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第5話 初心なココロ

 付き合うって、どうするんだっけ?

 まともに恋愛をしてこなかったから、よく分からない。

 最後は高三の時で……十代の頃からアップデートできていないし……なんで、私なんだろう…………雄治さんの周りには、素敵な人達がたくさんいるはずなのに……


 「なんで私なの? って、思ってるだろ?」

 「えっ?!」

 「春江は分かりやすいな」

 「雄治さんは分かりにくいです!」


 可笑しそうに笑う雄治はテレビとは別人だ。


 「これが素だから仕方ないだろ?」

 「うっ……」


 スキャンダルが収まったとはいえ、春江の素性が知られることを避ける為、初めてのお家デートだ。

 高層マンションの最上階から望む夜景は、綺麗だろうと想像がつく。ただ今は昼時であるし、リビングにあるソファーに並んで座っている為、景色を見る余裕はない。


 「……雄治さん、あの……食べませんか?」

 「あぁー、美味しそう」

 「お店でも食べたこと、あるじゃないですか……」

 「誠さんのところで食べるのもいいけど、春江が作ってるところは見れないだろ?」

 「確かに、そうですけど……」


 キッチンは奥にある為、コーヒーやお酒のようにカウンターから作業は見られない。ただ他に客がいなければ、こっそりと覗き見たことはあるが、それを彼女が知る由はない。


 トロトロの卵が乗ったオムライスを美味しそうに口に運べば、安堵した様子が見てとれる。


 嬉しそうな横顔に、ドキリと高鳴る。


 あれから特別な変化はないって思っていたけど……こうしてお家デートをしてるし…………本当に、付き合うことになったんだ……


 今更ながら実感する様子も見てとれて微笑む雄治に対し、春江は落ち着かない様子だ。


 食べ終えると自然に食器を洗う姿が、昨夜の歌番組に出ていた人物とは思えない。


 「コーヒー飲む?」

 「はい……」


 淹れたばかりのコーヒーを注ぎ、春江が持参したケーキを皿に乗せる。ソファーで待っているように促された春江から一連の作業が見える為、改めてスマートな人だと感じていた。


 彼女はこっそりと見つめているつもりだが、雄治にはバレバレである。ぴったりと隣に座れば、初々しい反応に綻ばずにはいられない。


 「春江はお店を継ぐんだよね?」

 「はい、そのつもりですよ」

 「そっか……理由を聞いてもいい?」

 「理由ですか…………父ほどではないかもしれませんが、音楽がすきなんです」

 「それは……お母さんの影響もある?」

 「よく知ってますね……」

 「まぁーね、誠さんとは共通の趣味があるし」

 「レコード収集ですか?」

 「んーー、それもあるかな」


 弾む会話で緊張感が薄れていくが、向けられる視線の甘さに落ち着かないままだ。


 遠い存在だった【風間雄治】が隣にいる。数日前までは客と店員の関係だったが、今は恋人同士だ。

 テレビから流れる曲に反応を示す春江に向ける視線は、甘さが増すばかりであった。


 スタジオに立ち寄るという雄治にタクシーで送られ、後部座席で並んでいても左半分が熱を帯びているようだった。


 夕方からのバー営業が始まり、夜の七時以降はそれなりに混み合う。春江も裏で料理を仕上げ、常連さんが来る度に顔を出す日もある。


 受け継がれる味がある中、彼女が考案した料理や飲み物も人気があり、特にこだわりのコーヒーを使用したゼリーとシフォンケーキは、数量限定という事もあって連日のように完売していた。


 ほとんど片付けを終え、閉店間際の時間帯に入口から音が鳴った。振り向けば、数時間前まで一緒にいた彼がキャップを取っている所だ。


 「雄治くん、いらっしゃい」

 「誠さん、一杯だけいいですか?」

 「もちろん、構わないよ。今日は何にするかい?」

 「……甘めのが飲みたいです」


 リクエストに応え、グラスに注ぐ姿すらかっこいいの部類に入るだろう。今でもマスターがアプローチを受ける事があるのは、人柄の良さだけでなく、そのスマートさからであった。そう思う雄治がいるのに対し、春江は変わらない姿に安堵していた。全快したとはいえ、唯一の身内である父の体調が心配だったからだ。


 パナシェが置かれ、ビールにレモネードの甘さが加わって、爽やかな喉越しに満たされる。


 「美味しいです」

 「それは、よかった……今日もお疲れだね」

 「春江と一緒にいる時はよかったんですけどね」


 数日前まではマスターと客だったが、今は父と彼氏の会話にしか聞こえず不思議な気分だ。よく愚痴っていた頃と変わらずに、二人の関係も良好のようだ。


 後片付けを済ませれば、隣に来るように椅子をポンポンと叩かれ、笑みが溢れる。素直に従えば、酔ったわけではなくとも上機嫌の雄治がいた。


 「……近く」 「近くないだろ?」

 

 ほとんど被せ気味で言われ、押し黙る。春江の主張通り、二人は寄り添っているという表現が相応しいほどに近いが、それ以上抗議する事はない。多少の緊張はあれど、居心地のよさは抗いようがないのだ。


 数日で随分と打ち解けたと思う誠だが、納得している部分もあった。一見すると正反対の二人は、根が真面目で境遇が少し似ていた。娘に言うつもりはないが、支えにしていた部分があったからこそ惹かれ合ったのだろうと、親心ながらに思っていた。


 若い二人の未来を願うかのような温かな眼差しを向けていたが、春江には生暖かい視線に感じていた。

 父の前であろうと変わらずに至近距離を保つ彼に抗議したい所だが、ご機嫌な様子にそんな気持ちも引いていく。メディアに映る【風間雄治】とのギャップを感じながらも、この六年程ですっかりと常連になった彼が見せる顔は好ましいものばかりであった。

 嬉しそうにされれば、単純に喜ばしく思う。惚れた弱みはお互い様であった。

 

 「どうした?」

 「い、いえ……」

 「春江、そろそろ敬語から卒業してみない?」

 「えっ?」


 また声を抑えて笑う姿に言葉にならない。肩に腕を乗せて言わないで欲しいと、念じたところでどこ吹く風だ。素知らぬ顔で期待の眼差しを向けてくる。

 視線を彷徨わせ、父に助けを求めた所で頼りにならず、まるで『諦めろ』と促しているかのようである。


 「……努力、します……」

 「春江は真面目だねーー、結局敬語のままだし」

 「うっ……雄治さんが、砕け過ぎなんです!」


 公言した所で、もとは客と店員。そう簡単に敬語が外れる事にはならないだろう。さらにいえば、シンガーとファン。口癖ばかりは努力だけでどうにかなるものでもないだろうと、分かっていながら告げる辺りが彼らしい。慌てた様子の彼女が愛おしい事この上ない様子だ。

 一ヶ月ほど前までは、そんな素振りを一切見せなかった雄治が思い至ったきっかけはあった。ただ、それを告げる事はないだろうと、趣味が合うマスターは感じながらも、口にする事はなく仲睦まじい二人を眺めていた。


 気がそぞろでも会話の内容は覚えているが、心情はそれどころではない。

 次のデートの約束をして帰っていく雄治を見送ると寂しさが募り、上手く言語化できずに終わったという自覚はあった。


 友達と話すようには、上手く話せない…………あの日、救われたから……


 憧れは今も続き、接客ならできていた事が難しく感じた。社交辞令なら上手な対応力を発揮する彼女も、ストレートに告げられれば反応に困る。本心かどうか曖昧だった輪郭が、すべて本音であると分かるくらいには、彼の表情で伝わっていた。

 告白も疑った訳ではなく、自信がなかったのだ。あの彼に好きだと言ってもらえるような要素が見つけられず、いつものハスキーボイス以上に低い声で告げられた時は、止まりそうになった。軽視した訳ではないが言い訳にしかならない。

 それは、長年の想いを誤魔化し続けてきた結果だったともいえる。


 「…………来週か……」


 思わず溢れた自身に驚きながらも、少しも不思議なことではなかった。そう思えるくらいには彼との距離が縮まっていたのだから。

 わざわざ大まかなスケジュールを共有する所からも、彼女が不安になる要素はないが、すぐに自信がつく訳でもなく、ぬいぐるみを抱きしめる。


 大学と家の手伝いとで忙しい日々を送る春江が、一週間が随分と長く感じたのは久しぶりの事であった。 

 和かな彼は同一人物とは思えない印象だろう。お家デートが主流になりつつあったが、事務所から許可が降りたのか映画館を訪れていた。


 作品は春江が選び、一瞬驚いた表情の答えが分かった。エンドロールで彼の曲が流れ、さらに溢れる。


 隣で静かに泣く彼女の瞼に、そっと指先があてがわれ、頬が染まる。暗くとも至近距離になれば、どんな表情かくらいは分かる。

 まだまだ時間のかかりそうな彼女に、悪い笑みを浮かべて近づく。退こうにもカップルシートにその余地はない。

 

 瞬かせる彼女にしたり顔の雄治。目元に触れた唇が離れ、急激に染まる。堂々と外でスキンシップをとる豪胆さに苦言を呈したい所だが、楽しそうな彼に水を差す事はできずに呑み込む。分かっていながら攻めてくる彼を、肘で軽く小突いたところで効果はない。


 さらに頬を緩めさせるだけに終わり甘い攻防が続くが、今度は個室のため問題ないと判断したのだろう。料理が全部置かれた事もあり、話す内容も店にいる時と変わりはない。


 「次は来週かな?」

 「あっ、土曜日は予定があって……」

 「残念……」


 明らかな落胆ぶりに笑みが溢れる。春江も彼の扱いに少なからず慣れてきたからだろう。


 「日曜日のお昼過ぎまでなら大丈夫ですけど……」

 「じゃあ、日曜日にね」


 小指を絡めてきて上下に振る彼に微笑めば、不意に迫る影に気づくが時すでに遅し。唇に柔らかな感触があり瞬かせれば、したり顔が間近にあった。

 声にならない叫びは、更に求められ呑み込まれていった。

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