弟のように思っていた年下幼馴染、実は女の子でした〜知らずにルームシェアを提案してしまった俺の末路……全部幼馴染の計算通りだったようです〜
「僕、お兄と同じ大学に受かったよ!!」
音割れしそうなほど大きな透の声。
耳がキーンとなって、思わずスマホから耳を離してしまった。
うるせぇ……と一喝したい所だが、事情が事情。
ここはまず、
「おめでとう!!」
負けじと大きな声で返すことにした。
めでたい、実にめでたい。
仕事行って寝るだけ──そんなモノクロな日々が鮮やかに色づいていくような、そんな気分。
「お兄、うるさい」
「いや、理不尽にもほどがあるだろっ!?」
俺がツッコミを入れればケラケラと。
透が相変わらず豪快に笑う。
はぁ、とため息を一つ。
こういう所はもうすぐ大学生、だというのに昔と変わらないらしい。
「というわけで僕はお兄の後輩になるから、よろしく~」
「はいはい、上京してきたら焼肉くらい奢ってやるよ」
「ほんと!? ジョジョ宴とか?」
「社会人二年目の俺が食べ盛りの透を連れていったら破産するっての。でもそれなりにいい所には連れて行ってやるから……まあ期待しとけ」
「いやったぁ!」
ぶわっと。
向こう側で透が万歳でもしたのかスマホが風を切る音がする。
俺が上京してからもう六年くらいか。
それくらい長い時間会っていないのに、透が電話越しにどんな表情をしているのかが、ありありと目に浮かぶ。
年は離れているが幼馴染の功、というやつだろう。
「それにしても透……」
「ん?」
「結局声変わりしなかったのな」
昔より多少は低くなってはいるものの、透の声は男の地声にしては高めだ。
「ん……あ~、そっか……そういえばお兄はそうだったよね」
「なんだ、俺のダミ声に文句あるのか?」
「いやそういうわけじゃないんだけど、まだそう思ってるならいっか……」
「何ひとりでぶつくさ言ってるんだ?」
「ううん、なんでもなーい」
独り言が多いのも相変わらずらしい。
三つ子の魂百まで、とはこのことか。
イタズラっ子で手がかかるガキ大将だった昔に比べればこれでも大分落ち着いたのだろうが……
そんな透がもう大学生ときた。
俺も年を取るはずだ。
なんて感慨深く思っていると、ふと大事なことを思い出した。
俺も苦労した上京あるあるについて。
「透、上京するなら早めに引っ越し先見つけとけよ?」
「あー、お父さんにも言われたそれ……」
「浮かれてたら俺みたいに無駄に部屋数の多い部屋に住むことになるぞ」
「いいじゃん、それなら」
「良くない。俺は家賃の予算オーバーしたから、生活費バイトで稼がないと生きていけなかったんだからな」
「ウケる」
「笑うとこじゃないぞ。都会の物価舐めんな」
偉大な先人の言葉だと言うのに透は聞く耳を持ってくれない。
四月になって後悔しても知らないからな……なんて考えていた所で妙案を思いついた。
「なぁ、透。部屋探すのめんどくさいんだったらさ」
「うん?」
「俺とルームシェアしないか?」
我ながらナイスなアイデアだ。
透にも俺にもメリットしかない。
一人暮らしに強烈に憧れているなら無理強いはしないが、現実問題いきなり一人暮らしっていうのも大変そうだし。俺も空いてる部屋を有効活用できるし。
「それって……本当に言ってる?」
「うん? 思いつきではあるけど、本気だぞ。透がいいなら俺は歓迎するから」
「ほんと!? なら絶対お兄と一緒に住む!」
「一応親父さんに相談しろよ」
「……ちょっと待って。今聞いてくるから」
──お父さーん。
遠ざかっていく透の声。
……そそっかしいやつだ。
あの喜び方、きっと大学に合格してハイになってるんだろうな。
程なくして二つの足音が聞こえてきた。
「もしもし、翔くんかい? 聞こえるかな?」
透とは対照的に渋い声。
懐かしい、透の親父さんだ。
「はい、聞こえてます。ご無沙汰してます」
「うんうん、元気そうなのは何よりだが……その、翔くん」
「はい?」
「透と一緒に暮らしたいって言うのは……本気で言ってるのかい?」
「ええ、本気ですよ。幸い部屋なら余ってますし……いきなり息子さんが一人暮らしってことになると不安もあるでしょうから、俺でよければ少しくらい面倒見ますよ」
「そういうことか……」
「……?」
「いや、今になって言うのは少しあれなんだが……透は実は……ってむぐぅ! んぐぅ!」
バタバタと。
どうやら親父さんが透に口を塞がれているらしい。
何やらごにょごにょと透が話している声が聞こえる。
「おーい、透。何してんだー」
「何でもない! ちょっとかけ直すから待ってて!」
ツー、ツー
「……切れた」
いったいなんだったんだ?
親父さん、何か言おうとしていたようにも聞こえたんだが……
頭に疑問符を浮かべながら待つこと数分。
再び透からの電話。
「あのなー、透。さっきのはいったいなんだったんだよ」
「ごめんごめん、お父さんをちょっと始末しただけだから」
「いや、言い方」
「ルームシェアのことならお父さんから許可もらったから大丈夫だよ!」
「そ、そうか……ならよかった」
「そういうことだから、春からよろしくね! お兄!」
「お、おう。よろしく」
細かいことは親父さんとラインで打ち合わせをする……ということが決まってその日の話は終わった。
後日、親父さんと詳細について打ち合わせをすることになったのだが……
「翔くん……不束者だが透のことをどうかよろしく頼む」
やたらと重いことを言われて少し戸惑った。
哀愁漂う声がリフレイン。
結局何が親父さんの態度をそうさせたのか分からぬまま、三月の末。
透が家にやってくる日がきた。
これ幸いと有給を取って部屋の片づけを終わらせておいたから迎え入れる準備は万端。
透がどんな風に成長したのか……夕陽に思いを馳せながらコーヒーを一口。
上京する前は飲めなかったコーヒーも今ではすっかり好物になってしまった。
時の流れを感じる。
さて、おそらく家事もロクにできないであろう透にどう先輩風を吹かせてやろうか。
そう意気込んでいるうちに、透から
「駅に着いたよっ!」
可愛らしいスタンプと共に、メッセージが届いた。
ここは駅からそれほど遠くないマンション。じきに到着するらしい。
──迎えに行こうか?
そう提案したのだが、
──何歳だと思ってるの?
そう言われて断念した。
つい昔のイメージのまま子供扱いしてしまうが、透とてもう大学生なのだ。
あまり過保護なのはよくないか、ということで遠慮なく家で待たせてもらうことにした。
年の離れた幼馴染と久しぶりの対面。
少しソワソワとしてしまう。
空になったコーヒーカップを傾けてしまうほどには。
落ち着いてきたとはいえ俺だってまだ社会人二年目、今年で三年目の大人初心者。
泰然自若とした貫禄ある大人にはまだなれそうにない。
ピンポーン。
二杯目のコーヒーを淹れようかというところでインターホンが鳴った。
ナイスタイミング。
「はいよー」と返事をしてすぐに扉を開ければそこにいたのは……
「お前……本当に透か?」
「えへへ、お兄っ! 驚いた?」
こんがり小麦色に焼けた肌は珠のように白くなり、背丈も俺とほとんど変わらない。
すっかり大人の姿になった透がそこにいた。
「変わるもんだなぁ……」
感嘆の声が漏れる。
目の前にいるのは中性的な美少年。
サラサラのショートカットの髪を風になびかせて。
タイトなジーンズで露わになるシルエットは細っこい。
だぼだぼなパーカーを着ているせいで上半身のシルエットは分からないが、こちらもきっと細っこいのだろう。
「お兄はちょっとやつれた? ちゃんと食べてる?」
「まあな、最低限自炊はしてるよ」
「ダメだよ、栄養バランスとか考えなきゃ」
もう若くないんだから。
余計な一言を付け加えてキシシと笑う。
憎たらしい言葉のはずだが、妙に胸に沁みた。
──あ、透だ。
その表情を見て安心したから。
成長したとしても変わらないところは変わらないらしい。
「とりあえず入れよ。透の部屋なら用意してあるから」
「はーい」
するり。
俺の脇をすり抜けるようにして透がずけずけと部屋に上がり込んでくる。
「えー、ゴミ屋敷になってるかと思ってたらちゃんと片付いてる」
この野郎。
一言多いんだよ。
透が来るって言うから一応見栄えがいいようにちゃんと片付けた──というのは黙っておくことにする。
ドアを閉じて透の後に続く。
透はと言えば、あちらこちら、勝手にタンスやドアを開いてはいちいち驚いたような顔をしている。
探しても何も出てこないぞ。
「おい、そんなにドタバタすんなよ」
「分かってるって……ってうわぁ!」
言わんこっちゃない。
急いで駆け寄って、転びそうになっている透の脇に手を回してガッチリホールド。
「きゃっ」
透は何やら似合わない乙女チックな悲鳴を上げて、俺の方をジロリと見てくる。
顔は何やらわずかに赤くなっていた。
お上りさんな所を見られて恥ずかしかったのか。
何かのスイッチが押されたのか、急にしおらしくなった。
「ちょっとは落ち着けよ」
「……はい」
「それとさ、透」
「うん?」
「ちょっとは筋肉付けろよな。ガリガリじゃんか」
ぶかぶかのパーカーを着ているせいで分からなかったが、中身はガリガリだった。
総菜の衣ばっかり分厚い海老天みたいだ。
「余計なお世話なんですけど~、それとお兄、早く放して」
「はいはい」
ぐっと透の体を持ち上げて元の姿勢に戻してやる……軽っ。
人に言っておいてなんだが、筋トレなんてかけらもしていない俺に簡単に持ち上げられたらダメだろ、男として。
「ありがとっ」
少し恥じらいを残したまま、透がにぱっと笑う。
「お礼に晩御飯作ってあげる」
「いや……透、今日は移動で疲れてるだろ。出前でも取るから大人しくしてろって」
「さっきゴミ箱の中身見たけど……」
「見るなよ」
「コンビニ弁当のゴミばっかりじゃん。不摂生はダメだよ?」
「一人暮らししてたら直にわかるさ……自炊ってのはなぁ。なかなか厳しいんだよ。俺は時間を金で買ってるんだ」
「そういう理屈っぽく言い訳するところ、変わってない」
図星を突かれた俺は何も言い返せなかった。
いや、言い訳をすると自炊する気はあるし、それなりに自炊をしてはいる。
だがどうしても残業とかがある日には、帰ってきてから料理とかする気にならないんだよ。
これ、きっと俺だけじゃないと思う。
「てか、透。お前料理できんのかよ」
「ま か せ て」
ムカつくドヤ顔をしながら透。
きっとスクランブルエッグとか、そんな感じだろうと思いつつも、透の成長を見てみたかったので夕食を透の腕前に委ねることにした。
どうせスクランブルエッグ。
そう思ってた過去の俺よ、直ちに考えを改めよ。
こいつすげえわ。
初めて調理する場所だと言うのに、流れるように作業をこなした透はあっという間に一汁三菜。冷蔵庫の残り物で立派な家庭料理を作り上げてしまった。
「マジか……」
これにはさしもの俺も驚かずにはいられなかった。
「女子力たけぇ……」
「えへへっ、どやぁ!」
褒められた透は上機嫌。
ウキウキ顔で食卓を挟んで俺が透の作った料理を口に運ぶのをジーっと見ている。
肝心の味は……というとこれまた完璧だった。
あれ、心配したけど透って普通に一人暮らしできるんじゃないのか?
なんでわざわざ俺とのルームシェアなんかに同意したんだ?
「どう?」
「美味い……正直驚いた」
「でしょ? 頑張って覚えた甲斐があったよ」
「そんなに一人暮らしに憧れてたのか……」
「うーん……まあそう言うことにしておこうかな?」
歯切れの悪い返事だったが、アルコールで判断の鈍ったせいか全くもって気にならなかった。
未成年の前で一人ビール。
悪いとは思うけど、絶妙にビールが飲みたくなる味付けなのだ。
おふくろの味とは違う若者特有の少し濃いめの味付け。
これがビールと抜群に合う。
「いいなぁ……僕も早くお兄と一緒にビール飲みたいなぁ……」
「成人したらな。いくらでも付き合ってやるよ」
「じゃあ、今はそれでいいや」
珍しく物分かりがいい。
おやつの分量をみみっちく測っていて少しでも俺の方が多かったら大騒ぎしていた透と同一人物とは思えない。
「イタズラっ子だった透がこんなにも立派に育って……」
感慨深くなってしまう。
だが、当の透は、
「僕はまだイタズラっ子だよ?」
何やら不穏な笑みを浮かべていた。
満腹だ。
食った食った。
酔いもいい感じに回ってきて気分がいい。
だからだろうか。
「ねえ、お兄?」
「うん」
「一緒にお風呂に入ろうよ」
なんて言葉を額面通り受け取ってしまったのは。
「おー、男同士背中を流し合うのも悪くねえな」
気分は懐かしの修学旅行。
これだけ優男に育った透のことだ。
きっと高校時代はモテたのだろう。
その辺りのことを深堀りしてやろう。
「ちょっと準備があるから先に入ってて~」
「おう」
準備?
ふと疑問に思ったが、バスタオルとかその辺のことなのだろうと考えて、俺は一人先に風呂場へと向かった。
シャンプーをしている時、目を開ける派か、開けない派か。
ちなみに俺は開けない派だ。
目に入ると痛いし、シャワーヘッドの位置なら感覚で覚えてるから問題ないし。
だからいつもの通り目を瞑ってシャンプーをしていると見計らったかのように風呂場のドアが開いた。
透が入ってきたらしい。
「あ、お兄、代わりに頭洗ってあげよっか?」
「お、いいのか?」
人にシャンプーしてもらうのは格別だ。
美容室に言った時はそれがメインイベントだと言っても過言ではない。
ルームシェアにこんなメリットがあったとは。
ホクホク顔で頼むと、透の細っこい指が俺の頭を這うように動き始めた。
シャカシャカと。
流れるように、指が動いていく。
これだよこれ。
あとでお駄賃代わりにジュースでも奢ってやろう。
満足した所で泡を流す。
せっかくの男二人水入らずのイベントだ。
「じゃあ、次は俺が……」
交代で頭を洗ってやろう。
そう言おうと目を開いた瞬間。
「はぇ」
俺はマヌケな声を上げた。
そこには透がいた……ビキニ姿の。
ガリガリの上半身の胸部にのみ、蓄えられた脂肪。
下半身にはあるべきはずのものがない。
──不束者だが透のことをよろしく頼むよ。
哀愁漂う親父さんの声が。
──僕はまだイタズラっ子だよ?
透の声がリフレイン。
パズルのピースはとっくにハマりきっていたのだ。
「どう? 驚いた?」
イタズラに笑う透。
そこまでして俺はようやく透が男ではなく、女であったことに気が付いた。
「すまんっ!!!!!!!!」
人生初のガチ土下座である。
風呂場から上がった俺は着替えもそこそこに透に頭を下げた。
当の透はと言えば、息も絶え絶えになりそうなくらいに笑っている。
「さすがに男女でルームシェアするのはまずいよな……ああ、今からでも業者抑えないと」
「お兄が言ったじゃん。引っ越し先は早めに決めとけって。この時期はもう部屋が空いてないよ」
「確かに……」
「つまり……お兄はもう僕と一緒に暮らすしかないんだよ」
ニタニタと小悪魔な笑みを浮かべる透。
どうやら俺は嵌められたらしい、と今になって気付いた。
「なんで……こんなことを?」
「それはもちろん……」
もったいぶりながら、顔を赤らめながら。
「お兄のお嫁さんになることが夢だったんだから」
「マジか……いや、正直未だに信じられないな……」
「信じられないならもっかい水着見る?」
「いや、いいって!」
慌てて制止する。
大人ぶってたつもりが立場は逆転。
今や話の主導権は完全に透に移ってしまった。
「ずっっっと、鈍感だったもんね。お兄は」
「いや全くもう……本当にその通りで」
「ずっとアピールしてたのに、全然気づいてくれる様子がなかったんだもん。だから、強硬手段に出ちゃいました♪」
「だって……実は女の子だったなんて思わないじゃんかよ」
「それじゃあこれから一緒に、同棲しようねぇ」
上機嫌でトドメを刺してくる透。
俺に拒否権はもう……ない。
「ちなみに僕は、お兄になら何されてもいいからね? どんな手段を使っても絶対にお兄を堕としてみせるから」
完全に俺はしてやられたらしい。
勝負は始まったばかりだと言うのに……勝てるビジョンが既に見えなかった。
俺はきっと遠くない将来、この勝負に負けるだろうという確信めいた予感がした。
ありがとうございました。
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