536 魔法研究科の成り立ちと、クラス演劇についての話し合い
ノエル殿下と、二人っきりの話し合いが終わったあと、私は、セオドアやアル、パトリシア、ステファン、そうして、レイアード殿下などといった、劇でメインの役柄を演じることが決まっている、みんなが座っている席へと歩いて戻っていく。
「ごめんね、みんな、お待たせっ……!」
そのあと、セオドアの隣が空席になっていたことから、そこに、ちょこんと座らせてもらったあと、私はみんなが積極的に意見の交換っこをしあっているのを見させてもらいつつも、こっそりとセオドアに、『今って、劇の台本に関係するお話については、どうなってるのかな……?』と、聞いていくことにした。
「あぁ、お帰り、姫さん。
今は、劇に関して、台本や、演出部分について大まかな流れを決めていっているところだ。
とりあえず、あまり原作の舞台の内容を崩さない方向で話が進んでいるが、物語の中盤や結末部分をどうするのか、色々な案が出たことで、大分、原作から比べても恋愛色が強めの話になってきているっていうか。
マジで、女子達が張り切って、そういうシーンを滅茶苦茶増やそうとするから、配役に関して、姫さんの相手が俺で良かったって、本当に、今、心の底から、そう思ってる……っ!」
そうして、隣に座っているセオドアから、ここまで順調に話し合いが進められていると教えてもらいながらも、実感の込められたような声色で『今回の劇での恋愛色が強めになった』ということと。
私の相手が自分で良かったと、ホッと安堵したように言ってもらえたことで、私は思わず、『そんなに、セオドアが心配になってしまうくらい恋愛色が強めのお話になってしまったんだろうか』と、驚いて目を丸くしてしまった。
「それから、他の場面に関しても、既に、話し合いで、殆どのことが決まっていって、このあとは、演出部分について、もう少し詰めて、どうするかの話し合いをすることになるはずだ。
一応、この場で決まっていったことについては、メモとして残してるから、姫さんは俺のメモ書きを一緒に見るようにしてくれ」
その上で、『私がいなかった間に決まったこと』について、セオドアが書いてくれていたメモ用紙を、私に手渡してくれたことで、私は『ありがとう、セオドア』とお礼を言ってから、その紙を目線の高さまで持ちあげて、みんなで話し合って決まったというその内容について、目を通していくことにしたんだけど。
よくよく、きちんとその内容を見てみれば、本当に、セオドアが、今、伝えてくれていたことが理解出来るほど、びっしりと紙に書かれているその偏った内容に、私は思わず、自分の目を疑って、紙に書かれている文字を、じっくりと見返してしまった。
――わぁぁ、本当だっ、どう考えても、原作のシーンから、更にプラスされて、セオドアが言うように、墓守りの青年とお姫様の恋愛のシーンがふんだんに増やされちゃってる……っ。
劇の中で、こんなふうに『恋愛要素を沢山盛り込みたい……っ!』と提案してきた人は、もしかして、パトリシアだろうか……っ?
あ、でも、今、セオドアが『女子達』って言っていたから、パトリシアを筆頭に、この場にいる数人の女生徒達の総意として、この件に関しては、積極的に意見を出して、彼女達が推し進めていったことなのかもしれないよね……っ?
『どうしよう……?
私自身、恋愛だなんて、生まれてから、巻き戻し前の軸の時も含めてしたことがないし、この内容を見る限りでは、凄く不安かも……っ』
私、墓守りの青年を想うお姫様として、この役を、きちんと演じることが出来るのかな……っっ?
セオドアのことを大事に思っているのは変わらないから、そういった表現には自信があるんだけど、当日の劇の重要な恋愛のシーンで、セオドアを相手に、凄く照れてしまったりしたらどうしよう……?
私がいない間に『話し合いで決められていってしまったこと』へ、不満のようなものがある訳では決してないんだけど、自分自身が大丈夫だろうかという心配から、内心で、ひたすら、あわあわとしながらも……。
『あぁ……、でも、良かった……っ。
途中から参加させてもらうことになったけど、セオドアが色々と教えてくれたお陰で、ここまでの話の流れについては、私自身もしっかりと把握することが出来たし、このあとの話にも、しっかりとついていけそう……』
と、思っていると。
「姫さんの方は、ノエルとの話し合いについて、特に何も問題がなかったのか……?」
と、そのあと、セオドアから至近距離で、小声で心配そうに、ノエル殿下とのことについて聞かれた私は、『うん、ひとまずは大丈夫だったよ』と、セオドアにだけ聞こえるよう微かな声の大きさで、ほんの少し微笑み返しながらも、先ほどのノエル殿下との遣り取りに思いを馳せていく。
さっき、ノエル殿下と少しだけ話せたことで、ノエル殿下自身、ギュスターヴ王に対して、どこか他人行儀だと思うような様子が見られたり、幼い頃の自分の言動のことをあまり後悔していない様子が見られたりなどといった事情については、漠然と私自身にも理解出来てきたものの、そういったノエル殿下の事情が、レイアード殿下の言う『私達にとって、この外交は有益なものにならない』ということに繋がっていくものなのかどうかは、まだ分からないけれど……。
『外交』で気になる点として、ヨハネスさんに対しては、あまりそういったことは感じられなかったものの、どうしてか、昨日話したダヴェンポート卿も、今日話したノエル殿下も、どちらも、私達と、これから関係を築いていく上で、私ともっと話がしたいと思っている様子だったよね……?
本来、外交相手として、もっと親しくなりたいと感じているのなら、お兄様やルーカスさんといったシュタインベルクの政治とかにも、しっかりと精通している人を選んで、積極的に話そうと思ってもおかしくないだろうに……。
どうして、二人ともが、他の誰でもなくて、私と積極的に交流を持ちたいと思っている様子なんだろうかと、そのことを、凄く不思議に思ってしまいながらも……。
『ただの偶然……? それとも何か、そこに理由があったりするのかな?』
と、私は、首を傾げてしまった。
そういった意味でも、ひとまず、まだまだ分かっていないことの方が多くて、もっと調査が必要そうだということを、ここでは、他の人の目もあって、しっかりと伝えることが出来ないから、短く『……ただ、そのことなんだけど、私の方も少しだけ、ノエル殿下と色々と話すことが出来たから、あとでちゃんと、その内容を報告するね』と視線だけで、セオドアとアイコンタクトを交わし、私は、とりあえず、みんなとの話し合いに参加することにした。
「アリス様っ、お帰りなさい……!
アリス様がいない間に、みんなで話し合って決まった劇の内容についてなのですが、私がお姫様の出番を多くしたいなって感じて、恋愛関係の部分をふんだんに増やさせてもらいました。
それで……、次は、演出の部分に関してなんですけど、どういうふうに決めていきましょうかっ?」
そうして、パトリシアから声をかけられたことで、改めて、周りの席に座っているみんなの方を見てみれば、パトリシアが、みんなの中心になって、この場にいる全員に、平等に視線を向けながら声かけをしてくれていることで、劇のことを色々と決めるのに、等しく全員が参加出来るようなグループ会議になっていて、私は、パトリシアのコミュニケーション能力と、人を纏めることが出来るその力に、思わず凄いなと感心してしまった。
だからこそ、一国の皇子として、私達と同様、周りの人達から推薦されて、王子の役という重要な役どころを演じることになって、否応なしに表舞台へと引き上げられることになったのを、ちょっとだけ、苦々しく感じている様子ではあったものの、みんなでの取り決めについては、レイアード殿下も、自然と、少しでも意見を言って参加せざるを得ない状況にはなってしまっていたけれど……。
こうやって、みんなの意見を積極的に取り纏めてくれる人が、一人でもいるだけで、凄く有り難いことだなと私は思う。
『私達ならではの、オリジナル要素なども加わった劇は、一体、どんな感じになるんだろう……?』
私自身、恋愛面のことに関しては、本当に、巻き戻し前の軸の時から、私のことをそういう意味で想ってくれるような人もいなかったから、碌に縁がなさすぎて、今回、ヒロインを意識して演じることに、主役として上手く出来るだろうかと不安を感じながらも、色々なことが、一つ一つ、決まっていっていることに、ドキドキしつつ。
『未だに、恋愛としての好きと、家族や友情としての好きの違いが、今ひとつ、分かっていないなって、自分でも自覚しているんだよね……』
――だからこそ、劇の練習をしている時は、ヒロインであるお姫様の、そういった部分を知ったりすることが課題になってくるのかも……っ!
と、本番までに、ほんの少しでもお姫様の気持ちに近づくことが出来るよう、役作りを頑張っていきたいと思いながら、今までも、ファッションショーに出たりしたことはあったけど、舞台の上で劇をしたりするのは始めてのことで。
『また、ファッションショーの時とは、大分、違う感じになるはず』
と、心配するような思いを感じながらも、私自身、みんなと一緒にするクラス演劇については楽しみで、ちょっとだけ、ワクワクするような感覚も沸き上がってきてしまった。
「パトリシア、舞台の演出についてだと、場面、場面での登場人物の動きとかを、ある程度、決めておく必要があるっていうことだよね……?」
「はい、そうですねっ!
勿論、細かい部分については、まだまだ決められないと思いますが、ある程度の流れや台本が決まってきたので、ざっくりとした感じで、そういった部分についても早めに話し合っていた方が良いと思いまして。
特に、墓守りの青年とお姫様だけではなくて、お姫様と王子様達との遣り取りなども含めて、見せ場になるシーンはいっぱいありますから……っ!」
そうして、私の問いかけに、パトリシアが力強く声をかけてくれると。
「あぁ、確かに、そう言われるとそうだな。
僕もアリスと関わるシーンについては、予め、大雑把にでも良いから、色々と決めておいた方が良いと思う」
と声を出して納得したように頷いてくれたアルと、私達と関わることは、あまりしたくないといった感じで、レイアード殿下が、ちょっとだけ視線を伏せたのが、あまりにも対照的だったけれど……。
「村の中でのことや、お姫様と墓守りの青年が二人で暮らすことになるお家などといった場面でも、恋愛の描写はありますし、そういった動きについては、特に強く演出していきたいなって感じています。
勿論、そういった部分じゃないところも、墓守りの青年の魅力ではありますが、折角なら、乙女の夢が詰まった王道のラブロマンス物語に、是非とも、力を入れていきたいので……っ!」
そうして、パァァァッと、どこまでも明るい表情でテンションが高く、台本の時に続いて、恋愛要素を盛りに盛ろうとしているパトリシアに『パ、パトリシア……っ、私、あまり、そういうの得意じゃなくて……。出来れば、そういった部分は、お手柔らかにお願いしたいと思ってるんだけど……っ』と、慌てて声をかけたあと……。
「そっ、それより、ほら、私は、メインの二人だけじゃなくて、パトリシアを含めた主要な騎士の登場シーンや、村人達、それから王子様達の方にも、もう少し、スポットライトを当てて、印象的なシーンを付け足した方が良いと思うなっっ!」
と、続けて、折角、みんなでする劇なんだから、特にメインに近しい登場人物は、一人一人、観客席で見てくれるであろう他の学院生達の心に残って、キャラクターとして印象付けがされるような、特別な場面があっても良んじゃないかなと伝えれば……。
「わぁぁぁ、アリス様、それは凄く良い案ですねっ!
魅力的な登場人物が増えることは良いことだと思いますし、アリス様の提案は、本当に凄く素敵なので、絶対にそうしましょう……!
ですが、その上で、恋愛の要素も可能な限り、ふんだんに取り入れましょうねっっ!」
と、ウキウキのパトリシアが、私の提案したものについては『凄く良い案だと思う』と肯定してくれながらも、恋愛の要素については、どうしてもそうしたいという強い思いがあるらしく、やんわりと、諭されてしまった。
それに、困ったのは、私とセオドアであり、私自身は『どんどん、ハードルが高くなっていっている気がする……!』と、内心で慌てながらも……。
「セオドア、私っ、自分に、お姫様の役が出来るかどうか分からないんだけど、それでも、当日までに、なるべく足を引っ張らないように、一生懸命、劇の練習、頑張るねっ!」
と、任された以上、一生懸命、頑張ろうと決めて声を出していけば。
「あぁ……、うん。……そうだよな?
姫さん、マジで、こういうの手が抜けないから、劇のヒロインっていう自分の役を、なるべく勉強して本当に、一生懸命、ちゃんとやろうとするんだろうなって……。
つうか、姫さんは、多分、大丈夫だと思うんだけど、俺の方が色々と拙いっていうか。
マジで、どうするんだよ、本当……っ」
と、ほんの少しだけ『いや、でも、俺が相手役で、本当に良かったけど……』と、言ってくれつつも、何かしら思い悩んだ様子で声を出してくるセオドアに、私は、そういうことには、本当に不慣れすぎるから、どういうふうにしたら良いかと手探りの状態で、何とか期待に応えられるように頑張るしかないなと思いながらも『私とは違って、セオドアはそういうの、凄くスマートにこなしてくれそうだけど、セオドアは、何にそんなに困った様子なんだろう?』と感じていたら……。
「あぁ、だけど、安心してほしい。
俺も、姫さんの足は絶対に引っ張らないように、ちゃんとするつもりだし。
姫さんが一生懸命になっている分だけ、俺自身も、劇の中で、ヒーロー役として、姫さんのことをリード出来るようにしていくつもりだから」
と、直ぐに優しく声をかけてくれたことで、私は、ホッと胸を撫でおろしつつも『うん、ありがとう。……そう言ってくれると、本当に心強いし、練習の時も本番の時も含めて宜しくねっ』と、お礼を言ってから、セオドアがリードしてくれるなら凄く安心だけど、私もセオドアにばかり頼りきりにならずに、しっかりと自分に出来ることを頑張っていかないといけないなと思う。
そうして、そのあとも、どこまでも明るく、フレンドリーな雰囲気のパトリシアが音頭を取って、主に、恋愛面での要素に関しては『理想』があって、譲れない部分もあるみたいで、少し強引な部分は垣間見られたものの。
それでも、色々とリードして話を纏めてくれたおかげで、演出をどうするのかについても、私だけではなく、アルや、セオドア、ステファン、それから、ちょっとだけ、レイアード殿下も参加してくれながら、他のみんなも意見を出し合ってくれて、パトリシアを含めた女子達の強い要望が反映されつつも、誰か一人の意見だけではなく、みんなで話し合って、しっかりと決めることが出来たと思う。
そのあと、ノエル殿下に『あー、レイアード。個人的な理由で、ちょっと話したいことがあるから、お前は、俺のところに来てくれ』と呼ばれたことで。
「……っ、あっ、分かりました、兄上……っ。直ぐに行きます……っ」
と、ノエル殿下から呼ばれたら、直ぐに行かなければいけないといった感じで、慌てたように反応して、私達から、さっと離れ、パタパタとノエル殿下の方へと急いで駆け寄っていったレイアード殿下が、丁度、この場からいなくなったこともあり。
セオドアとアルとも視線を合わせて、この機会に、この魔法研究科のことも含めて、ステファンや、パトリシアからも、何かしらの情報を得られることが出来れば嬉しいなと感じて、雑談の中に質問を織り交ぜていくことにした。
「そういえば、ステファン、パトリシア……、二人からしてもきっと、魔法研究科は突然出来た学科だと思うんだけど、どっちも、この学科が出来た頃から、この科に、通ってみたいと思ってたの……?
それだけ、ノエル殿下が魔女関係のスペシャリストだっていうことが、昔から有名だったのは、私も知っているんだけど、この科が魔女や魔法のことを学ぶ学科だっていうことで、世間では、まだまだ魔女や赤を持つ人達のことを忌避するような人達も多いなかで、ここへ通うことに、最初は、その、抵抗とかがなかったのかなって……」
「えっ……? えぇ、そうですね。
ノエル殿下が、昔から、機械弄りや、魔女関連の研究に没頭していたというのは国内でも有名でしたから。
それまで、魔女や、魔法関係のことに忌避感を持っていなかったと言われれば、それは、確かに嘘になってしまいますが、それでも、僕は新しくできた学科に興味を持って、勉強したいと思って、自分の意思でやって来ました。
この学科に通っている人間は、みんな、大抵、そうだと思いますよ。
というのも、この学科が出来た頃に、国王陛下のお墨付きで、大々的に国から、魔法研究科に入学しないかっていう話が、国内にいる貴族中に宣伝するように通達されたんですよね。
なにせ、国王陛下のお墨付きですから、それで、興味を持った人間は、かなり多かったと思います……!」
「ギュスターヴ国王陛下が、わざわざ、自ら、宣伝を……っ?」
「えぇ、そうなんです、アリス様っ!
私も当時のことはよく覚えていますけど、令嬢や令息がいる家庭に、ギュスターヴ国王陛下直々の印が押してある学院紹介のためのパンフレットが届いたんです。
学院で勉強して卒業するまでの期間は、学科によっても変わってきますが、魔法研究科は3年間、勉強を行うことが出来るようになっていて、その間、学院でのサークル活動によって、より、自分が興味のある分野についても学ぶことが出来るようになっていますし。
私達は、魔法研究科が5年前に出来たこともあって、2期生になっていますが、当時から、わざわざ国王陛下が、力を入れて推薦する科が出来たということで、それだけで、将来、国の重要な研究者や学者への道が開ける可能性が高いだろうって期待されて、魔法研究科への応募者も凄く多かったんですよ……!」
そうして、ステファンや、パトリシアから、詳しい説明を聞いて、私は、内心で驚きつつも、セオドアとアルと一瞬だけ視線を交わし合う。
それだけ聞くと、ギュスターヴ王が、この学科の成功のために並々ならぬ思いで、特に力を入れていたのが窺えるし、この学院の中でも重要な学科の一つとして位置づけて、何かしら『国にとって利益になる』という判断のもと、政治的な要素などの思惑が絡みつつ、その采配を振るったことは間違いないんだろうな。
【それは、もしかしたら、ノエル殿下以外に、魔女や魔法関係のことに詳しいスペシャリストなどを育成するためだったりするんだろうか……?
それとも、何か、他に理由があったりするのかな……っっ?】
「なるほどな。
じゃぁ、魔法研究科に通っている人間は、学院を卒業後、実際に、国の要職についていたりするのかっ?」
「えぇ、そうですね、セオドアさん。
ここ数年、王城では、新しい政務官などは雇い入れていませんが、学院を卒業した生徒達は、国が研究費を出している有名な学者や、研究者といった高名な先生の助手という立場につかせてもらうことで、チームで論文を発表したりすることが多いですね。
実際に、魔法研究科の一期生は、数多く学者先生の助手として採用された実績があります。
その上で、個人でも様々な研究を重ねて、国から認められれば、国の学者や研究者として枢密院に在籍することも夢ではありませんので、狭き門ですが、私達は、みんな、そのために頑張っています。
勿論、全員が全員、学院に通ったからといって、そういった職業に就ける訳ではありませんが、学院でしっかりとした教養を学んだと言うことで、貴族の家庭に家庭教師として雇われたりするような人間も多かったりしますよ」
そのあと、セオドアの質問に、パトリシアが答えてくれたところで『そっか、この学院の卒業者は、国から研究費が出ている学者の助手などになって、最終的に、専門的な知識を持っている名だたる学者達や聖職者が在籍する枢密院を目指すのか』と、私は、その話には、大いに納得してしまった。
パトリシアも、今、言っているように、枢密院に在籍出来ること自体、エリート中のエリートがなれるようなものであり、本当に狭き門だと思うんだけど……。
それでも、名をあげて枢密院に在籍することが出来れば、国への強制力はないけれど、国の政治などに関与出来る可能性があったりするし。
学者として高名になればなるほど、研究費として国から出るお金なども、かなり潤沢だろうから、研究者として、学問を突き詰めている彼等にとっては、憧れの職業であることに間違いないんだろうな。
「ふむ、枢密院というのは、確か、クロムヴェル大司教が所属していたところだったよな……?」
「はい、そうなんです。アルフレッド様、よくご存知ですねっ!
クロムヴェル大司教は枢密院の中でも、普段から、ダヴェンポート卿と双璧を成すような感じで、国王陛下に、直接、進言することが出来るくらいの立場にいた御方です……っ!
8年前に、毒殺のような形で、誰かに殺されていなければ、きっと今も生きていらっしゃったんでしょうが……」
そうして、ステファンから、クロムヴェル大司教について、思わぬ情報が降ってきたことで『えっ? クロムヴェル大司教って、誰かに毒殺されてしまったの……?』と、私は思わず聞き返してしまった。
私自身、クロムヴェル大司教が亡くなった直接の原因については、今の今まで知らなかったから、持病などが悪化したとかそういったことじゃなく、誰かに殺されてしまったのだと聞いて、本当にビックリしてしまう。
――それに、誰かに殺されたと具体的な名前が出てこなくて曖昧にされているということは、その犯人は未だに、誰なのか分かっていないということに他ならないだろうから。
「えぇ……、こう言っては何ですが、8年前にクロムヴェル大司教が亡くなった時、クロムヴェル大司教が信頼して重用していたとされる司祭様なども、数人、同じ毒が用いられ殺されてしまっているんですよね。
なので、クロムヴェル大司教だけじゃなくて、その派閥もろともを、邪魔に思っていたり、憎んでいたりするような人物が犯人なのではないかと噂されていたり……。
勿論、クロムヴェル大司教も、その立場から、多くの人に狙われても可笑しくない方ではありましたし、当時は、双璧を成す形で、国王陛下の腹心の二人だと言われていたこともあって、どちらが国王陛下の信を得られるのかといったところで、ダヴェンポート卿の関与が強く疑われたのですが、証拠はなく。
また、クロムヴェル大司教に関しては、国王陛下への進言などで、度々、目に余るような感じで発言が行きすぎていると思われるようなこともあったとされていますから、王城内で敵は多かったって話ですよ」
そのあと、私達に向かって、ひっそりと『あまり、大きな声では言えないのですが……、』と耳打ちをするように、小声で当時のことを教えてくれるステファンに、私は『そんなことがあったんだ……っ』と思ったのと同時に、クロムヴェル大司教を殺した犯人について、一体、誰が彼を殺したんだろうかと、凄く気になってしまった。
――それから、クロムヴェル大司教の発言が強すぎて、度々、目に余るような感じで、誰かから恨みを買っている可能性も高かったということ自体にも……。
勿論、王城や皇宮などといった場所になればなるほど、色々な欲望が渦巻いて、自分達の目的のためだったり、誰かからの恨みを買ってしまったりすることもあって、こういう事件は、どこの国でも、どうしても起きてしまうものだとは感じるし。
どんなに、君主が清く正しい政治を行おうと努力しても、目に見えている美しくて綺麗な部分だけじゃなくて、表裏一体となって、ひたひたと付きまとうように纏わり付く、影のような暗い部分が消えてしまうことはないだろう……。
『今も、多分、その犯人が普通に過ごしているのは間違いないだろうし、何だか、ちょっとだけ、きな臭い感じの話になってきてしまったかも……』
「そういや、確か、ノエルを産んだ、アレクサンドラ妃も、もう既に亡くなってるんだよな……?
まさか、そっちの死因についても、毒殺か何かで……?」
そうして、ステファンからの言葉を聞いて、セオドアが、第二妃である、アレクサンドラ様が亡くなってしまったことについて、もしかしたらと頭に過った可能性として、その関連性を疑うように問いかけると。
ステファンが、慌てた様子で『い、いえ……っ、アレクサンドラ様は、ノエル殿下をお生みになってから、産後の肥立ちが悪いということで、そのまま、お亡くなりになられてしまっていますし。クロムヴェル大司教が亡くなられた時とは時期が違いますので、決して、毒殺なんかではありませんよ……っ』と、小声で、セオドアの言葉を否定するように、そう言ってくる。
ステファン曰く、第二妃であるアレクサンドラ様が亡くなることになった原因は毒殺ではないということだけど、そこで私は、『あれ、でも、待って。……確か、王妃様も、レイアード殿下を産んだ際、産後の肥立ちが悪くなり、肺炎を患ってしまって、そのまま療養に入ることになったんだよね?』と、妃である二人の共通点に思わず違和感を感じてしまった。
――勿論、出産は命がけとされているけれど、そんな、偶然があるんだろうか?
一見、関連性がないようには見えるけど、二人の妃が、出産前に何かしら身体に影響するようなものを誰かに食べされられてしまったという可能性も、考えられなくはないと思う。
ただ、ソマリアの人達からすると、8年前にクロムヴェル大司教が毒殺されたことと、23年前にアレクサンドラ様がノエル殿下を産む際に亡くなったことや、16年前に王妃様がレイアード殿下を産むことになった時に、療養することになったというのは、確かに、直ぐに直ぐ、関連付けられるようなものでもないだろう。
実際に、たとえ、王妃様やアレクサンドラ様が妊娠している時に、身体を弱らせるための何かしらの毒のようなものが使われていたとしても、クロムヴェル大司教の飲んだ毒とは種類が違う可能性の方が高いはずだから……。
「あのね、二人とも、一つだけ聞きたいんだけど、良かったら、教えてもらっても良いかな……?
ステファンやパトリシアは、この国で、王妃様や、ギュスターヴ王、それから、ノエル殿下や、レイアード殿下に匹敵するほどの……、たとえば、彼等と同じ食事の内容を出されても違和感がないくらい、立場のある人を、他に知っていたりする……っ?
私自身、外交の目的で、国にとっても重要な立ち位置にいる貴族の人達のことは把握しておきたいし、友好関係をしっかりと築くために、王族の事情などにも、しっかりと精通しておきたいなって思ってるんだ……っ」
そのあと、私が、最後の質問とばかりに、二人に向かって、『東の離れの棟で、王妃様と一緒に食事をしていたであろう人間について』駄目元ではありながらも、誰か心当たりになるような人がいないかと、東の離れの棟のことについては伏せた上で、それとなく問いかけてみたけれど……、二人は、その言葉にキョトンとした様子で……。
「王族の方々と同じ内容の食事ですか……?
出来るとしたら、王族の方達の他には、恐らく、ダヴェンポート卿か、それか、それこそ、クロムヴェル大司教くらいじゃないでしょうか……。
彼等二人は、ギュスターヴ王から、本当に凄く信頼されていたといいますし、政務で忙しい合間を縫って、ギュスターヴ王が彼等を労うために、食事を共にしていたこともあるというのは、父から聞いたことがあります」
と、ステファンが、私の質問には、ほんの少しだけ不思議そうにしながらも、外交目的だというと納得してくれた様子で、それが出来るとしたら、ダヴェンポート卿か、クロムヴェル大司教くらいだろうということを教えてくれた。
それから、パトリシアが『アリス様、国内でも重要な立ち位置にいる貴族のことが知りたければ、私にお任せ下されば、いつでもお伝えさせて頂きますし、遠慮なく頼ってくださいね』と言ってくれて、さっきまで、クロムヴェル大司教が死んでしまったのだという真剣な話をしていたことで、真面目な雰囲気が広がっていたけれど、また、ほんの少し、この場の空気が和んで、柔らかくなっていったところで……。
「あー、舞台のセットや、大道具についての話し合いはもう終わったみたいだが、こっちのチームも、台本関係についての話し合いは、粗方、終わってるっぽいな……っ?
それなら、今日のイベントへの準備はここまでにして、授業を再開するから、各自、授業を聞く態勢に戻ってくれ」
と、ノエル殿下に声をかけられたことで、私は、学院の授業が全て終わったあと、今日は、ノエル殿下に誘われた機械工学部のサークルに行こうと心に決めながらも、ひとまずは、これから一日、セオドアとアルと一緒に、ノエル殿下が講義してくれる内容を聞いて、魔法研究科の授業に専念することにした。