540 第一皇子への牽制と恋のやり取り
この部室には、パトリシアともう一人、同じ魔法研究科の男子生徒がいたけれど……。
それ以外の機械工学部の生徒さん達とは初めましてで、彼等との挨拶もそこそこに、私達は、部屋の中に幾つも設置されてある作業台のスペースへと案内されることになった。
この部屋が広いということもあって、部員数が多くなっても大丈夫なように、作業台の数が多めに取られていることで、私達も問題無く、一人ずつ、そこに付くことが出来るようになっていて、ひとまずは、みんな、機械工学部において、作品作りを体験させてもらえることが出来そうだな感じて、私は、ホッと胸を撫で下ろした。
よくよく見れば、パトリシアを含めた部員の人達も、一人一人、それぞれに、専用のワークスペースが用意されているみたいで、そこでは、興味があるのなら、基本的に自由に、どんなものを制作しても良いみたい。
だからこそ、私がノエル殿下に案内された作業台の上は、まだ誰にも使われていなかったこともあって、何も乗っていなくて綺麗な状態ではあったものの、部員さん達の机には思い思いの制作物が乗っていて、そういうのを見ると、ここにいるみんなが、サークル活動を凄く頑張っているんだなと思うし。
この作業台の上は、まさに個人的な空間として、自分の為だけのスペースとして許された、小さな箱庭、お城といってもいいのかもしれない。
「アリス姫……っ!
セオドアや、ウィリアム、ルーカス、アルフレッドはともかく、初めてやるから分からないところも沢山あって、何から手をつければ良いか困るだろう?
分からないところがあったら、いつでも、俺に頼ってくれたら良いからなっ!」
「今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんだけど、俺たちのことについて、ともかくってのは、滅茶苦茶、失礼じゃないかな、ノエルっっ?
何で、積極的に、お姫様のところにだけ、行こうとしてんだよ……っっ?」
「あぁ……、マジで、ルーカスの言う通りだ。
っていうか、わざわざ、お前が姫さんに対してだけ、そんなことを言ってくるのが理解出来ないんだけど、なんで、姫さんだけなんだ……?
前にも話した通り、俺は、姫さんとは、節度を保った距離感で接してくれって言っていたはずだけど、今日も、衣装作りのことで、姫さんだけ呼び出してただろ?
何かそこに、理由があるのか……っ?」
そうして、私が作業台のことに気を取られていたら、私ともっと距離を詰めたいといった様子で『遠慮なく自分に聞いてきてくれたらいい』と、何故か、私にだけ声をかけてきたノエル殿下に、ちょっとだけ眉を顰めたルーカスさんとセオドアが、さりげなく、ノエル殿下が私と話したいと思っている理由について、そこにどんな事情があるのか聞こうとしてくれると……。
「あー、マジで、本当に、全員、アリス姫のことを過保護に思って大事にしているんだな……っ?
だけど、俺だって、ほら、アリス姫とは交流を深めたいんだよ。
なんたって、アリス姫は、シュタインベルクでも認められているくらいの功績を持ってるんだろ?
そのことで、外交相手としても、積極的に関わっていきたいって思うのは、当然のことだからな」
と、二人のその姿に、ほんの僅かばかり苦い笑みを溢したノエル殿下が、はっきりとそう言ってくれるのが聞こえてきた。
……確かに、そう言われてみれば、そうかもしれないんだけど、本当にそうなのだろうか……?
みんなへとはっきりと言葉を伝えてくれる、ノエル殿下の、その言葉とは裏腹に、ノエル殿下の瞳の奥からは何も読み取れず、何を考えているのかが本当に今ひとつ掴みきれないなと思う。
「まぁ、勿論、みんなに、牽制されまくってるのも理解しているが、アリス姫のことを、聞けば聞くほどに、もっと知りたくなってくるって気持ちも本当だからな。
だから、出来れば、これから積極的に関わりたいなって思ってるし、セオドア達については、もう少し広い心で、お手柔らかに頼みたいと思ってるんだが。
……あーっ、分かったっ! ひとまず、みんなにも説明はちゃんとするから、そんなにも恐い顔をしないでくれっっ。
一応、機械人形の種類としては、動物を模したオートマタで、水を飲んだり、穀物を啄むような動作をするものがあったり、音を鳴らすようなものが作れたりとかもするし。
他にも小さな機械のようなものとして、代表的なところで行くと、時間になったら飛び出してくる鳩時計や、人形なんかを、オルゴールに組み込むような感じにしたり……、凝った作りのものだと、本当に、色々なことが出来て面白いから、是非とも、チャレンジして作ってみてくれ。
それと、これから作る作品については、木材や金属とかの素材の部品を切り出したり、形を整えたりで、彫刻や細工を施した材料があるから、これを使ってくれたら良いのと、動力が伝わって動くものとして歯車なんかの部品も取り付けるようにしたら良いと思う。
材料に関しては、部屋の奥に置いてあるのが全部そうだから、あの辺りにあるものなら好きに使ってくれたらいい」
そうして、ノエル殿下が、降参するように両手をあげるポーズをして、なお、私と関わっていきたいと思っているという意思表示をしてくれたのが見えたあと。
ノエル殿下が、時計の技術や機械技術などを利用して動くように設計された機械人形を作るのに、機械の部品などの幾つものパーツとなるような材料が置いてある場所を口頭で教えてくれたことで、そちらへと視線を向けると。
大、小、様々な大きさの木製の箱や板だけではなく、中には、本来なら捨てられるかもしれない錆びた感じで、色褪せた、くすんだ色合いと質感の古材となるような鉄の板なども置かれているのが見えたことで、私はあそこから材料を取って自分だけのオリジナルな作品を作れば良いんだなと思う。
そうして、そのタイミングで、パトリシアが、私達のやり取りを見て、どこか興奮した雰囲気で、うずうずとしながら。
「あぁぁぁ、もうもう、劇でも恋愛ものの作品が大好きな私にとっては、まさに夢のような空間が広がっているというか。
本当に、みなさんとお話をしている時のアリス様のお姿が尊いっていうか!
こういうのを見るの、私、とっても大好きなんです!
現実なのに、まるで、一枚の絵画から抜け出してきたような美しい光景が見れて、美女とイケメンの遣り取りが目の保養すぎて、眼福です……っ!」
と、何故か、私達の遣り取りに、物凄く、うっとりとしつつ、きゃぁきゃぁと、テンションが上がって、はしゃいだような様子を見せながらも……。
『あのっ、ちなみに、作品については、古い材料で作ると、意外にも、味が出て良くなったりもするんですよ』と、古材などの材料を使って作品を作った時は、普通のものと比べて、味わい深くなって良い感じになることがあると、こっそりと耳打ちをするように教えてくれたり……。
その言葉に、『確かに、癖のある材料にはなるから、どこに取り入れるかは凄く重要になってくるけど、古材を使うと、ヴィンテージっぽくなって味が出そうだし、可愛くなりそうかも……っ!』と感じつつ。
「まぁっ、俺自身も、アリス姫に対しては、質問してくれたら喜んで教えるつもりだし、みんなも、分からないことがあったら聞いてくれ」
と、そのあと、ノエル殿下から、私だけじゃなくて、みんなに対しても『分からないことがあったら聞いてほしい』ということと。
勿論、これから作るものによって、機械人形の動きなどに関しても細かく変わってくるものだと思うんだけど……。
今まで、このサークル内で制作されてきたものとして、時計や、オルゴールなどといったものも含めて、どのように作れば良いのか、一般的な機械人形の作り方が記された紙が、ノエル殿下から配られたことで、早速、自由に製作に取りかかることになった私は、セオドアや、お兄様、ルーカスさん、アル、それから、パトリシアと一緒に材料選びから初めていくことにした。
因みに、材料の中には、機械用のパーツだけではなく、人形用の材料も入っていて、鉄や金属を溶かして型に入れて冷まして固めると作れるタイプの人形や。
顔や胴体などは、木材となっていて、手や足に金属のパーツを取り付けて作る人形の2種類のタイプがあったんだけど、私は、木を使ったタイプの人形の方が温かみのあるような感じがして良いかなと感じて、そっちのタイプの人形の胴体や手足など、それぞれの、パーツの部分を選んでいく。
『布などで洋服や靴なども作ったりすることが出来れば、もっと温かみのある感じになってくるはずだよね?』
内心で、そう思ったところで……。
そこまでは、本当にすんなりと、全てが順調に決まっていったものの……。
「うーん、いっぱい、材料があるけど、どれにすれば良いんだろう……?
どういうものを作るかでも、また、違ってくるよね……?」
「あぁ、こんなにも、材料が沢山あると悩むよな……っ。
姫さんはもう、どんなものを作るのか決めたのか……っっ?」
「うん、そうだね……、私は、可愛らしい感じにしたくて、回っていくオルゴールに対して、男の子と、女の子がオルゴールの機械で手を動かして、演奏をしている感じの機械人形を作りたいなって思ってるかな。
セオドアや、アル、お兄様、ルーカスさんは、どんなものにするのか、もう決めましたか……っ?」
と、色々とある材料の中から選ぶとなると『本当に、どれにするべきか、物凄く考えちゃうなぁ』と、かなり悩んでしまいつつも、セオドアからそう声をかけてもらったことで、私は、セオドアの方を向いて、自分がどんなものを作りたいと思っているのかを、はっきりと伝えていくことにした。
出来れば、温かみのある柔らかい雰囲気の作品が作れたら良いなと感じているし。
身体に、ぺたりと布を貼るだけでも衣装は作れるだろうけど、見た目にも拘りたいから、こういう時のために、ジェルメールで衣装作りを見させてもらっていたり、私自身も簡単にだけど、貴族の嗜みとして刺繍などが出来るようになっていて、本当に良かったなと思う。
「あぁ、俺は、時計にしようと思ってる。
一応、モチーフにする動物も、もう決めてるんだけど、折角だったら、完成した時に、また、姫さんにも見せるようにするな……っ」
「そうだな……、俺は羅針盤を作ろうと思ってるよ。
アイディア自体は、もう大分、固まっているから、これから、凝ったデザインや作りにしていくつもり……っっ」
そのあと、セオドアと、ルーカスさんが、それぞれ、時計と羅針盤を作るつもりだと教えてくれると。
アルは、まだまだ考え中だったみたいで、折角だから良いものを作りたいと思っている様子で……、ウィリアムお兄様も、これから何を作るのか、『幾つか案があることで、どれにするか、まだ決め切れていない』と、珍しく考え込んで悩んでしまっているみたいだった。
そうして、みんなの意見を聞いて『こういうのは、センスも大事になってくるよね……っ』と思いながら、私は、既に、パトリシアや他の部員さん達が作っている作品なども見せて貰いつつ。
『男の子と女の子が演奏するオルゴール』と、大まかなコンセプトは決まっているから、後は、作っていく課程で、必要な部品が出て来た際に、また、この場所に材料を選びに来て、付け足したりしていけばいいかなと感じて。
とりあえずの枠組みと、オルゴール作りに必要な材料、そして、今、自分が考えているアイディアとして見た目をどんな感じのものにするのか、頭の中でイメージしているものになるべく近づけることが出来るよう、必要な材料だけを手に取って、作業台に戻ることにした。
そうして、ひとまずは、作業台の上に、長方形の木箱や、ゼンマイ、歯車などといったオルゴール用の部品を置いておいて、一番簡単な、人形用の顔になる丸型のものや胴体用のもの、それから、金属で出来た手や足のものをそれぞれにはめ込むようにして、パーツとしてくっつけていく。
木製のパーツは、ヒノキ材を使っているからなのか、アイボリーっぽい白みがかったナチュラル系の色味になっていて、木材に色を塗ったりしなくても、肌の色として、そのまま、使えそうな感じになっていた。
ただ、人形の瞳や、口などといった表情については、自分で描いていく必要があると思うから、そこは頑張っていかないといけないかも……っ。
作業をしている時は、どうしても、口数も少なくなって黙々と集中してしまうものの。
それでも、私の作業台が置いてある一つ前の机を使って自分の作品を作るために作業をしていたパトリシアとも、『私自身は、初めて作品を作るから凄く楽しみに思ってるの……っ!』とか。
『そうですよね。アリス様の作品が出来たら、私にも見せてくださいねっ!』といった感じで、ほんの少し、はしゃいだような会話の遣り取りもしつつ、真剣に制作に取りかかっていたんだけど。
人形作りについては、かなり順調にいってたのに、オルゴールのことも含めて、機械の部分になると、あまりにも複雑な感じに部品を組み合わせていかないといけなくて。
途端に難易度が一気に跳ね上がって、私は、ノエル殿下が配ってくれた説明書の図面と、にらめっこをしながら、ああでもない、こうでもないと、一生懸命に、頭を働かせていく。
周りを見渡せば、セオドアも、お兄様も、ルーカスさんも、アルも、こういった機械の組み立てなどに関しては、どこまでも理論的に考えられるからか、みんな、割と苦労なく、スムーズに手を動かして、作品作りを進めていっていて……。
「アリス姫、何か困ってることがあるなら、俺も手伝うようにするし、いつでも言ってくれ」
そのタイミングで、丁度、ノエル殿下が声をかけにきてくれたことで、私は、その有り難い申し出に、ホッと胸を撫で下ろしながら……。
「ありがとうございます、ノエル殿下……っ。
そう言ってもらえると凄く嬉しいです。
実は、オルゴールの部分での機械の組み立てや、他のことでも凄く悩んでしまっていて……」
と、今の段階で理解出来ていない部分について、ノエル殿下に質問して聞いていくことにした。
ノエル殿下と、こうして、二人きりで話すのは、朝以来のことだったけど……。
ノエル殿下が、私の作業台まで、わざわざ椅子を持ってきてくれて、私が作業台の正面に座っているのに対し、通路側の方に椅子を置き、その場に座ることで、私とも比較的、近い距離で作業が出来るようにしながら、本格的に教えようとしてくれたところで。
セオドアを含めたお兄様達から、ちょっとだけ複雑そうな視線が飛んできたけれど、私は、みんなに向かって、ノエル殿下に気取られないように『大丈夫だから、安心してほしい』という視線を向けていく。
そのことで、ここに来るまでの間に、『ノエル殿下とは、積極的に、私がコンタクトを取るようにしていこう』と、みんなに向けて話していたこともあって、全員が、私のことを一番に気にかけくれているような様子ではあったものの、私がノエル殿下と話すことについて、とりあえず、納得はしてくれたんだと思うんだけど……。
さっきまで、セオドアもルーカスさんも、私のことで、ノエル殿下と遣り取りをしてくれていたし。
今まで、ずっと、私のことを気に掛けてくれていた状態から、突然、直ぐに納得した様子で、何も言わずに引くことは変だと思ってくれたのか……。
今、この瞬間、本当に、心配してくれている部分もあるだろうけど、セオドアが、『……っ、姫さん』と名前を呼んでくれて、思いっきり、こちらを気に掛けて心配するように見てくれたり……っ。
「お前が積極的に、アリスと関わりたいと思っている様子なのは、お前と話して、俺も理解はしたが。
それでも、俺にとって、アリスは、本当に、心の底から大事に思っている妹なんだ。
……なるべく、距離感を見計らわないようにしてくれ」
と、お兄様が、妹のことを大切に思ってくれる兄を装って、ノエル殿下に釘を差すように声をかけてくれたことで。
私自身、お兄様に対して、たまに、妹である私のことを、こうやって、本当に心の底から大事に思っているという感じで、周囲の人にそう言ってくれることがあるのを実感しつつ、『お兄様、また、言ってくれてる……っ』と、心配からくるものだと分かっていながらも、嬉しいなって思ったり。
それに、私達も、交流を深めたいと思っているノエル殿下が、こうして私に積極的に話しかけてきてくれるようになってきたのは良いことでもあるはずだから……。
そうして……。
私が、歯車や、ゼンマイなどといった機械の部品について、どれをどう組み立てて行けばいいのかと困惑した様子で戸惑ったような視線を向けていると。
ノエル殿下が『あぁ、それか……っ! 確かに、その辺りは、ちょっと複雑な構造になってんだよな』といった感じで、私に手を貸すよう、特に難しいところの部品のパーツをどうしていけばいいのかという説明と共に、実際に、見てもらうのが一番早いだろうということで、自分が作りかけのものを持って来て、私の方に見せてくれつつ、簡単に組み立ててくれ始めた。
その手際の良さに思わず『私では、こうはいかなかっただろうし、凄いな……っ』と、思いながらも……。
「ノエル殿下、ありがとうございます。
こうして、目の前で組み立ててくれることで、視覚的にも凄く分かりやすくなりますし、ノエル殿下に教えてもらえた方法で組み立てていけば良いんだなってことが分かって、私にも、何とか作っていくことが出来そうです……っ」
と、お礼を伝えれば……。
「あぁ、アリス姫、これくらいのことなら、いつでも頼ってくれたらいい。
一応、俺自身、機械工学部の顧問だから、こんなのは、比較的、簡単に出来ることでもあるしな」
と、ノエル殿下がそう言ってくれたことで、私は、引き続き、オルゴール作りについて進めていきながらも、朝はあまり聞けなかったこととして、再び、ノエル殿下に色々なことを聞いていくことにした。