555 怪しい人影の正体への僅かな手がかりと、不可思議な現象
私がノエル殿下とお兄様の方へと視線を向けたあと『良かったら二人も座ってほしい』と、ソファーへと座るように促せば、ノエル殿下が入室してきたことで立ち上がってくれたローラとエリスが、二人と入れ替わるように、人数分の紅茶の準備をしてくれると声をかけてくれて、この貴賓室の一角に用意されている、小さな簡易用のキッチンへと向かっていってくれた。
ノエル殿下自身、私が、ローラやエリスを特別大事に扱って、一緒にご飯を食べたり、楽しい団欒の一時を過ごしていることにも、船の中で出会った当初は驚いた様子だったけど、段々と慣れてきているみたいで『多分、みんなで、今日起きてしまった出来事について話していたんだな』くらいの感じには思ってくれたんだと思う。
特に、そのことについて、必要以上に突っ込まれるようなことはなく……。
けれども、やっぱり、私達のこの対応自体は、あり得ないと思っている様子で、今現在、私達がソマリアまでやって来ていることで、外交のための一人として抜擢されているバエルさんとも食事をするようにはなっているけれど……。
ノエル殿下自身の感覚では、今まで、御目付け役のバエルさんにマナーを習ったりするようなことはあったとしても、従者と一緒に食事をしたり、こうやって楽しく団欒の時を過ごしたりしているというのは、どうしても、違和感に感じてしまう部分もあるみたいで、今も、私達の様子については、ほんの少しだけ気にするような雰囲気を醸し出していた。
勿論、ノエル殿下も、バエルさんが御目付け役として、長い間一緒に過ごしていると思うから、割と二人の間には気安い雰囲気も漂っているとは思うんだけど、今日のお昼ご飯の時もそうだったけど、バエルさん自身も、ノエル殿下とは、ほんの少しだけ距離を取って壁を作っているような様子だったから……。
一方で、お兄様は、私が能力を使ったのだと分かっているからこそ、心の底から、私の体調を心配してくれていながらも、この場所に、ノエル殿下がいる手前、言い出せない感じになってしまっていて、今も、ノエル殿下に悟られないよう、一瞬だけ『ほんの少しでもいいから休んでほしい』と言わんばかりの瞳で、大分、気遣うような視線を私に向けてくれていたと思う。
そのことに感謝の気持ちを抱きながらも、私自身は、能力を使ったことで、未だに体調が優れないのを隠すようにして、お兄様には『必要以上に心配しないでほしい』という思いを込めて。
ノエル殿下には、もしかしたら、もう気付かれてしまっている可能性もあるんじゃないかとヒヤヒヤしながらも、魔女として能力を使ったことが、極力バレることのないように『植木鉢が落ちてきたことで、ビックリはしてしまったものの、今は特に何も問題がなくて元気だから心配しないでほしい』ということが伝わればいいなと、表情にも気を付けながら、しっかりとした視線を送ることにした。
「あの……、お兄様、ノエル殿下、先ほどは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
私自身、精神面のことを心配してもらって、先に帰らせて頂けて、本当に感謝しています。
あれから、学院での調査は、どうでしたか……っっ?」
「うむ、……そうだな。
あれから、ほんの少しでも、犯人に繋がるような手がかりとして、何か、分かるようなことはあったりしたのか?」
そうして、私が促したことで、目の前のソファーに、そっと腰掛けてくれた二人に向かって、私自身、王城に帰ってきてからも気が気ではなく、ここまでの間に、ずっと気になっていたことを、アルと一緒に質問してみれば……。
お兄様が、ほんの僅かばかり難しい表情を浮かべながらも……。
「あぁ……、それなんだが。
……俺たちの方で、色々と調査はしてみたものの、その結果については、あまり、芳しい状況だとは言い難いだろうな。
一応、手がかりになるようなものが一切なかったかって言われたら、そうでもないんだが……」
「あぁ……、とりあえず、学院には、こんなことがあったって報告はしたんだけどな……っ。
状況的にみても、誰が植木鉢を落としたのかっていうことでの追及は、かなり難しいかもな」
と、私達に向かって『調査の結果については、あまり良くないものだった』と、ノエル殿下と一緒に説明してくれ始めた。
お兄様とノエル殿下曰く、私達がお兄様達と別れたあと直ぐに、その足で、学院の4階まで急ぎ向かって行ってくれたものの、窓が開いていた上に、壁掛け用の植木鉢については人力で外された形跡がありつつも、やっぱり、予想通り、その場所はもう、もぬけの殻になっていて、人の姿は、一切見られなかったのだとか。
「それで、流石にこんなことになっている以上、周辺での聞き込み調査を開始して、3階から4階付近にいた学院生達に、事件のあらましを伝えた上で、当時、4階から、誰かが何かを落としたりする現場を目撃したりしていないかって聞いてみたんだが、事件当時、廊下にいたような人物は誰もおらず、直接、その現場を目撃した者というのは、残念ながら出てこなかった」
「あぁ、だけど、3階にいた学生から、事件が起こるちょっと前に、普段は見ないような、外部の人間っぽい存在が4階へと続く階段を上がっていったっていう話は、聞くことが出来たんだよな」
「そうだな。
だが、それで、目撃情報を寄せてくれた学生に、それ以上の特徴などに関しても聞いてみたんだが、学院内で階段を上がるような人間がいること自体は、特別珍しいことでもないし。
まさか、そんな事件が起きるとも思わなくて、自分もただ通り過ぎただけで、そこまで気にも留めていなかったことから、一瞬のことで、明確には覚えていなくて、あやふやなことの方が多いって言われてしまってな。
証言に、曖昧な部分が混じっている分だけ、信憑性に欠けてしまうということもあって、それが絶対的な証拠だとは、どうしても言い切れないし、残念だが、それ以上の、確かな情報は得られなかった」
その上で、今、私達に事情を説明してくれた、お兄様とノエル殿下の口ぶりから考えても、事件当時、誰かが4階まで上がっていったこと自体は、学生さんの一人が目撃しているから間違いはないと思うものの、それが、オルブライトさんだったかどうかは、分からなかったんだよね……?
だけど、曖昧ではありつつも『普段、見慣れないような人だったと思う』ということで、外部の人間の可能性が高いんじゃないかっていう所からも考えてみると、やっぱり、一連の事件の犯人は、オルブライトさんで決まりなのかな……っ?
ただ……、それにしては、第二の事件も、第三の事件も、本当に、もの凄く不用心すぎるというか、ナイフを置きっぱなしにしているのが自分だと直ぐに判明するような事をしていたとしたら変だし。
姿も隠そうとしないで、4階に上がっていって、人の目に付くような行動に出ていたりだとか、うっかりしているというには、あまりにも不自然に『自分が犯人だ』って公言しているような事が続いてしまっているなぁと感じるんだけど、犯人は、本当に、オルブライトさんなのかな……?
『一連の事件の裏にいる犯人が、私が魔女だということが知りたくて、こんなことを仕掛けてきているのは、間違いないはずだよね?』
――その上で、この件に、オルブライトさんが関わっているかどうかについては、やっぱり、ルーカスさんや、セオドアの言うように、自分が目立つことでの、何かしらの目眩ましだったり、陽動作戦だったりするんだろうか……?
私が、内心で深く『うーん……』と考え込んでしまっていると、そのタイミングで丁度、ローラとエリスが、人数分の温かい紅茶を運んで来てくれた。
そうして……。
「一応、事が事だっただけに、学院側への報告に関しては、責任者でもある学院長に、しっかりと伝えてきたし、俺からも要請して、今後はこんなことがないように見回りなどについても強化してもらうよう約束は取り付けておいた。
だからといって、完全に今回のような事件を防ぐことは難しいかもしれないが、少なくとも学院内の見回りを強化してもらえることで、犯人も動きにくくなるだろうし、怪しい動きをしている人物がいるということを周知して貰えていることで、危機感を持って対応して貰えるようになるのは間違いないはずだ。
それによって、恐らくだが、そういった不審な動きをする人間を見付けやすくもなってくるだろう」
と、お兄様が言ってくれたことで、これからの学院での生活に関しては、ほんの少しだけゆとりのある生活を送ることが出来るかもしれないと私はホッと胸を撫で下ろした。
とはいっても、犯人の目的が私が魔女であることを知りたいというものだったのだとしたら、今日を境にピタリと止んでしまう可能性だってある訳だけど、それでも、今後、犯人が私に対して何か仕出かしたいと思った時には、学院側が警備を強化してくれることで、多少なりとも抑止力にはなるはずだよね。
問題は、その警備をしてくれるのが誰なのかということになると思うけど、ウィリアムお兄様が説明してくれた限りでは、元々、学院に入る際の守衛として門番を担当してくれている警備の人達の中で、彼等のうちから、持ち回りで見回りをしてくれるようになったみたいで、普段から、私達とも何ら関わりがないちゃんとした警備の任に就いている人達だと聞いて、その分だけ、私も凄く安心してしまった。
「それで、一応、俺たちが学院長のもとへ行った時に、ダヴェンポートとヨハネスがその場にいたことから、そっちについても、緊急事態だったことから、今回起こったことは、報告させてもらった。
まぁ、二人に関しては相変わらずっていうか、俺は、あの二人から信用はされてないから、俺からじゃなくて、ウィリアムが学院長に向かって説明してくれたことについて、聞き入っているって感じではあった訳だけど……」
「あぁ……、それで、ダヴェンポート卿もヨハネス殿についても、今回の事件のあらましを聞いて、パッと見た感じ、外交相手でもある俺たちに何かあったらどうしようって驚いていた様子だったから、もしかしたら、今日、このあとにも代表して、ダヴェンポート卿が状況を聞きに、やってくることはあるかもしれない」
そのあと、続けて、ノエル殿下と、お兄様にそう言われたことで、ダヴェンポート卿とヨハネスさんも、私達に起こった事件のことについては、既に知っているのかと思いつつも、お兄様自身も今『パッと見た感じ』という言葉を前置きとして付けていたように、ダヴェンポート卿が、私達のことを聞いて驚いていたというのが、フリなのか、そうじゃないのかというところまでは、二人に話を聞いた限りでは分からなくて。
「そうだったんですね。
……話して下さってありがとうございます」
と、声をかけつつも、色々なことを考えた時の消去法などから考えて、特に、私のことを知りたいと興味を見せてきていたダヴェンポート卿と、ノエル殿下の二人については、しっかりと、会話をする度に、何かしら探ったりしてきていないか見極めていかなければいけないなと思う。
一応、今話した限りでは、ノエル殿下自身は、私の体調面について、ほんの少し探ってきたくらいかな……っ?
それより、今、初めて、明確に出されたことで気付けたんだけど、ノエル殿下自身、ダヴェンポート卿やヨハネスさんのことを話す時は、二人がノエル殿下のことをよく思っていないように、ノエル殿下自身も、彼等のことは、あまり良く思っていない様子で、ほんの少し仄暗い感じに、瞳が濁ってしまうみたい……。
普段、明るくてパッと見た感じで、カラッとしている部分が沢山ある気がするのに、こういう時のノエル殿下の一瞬の暗闇にも見えるような瞳では、どこか、何も映していない空虚な感じとは、また少し違うんだけど、確かにそこに強い意思が垣間見えるのに、何か、重要なものが欠落しているというように、がらんどうのようにも見えるというか、深く、どこまでも、底の見えないような闇を抱えているような気がしてならないというか……。
そういう意味で、ノエル殿下のことがもの凄く気になってきてしまって、思わずジッと見つめていたら、ノエル殿下とパッと目があった瞬間、先ほどまでの瞳を覆い隠すように、カラッと明るい邪気のないような人懐っこい笑みを溢しながら、ソファーから立ち上がり……。
「何にせよ、アリス姫が、無事で良かった。
植木鉢が落ちてきた当初は、顔面蒼白な雰囲気で血の気が失せてたから、俺も心配してたんだよ。
命ってのは、短いからこそ、粗末にするようなものでもねぇしなっ、?」
と、ノエル殿下からかけられた言葉に、ちょっとだけ、ドキリとしてしてしまった私が座っているソファーの前までやってきて、しゃがみ込んでから、ルーカスさんが取り替えてくれた包帯を巻いている方の手とは反対の私の手をギュッと握ったあと、私の瞳を真っ直ぐに見つめて……。
「まぁ、けど、みんなが、アリス姫について過保護にしている理由が分かるっていうか。
誰の悪意が渦巻いてんのか分からないけど、ソマリアの人間として、みんなを外交目的で、この留学に呼んだのは、俺だから。
俺も、今後、アリス姫の傍にはいたいなって思ってるんだよ」
と、声を出してくる。
その言葉と態度に、俄に、セオドアや、ルーカスさんが眉を寄せて、がたりとソファーから立ち上がりかけて反応したのを感じながらも、『いつでも頼ってくれたらいい』と間接的に伝えられたのであろうその言葉を、信じていいものなのかどうか内心で戸惑いつつ。
『ありがとうございます』とお礼を伝えていると、ふと、これだけ近くにやって来てくれたことで、普段は髪の毛で隠れていることも多い、ノエル殿下の右耳のピアスが、確か、左右で、同じ数だけあったような気がしたんだけど、今は、左が4つ、右が2つしかなくて、どう考えてもピアスの数が足りていないような気がして……。
「あれ……っ、ノエル殿下、もしかして、ピアス、どこかに落とされたんですか?
確か、左右で同じ数だけの、ピアスをしていませんでしたか……?
その……っ、ここですっ、右耳なんですけど……っ」
と、そっと視覚的にも分かりやすく自分の耳に手を当てながら、ノエル殿下の、ピアスがないことをアピールするように声をかけたら、ノエル殿下が私の言葉にビックリしたように目を見開いた上で、そっと自分の右耳の方に指先を当てたあと。
「あー、アリス姫、ありがとな。
これについては、あまり気にしなくて良いっていうか、俺自身、マジで、よく無くすんだよな。
……洒落てるから付けてんだけど、いつも、付け方がちょっと甘いみたいでな……っ」
と、苦笑しながら、そう言われてしまった。
その言葉に、いつも付けているから大事なものなのかなと思っていたんだけど、そうでもないのかなと感じつつ。
よくよく見ると、インクルージョンと呼ばれているものとして、キラキラと光に反射して輝くように砂金が散りばめられたようなものだったりと、一つ一つ、ピアスの中に入っている内包物が違う感じなんだけど、パッと見た感じでは、あまり分からないような雰囲気で、似たような雰囲気の赤色のピアスだということもあって、もしかしたら、ノエル殿下からすると、いっぱい持っているから、一つ一つはそんなに大事なものではないのかもしれないなと思いながら『そうだったんですね』と、納得するように言葉を返したら、ノエル殿下は私の方を見て、そのあとスッと立ち上がり……。
「まぁ、何にしても、いつでも、俺には頼ってきてくれたらいいからなっ。
俺自身も、ここ、数日ほどで、こんなに頻繁に怪我をすることになったアリス姫のことは、特に、気に掛けたいと思っているし。
一緒にいることで、未然にそういった事件が防げるなら、俺も協力を惜しむつもりはないから……っ」
と、声をかけてくれた。
そうして、ノエル殿下が、私達にそう言って、この部屋から立ち去っていったあと、それまで、あまり口を挟まず、お兄様の報告を聞いてくれながら、ノエル殿下の言動について、鋭く目を走らせてくれていたセオドアが、完全に人の気配が消えたことを確認してから、お兄様に向かって、事件のあらましについて、ダヴェンポート卿やヨハネスさんの様子は、どうだったのかと気にし始めてくれたタイミングで……。
「ごめん、みんな……、先に俺の話を聞いて欲しいんだけど……。
お姫様が、能力を使ったのが分かるのって、お姫様のことを本当に思い遣っているということが前提にありながらも、セオドアみたいなノクスの民や、太陽の子っていう特別な能力のある殿下とかだけなんだよな……?」
と、ルーカスさんが、それまで会話をしていた内容や遣り取りから『違う話をするようになって本当に申し訳ないんだけど』と言わんばかりに、突然、私達に声をかけてきたことで、それまでの話の内容から急に、魔法関連の話に飛んだこともあり。
『私が能力を使ったら、アルだけじゃなくて、セオドアや、お兄様も、分かるようになるというのは、ルーカスさんにも話していたから、そのことを知っている筈なのに、なんでなんだろう……っ?』
と、思わず、私も含めて、みんな戸惑ってしまったと思う。
だからこそ、今更、ルーカスさんが、不思議そうにする理由に説明がつかなくて『一体、どうしたのかな……っ?』と気になって、ルーカスさんに向かって。
「はい、勿論……っ。
前にもお話した通り、精霊王であるアルだけじゃなくて、ノクスの民であるセオドアも、太陽の子であるお兄様も、私が能力を使ったことについては、体感的に、分かるようになっていますよ……っ」
と、声をかけたら、ルーカスさんが、あまりにも難しい表情で眉を寄せながら『そうだよな……っ』と、私の言葉に同意をするように声を出してくれつつも、どこか、釈然としないような様子で……。
「いや、それが、実は、今回……。
俺自身、赤を持って生まれてきている訳じゃないから、あり得ないだろうなって思って、最初は、勘違いかもしれないなって思ったんだけどっっ。
多分、勘違いじゃなさそうだから、言っておくな……っ?
体感的にだけど、俺も……、お姫様が能力を使う瞬間が分かるようになっているっていうか、今、確実に、そのことが感じられるようになっているんだと思う……」
と、私達に向かって、そう言ってきたことから……。
『基本的には、セオドアやお兄様みたいに、赤を持つ者でありつつ、私のことを、本当に大切に思い遣ってくれている人じゃないと分からないはずだよね……っ?
ルーカスさんが、私のことを本当に大切だと思ってくれていると知れたのは凄く嬉しいんだけど、どうして、赤を持っていないはずのルーカスさんが……っ?』
と、私は、その告白に思わず驚いて、目を見開いてしまった。