547 劇のための舞台セットの製作と一瞬の動揺
あれから……、数日が経過して、パトリシアが中心となって恋愛描写がふんだんに増えた、設定盛り盛りの台本が配られることになり、私達は、とりあえず、みんなで本読みをするのは別日にすることにして、それまでに、各自、自宅などで、一通り読み込んでくるようにと言われつつ。
ひとまずは、ノエル殿下が……。
「みんなっ、今日は、本職の職人がやってきてくれるから、この間、大道具のことを取り決めてどんなものを作りたいかは大まかに決めたと思うが、実際に、それ以外で、必要になりそうなものに関しては、これから聞いていくことにしよう。
ただ、それだけだと時間が勿体ないから、並行して、この間、みんなが決めてくれた内容の舞台の大道具や背景の製作に必要な木材や石膏、ハンマーや、釘などといったものも、全部が全部じゃないけど、随時、学院の工房に搬入されてきているから、今日は、それも作っていくつもりだ」
と、言ってくれたことで、私達は、本職の職人さんに色々と聞いたり、予めどんなものを作りたいのか、数日前に『大道具のことを取り決めてくれていた班の人達』が、ピックアップしてくれていた舞台装置から作っていくことになった。
数日前に取り決めたことで、これだけ直ぐの対応が出来るのも、このイベントが始まる前に、劇やオペラ、それから合唱などといったクラスが決める催し物で予測されるような内容について、予め、この学院での準備期間前に、学院側が必要になりそうな人材について取り纏めてくれて、必要に応じて、スムーズに来てもらえるように手配してくれているからみたい。
その背景には、私たちとの外交を成功させる目的で、勿論、ノエル殿下も関係してくれているみたいなんだけど、宰相であるダヴェンポート卿が、深くこのイベントに絡んで、取り仕切っているのだとか。
そんなこんなで、今日は、朝から、魔法研究科の講義室を出て、ノエル殿下が案内してくれる学院の1階にあるという、機械工学部の部室とはまた違う工房へと行くことになっていて、私自身、これからみんなと一緒に、舞台の大道具を作れることにワクワクしながら……。
「普段の授業とは、また違った感じになるでしょうし、凄く楽しみですね、アリス様っ!」
「うん、本当に、そうだよね……っ!
みんなと一緒に何か作れるのは、私も凄く楽しみだな……っ。
きっと、一生の思い出になるよねっ」
「あぁ、俺も、こういったことは初めてやるし、姫さんと一緒に作れるのは楽しみかもしれない」
と、私は、セオドアや、パトリシア……、それからアルや、ステファンといったクラスのみんなと、ほのぼのとした遣り取りをしつつ、学院の廊下を通り、一階にあるという工房に歩いて向かっていく。
その際、コミュニケーション能力に長けたパトリシアが誘ってくれたことで、半ば強制的にレイアード殿下も、この会話に加わることになって、私達と否応なしに話さなくちゃいけなくなったレイアード殿下は、あからさまに態度には出さないけれど、私達のことは気にかけつつ、どういうふうな態度で接すれば良いのかと悩んでいる雰囲気で『お……、俺は、その……っ、あんまり。本当は、皇子の役も自信ないから』と言っていたり。
レイアード殿下自身は、引っ込み思案な雰囲気の性格で、クラスでも一人でいることは多いんだけど、決して、クラスの誰とも話せないとか、そういう訳ではなさそうなんだよね。
因みに、ステファンは『僕は、力仕事は苦手ですが、繊細な彫刻などを彫ったりするのは得意なんですっ』と言ってくれていて、実際に、大道具を作る際には、劇の雰囲気を盛り上げるためにも、王城にあるような彫刻なども置ければという話になっていたから、そういう部分で役に立てそうだと、俄然張り切っていたし。
アルは、アルで、そういった行事自体が楽しみな様子で『色々と経験出来るのは、学院ならではのことだろうな』と、一時、ソマリアで流れているような不穏な気配を忘れて、こういう時くらいは楽しむことにしているみたいで、私自身も、アルの意見には手放しで賛成だった。
『折角、留学に来ているんだし、どうせなら、こういうイベントの時くらいは、準備も含めて楽しみたいよね……っ』
一応、学院の1階では、色々なサークル活動を想定して、美術系のアトリエや、工房などといった感じの作業ができるような部屋も多く取られているみたいで、今回、私達……、魔法研究科のクラスに宛がわれた工房は、演劇のための大がかりな舞台装置を作ることになるから、机などは殆どなく、しっかりとしたスペースが取られたようなお部屋になっているみたい。
それから、私たち全員が、工房へと到着すると、既にソマリアの劇場で大道具などを作っている舞台技術者の職人さん達が、木材を切るためのノコギリや、ハンマーなどの道具を準備してくれた上で、部屋の中で待ってくれていた。
因みに、部屋の中は、機械工学部の作業部屋と同じような感じの木製の床だったけど、こっちは、床の上を歩いても、あまり軋んだりすることもなく、傷んだりもしていないみたいだし、お部屋の感じも、機械工学部の作業部屋と比べると部屋の内装などにも拘っているような雰囲気があって、その違いは一目瞭然だった。
そうして、お部屋の中で私達が職人さん達の対面に立って彼等の方へと視線を向けると、当たり前だけど、男性の仕事だから女性の姿はなく、いかにも職人気質な感じといえばいいだろうか、責任感が強くて真面目そうな雰囲気が、彼等の表情からも滲み出ていて、パッと見た感じでは自分にも他人にも厳しそうな人達なのかなと思ってしまったんだけど。
「皆さん、初めまして、こうして学院の方達と関われることが光栄ですし。我々と一緒に良い物を作りましょうっ」
と、その中でも特に上に立っている現場責任者といった感じの人が力強く声をかけてくれたのをみれば、そんな気持ちは、直ぐにどこかに吹き飛んでいってしまった。
そのあと『墓守りの青年と記憶をなくした娘』をするのならということで、職人さん達に、これから必要になるような劇の背景部分や大道具についての細かい話も聞きつつ、おおよその部分に関して決まっていったことで、早速、私達は、劇の舞台製作に取りかかっていく。
墓守りの青年と記憶をなくした娘に関して、大きくわけて場面転換は4つあり、一つは、森の中でお姫様が倒れたりしている描写の場面、そして二つ目が墓守りの青年の家の中と、その近くにあるお墓の描写、三つめが村人達が暮らしている村の中の描写、そうして、四つ目が王城の描写になる。
今回、私達が使わせてもらう場所は、イベントなどの時や、国を挙げてのお祭りや有事の際に、実際に学院の中で使われている劇などのショーが執り行えるような舞台になっており、場面転換が出来るのは、カーテンの幕を使う時のみになっていることから、その間に、その時、メインで出ている人達以外の演者が、全員で力を合わせて早急に場面を切り替える必要が出て来てしまう。
その上で、職人さん達から『木材で作るのは枠組みだけにして、あとは石膏や、紙、布などを駆使して作ると、移動をさせるのには大分軽く作れるからお勧めですっ』と教えてもらうことが出来た。
たとえば、よくあるものとして、墓守りの青年のお家に出てくるベッドを作ったりする時は、フレームとなる外側の枠と、上に乗る人が落ちないような木材の組み方をした上で、その上から紙を貼り、更に、布などを敷いて整えることで、観客席から見た時に、きちんとしたベッドに見えるよう見栄えをよくするなどといった手法が取られたりもしているみたい。
強度はそこまで高くならないけれど、劇の間だけのことで、そこまで何時間もそこに座ったり寝転んだりする訳じゃないから問題がないし、作る時間も大幅に短縮出来て、何なら、片付けをする際にも、そんなに手間がかからずにバラして片付けることも出来るとのことで、彼等には凄く重宝されている遣り方だったりするんだとか。
そのことを踏まえた上で、大道具は自分達で作るものの、たとえば、墓守りの青年が暮らしている家にある時計などといった細かい小道具とかは既製品を使うことにするなど。
台本を覚えて練習をしなければいけない時間もあるため、なるべく自分達の負担も減らしつつ、舞台製作について最大限のことが出来るように、みんなで、職人さん達に色々と相談に乗ってもらいながらも、各7~8人くらいの4つの班に分かれて、地べたに座り、今ある材料の中で各場面の大道具などを作っていこうと取り決めてから、私達の班は、これから『墓守りの青年の家とお墓の場面の舞台装置を作っていく』ことになった。
因みに、私達の班は、セオドアと、アルと、レイアード殿下と、パトリシアと、ステファンと、そうして、本番の劇には出ないけれど、ノエル殿下が一緒に劇の準備に参加してくれることになったというのもあり、私も含む7人と、1人の職人さんが指導のために付いてくれるようになっていて。
更に、普段は、あまり目立った感じはなく、控えるように立ってくれているけれど、ノエル殿下の御目付け役でもあることから魔法研究科で授業を教えてくれているノエル殿下の下に就いて、今、現在、サポート役として補助講師のようなことをしてくれているバエルさんは……。
「私は今日は、皆さんの雑用係のようなものですので、何なりとお申し付けください」
と言っていて、それぞれの班の舞台製作を見守る役目と、木材や石膏などといったものだけじゃなくて、大道具や木材を装飾して彩るための顔料として必要な色づけ用の絵の具を持ってきてくれたり、細々と今後必要になって購入するであろう小道具の内容を取り纏めてくれたりするため、それぞれの班を行き来して、忙しく動き回ってくれていた。
「みんな、舞台のセットについて、何から作っていこうか……?
一応……、墓守りの青年が管理しているお墓と、青年の家については、ステージ上の半分半分を使った感じで作っていけば良いんだよね……?」
「あぁ、そうだな、姫さん。
墓守りの青年の家は壁も必要になってくるだろうし、それも、軽めの石膏で作られたようなものにした方が良いよな?」
「あぁ、確かに。
セオドア、それは良いアイディアだな……っ。
後は、墓守りの青年の家だと、家の内装のベッドとか、墓をどのようにしていくかっていう問題もあるな」
そうして、私自身も含めて、特にセオドアとノエル殿下が中心になってくれて、みんなで、議題を出し合いながら、作る物は決まっていても、どんな感じのものにするのか色々と話し合うことで。
「家の内装に関してだったら、シンプルな木の内装で、コートを掛けたりする壁掛けラックや、棚、小さな食事用テーブルや椅子なんかは置いた方がいいよね?」
と、声をかけていくと、セオドアが『確かに、ちょっとでも見栄えを良くする意味では有効だろうし、最低限、庶民っぽい部屋にはなるだろうが、墓守りの青年らしいような部屋として、部屋の中を無骨っぽさもあるような感じに見せる演出は必要だと思う』と言ってくれたことで、ノエル殿下も、それからパトリシアや、ステファンまでもが『それは良いアイディアだと思う』といった感じで、私とセオドアに向かって返事を返してくれた。
それから、私達は一先ず、お墓の方はおいて、墓守りの青年の家の部分の方をしっかりと細部まで、拘っていくために、まずは、大きな家具になるベッドや収納棚から作っていくことにした。
ベッドはさっきの手順通りの作り方だけど、収納棚に関しても枠組みとなる木材を組み立て、石膏で形を作った、はめ込み用の引き出しを作ったりしなければいけなくって、私達も7人のグループでありながらも、更に、二つに分かれ、私とセオドアとノエル殿下、そして、レイアード殿下の4人の組み合わせと、パトリシアとステファンとアルという3人の組み合わせで、人数の多い私達の方が、これからベッドを作っていくことに……。
パトリシア達の方が、棚を……。
そのあと、みんなで、木材をノコギリで切っていったり、切った木材を組み立てるように、ベッドのフレーム部分を完成させていくつもりで、みんなと手分けをしながら、フレームを組み立てていけば、私自身、そういえば、ノエル殿下とは、『この間話すことも沢山あったのに、全然、バエルさんのことに関して聞けていなかったな』と感じた上に。
レイアード殿下は『バエルさんのことをどう思っているんだろう……?』と、あの日以来、レイアード殿下からは、さりげなく避けられてしまっているものの、どうしてもそのことが気になってしまったことで……。
「あの……、そういえば、ノエル殿下っ、レイアード殿下も……。
その……っ、良かったら、一点だけ、お聞きしたかったことがあるんですけど。
実は、この間、バエルさんの腕に青あざが出来てしまっているのを目撃してしまいまして……。
バエルさんは、何か危険なことなどをしていたりするんでしょうか……っ?」
と、私は、ノエル殿下と、レイアード殿下に向かって問いかけていく。
その瞬間、ノエル殿下は、普通の対応で『バエルが……っ?』と声を出し、驚いたように大きく目を見開いていたけれど、一瞬だけ、レイアード殿下の時が止まったかのように、ちょっとだけ動揺するような瞳になったことで、私は、その二人の対応に、思わずビックリしてしまった。
「いや、俺は特に、バエルからそんなことを、聞いたこともないが。
怪我をしていただなんて、本当に、一切、知らなかったな」
そうして、ダヴェンポート卿やヨハネスさんと同じように、そう返してきたノエル殿下とは裏腹、レイアード殿下が、どこまでも驚いたような様子で戸惑いながら、躊躇いがちに……。
「お、……俺も、何も、……っ、特に、そういうのに詳しくはないから……っっ」
と、言ってきたことで、私自身は、あからさまに、何かあると言わんばかりのレイアード殿下の態度に、ビックリしてしまった。