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第4話 キライな理由

 『今日、話があるから』 


 ーーーーーーーー夢から覚めたような感覚だった。

 メッセージが届くことすら、本当ならあり得ない。

 

 『分かりました』


 悩んだ挙句、ひと言送るだけで精一杯だ。聞きたいことは山ほどあるが、どこまで踏み込んでいいか分からない。ネットニュースだけでなく、先日のデートでも些細なことが気になっていたが、聞けずに終わった。


 雑誌を信じたというよりも、遠い距離感が本来の姿であると。そう自身に言い聞かせて、フェイドアウトするつもりでいた。


 二十時近くに来た雄治は、定位置のカウンター席に腰掛けた。あらかじめ誠と約束していたのだろう。三十分ほど経てば客は彼だけになり、扉には本日貸切の看板がかかっていた。


 「誠さん、少しハルちゃん借りますね」

 「あぁー、裏にいるから、ごゆっくり」

 「ありがとうございます」


 春江が口を挟む間もなく、二人きりの空間だ。先程までは背中に感じていた視線がまっすぐに向かえば、緊張感が走る。


 「…………春江ちゃんも知ってるよな?」

 「……はい…………」


 あれだけ話題になっていて、知らない方が無理だろう。雄治が来店した際も、客の一人が雑誌を見ていたくらいだ。

 偽れるはずもなく頷けば、隣の席をぽんぽんと叩き、座るように促される。素直に従えば、射抜かれるようだ。


 「ーーーー俺よりも、それを信じるんだ……」


 ズキンと胸が痛み、無意識に胸元を握る。いつもよりも低い声で言われ、暗い気持ちが渦巻く。


 「……春江ちゃんは……俺のこと、嫌い?」


 小さく首を横に振った。

 

 「じゃあ……すき?」


 その聞き方はずるい。

 嫌いだなんて、嘘でも言えるはずない……


 「ずるい……」

 「当たり前だろ? 口説いてるんだから」

 「なっ!」


 な、なんてこと、言うのよ?!


 誠が裏に行ったのをいいことに迫る姿勢が見られ、退こうにも腕を掴まれ逃げられそうにない。これは、迂闊に座った春江のミスだ。


 「その様子だと、ちゃんと見てないな?」


 携帯電話の画像を見せられ、瞬かせる。そこにはレストランで向かい合う二人が写っていた。


 「これ…………」

 「あぁー、お忍びデートなら俺としたでしょ?」

 「……はい…………」


 記事を読めば、一発で自身のことだと分かっただろう。【風間雄治】の素顔に一部のファンは歓喜していたし、本物だからこそスキャンダルは関係ない。大学でもそうだったが、話題は映画の主題歌に変わっていた。


 「…………風間さん、ありがとうございました……」

 「え?」

 「……ファンだから…………夢みたいでした」

 「本気で言ってる?」

 「えっ?」


 深いため息を漏らしたかと思えば、真剣な眼差しが向かう。


 「待つとは言ったけど、口説かないとは言ってないから」


 頬に触れる指先が微かに震えているが、彼女に気づく余裕はない。自覚した想いが伝わらないように、本音を伝えたが逆効果である。


 「か、風間さん……」

 「呼び方、戻ってるし」

 「うっ……」

 「ほら、言わないと……チューするよ?」

 「ーーーーっ、ゆ、雄治さん!」


 顎に伸びた指先に慌てて口にすれば、嬉しそうに微笑む姿が映る。


 「残念……なに? 春江」

 「…………呼び捨て、ですか?」

 「いや?」

 「いえ……」


 肩に伸びた腕の重みに、現実味が増す。未だに受け入れ難い状況が続いていた。


 急に距離を詰められ、戸惑いを隠せない。自身が噂の元ネタであると画像を見て納得してみせたが、複雑な感情のままだ。彼のキャリアに傷がつくのは、春江にとって不本意であった。


 相変わらずな彼女に、温かな眼差しが向かう。間近で感じれば、居心地の悪さよりも心音が忙しない。


 「……あの…………」

 「ん?」

 「ち、近いです!!」


 声を上げて笑う彼に、頬を膨らませてみても効果はない。


 いっそ……嫌いになれたら、よかったのに…………


 あり得ない事だと分かっていても、そう思わずにはいられない。握り返せば応えてくれる。デートでも感じた眼差しは勘違いではなく、告げているようだった。


 「…………聞いても、いいですか?」

 「ん?」

 「……なんで…………私、なんですか?」

 「なに? まだ信じてないの?」

 「ち、違くて……」


 至近距離で見つめられ、真っ赤に染まる。ただ、それでも聞かずにはいられなかった。


 「んーーーー、そうだな……理由はあるけど……春江が、春江だったからかな」


 一人で納得したような顔をされても、答えになっていない。思わず顔を逸らせば、ぐいっと顎先に触れられ、思いきり視線を合わせられた。


 「ーーーーっ、ゆ、雄治さん……」


 真剣な眼差しが細まり、声を抑えていても分かる。揶揄われたように感じる春江に対し、彼は楽しそうに笑う。


 「分かってないな…………春江が、俺のファンなのは知ってたよ……」

 「…………それなら……」

 「春江こそ、なんで?」

 「えっ?」

 「なんで、ファンになってくれたの?」


 微かに震える手で、目の前に置かれたコーヒーカップが記憶に新しい。好意にはすぐに気づいたが、それが恋愛感情ではないとも分かっていた。ただ、潤んだ瞳が印象的であった。


 「…………泣けたから……」

 

 言葉に詰まりながらも、まっすぐに見つめ返す。


 「……雄治さんの曲が…………泣いてもいいよって、言ってくれてるみたいで……思いきり泣けたから……」

 「そっか…………」


 誠から聞いた情報と結びつく。彼女が泣いたと語るのは、母が亡くなった日を指していると分かる。


 「……俺はね……そんな春江だから、すきになったんだよ」


 ストレートに告げられ、真っ赤に染まる。もう否定しようがない。現実的ではないと感じながらも、そっと触れられれば、抗いようがなく瞼を閉じた。


 優しく触れ合った唇がそっと離れていき、額に感じる熱で間近にあると分かる。


 「ーーーー付き合おうか……」

 「はい……」


 すんなりと出た自身に瞬かせるが、ぎゅっと抱き寄せられて取り消し不能だと気づく。


 「…………春江、すきだよ」


 耳元で囁かれれば、反応しないはずがない。真っ赤に染まった顔を手で覆っても、簡単に解かれる。

 

 嘘でも口にできなかった理由は、自身が一番よく分かっていた。


 嫌いになんてなれるはずがない…………あの時……雄治さんの曲に、救われていたんだから…………


 肝心な理由は上手にはぐらかされてしまったが、素直に従うことにした。ただ、どれだけ探したとしても断る理由は、春江には見つけられなかっただろう。会う度に惹かれていたのだから。


 「……雄治さん…………すき、です……」


 幸せそうに笑われれば、言葉にならない。思いきり抱き寄せられ、心音が重なる。

 速度ならいい勝負であるが、彼女が気づく事はない。ただ感じた彼にとっては、それだけで多幸感があった。


 リクエストすれば、真っ赤になりながらも唇を寄せてくる恋人が愛おしくて仕方がない様子だ。あまりの甘い空間に、誠が戻るのを躊躇ったくらいである。


 祝杯と称して乾杯するできたばかりの恋人と父をジト目で睨んだ所で効果はない。彼には頭を撫でられ、父からは温かな視線を向けられる。認めてしまえば居心地の悪さよりも、隣にいる良さを知ってしまった為、知らなかった頃には戻れそうにない。


 「ーーーーそれで、次はいつデートしてくれるの?」

 「うっ……」


 咽せそうになり、なんとか飲み込む。父の前で堂々と誘ってくる雄治は、いつも以上に楽しげである。


 「……雄治さん、面白がってません?」

 「まさか、浮かれてるんだよ」

 「えっ?」

 「やっと付き合えることになったんだから、そりゃ浮かれるでしょ」


 ストレートに告げられ、みるみるうちに染まる頬が愛らしいのだろう。頬に手が伸び、また真っ赤になれば、間近にある極上の笑みに酔いそうだ。


 愛おしそうに見つめられる度に実感する。彼の恋人になった夢のような時間が、現実であると。


 「雄治くん、泊まっていくかい?」

 「あーーーー、今日は帰ります。さすがに春江から嫌われたくはないんで」

 「ちょっ……」 「じゃあ、また僕のお酒に付き合ってね」

 「はい!」


 強めの酒を煽っていたとは思えない程に、しっかりとした足取りで出ていく彼を見送る。タクシーの窓を開けて手を振られれば、自然と振り返していた。


 「また、連絡するから」

 「はい……」


 胸の奥が締めつけられるように微かに痛む。春江が知る情報はネットで検索できるようなものばかりだ。素顔を知っているとはいえ、遠い距離感を拭えない。

 認めたはずの心が彷徨う。テレビから流れる曲は、数分まで隣にいた彼の歌声であった。 

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