幼馴染にフラれたので頭を丸めたら学校一の美少女から熱い視線を向けられるようになった件
頭の悪いラブコメです。
「ごめん、斗真のこと男として見るのは無理かな」
失恋。
意を決して幼馴染の一条真紀に告白した俺は、ものの見事に玉砕した。
──将来はね、とーまくんのお嫁さんになるの!
そう言っていた幼いころの真紀はどこへ行ったのか。
俺はその言葉を今も信じていたのに……。
二人で何度か買い物にだって行った。
遊園地や映画館にだって行った。
男子高校生からしたら、こんなのもうOKサイン以外の何物でもないと思ってた。
違った。
真紀はただ純粋に俺のことは仲の良い友達だと思っていたらしい。
──なんだそれ、俺の純情を弄んだのか?
理不尽な怒りが湧き上がる程度には子供で、その感情を真紀に直接ぶつけない程度には大人だった。
「はは……そっか、なんか……ごめん」
「いや……私の方こそ、ね?」
曖昧に笑うことしかできなかった。
「あははは……なんて言うかその、今日のことは忘れてくれ」
「あ、うん。そうだね、明日からまた……いつも通り、でいようね?」
「そうだね……」
絶対無理なやつだ。
お互い意識して疎遠になるの確定コースです。
長い間お世話になりましたあなたのことは忘れません。
きっとこうなる。
そんな予感がした──高二の春。
※※ ※
「うっ……うっ……」
その夜俺は一人枕を濡らした。
落ち着けば落ち着くほどショックがリバーブローのように鈍く重い痛みとなって襲いかかってくる。
「はぁ……明日からどうしよ……」
俺と真紀は同じクラスだ。
明日になれば嫌でも顔を合わせることになる。
噂や人の距離感に聡い高校生のことだ。
俺と真紀の間に微妙な距離があれば、すぐに噂になるだろう。
……というか俺、仲の良い連中には告白するって宣言したんだよな。
勝ちイベ確定だと思っていた俺は一転してどん底に落ちた。
絶対朝一番に告白の成否について聞いてくる。
ていうかさっきからラインの通知が止まらない。
多分もう察しがついてることだろう。
恥ずかしい……
俺は頭を抱えた。
そしてふと思った。
(ああ、頭丸めよう)
と。
フラれた女子が自慢のロングヘアをバッサリ斬り落としてショートヘアにするように、男なら潔く頭を丸めよう。
そして忘れよう、というかネタにしよう。
幸い俺の名字は丸井だ。
頭を丸めたらすべらない話になること間違いなし。
──深夜テンションで決めたことを実行するとロクなことにならない。
そんなことは知っている。
なんなら明日起きた瞬間に百パーセント後悔する。
でも俺は頭を丸めずにはいられなかった。
幸か不幸か、うちにはバリカンがあるのだ。
野球部に入っている弟がいるため、今でも現役で稼働中のバリカンが。
俺はノロノロと部屋を出て、洗面所へと向かう。
新聞紙を床に敷けば準備はOKだ。
バリカンの電源を入れる。
ヴィーとした振動が手に伝わる。
手が震えているのはバリカンのせいだ、きっと。
「南無三!」
俺は潔くど真ん中から髪の毛を削ぎ落した。
※※ ※
「ギャハハハハハハハ」
「ひ~、腹痛い……あはははっははっはは」
「お前ら笑いすぎだろ!」
翌日、当然のように深夜テンションで丸刈りにしたことを後悔した。
それでも、学校はサボることができず登校したのだ。
ったく……俺がどんな思いで頭を丸めたと思ってるんだよ……
教室に入った俺を見た瞬間、教室が爆笑に包まれた。
そして今、仲の良い男連中は涙を流して笑い転げている。
教室のいたるところから笑い声が漏れている。
なんなら真紀も笑っている。
元はと言えばお前のせいなんだぞ?
お前に笑う権利はないと思うんだが!?
「おい斗真、触らせろよ頭」
「うるっせ、誰が触らせるかよ」
「うほ~、芝生みてえ! 何ミリ、これ?」
「20mmだよ!」
こうなりゃもうヤケクソである。
俺は代わる代わる色んなやつに頭をもみくちゃにされた。
そんな中ふと視線を感じた。
いやもちろん教室中の視線が俺に集まっているのだが、その中でも……どこか異質な視線に思える視線が一つ。
──加藤さん?
その視線の主は加藤静寧、このクラスで……いやこの学校で一番だろうと男子の間でもっぱら噂の超がつく美少女。
モデルのように手足はスラリと伸び、同じ人間か怪しくなるくらい顔が小さい。
まつ毛も長いし、丸く大きな瞳には優しい光が灯っている。
そして完璧に左右対称なんじゃないかと思うくらい整った顔立ち。
もう造形からして違う。
作画のレベルが違う、画素数が違う。
とにかく神様が一際真剣に作ったんじゃないかと思えるほどの美貌を持っている。
そんな彼女が熱っぽい視線を俺に送っているのだ。
どこかふやけたような顔をしながら。
その大きな目でジーっと見つめられると胸のうちがくすぐったくなる。
気まずくなって、チラリともう一度加藤さんを見れば……
ガッツリ目があってしまった。
瞬間。
バッと加藤さんが素早く目を逸らす。
──俺の勘違いか?
俺の疑問は友人たちに頭を激しく揺らされて霧散した。
──やっぱり見てるよなぁ……
ここ最近、加藤さんからの熱っぽい視線のビームが止まらない。
授業中もずっと斜め後ろからの視線を感じるし、プリントを後ろに配る時なんかに確かめてみるとほぼ毎回確実に目が合う。
そしてその度に恥ずかしそうに目を逸らすのだ。
──もしかして、脈があるのか?
哀しいかな男子高校生の脳細胞はそのくらい単純にできているのだ。
ちょっとしたことですぐに気があるんじゃないかと思ってしまう。
頭を丸めてよかった、と思うことがある。
それは真紀への想いを引きずらなかったこと。
丸めた頭をきっかけにまた普通に話ができるようになったのだ。
好きだった、という気持ち以前に真紀とは友人としても大切な存在だったから……。
頭を丸めてよかった、と今では結果的に思っている。
──こうして俺の淡い恋は儚く散ったのだ。
そのはずだった。
季節が廻れば大地に新たな命が芽吹く、恋愛もまた然りだ。
新たな恋の予感がした。
それは俺が頭を丸めてから数日が経ったとある日。
ラインで友達登録していない相手からのメッセージ。
誰かと思えば……加藤さんからだった。
『お話したいことがあります。放課後残っていてもらえませんか?』
重ねて言う。
男子高校生の脳細胞は単純なのだ。
このメッセージを受け取った瞬間俺は新たな恋路の芽生えを感じた。
ありかなしかで言えば百パーセントあり。
あまりにも高嶺の花過ぎて誰も手が出せない加藤さんだけど、向こうからアプローチをしてくるのであれば話は別だ。
俺はその日の授業をうっきうきでこなして、放課後を待った。
「悪いけど、用事があるんだわ」
そう言って普段一緒に下校している友人たちと別れ、宿題でもしながら教室から人がいなくなるのを待った。
部活の連中が消えて、放課後ダラダラ教室で喋る連中が消えて……
そうして教室は俺と加藤さんの二人きりになった。
二人きりになったのを注意深く確認して、加藤さんが俺に話しかけてきた。
「あの……」
改めて見ると、顔ちっさ! まつげなが! それになんか華の良い香りがする気がする。
マイナスイオンっていうの? 多分それも出てる。
「はい?」
俺はあくまで余裕たっぷりに答えようとする。
ちなみに声はちょっと裏返った。
加藤さんが何かを言おうか言うまいか、その透き通るように白い頬をわずかに紅潮しながら躊躇っている。
男の余裕。
ここは急かさずにゆっくりと待つ事にした。
そしてやがて加藤さんが口を開く。
そう、それは俺に対する愛の──
「頭をわしゃわしゃさせてもらってもいいですか!?」
……
…………
……………………
「え?」
予想外も予想外である。
四択の選択肢問題の答えが全部不適切だった時以上に予想外である。
頭を? わしゃわしゃしたい?
シチュエーションと言葉のギャップに俺の脳はフリーズする。
そのせいか、返答も機械的なものになってしまう。
「ドウゾ」
駅前のコンビニで最近働き始めた外国人の研修生かよ。
完全にカタコトだった。
それでも、俺の返事を聞いて加藤さんの表情がぱぁっと華やぐ。
それはまるで花が咲き綻ばんばかりに。
「それじゃ、失礼します」
そう言うと、白くて細い、触れただけで折れてしまいそうな加藤さんの指が俺の頭に近づいてくる。
続いてやってきたのはむず痒い感触。
学校一の美少女に頭を撫でまわされているという奇怪な状況。
この状況を適切に表現する言葉を俺は持っていない。
敢えて言うとするならば『不可思議』。それに尽きる。
「ああ……やっぱり……いや……予想以上」
優しく、それでいてねちっこく俺の頭の上を加藤さんの指が這うように動く。
時々頭皮に直に触れるような感覚がして、何とも言えない気持ちになる。
昨日トリートメントとかしておけばよかった。
短いから意味ないだろうけど。
……それにしても、目のやり場に困る。
加藤さんは正面に立って座っている俺の頭を撫でまわしているわけで、そうなると当然俺の眼前にくるのは何か。
そう、制服越しにでもたわわに実っているのがわかる双眸である。
俺は紳士……俺は紳士……
言い聞かせてキュッと目を瞑る。
そうすると体の感覚が触られている頭に集中してしまうというジレンマ。
どうするのが正解なのか。
さすがにいたたまれなくなって俺は声を出した。
「あの……加藤さん?」
我に帰ったようにパッと両手が頭から離れる。
「あの、その……ごめんね」
「いやいや、むしろありがとうございます?」
なんだその返事は、変態か? うん、変態だったわ。
そして一歩下がった加藤さんを見れば、頬はだらしなく緩み、にへらと崩れた笑みを浮かべていた。
そこにはいつもの凛々しくて美しい加藤さんの姿はない。
どちらかというと……同族、変態の顔だ。
恍惚の表情を浮かべたまま、加藤さんが緩んだ朱唇を開く。
「あの……私ね、『坊主フェチ』なんだ……」
「へ、へー、そうなんだー」
──もしもしアレグサ? この時の正しい返答は?
──申し訳ありません。よく聞き取れませんでした。
ですよね。こんな状況どう答えればいいのかなんて誰にも分かるはずがない。
学校一の美少女の衝撃のカミングアウトに俺はただ貼り付けたような笑みを浮かべることしかできないでいた。
「丸井くんの頭の形は均整が取れてて私的に言うと、最高でした」
「それは……よかった」
「本当はね、もっと早くに声をかけたかったんだけど……勇気がでなくて声をかけられなかったんだ」
「いや……このくらいなら……全然」
俺の純情を返せテイク2。
告白かと思ったじゃないか。
でも、加藤さんに頭を撫でてもらうっていうのは役得ではあったんだが……
どうにも釈然としない。
「でも惜しいなぁ……」
「何が?」
「私ね、夢があるの」
キング牧師かな?
「へー、どんな?」
「刈りたてほやほやの頭をマッサージすることなんだ、恥ずかしいから誰にも言わないでね?」
「もちろん、ここだけの秘密にしておくよ」
いや、言えるかい。
誰が信じるんだよ。
学校一の美少女の夢が『刈りたての頭のマッサージをする』なんて。
例え高熱を出してうなされたってそんな夢は見ない気がする。
「本当に残念だな……」
「そんなに……?」
「うん、だって丸井くんは真紀ちゃんにフラれたから坊主頭にしたんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
もう俺がフラれたって話は当然のように広まってるのね。
……当然か。
「だったらもう坊主頭にすることはないんだろうな……って」
シュンと、萎れたような表情を見せた。
その表情があまりにも物悲しそうで……。
俺は選択を迫られたわけだ。
わずかに伸び始めた髪の毛を取るか、加藤さんの夢を叶えるか。
究極の二択だ。
だが、俺は迷わなかった。
「ねえ、加藤さん」
「なに?」
「これから……うちにこない? 今日……誰もいないから」
「丸井くん、それって……」
「ああ、そうだよ」
ここだけ話を聞かれたら誤解されかねないんだろうな、と思いながら話を続ける。
残念ながらラブロマンスは起こらない。
「バリカン、するから」
「ほんと?」
「ああ、それも加藤さんのお好みの短さまで」
「いいの……?」
萎れていた笑顔が再び咲き乱れた。
それが煩悩にまみれたものだとしても、俺に向けられるのはもったいないくらいの屈託のない素敵な笑顔だった。
──まあこの笑顔が見られるなら安いもんだよな。
俺は頬を引きつらせて苦笑交じりに思うのだった。
※※ ※
「どうですか~、痒いところないですか~」
「ないです」
美容室の一角ではない。
自宅の洗面所だ。
そこにいるのは5mmまで髪を刈った俺と腰まで届くロングヘアの加藤さん。
どれくらい短くしてもいいとは息巻いたものの、まさか容赦なく5mmを希望してくるとは思わなかった。
おかげで今の俺はほとんど頭の形がそのまま剥き出しになっている。
鏡を見ればそんな俺の頭を恍惚の表情で堪能する加藤さんがいた。
どこから持ってきたのかヘアトニックを俺の頭に振りかけて、俺の頭を柔らかくてしなやかな両の手で揉みこんでいる。
気分は下味をつけられている鶏肉だ。
加藤さんが手を動かす度にジョリジョリとした音が響く。
それが心地いいのか加藤さんは更にだらしなく頬を緩める。
なんならちょっとよだれも垂れてきている。
──自宅で美少女にヘッドマッサージをされている。
属性盛り過ぎのシチュエーションに俺は喜んだらいいのかすら分からない。
世間一般で見ればご褒美に分類されるのだろうが、払った代償のことを考えると複雑な気分になる。
地肌を持ち上げられるように指を動かされるたびに俺は何とも言えない気持ちになる。
気持ちよさ半分、恥ずかしさ半分。
「私……好きだなぁ……」
ポツリと加藤さんが言葉を漏らした。
でも知っている。
俺はこれがテイク3であるということに。
だがそれでも一抹の期待を持って聞いてみる。
何が? と
そして加藤さんは照れたように笑いながら答えるのだ。
「丸井くんの……頭の形」
そっちですよね。
知ってました。
なんなんだこれ。
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