと使用人たちから聞いておりましたが…随分と良いドレスを着ておいでですな?」
「ありがとうございます。こちらは陛下から頂いたドレスです」
「何ですとっ?!陛下からっ?!」
その時になって初めてリシュリー宰相の顔に焦りの表情が浮かんだ。
まさか、私がアルベルトからドレスを貰ったことがそれほどまでに意外だったのだろうか?
「はい、そうです。それがどうかされましたか?」
「い、いえ。何でもありません。そういえば……もう陛下にお会いになられたそうですな?実は陛下は外遊に出ておられたのですが…クラウディア様がこの国にいらしてから、すぐに戻られたのですよ。余程お2人は御縁があるのでしょうな?」
リシュリー宰相の言葉は全く心が込められていないのは傍からも良く分かった。
「ええ、そうかもしれませんね」
思わず肩をすくめる私。
「そう言えば、今夜の夕食は陛下とお召し上がりになられるそうですな?」
「ええ、そうですが?」
急にリシュリー宰相が笑みを浮かべた。
「夕食会は楽しみにして下さい。ちょっとした余興を行いますので」
「余興……ですか?」
何故だろう。嫌な予感がする。
「ええ、そうです。大変盛り上がる余興になることは間違いありません。それでは旅のお疲れもあるでしょうから、私はこれで失礼致します」
宰相は大げさに挨拶をすると、踵を返し…護衛騎士を連れて去っていった。
「……」
私は彼らの後ろ姿を見届けると、部屋の扉をしめた。
バタン……
「ふぅ……疲れたわ……」
ため息をつくと椅子へ向かい、腰掛けた。
それにしても余興とは……。
回帰前にはこのような展開は無かった。
一体リシュリー宰相は何をするつもりなのだろう?それともアルベルトの命令によるものなのだろうか?
「どのみち……用心に越したことは無いわね……」
天井を見上げると、ポツリと呟いた――。




