542 みんなが作る機械人形と、突然のアクシデント
セオドアやアルも含めて、みんなが、私のもとへ集まってきてくれたことで、作業台に置かれたそれぞれの作品が目に入ってくると、みんなの作ってる機械人形には、やっぱり、その人なりの個性が出てくるもので、セオドアは、『俺は、兎と狼の2匹をモチーフにしたから、二人が寄り添い合ってる感じに作りたいと思ってる』と言っていて、一定の時間になると、兎と狼の機械人形が動いて時刻を知らせてくれるものにしようとする予定なんだとか……。
兎と狼のモチーフって、草食動物と肉食動物の関係性だから、ちょっとだけ恐いイメージがあるけど、セオドアが作りたいのは二匹が凄く仲良く寄り添い合っているような感じのものらしく。
「折角だから、俺が作るのは時計がメインになっているし、時間に関係しているものとして、二匹が、旅をしている雰囲気で、マントを羽織ったりしているような、旅行に行く格好をしているイメージで作っていきたいと思っているっていうか。
狼の方は男で、兎の方を女の子にしたいなって思ってんだけど、特に、兎の方は、拘りを持って作りたいって感じてるくらい、可愛らしい感じの格好の衣装を、どうしても作ってやりたくて……」
と、セオドアにお願いされたら、張り切らない訳にはいかないなと感じて、私は、ひとまず、アルとの妖精さんの衣装作りについては、後で、また一緒にしようと思いつつ。
セオドアに、狼さんと兎さんの衣装について『セオドアは、どういうものにしていきたいとか、具体的なイメージや、要望はあったりするかな?』と、今の段階でのイメージを聞きつつ……。
「あぁ、そうだな……。
出来れば、兎の方は、清らかなイメージだから、姫さんが可愛いと思ってる衣装で、とびっきりの奴を頼む。
……狼の方は、別に適当でも良いんだけど、無骨っぽい感じというか、無法者って雰囲気で、二匹とも、さっき出した案は、マントだったけど、マントじゃなくて、フードとかを被っていたり、ローブ姿のような感じのものでも有り難いかもしれないなって感じてる。
それで……、もしも可能なら、今、……漠然とした感じにはなるけど、更に、俺のイメージを伝えていっても良いか?」
「うん、勿論だよっ。
セオドアに、もっと細かくこうしたいっていう案があるのなら、そうしていこう……っ」
そのあと、セオドアが、頭の中でイメージしている内容として、兎さんは、柔らかくて可愛い感じにして、狼さんは、無骨な感じにしてと、教えてくれる度に、きちんとしたものを作っていけるよう、ペンをとって、インク瓶の蓋を開け、衣装のラフ画を、紙に、さらさらと描き記し……。
「語釈があったらいけないから、こうしてほしいって思っているところについては、遠慮なく言ってほしいんだけど、こんな感じのデザインは、どうかな……っ?」
と問いかけながら、私は、デザインの擦り合わせをしていくことにした。
その上で、ひとまずの案として、二匹ともローブにしてみたけれど、兎さんの方は、少し愛らしい感じのデザインの、薄いクリーム色のような色合いのフード付きのものにして、狼さんの方を黒に近いグレーの布地を使って、同じように、ペアとしてお揃いの部分もあるようなエンブレムも付けたりで、格好良い感じに仕上げていくことにすれば……。
「……っっ、あぁ、本当に、流石だな……っ、姫さん。
狼の方を格好良く、兎の方の衣装を可愛く、滅茶苦茶良い感じに作ってくれて有り難い……っ。
普段、こういったものを、自分で制作したりしないから、なおのこと、折角の機会だし、どうせなら思い出に残るようなものを作りたいって思ってたんだ」
と、セオドアから褒めてもらえたことで、そのことに私自身も『セオドアが喜んでくれるなら凄く嬉しいし、この方向性で合ってたみたいだから良かった』と、ホッと安堵しつつ。
「そうだったんだね……っ? それなら良かった……っ。
あ、あとね、フードやローブを着ているような感じにするなら、ある程度、だぼっとした服装で、しっかりと作り込んだ雰囲気には見せながらも、細かい部分については、布地を弛ませたりすることも出来るから、針仕事が苦手でも、きっと誤魔化しがきくと思うよ……っ!
フードのような感じにするなら、前側の部分で、ボタンで留めるようにしてあげると、ほら、ボタンを縫い付けて、それに合わせて穴を開けてあげるだけで、身体を覆うように布を沿わせてあげることが出来るから、針を使うのも、必要最低限で済むと思うんだけど、どうかな?」
と、なるべく、セオドアの負担にならないよう……。
『実際に、衣装を作る時は、必要最低限の裁縫のみで、他の部分では、ボタンを縫い付けたり、エンブレムを貼り付けたりするだけで済んだり出来ないかな』
と、色々と、針仕事が苦手な人でも作りやすい衣装を考えながら、セオドアからどうしていきたいのかという要望を細かく聞いていき、何枚もラフ画を描きつつ、衣装のイラストをしっかりと修正して『こういった衣装はどうかな?』と提案することが出来るように、イラストを、複数枚、完成に近づかせていくようにしてみたんだけど。
今、同じ作業台にいながら、私の斜め前に座ってくれているセオドアから、しっかりとした話を聞いて、その意見を汲み取っていると、柔らかい雰囲気の女の子の兎の方は、旅っぽい格好でローブを被っていながらも、兎のイメージとしての純真さもあって愛らしく、狼の方は無骨な雰囲気にしたいという要望に……。
『何だか、特に、兎さんの方について、もの凄く細かく、細部まで色々と拘ってあるというか。
しっかり作ろうとしているような雰囲気があるから、もしかしたらだけど、何かしら、イメージしているような物や、人とかがいたりするのかな……?』
と思えるくらい、聞けば聞くほど、セオドアが、この機械人形を大事に作成したい気持ちを持っているんだなということが窺えて、元々、一生懸命に頑張って衣装作りを手伝っていくつもりだったけど、思わず、私もセオドアに感化されるように、『完成するのが、凄く楽しみかもっ!』と感じつつ。
どんどん真剣な感じになって、特に、セオドア自身、狼さんの方は、特別重視していない様子だったけど、飾り気がなく、格好良くて頼り甲斐のあるイメージなのかなと想像出来たこともあって、私は、そういった部分についても、沢山、アイディアを出していくことにした。
その姿を見て……。
「セオドア、それってさ……、狼の方も、兎の方も、実在のモデルがいるんでしょ……?
本当に、凄く分かりやすすぎるっていうか。
お前から見た時の印象が、自分も含めてそうなってんだなとしか思えない上に、折角だから、こういう機会に、思い出に残る特別なものを作りたいっていう気持ちは、俺にも滅茶苦茶理解出来るから、俺自身も人のことなんて全然言えないんだけど、俺自身、お前と発想が同じだったことに、一番、ビックリしてると思う……っ」
と、セオドアがモチーフにしている動物のモデルが何なのか、しっかりと伝わった様子で『セオドアがそうした理由についても理解出来る』という言葉と共に、自分と同じ発想だったと驚きながら、どこまでも戸惑ったようにそう言ってくるルーカスさんの言葉が聞こえてきたことで、私は、その言葉に釣られるようにして、自然と、ルーカスさんが作っていた制作物に目を向けてしまった……。
『あ……っ、ルーカスさんのコンパスに組み込まれている機械人形のモチーフって、イルカと、小鳥なのかな……っっ?
イルカには特に何の装飾も施されていないみたいだけど、小鳥の方は首にリボンが巻かれていて、凄く可愛らしい感じで、二匹が向き合っていて、ルーカスさんっぽく、お洒落な雰囲気を漂わせていて、センスが高い作品かも。
ルーカスさんも、セオドアと似たようなことを考えて、この動物をモチーフに選んだんだろうか?』
そうして、ルーカスさんの制作物に関しては、イルカと小鳥がコンパスの針を動かすような感じになっていて、イルカを深いブルーに着色しながら、小鳥は、黄色っぽい色味が特徴だから、金糸雀をイメージしているような感じで、コンパスの内側を、全体的にマリンぽく水色で塗ってはいるものの。
少しくすんだ雰囲気を出すことで、お洒落っぽく、まるで、骨董品店で販売しているような風合いのものになっていっているのが見えて、まだまだ、外側の部分は未完成でありつつも、その出来映えに、私は思わず目を見開いて、洗練された雰囲気で凄く上手だなと感心してしまった。
その上で……。
――兎と狼と、小鳥とイルカに共通点なんてあったりするのかな……?
と、二人が言っていることについては、あまりよく分からなかったんだけど……。
でも、何となく、二人がモチーフにしている動物については、ワイルドで格好いいと思えるような狼も、知性が高くて賢く洗練されたような性質を持っているイルカも、セオドアや、ルーカスさんっぽい雰囲気があって、イメージにぴったりな感じがして、二人が機械人形に、それぞれ、その二匹を選んだことは、もの凄くセンスが良いなって思う。
『兎さんと小鳥さんは、愛らしい感じで凄く可愛いし、もしかしたら、狼とイルカだけだと寂しい感じがするかなって思って、その二匹をプラスしたのかもしれないよね……っ?』
「お兄様は、ライオンをモチーフにした天秤を作ったんですね? 凄く素敵です……っ」
「あぁ、格好いい感じの獅子をイメージしてみたんだ。
だけど、俺も今、兄妹のような感じで、ここに、小さなライオンを足してみても良いかもしれないって思い始めてる。
……アリスが作ったものは、機械人形に衣装を着せていることで、全体的に木の温もりや柔らかさのようなものがあって凄く可愛く出来ているみたいだな。
俺は、温かみのある、お前の作品の方が好きだが……」
そのあと、鉄製のライオンの機械人形を使って、重さを量るような天秤を作っていることで、普段から、派手派手しいものを嫌うような、お兄様らしい、シンプルな雰囲気の中にも、ライオンがモチーフになっているからか、厳かな感じの美しさと高潔さのようなものが滲み出ているような感じになっていて、私は、本当に凄いなぁと目を見張ってしまった。
『お兄様は、セオドアやルーカスさんに感化された様子で、小さめのライオンを更に足してみようかと思っているみたいだけど、私は、充分、今のままでも、素敵だと思うけどな……』
――それに、こういうの、一つとっても、やっぱり、みんなの個性が色濃く反映されているもので、作品を見せてもらっているだけでも、私自身は、本当に凄く楽しかったり……っ。
そうして、ウィリアムお兄様に、私が作っている作品について褒めてもらえたことで『ありがとうございます。……そう言ってもらえると、凄く嬉しいです』と返事をしつつも、セオドアの作品は、まだ、時計の部分のみの完成になっていて、機械人形を組み込んだりしていないこともあって、出来上がりが凄く楽しみな感じで、これから完成していくのを、ワクワクしつつ。
ルーカスさんと、お兄様の作品は、今の段階でも、充分、良い感じの雰囲気になっていたけれど、二人も、デザインの案として、それぞれコンパスの外側の部分の装飾や、天秤を置いている台などの装飾について、少し悩んでいるような様子だったことから『もしも、困っていることがあるのなら、デザインの部分では任せて欲しい』と、私自身、いつもみんなにお世話になっている分だけ、自分の得意なことで役に立てるのが嬉しいと感じて、相談に乗りつつも……。
「……アルも、お待たせっっ!
折角だから、アルが作る機械人形について、妖精さんのお洋服も作っていきたいなと思うんだけど、アルは、何の機械にすることにしたの?」
と、アルの方を向いて、ちょっとだけ待たせてしまっていたけれど、これから、アルの機械人形の衣装作りにも早速取りかかっていくことにしようと、声をかければ……。
「そう言ってもらえると、本当に助かる、アリス……。
僕は、タイプライターで手紙を書く精霊の機械人形を作ることにしたんだが、機械の組み立てについては上手くいってても、肝心の衣装の部分が専門外すぎて、しっかりと作れなくてな……。
装飾部分は、作品の華だと言っても過言ではないであろう?
……僕自身、一度、教えてもらえれば、手先は器用な方だから、色々と作れるとは思うのだが」
と、アルの口から『あれだけ、傍で、アリスのことを見てきたというのに、自分で作ろうとするのは中々難しいものだな』といった言葉と共に、ちょっとだけ落ち込んだ様子のアルの姿が見えたことで、セオドアは兎さんと狼さんの衣装を作るので良かったんだけど。
パッと見た感じ、アルが作っているタイプライターで手紙を書く機械人形は、くりっくりのパーマがかかったような髪の毛の可愛らしい感じの男の子がモチーフになっていて……、多分だけど、アルも、古の森の泉にいる精霊の子ども達をイメージした感じなんじゃないかな。
だからこそ、精霊をモチーフにしていることで、機械人形の背中には、アルが羽を作っていて……、そういった部分も含めて、服とのバランスを見ながら作っていけたら良いなぁと感じて、私は、これから、どんな感じのお洋服にしようと思考を巡らせていくことにした。
古の森の泉にいる精霊の子達は、いつも、それぞれの属性に見合った色の服を着て、火の魔法が得意な子は赤色の服を、水魔法が得意な子は水色の服を着たりしているけれど……。
一般的な、妖精や、精霊のイメージとして、絵本などに出てくる子が着ているのは、大体、緑色っぽい服装だったりするよね……?
そう考えると、衣装も古の森の泉で精霊さん達が着ているように、妖精さんぽい雰囲気にするのが可愛いかなと思うし、そこに無邪気な少年らしい子供っぽさがプラスされると、尚、良いかもしれないと思うんだけど、どうだろう……っ?
淡いパステルカラーの色味だったら、水色のお洋服とかでもありかもしれない。
私が今思ったことを『こんな風にしたら良いかと思うんだけど、どうかな……?』と、アルに伝えていくと、アルは、その言葉を聞いて、凄く納得したように『確かに、それは、良いアイディアだな、アリス。そういった部分では、僕も、滅茶苦茶、勉強になる』と、凄く勉強熱心な様子で声をかけてくれた。
そのアルの様子を見て、アル自身、いつだって前向きというか、出来ないことに関して出来ることを増やしていこうって思えるのが本当に凄いなって思うし、そういう部分は逆に、私の方が見習うべき点だなぁと思いながら、かけてもらえた言葉に、ホッと安堵しつつ、今度は、アルと一緒に、真剣な表情で、時間を忘れるような感じで没頭して、アイディアを出し合い、しっかりと作品の製作に取りかかっていると……。
「全員分、そんな感じで、衣装やデザインのアイディアを出していってんの、本当に凄いな、アリス姫。
特に、センスが凄く高くて、デザイン関係のことに関しては、きっと、右に出るものもいないんじゃないか?」
と、ノエル殿下が、声をかけてくれるのが聞こえてきた。
その言葉に、そう言って貰えると嬉しいなと感じつつも、細やかな装飾まで時間をかけてやろうと思うと、本当に時間が幾らあっても足りないくらいで……。
このままだと、サークル活動の時間として、学院にいてもいいとされて許可されている時間を、目一杯、使ってしまいそうだなと内心で思って、私は、アルの衣装作りのアイディアを描き下ろしていた、その手を一瞬だけ止めたあと、ノエル殿下に対して、申し訳ないなという表情を作り出して謝っていく。
「ノエル殿下、ごめんなさい。
完成まで、少し時間がかかりそうなので、多分、今日、学院から帰るの遅くなってしまいそうです……っ。
それでも、時間が足りないかもしれません……っ」
「あぁ、いや、それについては、別に構わないから気にしないでくれ、アリス姫。
最近は、みんなが留学に来てくれているから、それでも早めに帰るようにしているが、基本的に、機械工学部が、どんなサークルよりも一番遅いっていうか、俺自身が、自分が作った機械を弄っていることが多いから、いっつも、大体、最後に学院を出てるのは俺なんだ。
それに、続きの製作は、いつでも、うちの部にやってきて、作ってくれたら良いしな」
そのあと、私の言葉を聞いて、ノエル殿下が『それについては、あまり気にしなくていい』と言ってくれた言葉に、私は、ぱちくりと目を瞬かせてしまった。
まさか、学院全体でも、ノエル殿下が、大体、一番遅く帰るようになっているとは思わず、それだけ、ノエル殿下が、本当に機械が好きなことの何よりの証拠だと思うんだけど、それにしたら、やっぱり、この部屋には、ノエル殿下が作ったと思われる制作物があまりにも少なすぎるよね。
「いつも、大体、ノエルが、一番遅くなってしまうのか……? 他の部員達は……っ?」
「あっ、アルフレッド様……。
私達は、いつも、ノエル殿下よりも、先に帰らせてもらっていますよ。
キリの良いところまで残ってる部員も多いんですけど、一番、最後まで残って、熱心に活動しているのは、やっぱり、ノエル殿下ですね」
「まぁ、俺は、本当に、機械弄りが趣味みたいなものだからな……っ。
あぁ、そうだ。
そういえば、今朝、外交の窓口をしているヨハネスから、ダヴェンポートや俺にも話があって知ったんだが、昨日帰ったあと、オルブライト卿から、みんなが、これから学院生活で、どんなふうに活躍していくのか、サポートの任を授かっているものとしては気になるし。
出来ることなら、シュタインベルク国内にいる、フェルディナンド皇帝陛下にも、しっかりと手紙などで、第三者から見た時の、みんなの様子を伝えたいからってことで、正式に申し入れがあって、定期的にじゃなくて、もう少し頻度を増やして頻繁な感じで、また、みんなの活動を見に来たいと思っているらしい。
それは、うちのクラスで、アリス姫や、セオドア、アルフレッドが学園演劇の準備をしているような時だとか、ルーカスやウィリアムの講義の内容を聞きに来たりだとか。
あとは、みんながサークル活動をしているんなら、そこにもやってきたりしたいらしくてな。
昨日、昼間に会った時には、度々、来るような感じだったけど、これから、大分、こまめに、学院に顔を出すようなことになるみたいだから、みんなにも伝えておいてくれってさ」
そうして、そのあと、ノエル殿下から、伯爵であるオルブライトさんが今後、定期的に私達の様子を見に来てくれる可能性が高いというのを教えてもらえたことで、私も『そういえば、学院での行事に関しても、何か必要なものなどがあれば、そういったものの手配をしたりと、細々とした雑用などもお申し付け下されば嬉しいです』って言ってくれてたっけ、と思いながらも、スヴァナさんだけじゃなくて、オルブライトさんも、今後、クラス演劇の練習などを見にくる可能性もあるんだなと、そのことに、ちょっとだけ思いを巡らせてしまった。
そうして……。
『あぁ、そうだ……、お伝えし忘れていたのですが。
これから、更に、装飾の部分などについて、細かく作っていくかと思うのですが、オルゴールなどに布地を貼ったりするための接着剤として瓶に入った植物の樹脂や、膠などの他にも色々と役に立つような道具などがあるんです。
なので、アリス様、良かったら、あそこの棚の上に、道具の入った工具箱があるので、そちらも遠慮なく使ってくださいねっっ!』
と、パトリシアが声をかけてくれたことで……。
私は、その言葉を有り難く感じながら、パトリシアが教えてくれた、鉄製の工具箱が置かれている大きめの棚に近づいて、自分一人の力ではどうやっても取れそうもないことから、近くにあった、日頃から、高い位置のものを取るための踏み台として使われているであろう長めの梯子を使って、6段目くらいまで上ったあと、棚の一番上の場所にあった、その工具箱を取ろうとしたんだけど……。
その梯子の一番上に上って、工具箱を手に持った瞬間……、ピシリ、ピシリッと、嫌な音を立てて、元々、古くなっていたのか、木製の梯子が音を立てて、二本の柱となって支えている下の部分から割れたような音がしたと思った瞬間には……。
「姫さん……っっ、危ないっっっ!」
「……っっ、お姫様っっっ!」
と、危険を知らせるように、セオドアと、ルーカスさんの危機迫ったような声が聞こえたのは、確かだったんだけど、その一拍後で、パトリシアの『きゃぁっっ!』という悲鳴と、『アリス姫っっっ!』という、ノエル殿下の声が聞こえてきた時にはもう、私は、ふらりと、足場をなくして、身体ごと、地面に向かって真っ逆さまに落ちてしまっていた。