535 衣装のデザインと第一皇子との話し合い
あれから、衣装のための採寸が終わったあと、今度は、お姫様や墓守りなど、メインの登場人物である私達の10人くらいのチームと、それ以外の20人くらいのチームの二つに分かれ、先ほど、ノエル殿下が。
『舞台の大道具や背景の制作に必要な木材だとか、木材を組み立てるためのハンマーや釘、布などといった材料は、今回、俺たちがする劇の内容を伝えた上で、ソマリアの王都の劇場で、実際に、普段から、舞台装置を作っている職人に聞いて、必要なものを手配していくようになる』
と言ってくれていたけれど、私達以外のチームは、実際に大道具さんに聞く前に、舞台で必要になりそうなセットについて、どんなものにしたいかなども含めて、事前に色々な案を出していくことになり。
メインの登場人物である私達は、簡単にではあるものの『墓守りの青年と、記憶をなくした娘』についての台本をメインに、結末なども含めてどうしていくのかということを、話し合って決めることにした。
というのも、さっきも思ったことだったけど『墓守りの青年』については、本当に色々な解釈でお話を広げることが許可されているのもあって、話の大筋自体は、どこで上演されていても変わらないものの、その結末も、結構、各地でアレンジが加えられて、バラバラだったりもするんだよね……。
だからこそ、今回、私達が上演する劇についても、結末や、細かい部分などに関して、どうしていくのかということの話し合いをしなければいけなかった。
そこで、私やセオドア、アル、レイアード殿下、パトリシア、ステファンを含めた、主要な登場人物を演じる10人と、それ以外の20人に分かれて、各自、今の今まで、自分が講義室の中で座っていた場所から移動し、グループで纏まって話が出来るように改めて着席し直すと、そのタイミングで、教壇の上に立っていたノエル殿下から。
「あー、みんなと話し合いをしようとしている中、声をかけることになって申し訳ないんだが、アリス姫は、台本をどうするか話し合う前に、俺のところに来てほしいっ」
と、突然、呼ばれてしまったことで、私はキョトンとしながらも『えっと……、私、ですか?』と、ノエル殿下に向かって、突然のことに戸惑いつつも、ほんの少し首を傾けながら問いかける。
図らずも、今、こうして、ノエル殿下に呼ばれたことで、丁度、ギュスターヴ王のことや、レイアード殿下のこと、ノエル殿下の幼少期のことなども含めて、ノエル殿下とは色々な話をしたりすることが出来たら良いなと思っていたから、嬉しいことではあったんだけど。
『このタイミングで、どうして、私だけが呼ばれてしまったんだろう?』と思いながらも、質問をしてみると。
「ほら、昨日、ダヴェンポートも言ってたと思うんだけど、アリス姫は、シュタインベルク国内で、デザイナーとして、若い令嬢達の間で絶大なる支持を受けて、民衆からの評価も凄く高いんだろ?
衣装については、国内のデザイナーに発注するつもりなんだが、その前にデザインについて、何かしら、アリス姫ならではの視点で意見を出してもらえると有り難いなって思ってたんだ。
だから、暫くの間、アリス姫には、俺と二人っきりで、この講義室内の一番奥の椅子と机を使って、衣装について色々な案を出してもらいたい」
という言葉が、ノエル殿下の口から返ってきたことで、私自身は『あぁ、なるほど……っ。そういう理由だったんだ……っ』と、その内容には、直ぐに合点がいった。
だからこそ『私で良ければ、役に立てると嬉しいな』と感じつつも、昨日、学院内で、レイアード殿下にあんなことを言われたばかりだし。
ルーカスさんやお兄様だけじゃなくて、セオドアやアルも、ノエル殿下が私に対して興味を持っている様子だということで、本当に気に掛けてくれていた雰囲気だったから、今、この瞬間にも、ノエル殿下からの言葉を聞いて、私とノエル殿下を二人っきりにしても良いのかと、凄く心配してくれていたんだけど。
私は『ノエル殿下から指定された席は、二人とは対角線の位置にあって、真反対だから少し距離があるものの、それでも同じ講義室内にいるし、セオドアやアルからも見えない場所ではないから、きっと大丈夫だと思う』というアイコンタクトを二人に送ったあと。
私に付いてきてくれようとして、がたりと椅子から立ち上がってくれそうになったセオドアに『ありがとう。でも、心配しないでっ。衣装のアイディアを出し終わったら、必ず、そっちにも参加するからねっ!』と目線だけで伝えてから、ノエル殿下に案内された、一番奥の席へと着席することにした。
――あぁ、でも、これだけ大勢の人が、がやがやと、それぞれ、劇の準備について意見を交わして話し合っているのなら、幾らセオドアでも、私達の話は聞き取れないかもしれないな……。
私が、頭の中で、そんなふうに思っていると、私の前の席に座ってくれたノエル殿下が、身体ごと、私の方へと振り向いてから、私の正面にある机の上に書類用の真白い紙を置き、それぞれの役柄の衣装をどうしていくのか、広めのスペースを取ってくれた上で、お姫様や、墓守りの青年などといった感じで、役柄と、その隣に、演じる人の名前について書き記していってくれたのが見えた。
「じゃあ、早速だけど、登場人物の衣装について、一緒に決めていくことにしようか?」
「はい、そうですね。
あの……っ、もしかしたら、ノエル殿下にも既に案があるかもしれませんが、一応、私自身が、今の段階で、パッと思いつくアイディアとしては、きっと、お姫様と墓守りの青年、それから王子様二人といった、主役や、メインの登場人物に関しては、特別な衣装になると思うんですけど。
それに加えて、もしも予算などが大丈夫なようでしたら、メインの騎士とメインの村人は、少し特殊な感じの衣装のデザインにして、他の一般の騎士や村人達とも衣装を分けて作った方が良い気がします。
騎士の場合、揃いの隊服ではありながらも、たとえば、高位の騎士には、マントを付け足したりだとか、隊服のデザインと紋章などを、ほんの少しアレンジして変えるだけでも、高位の騎士と、そうじゃない一般兵だなということが、劇を見ている人達からも分かりやすくなりますし」
「あぁ、確かに、それはそうだな……っ」
「はい。
……あと、原作では村人も、メインの人は、他の村人よりも、多少、裕福な設定だったりしますよね?
それから、村人に関しては、脇役の人も男女2パターンくらいに分けて作ることで、視覚的にも、観客席のお客さんが、村人達を見た印象として同じような感じのイメージを抱かずに見ることが出来て、違和感を覚えにくいと思います。
勿論、予算に問題がなければ、村人達に関しては、みんな、バラバラの衣装で作った方が良いとは思いますが……」
そうして、ノエル殿下が、インクの付いた羽ペンを持ったまま、私に向かって問いかけてくれたことで、一応、私自身が、今の段階で考えていた衣装のことについて、なるべくそうした方が、より舞台映えして、観客の人達にも楽しんでもらえるような感じになるんじゃないかなということを、しっかりと伝えていけば、ノエル殿下の瞳が、ほんの僅かばかり虚を衝かれたように見開かれながら。
「あー、なるほどな。
その二つに関しては、俺自身も、確かに盲点だった。
予算のことは、国から出る予定になっているから、特に気にしないでいい」
と言ってくれたあと。
「いや、だけど、アリス姫に、こっちに来て相談に乗ってもらって、俺としては、本当に有り難いなって思ってるんだ。
俺だけじゃ、どうしても、こういったものについては、そこまで考えが及ばなかったと思うし。
それと……、俺自身、本当は、もっと前々から、こうして、アリス姫とは積極的に親睦を深めたかったんだが、周囲の人間が、アリス姫のことを守るように、節度を保った付き合いをしてほしいって感じで牽制までしてきたことで、これまでは、中々、話すことすらままならなかったっていうか……。
ほら、いつも、セオドアや、ルーカス、ウィリアム、アルフレッドの誰かしらが、その側についているだろう?
特に、セオドア。……仲がいいんだろうなってのは、前々から思ってたものの、さっきの遣り取りとかを見るに、主人と従者としてはあまりにも距離感が近すぎるっていうか、アリス姫とセオドアは、いっつもあんな感じなのか?」
そのあと、顔を上げて、私と積極的に親睦を深めたいと言ってくれながらも、セオドアと私の距離感について、もの凄く気に掛けたような様子で、私を見て問いかけてくるノエル殿下に、私自身『確かに、私とセオドアの主従関係について、初めて見た人は、きっとビックリしてしまうことだったよね……っ』と感じつつも、セオドアとの関係性については、私本人が直すのが嫌だと思っていることもあって、正直に、今、自分が抱いている気持ちを、ノエル殿下に打ち明けていくことにした。
「……えっと、はい、そうなんです……っ。
傍から見ると、もしかしたら、ビックリされてしまうことだったのかもしれませんが。
私自身、セオドアとは、ずっと幼い時から傍にいることで、どんな時も、何があっても、私のことを一番に考えてくれて、いつだって傍で守ってくれるセオドアのことを、主人と従者としてではなくて、もう既に家族のように大切に思っていて……。
その関係性を直したりするのが嫌だと思ってしまうくらい、凄く居心地が良いことなので、ずっと、セオドアに甘えっぱなしで……。
セオドアとの距離感については、私の意思でそうしていることなので、いつも、心の底から本当に嬉しく感じているんです」
そうして、私が、ノエル殿下の質問に嘘偽りなく、『こういう時は、どうしてもセオドアの方が、主人である私への距離感について、怪訝な視線で見られることが多くなってしまうから』と、何とか、セオドアのことを分かってもらおうと、一生懸命になりながら、私自身が許可をしているのだということと、日頃から、私がセオドアに対してどう思っているのかを、はっきりと伝えていくと、ノエル殿下は、ほんの少し目を見開きながら『へぇ……? そうなんだな?』と言ったあとで、僅かばかり目を細め……。
「俺自身は、家族の関係っていうか、それ以上にも見えなくなかったっていうか。
セオドアは、明らかに、他人に見せつけることで、牽制しているようにも見えたけどな」
――アリス姫は、そのことには気付いてないのか。じゃぁ、俺にもその懐に入る余地はあるってことだな。
と、こんなにも近い距離にいるのに、もごもごっと口の中で何かの言葉を発したことで、私にはその言葉が上手く聞き取れず、ノエル殿下の言葉に『……???』と思いながら、『ごめんなさい、上手く聞き取れなかったので、良ければ、もう一度、言ってもらえますか……?』と声をかけてみたんだけど。
ノエル殿下は、私の方を見て『いや、特別、大したことじゃないから忘れてくれ』と、誤魔化すように、明るい笑みを溢しながらそう言って、その話をそこで打ち切ってしてしまった。
それから、主に、私がメインで、アイディアを出す側ではあったけれど、少しの間、お姫様と墓守りの衣装、それから王子達の衣装について、どうしていくのかを話し合い。
「お姫様の衣装については、パッと目を引いて舞台映えするような感じのものが良いと思いますが、私があまりゴージャスで派手な感じの衣装は似合わないので、出来れば、可憐な雰囲気も感じられるようなものが嬉しいなと思っています。
その一方で、墓守りの青年については、白のシャツに、黒の上着、渋く落ち着いた色合いで装飾を施して、大人っぽい雰囲気の衣装にするのが良いかなと感じます。
着用するのがセオドアなので、墓守りとして庶民的な雰囲気を併せ持ちつつも、クールで格好良く、黒色の手袋なんかもつけると、グッと格好良く見えるかなと思うのですが、どうでしょうか……?」
と、私が、お姫様と墓守りの衣装について案を出すと、ノエル殿下も『あぁ、確かに、それは良さそうだな』と、うんうんと頷きながら、話に乗ってきてくれた。
「それから、レイアード殿下と、アルの二人の王子としての衣装については、レイアード殿下を黒っぽい色味の衣装にして、アルを白っぽい衣装にすることで、二人の王子に対比を持たせるようにした方が良いかなと思います。
あくまでも、格好いい雰囲気は崩さないまま、衣装にも王子らしい華やかさをプラスするように、銀の刺繍とかを施していくと、より、見た目的にも映えるんじゃないかなって」
そんな中で、私自身、いつもジェルメールで自分の意見やアイディアを伝える時は、口頭で伝えている時と、『こんな感じの衣装を作りたい』と、さらさらと、アイディアを紙に描き起こして、ヴァイオレットさんに提示する時との2パターンがあるものの。
本職であるヴァイオレットさんに伝える時は、口頭だけでも大体のイメージを掴んで形にしてくれるけれど、ノエル殿下はそういったことには詳しくないだろうから、口頭で伝える以上に、デッサンで視覚的な情報を見てもらった方がより分かりやすいはずだし、実際に、ソマリアにある高級衣装店で作ってもらう際には、この紙を見てもらった方が作りやすくなるだろうからと。
この6年の間に、随分、手慣れてしまった要領で、お姫様と墓守りの青年も含めて、王子二人の衣装のイメージとして、インクの蓋を開け、羽ペンを使って、デッサンを描き起こす感じで提案することにして、作成途中のデッサンの段階から、ノエル殿下にも見てもらうようにしていく。
「へぇ、手慣れたものなんだな……。
これだけ見ても、アリス姫が、伯爵である、オルブライト卿にも絶賛されているのが分かるくらい、シュタインベルクで活躍しているんだっていうのが、滅茶苦茶、よく分かる。
本当に、世間で流れていたアリス姫の悪い噂は何だったんだってくらい、確か、幼い頃から、色々なことをフェルディナンド皇帝陛下に進言して、シュタインベルクを変えてきたんだよな?
俺が知っている限りでも、アリス姫が、魔女や赤を持つ者への人権も保護してきたんだってのは分かってたが、水質汚染の件も解決して、観光船などの開発で、シュタインベルクからも船を出したりだとか。
アリス姫の発想力には、俺自身も興味が尽きないっていうか、その能力が生まれ持ったものだというのなら、アリス姫は、本当に多くのものを持って生まれて、愛されてきたんだな?」
そうして、ほんの僅かばかり、一瞬だけ、黒い感情を灯したように見えた、ノエル殿下の瞳を見て、私は『あれ……? 今、ノエル殿下、どうして、そんな目をしたんだろう?』と、その表情に気を取られてしまいながらも……。
「ありがとうございます。
あの、でも、その悪い噂に関しては、大半が誇張したものだったりはするんですけど、それでも全部が嘘な訳じゃなくて、本当の部分もあるんですっ。
私自身も、そのことを凄く反省していて、今は、絶対にそんなことはしないって思っていますし、ほんの少しでも、皇女として、シュタインベルクのために、役に立っていられると良いんですけど……。
それと、そうですね……。
セオドアも、アルも、ウィリアムお兄様も、ルーカスさんもいてくれて、大切に思ってくれる人達に、本当に、今の環境には凄く恵まれていると思います。
私自身は、自分が多くのものを持って生まれて来れたとは思わないのですが、それでも、周りの人達が助けてくれているお陰で、気付けば、私のことも褒め始めてくれる人が増えて、凄く感謝しているんです」
と、嘘偽りなく、正直に『周りの人達のお陰で、私自身も人から賞賛されるようになったりしているのだ』と、周囲の人達の存在に、心の底から感謝していることも告げていく。
これまで、ずっと忌み嫌われてきたけれど、この6年の歳月の中で、私の周りを取り巻く環境が、どんどん変化して優しいものへと変わっていったのは実感しているし、今の私は、周りの人達から大切に思ってもらえて、本当に幸せだから……。
その言葉を聞いて、ノエル殿下が、そんなふうには思えないけどなといった様子で僅かばかり驚いたように少しだけ目を大きく見開いたのが見えたものの。
その直ぐあとに、これまでもずっと聞きたいと思ってはいたんだと思うんだけど、私のことについて、もっと聞きたいという好奇心が沸き上がってきた様子で、そのあとも興味津々といった感じに、この機会に折角だからというふうに『そうなんだな? そんなふうには、あまり見えないけど、本当の部分もあるって、具体的にどんなことを?』だとか『アリス姫は、幼い頃から、シュタインベルクではどのように過ごしていたんだ?』だとか。
それから、『俺自身、ずっと興味を持ってたから、セオドアだけじゃなくて、ウィリアムや、ルーカス、それからアルフレッドとの関係性などについても詳しく聞いておきたいんだが』というように、ヨハネスさんや、ダヴェンポート卿もそうだったけど、ノエル殿下も私達の事を詳しく知りたいと、もの凄く気に掛けていたみたいで、此方に、沢山、質問するように話題を振ってきた。
それが、どういう意味を持つものなのか、私は、ダヴェンポート卿と、ヨハネスさんと、ノエル殿下を比較するように、頭の中で、みんなからの質問などを思い出してみたけれど、私では、しっかりとしたところまでは、どうやっても判断することが出来なくて……。
「そうですね……。
実は、私自身、赤を持って生まれてきたことで、生まれてきた時から、周囲から忌避されて、今までは、あまり良くない境遇に身を置いていたりもしたんです。
だから、目に見えての愛情を求めてしまって、お父様やお兄様を困らせるように、我が儘も言ってしまったり、愛情がもらえないなら、せめて、プレゼントだけでも良いから、家族からの贈り物として形あるものがほしいって思っていたり。
当時の私が、間違っていたことは自分でも充分自覚していて、あの頃の自分を思うと、本当に申し訳ない気持ちになってきてしまいます……っ。
……でも、今は、そんなこともなくて、凄く幸せに暮らせていますし。
セオドアは勿論のこと、お兄様も、アルも、それから、ルーカスさんも、そんな私に対して優しくしてくれて、大切に思ってくれるようになって、いつだって慈愛が籠もった視線を向けてくれて……。
だから、それだけで、私は本当に、みんなに救われているんです」
そのあと、一つ一つの質問に、慎重になりながらも答えていけば、ノエル殿下は、私の環境があまり良くないものだったと聞いて、凄くビックリしたみたいだった。
……もしかして、さっきの口ぶりからしても、ノエル殿下は、生まれた時から、私が誰からも愛されて、今のように周囲の人達に大切に思われながら過ごしてきたと思っていたのかな……っ?
私が、自分のことを普通に人に話せるようになったのも、この6年の歳月の中で大きく変わったことだとは思うけど、ノエル殿下は、私の話を聞いてどう思っただろう……?
――その深い藍色の瞳からは、今ひとつ何を考えているのか、読み取ることが出来ないな……。
一方で、ノエル殿下から、色々なことを聞かれたことで、そのことに、ちょっとだけ注意しつつも、私自身もギュスターヴ王のことや、ノエル殿下自身のこと、それから、レイアード殿下に対してどう思っているのかなど……。
そういったことも含めて、ノエル殿下には聞いておきたいなと思っていたから、簡単にではあるものの、メインのお姫様と、墓守りの青年、そうして、王子二人のデッサンについて、衣装のイメージ作りが終わったこともあって、今度はメインの騎士や、村人といった主要人物の衣装のデッサンに着手しながら、私は、時々、ノエル殿下の方へと、視線を上げて、その顔を見つめながらも、この機会に、色々と聞いてみることにした。
「あの……、ノエル殿下、良ければ、私からも質問させてもらっていいですか?
実は、昨日、ヨハネスさんにお会いした際、幼い頃のノエル殿下の話を、ちょっとだけ聞かせてもらったのですが、ノエル殿下が幼い頃、ふらっと外に出ては、服とかも汚して帰ってくる、わんぱくな子どもだったと聞いて、幼い頃のノエル殿下がどのような感じだったのかなって思いまして。
レイアード殿下とも、年が離れていますが、今のような距離感で、ずっと付き合っている感じなのでしょうか?」
「あぁ……、俺のことか……っ?
いや、俺は、自分のことを話すよりも、アリス姫のことが聞きたかったんだが。
まぁ、でも、そうだな。
レイアードとは、わりと、今の関係に近い関係をずっと維持しているかなっ。
一応、皇子として、レイアードの方が王妃様の子どもではあるけど、アイツは、昔からああだから。
それで、ヨハネスから俺の話を聞いたんだよな……っ?
俺自身、特別、そのことに反省はしてないんだけど、幼い頃の俺は、本当に、手がつけられないくらいの子どもだったと思う。
バエルのお陰で、何とかなってるとは言っても、普段から、バエルは、俺のことを、かなりキツく叱ってくるからな。
マジで、お小言だけは勘弁してほしいよな……っ!」
……そうして、私の言葉を聞いて、どこまでもあっけらかんとした様子で声を出してくるノエル殿下に、私は、思わず『レイアード殿下のことはともかく、ノエル殿下は、幼い頃の自分について、あまりそのことを気にしてもいないのかな』と、ちょっとだけ戸惑ってしまった。
「そうだったんですね。
あの……、あんまり色々と聞くのもどうかなと感じるんですけど、ノエル殿下は、ギュスターヴ王のことを、どう思ってらっしゃいますか?
私自身、シュタインベルクとソマリアの外交のために来たこともあって、あまり交流が出来ていないことに申し訳なさを感じていますし、ギュスターヴ王のことについては、国同士の外交相手としても気になっていたので……」
「あー、そうだなっ。
国王陛下である父上のことは、俺の大事な父親でもあり、重要な人だって認識だな。
まぁ、俺自身も、好き勝手に色々とやらせてもらってるし、魔法研究科に、趣味の機械弄りのためのサークル活動をするための部屋とか、ちゃんと、血判を押してもらった上で、学院っていう自由に出来る箱庭を一個もらってんだけど、そういう意味では、本当に、その存在に感謝してるっていってもいいかもしれない。
外交相手としては、まぁ、そうだな、国王陛下自身、本来は色々と出来る人なんだけど、今は立て込んでて、シュタインベルクから来たみんなへの相手は、ちょっと出来ない感じになってるから、それについては申し訳ないなって思ってるよ」
そのあとで、ノエル殿下から、ほんの少し、苦い笑みを溢しながらそう言われたことで、私はその言葉の節々で、ノエル殿下が、ギュスターヴ王に対して、ちょっとだけ他人行儀なふうにも見受けられることから、そこに何かあるのだろうかと、疑問に思ってしまったのだけど。
会話の途中でも、逐一、衣装のデッサンについて『こういった感じのもので良いのか』という確認は、視線でしていたから、劇の登場人物の衣装について、そろそろ描き終わることもあって、私は、ノエル殿下に、今、描いたデッサンの資料を渡したあとで、劇の台本の話をパトリシアやステファン、レイアード殿下などとしてくれているであろう、セオドアや、アルのところにも、そろそろ戻らないといけないだろうなと思う。
そうして、『ノエル殿下、ここまでお話してくださり、ありがとうございました。一応、登場人物の衣装については描き終わったので、私は、みんなのところに戻りますねっ!』と声をかけて、椅子から立ち上がろうとしたところで……。
「アリス姫……っ」
と、ちょっとだけ、真剣な声色で、瞬間的に、腕をぎゅっと掴まれて『……っ』と、そのことに息を呑んでいたら……。
「出来るなら、俺は、アリス姫と、今後、しっかりと交流を図っていきたいと思ってるんだ。
……だから、良かったら、これからもこういうふうな感じで話したいし、何なら、俺が顧問をしているサークルにも来てくれたら嬉しい」
と言われたことで、突然腕を掴まれたこともあり何事かと思っていたけれど、私は、その言葉に、パチパチと目を瞬かせたあと、ノエル殿下のことは、これから知っていきたいと思っていたし、サークル活動などにも参加させてもらえたらと思っていたこともあって、その提案は、私にとっても有り難いものであることには間違いなく。
「はい。ありがとうございます……っ。
折角の留学ですし、色々と学院生活についても充実させたいと思っていたので、サークル活動へと誘って頂けるのは、凄く嬉しいです。
今日、授業が終わったら、早速、参加させてもらいに行きますね……!」
と、こくりと同意するように頷きながら、私は、ふわりと、ノエル殿下に、柔らかく微笑みかけた。