549 御目付け役の怪しい言動と突然の告白
そのあと、私達は、墓守りの青年のイメージとして、落ち着いた雰囲気の小物などを購入してきて貰おうと、今後必要になってくるものをメモしながら、布団をかけたり、細かいベッドフレームの装飾などといった最後の仕上げは、まだ残っているものの、大部分でベッド作りを終え……。
全員で合わせて8人くらいでの製作だったとはいえ、舞台のセットについて全部を作ろうとするには、今日だけという訳にはいかず。
時間もやっぱりどうしてもかかるもので、とりあえず、お昼休憩の時間が来たこともあり、私は、セオドアや、アル、お兄様、ルーカスさん、それから、ノエル殿下や、レイアード殿下、パトリシア、ステファンのみんなで、学院の食堂までランチを食べに行くことにした。
そうして、かちゃかちゃと、ナイフとフォークを使って、運ばれてくる美味しい料理に舌鼓を打ちながら食べ進め。
(因みに、今日は、白身魚のトマトソースパスタに、サーモンのサラダ、海老とムール貝の魚介スープといったメニューだったりっ)
その間、パトリシアやステファンのことをお兄様やルーカスさんに紹介してから、丁度、今度のイベントでのことが話題にのぼったということもあり、特別、配役などの詳しいことまではしっかりと伝えることがなかったんだけど、私達のクラスで、劇をする予定になったと伝えると。
「お姫様の所は、クラス演劇をするんだ?
俺のクラスでは合唱をすることに決まったよ」
と、ルーカスさんが教えてくれたり……。
「あぁ、ルーカスのところはそうなんだな?
俺たちの学科では、楽器を演奏する予定になっている」
と、ウィリアムお兄様が教えてくれたことで、私自身、他のクラスの出し物についても、図らずも知ることになって、ルーカスさんの学部では合唱で歌を歌い、お兄様の学部では楽器を演奏することになるのかと感じながら『そうなんですねっ、当日、他のクラスの人達の出し物が見られるのも凄く楽しみです……っ』と声をかけていく。
そうして、二人が、私達と同様に、それぞれの学科で、生徒の人達とイベントに向けて『準備を推し進めている』のだと思うと、なまじ、ルーカスさんもお兄様も何でも出来る人だという分だけ。
二人とも生徒達に凄く丁寧に、自分達にとって出来る限りのことを教えているのだろうから、ルーカスさんが生徒さん達に向かって歌を歌っているその姿も、ウィリアムお兄様が楽器の演奏をして周りの人達に聴かせている姿も、もの凄く気になってきてしまって……。
「もしも、可能なら、ほんの少しでも、ルーカスさんが発声して歌を歌っている姿や、ウィリアムお兄様が楽器の演奏をしている姿とかも含めて、見てみたかったです……っ」
と、私自身、魔法研究科の生徒として、クラスの移動をすることが出来ないからこそ『絶対に見に行くことは出来ないだろうな』と、二人が、それぞれの学部で、活躍している姿を見られないことを、ただただ残念に思って、ちょっとだけ落ち込みつつも。
それでも、二人のその姿は、歌声を出すのも楽器の演奏をするのも、ただ立って、そうしているだけで絶対に絵になるだろうし、貴重な姿だと思うから、凄く見てみたかったなぁという思いで声をかけると。
ルーカスさんもウィリアムお兄様も『俺自身は、そんなに大したことはしてないんだけど』だとか『あぁ、そうだぞ、アリス。お前に、そんなふうに言ってもらえるほど良いものじゃない』と言っていて、謙遜しているような様子だったけど、二人とも、本当に、あまりにも自分達のことが分かっていなさすぎると思う。
勿論、セオドアやアルもそうなんだけど、ルーカスさんのことも、ウィリアムお兄様のことも、当然、私にとっては本当に凄く大事な人だからこそ、そういうふうに、普段見ることが出来ないようなことをしている二人の姿なら見てみたいなと感じるし……。
この間、パトリシアが、機械工学部で私達の遣り取りを見て『凄く絵になっていて素敵』だと言ってくれていた、その気持ちが、今なら、ちょっとだけ分かるかもと思ってしまった。
そうでなくても、お兄様とルーカスさんとは、基本的に学部が離れているから、一緒に何かをする機会も大分減ってしまっているし、こういった学院でしか経験出来ないことというのは、とにかく、その一瞬、一瞬が貴重な時間であるのに間違いないだろうから……。
私が、そのことに『もしも、二人と、一緒のクラスだったら、色々なことが出来たかもしれないのにな……っ』と感じて、こういう時の年齢差というものに、ただ、ひたすらに、しょんぼりとしてしまっていると。
「アリス姫、それなら、ちょっとだけ、こっちでの授業の時間を抜けて、それぞれ、ウィリアムとルーカスの学科へと、その練習風景を見に行ってみたらどうだ……?」
と、私の対面に座って、パスタを食べるために持っていたスプーンとフォークをかちゃりと置いたノエル殿下が、私の方を見つめながら、そう提案してくれたことで、私は思わず、自分の瞳をパチパチと瞬かせてしまった。
「……えっ、ノエル殿下……っ、本当に、良いんですかっっ?」
「あぁ、みんなは、一応、留学生っていうことになってるし、授業の時間を、ちょっと抜けるくらいなら別に構わないっ。
ただ、本当に、それぞれ、10分程度の時間しか取ってやれないってのは、事実だけど……。
……あぁ、それから……っ、その代わりと言っちゃなんだが、その分、そうじゃない時は、俺と、もっと親睦を深めてくれたら嬉しいんだが」
そうして、ノエル殿下にそう言ってもらえたことで。
「オイ、どさくさに紛れて、アリスに交換条件を出してくるな」
とウィリアムお兄様が眉を顰めて、突っ込むように言葉を出してくれたのを聞きながらも、私は、瞬間的に沸き上がってきた浮き立つような気持ちに、パァァァっと表情を綻ばせ。
「えぇ、勿論です。本当に、ありがとうございます……っ!
それだけでも、充分、嬉しいです。
絶対に叶わないだろうなって思って諦めていましたし、お兄様とルーカスさんのそういった姿を見るのに、お時間を頂けることがあるなんて、本当に思ってもみなかったので……」
と、ノエル殿下にお礼を伝えたあと、そのままの表情で『ねぇ、みんな、聞いてくれた?』と言わんばかりに、ルーカスさんとお兄様だけでなく、セオドアや、アルに視線を向けて……。
「少しだけ授業を抜けて、ルーカスさんや、ウィリアムお兄様のことを見に行ってもいいみたい……っ。
私自身、本番での出し物は、講師の参加が許可されていないことで、生徒だけになってしまうから、特別講師として自分達の学部で、二人が色々なことをしていても見に行くことが出来ないだろうなって、諦めていただけに……。
ルーカスさんが歌っている姿も、ウィリアムお兄様が楽器を演奏している姿を見るのも、普段は、滅多に見られないことだから、本当に、すっごく、すっごく、嬉しいなっ……!」
と、ついつい、普段は絶対に見られないような、二人の姿が見られるということに、いつもに増して、はしゃぎながら弾んだ声をかければ……。
「お姫様に、そんなにも喜んでもらえるとは思ってなかったんだけど、見たいって言ってくれて、そこまで、嬉しそうにしてくれると、俺自身も嬉しいよ。
っていても、俺からすると、そんなに特別なことでもなくて、ただただ、合唱で歌う予定の歌を生徒に教えているだけの、極々、普通の光景にはなると思うけど……」
「あぁ、ルーカスの言う通り、アリスが、そんなにも、はしゃいでくれているのは本当に珍しいし、俺自身のことで、そんなふうに喜んでいるような姿が見られるのは、俺も普通に嬉しいんだが……。
お前に、楽器の演奏をしている姿を見せるのは、確かに初めてのことではあるものの、あまり、目新しい感じにはならないかもしれないぞ」
と、ルーカスさんと、ウィリアムお兄様が、私のはしゃいだような態度自体は嬉しいと思ってくれて、柔らかい表情で私の方を見つめてくれたものの。
やっぱり、二人にとっては、それぞれが歌を歌ったり、楽器を演奏すること自体は、何も特別な出来事でもなくて、普通のことだと感じられているみたいと、そのことを残念に思いながら、こう、もっと上手い言葉で『そうじゃないんです……っ!』ということが伝えられないかなと、少しでも分かってもらえるよう、頭の中で、適切な言葉を探していたら……。
「僕はアリスの気持ちが、理解出来るぞ。
こう、きちっと話せないが、感覚で、ぶわっとくるものがあったのだろう?」
と、アルが声をかけてくれたあと……。
「あーっ、多分だけど、姫さんのこれは、俺たちが、クラス演劇の練習について、一生懸命に頑張っている姫さんの姿を見たいと思うのと、同じようなものだろ……っ?」
と、私の気持ちを代弁してくれるような言葉を、セオドアが、ウィリアムお兄様とルーカスさんにかけてくれたことで、ウィリアムお兄様もルーカスさんも、私の言葉には、今ひとつ、ピンときていない雰囲気だったけど、セオドアからのその言葉には合点がいった様子で……。
「なるほど……っ、それだ……っ!
いや、別に、完全に、そのことが分かっていなかった訳じゃないんだけど、それでも、お姫様が、今、そう感じてくれているのなら、俺も凄く心がぽかぽかするっていうか、胸の奥が温かくなってきて滅茶苦茶嬉しいよ。
あと、正直に言って、俺も、お姫様のクラス演劇の練習については、本当に見に行きたい気持ちがあるから、嬉しい気持ちと、見れないことへのショックが、二重で襲ってきてるかもしんない」
と、代表して、ほんの少しだけ嬉しそうに口元を緩めたと思ったら、次の瞬間には、もう、『お姫様の、劇の練習が見にいけないのは、俺も嫌かも……っ』と、私と同じ気持ちでいてくれているんだなと感じられるような優しい感情を、隠すこともなく見せてくれたルーカスさんが、私に向かってそう伝えてきてくれたことで、私自身もルーカスさんにそう思ってもらえるのなら、嬉しいなと思う。
そのあと、途中で遅れて……。
「皆さん、申し訳ありません、遅くなってしまいました……!」
と、ノエル殿下の御目付け役として、殆どの時間を一緒に行動していることの多いバエルさんが、慌ただしい様子で、私達の席までやってきてくれたことで、私の斜め前の、一つだけ空いていたバエルさん用に取っていた席に座ってくれると。
『……別に、そこまでは待ってない』と、バエルさんの隣の席に元々座っていたレイアード殿下が、ぼそぼそっと、嫌な態度という訳でもなく、かといって凄く好意的な態度かと言われたらそうでもなく、ただ、単純に、事実を有りの儘として伝える言葉を、バエルさんにかけたのが聞こえてきた。
そういえば、バエルさんと、レイアード殿下は、ソマリアまで行く船の中では、バエルさんがレイアード殿下のお世話役を、その時だけ買って出てるような感じだったけど、でもだからといって、凄く親密かといわれたらそうじゃなく、つかず離れずの距離感を維持するように、凄くべったり親しくしているっていう感じでもないんだよね……。
というか、レイアード殿下自身が、いつも、一人、離れたところにいるっていった方が正しいのかも。
勿論、レイアード殿下にもお付きの従者の人はいるんだろうけど、レイアード殿下自身は、誰とも距離を置いているというか、ともすれば、自分を支持しているはずのダヴェンポート卿や、ヨハネスさん達といった家臣達とも、特別に、距離を縮めているという訳でもなく、自分が人見知りなのを利用して、といったら言葉は悪いかもしれないけれど、誰とも、あまり親しくしているという様子は見受けられないと思う。
どちらかというのなら、ダヴェンポート卿やヨハネスさんといった家臣団の方が、王妃様の産んだ子どもということで、レイアード殿下に強く思い入れを持っているような雰囲気なんだよね……。
一方でバエルさんは本当にキチキチっとしていて、真面目な雰囲気がある人だけど、その真面目さが故に、ダヴェンポート卿に、未だにノエル殿下のことを報告しに行かなければいけない義務を負っているのかな……?
あまり、普段は意識したことがなかったけど、ダヴェンポート卿とバエルさんの仲は、どんな感じなんだろう……?
「バエル、遅かったなっ。みんな、もう、先に食べてるぞ」
「……えぇ、ノエル殿下、申し訳ありませんっ!
お食事も冷めてしまうでしょうし、全然、構いませんので、私のことは気になさらず、召し上がってください」
それに、ノエル殿下と、バエルさんの仲も、普段は、ノエル殿下が、からっとしたような対応をしているからか、バエルさんも普通に接しているように思えるんだけど。
バエルさんは、ノエル殿下が時折見せる『その瞳の奥の、深い闇のような部分については知っているのだろうか?』と、そのことについても、ちょっとだけ気になってきてしまって、私自身、改めて、ノエル殿下とバエルさんの遣り取りに視線を向けて、気取られない程度に色々と見つめてみることにしたんだけど。
そうすれば、本当に、極々僅かなことかもしれないものの、注意深く見なければ分からないくらい、二人の間に、微量なほどの緊張感のようなものが流れているというか、バエルさんの方が、ノエル殿下に対して距離を取っていることで、そこに、ほんの少しだけ混じる隔たりのようなものを感じて、私は、少しだけ目を丸くしてしまった。
『表向きは、普通に接しているように見えるけど、バエルさんは少しだけ、ノエル殿下とは距離を取っているし、お互いにそれを分かっていながら、見て見ぬフリをしているような気がする』
――今まで、気付けないでいたけれど、二人の関係性は、ずっと、こうだったのかも……。
そうして、そのあと、椅子に座って、一息付いてから……。
「私自身、午前中に、生徒のみなさんから聞いた、劇の舞台のセットについて、今の段階で、購入したいと思っているようなものをリストアップして纏めていましたので、少し遅くなってしまいました。
これから、また、日を改めてにはなるでしょうが、皇女様達が来てくださったお陰で、シュタインベルクからやって来られたオルブライト殿とも、一緒に、買い出しに行くことが出来るかと思いますので……。
うちのクラスでは、そういった形で、私のことを手伝ってくださるような方がいらっしゃって、誰かの手を借りられるということに本当に助かっています……っ!」
と、バエルさんから、私に向けて感謝するように、そう言われたことで、私は『感謝なら、直接、オルブライトさんにして頂けると嬉しいです』と、柔らかく微笑みかけながら、私達に遅れる形で、次々に運ばれてくる食事に手をつけることになった、バエルさんの方へと言葉をかけていく。
そうして、私の斜め前の席に座ったバエルさんから、オルブライトさんの話になったついでに、と思われたのか。
「そういえば、皆様……っ、特に、皇女様は、オルブライト殿と、かなり親しげな雰囲気ですよね……?
私自身、この間の食事の席で、オルブライト殿に、皇女様について、何かしらの魔女の能力を持っているのではないかという噂が、シュタインベルク国内でもされているという話を聞いた時から、凄く気になってしまっていまして……。
折角なので、この機会に、聞いてみたいと思ったんです……っ」
といった感じで話しかけられたことで、私自身、魔女のことについては、一度、否定しているものの、誰しもが『本当にそうなのだろうか……っ?』というところで気になってしまうのは仕方がないというか。
魔女として能力を持っているというだけで、人々から忌避されてしまうというのに、能力者だということが知られれば、それだけで『秘密裏に抱え込んでおきたいと思っているような国も多い』し、その価値も跳ね上がるという謎の現象が起きてしまうため。
オルブライトさんや、ノエル殿下、そうして、バエルさんに、たとえ、そこまでの意図はなかったとしても、やっぱり『本当に私が魔女じゃないのか』ということは知っておきたいと思ってしまうんだろうな……っ。
そうして、そのことで、事情を知らないパトリシアや、ステファンが『……えっ、アリス様っ、魔女なんですか……?』と言わんばかりに、ざわっと、俄に沸き立つように動揺して此方に視線を向けてきたのがみてとれて。
『出来れば、今、この瞬間に、その話題は、あまり振って欲しくなかったかも……っ』
と内心で思いながらも、私は改めてこの場で、みんなにも聞こえるよう、否定する目的で『いいえ』と声を出し、バエルさんの方へと『そんな噂が出回っていること自体に、戸惑っている』というように、困ったような視線を向けることにした。
バエルさんから、今ここで質問をされたこと自体に関しては、勿論、決して、不躾だという訳でもないし、私達も、バエルさんが隠しているかもしれないことについて、その腕にあった打撲痕のことなどを気に掛けて質問をしたりもしているから、おあいこだなとも思っているんだけど。
幸いにも、パトリシアも、ステファンも魔法研究科に所属する生徒だからか、魔女については、ある程度、理解もある様子で、私自身が紅色の髪の毛を持っていても、普通に接してくれる人達だし、驚かれただけで済んだけど、そうじゃなかったら、もっと、違うような瞳で見られてしまっていたかもしれないなとは感じてしまった。
勿論、今現在の、ソマリアも、シュタインベルクと同様に『赤を持つ者へ差別をするのをやめる方向で動きましょう』というスタンスで進んでくれている国だから、ちょっとずつ、そういった広がりをみせて、差別や偏見の目も薄れていっている可能性もあるとは思うけど。
私がソマリアで、人から敬意を持って接してもらえるのは、一国の皇女という立場からであって、本当に差別や偏見がなくなっているかと言われたら、そうではない部分も、沢山、あると思う。
ただ、レイアード殿下が、この外交について『シュタインベルクにとって、何の利益ももたらさない』と言っていたということは、ソマリアの上層部にいる、ノエル殿下、ダヴェンポート卿、バエルさん、ヨハネスさんの中で、そういった……、目に見えるような範囲で、国が推し進めていきたいといっているような方針に、疑問を感じているような人がいたりする可能性は高いよね……っ。
そうして……。
セオドアやお兄様達が、バエルさんからの、その言葉を聞いて、『私は魔女じゃない』という視線を向けてくれたものの、あまり過剰に反応せずにいてくれているのは、きっと、動揺したり反応したりすればするほど、私が魔女であることを隠しているのだと周りから強く思われてしまうからなのだと、私自身も勿論、理解していて……。
「あの……、それについては、前にもお話した通り、私自身は、本当に、魔女の能力なんて何も持っていないんです……っ。
ただ、髪の毛が赤いだけで、どうして、そんな噂が立ったのか、私自身も今ひとつよく分かっていない状態でして……」
と、この間、ノエル殿下にも伝えたことを、バエルさんにも分かってもらえるよう、しっかりと伝わるように、その目を見て話していく。
「ああ、いや、勿論、それは、この間も聞いていたので、私も知っているのですが、もしも仮に、そういった魔女である可能性があるのならと気になってしまって……。
その場合、シュタインベルクの君主である、フェルディナンド皇帝陛下も、アリス様のことを何よりも大事に思って寵愛しているということは、私も噂で聞き及んでいますが、アリス様が何かしらの能力を持っていたら、自国から、手放すようなこともされない可能性もあるだろうなと感じまして……。
その、他意は全くないのですが、アリス様は、我が国の家臣達も絶賛するくらいにお美しい方ですので、もう既に、婚約などの浮いた話が出てきても可笑しくないでしょう……?
でも、そういった話については、私自身、全く聞いたこともありませんし……。
魔女であるならば、そうであっても可笑しくはないかなと……。
いえ、申し訳ありません、実は、大国同士、シュタインベルクとソマリアとの結びつきをより深くするために、我が国でも、ノエル殿下や、レイアード殿下のことを考えて、アリス様に、誰か既に、心に決めたような人はいるのかと、そういったことを気にしている家臣達も多いものですから、つい」
そうして、続けざまに、バエルさんからそう言われたことで、私は驚いて目を瞬かせてしまった。
私自身が、魔女であることを聞かれることになるというのも、あまり思っていないことだったけど、まさか、大国同士、シュタインベルクとソマリアとの結びつきをより深くするために、私の恋愛面でのことや、婚約の話になるとは、一切思っていなかったから……。
ただ、これは、あくまでもバエルさんの意見であって、この間、『この外交は、シュタインベルクのためにも、ソマリアのためにもならない』と言っていたレイアード殿下が懸念していたようなこととは、どう考えても、またちょっと、ニュアンスが違うよねっ?
あの時の、レイアード殿下は、結婚や婚約が嫌で、自分の為に反対していたっていう雰囲気でもなかったし、本当にソマリアのことも含めて考えていたような気がするから……。
だけど、『そういったところを気にするのが、やっぱり貴族の人らしいよね……っ』とは思えるくらいに、シュタインベルクの貴族もそうだけど、やっぱり、ソマリアの貴族の人達も、国の繁栄や自分達の立場を考えて、いかに、利益になるようなことが出来るか、自分にとって得になるようなことがないかと目を光らせて、一癖も二癖もあるというか、お腹の中に一物を抱えて、野心を抱いている人も多くいるのだと思う。
――勿論、今ここで、そのことを教えてくれた、バエルさんが、そうだとは言わないけれど……。
「オイ……、そんなこと考えてる奴がいるのかよ?
俺は、反対だ。……っていうか、ソイツは、あまりにも早急すぎねぇか……っ?
今後、そういう奴らが、近寄ってくる可能性もあるってことを教えてくれんのは有り難いが、まだ、留学しに来たばっかりで、親睦もしっかりと深められていないこの状態で、既に、姫さんのことを、どっちかの妃候補として見てる人間がいるってことだろっ?
そもそも、姫さんは、魔女の能力があろうがなかろうが、我が国の君主である皇帝陛下からは、自分の娘として大事にされて寵愛されてんだ。
姫さんが嫌がるような結婚には、絶対に同意なんてしなくて、首を縦になんか振らないし、そういう貴族っぽい画策は、全部、徒労に終わるはずだって、そういうことを言ってきている奴らに、お前の方から、事前に釘を差しておいてくれっ」
そのあと、セオドアがそう言ってくれたことで、ウィリアムお兄様やルーカスさんも、その言葉に同意するように頷いてくれながら……。
「あぁ、今後、そういうふうに言い寄ってくる貴族もいるのかもしれないが、そもそも、ノエルやレイアードにそういった意思もないんだろうっ!?
……俺も、基本的に、アリスが誰かとそういうことになるのは、きちんとした人間であって然るべきだと思うし、お前達がきちんとしていないと言っている訳じゃないが、まだ、そこまで、お前達のことを深く知らない分だけ反対だ。
……そもそも、アリスが結婚するのはまだ早いと思っているし、俺自身も家族としての時間を大事にしたいから許せない」
「あー、俺も、セオドアと殿下の言うことには賛成だな。
……これに関しては、俺自身、強く言えた義理じゃないかもしれないけど、俺にとって、お姫様は、本当に、何よりも、誰よりも、大事にされていなきゃいけない人だから……っ。
……婚約するなら、ちゃんとした人間じゃないとダメだと思うし、何なら、それすらも、俺個人の感情で言うなら、滅茶苦茶、嫌だから、同意することは出来ない」
と、6年前から一貫して私が婚約する相手なら、きちんとした人間であるべきだというスタンスを貫いてくれているウィリアムお兄様と……。
6年前に婚約した時のことも含めて考えてくれたのか、ルーカスさんが、私のことを『誰よりも、大事にされていなきゃいけない人』だと思い遣ってくれながら、そう言ってくれたことで、私は、じんわりと温かくて嬉しい気持ちに包まれながらも、急に、みんながそんなふうに言ってくれるから、ちょっとずつ、その言葉が、胸の中にそっと入り込んできては、じわりじわりと、顔が熱くなって照れてきてしまったんだけど。
「あー、いや、でも、俺は、今、アリス姫に滅茶苦茶、関わりたいって思っているし。
大国同士の結びつきを強くするためにも、アリス姫と、そういう関係になるのも、悪くないっていうか。
俺自身が、アリス姫に、滅茶苦茶、興味が惹かれているから余計だと思うけど、何なら、その立場には、立候補したいって思っているくらいだけどなっ」
と、突然、ノエル殿下から、そう言われたことで、『……えぇ、わ、わたし、ノエル殿下にそんなふうに思われてたの……っ?』と、私は頭の中が混乱して戸惑ってしまいながらも、思わず、ノエル殿下の方を、まじまじと見つめてしまった。