534 劇の配役決め
『墓守りの青年と記憶をなくした娘』に出てくるメインの配役は、主人公のお姫様と、墓守りの青年を始め、お姫様の兄である王子が二人、捜索隊のメインの人が何人か、それから、主要な村人が何人かといった感じで、大体、10人くらいが主な登場人物となっていた。
一方、その他の人物については、王城にいる侍女が1人、王子2人がそれぞれに出す捜索隊の人数が各5人ずつくらい、メインの村人以外の村人の数を9人くらいにして、配役を決めれば、私達のクラスでも、丁度、全員出れるような計算になっていると言ってもいいだろうか。
勿論、村人達も、捜索隊の人達も、その中で台詞の多い役や、そうじゃない役などもあるから、舞台に出る時間などは、まちまちだと思うし、村人や捜索隊の人達の中でも主要な人物を演じるか、脇役を演じるかでも、色々と違ってくると思うけど……。
クラスのみんなで話し合って、今回は、クラスの男女比の関係からお姫様の捜索隊として、男性騎士だけではなく女性騎士も混ぜるようにしようという話に決まったことで、女生徒でも捜索隊の騎士を演じることが出来るようになったということもあり。
私自身は、どんな役でも全然良いけれど、青年を忌避するような村人の役どころだと演じるのが難しいと思うから、出来ることなら、お姫様の捜索隊として、女性騎士を演じて『普段は、あまり着ない、パンツスタイルの衣装を着させてもらえたりすると嬉しいかも……っ!』と漠然と、捜索隊の女性騎士C辺りの配役が良いんじゃないかなと感じていたんだけど……。
「んじゃあ、まずは、メインの二人から決めて行こうっ。
一番の主役でもある、お姫様と、墓守りの青年の役をやりたい奴はいるか……?」
と教壇に立つノエル殿下が、私達に向かって、今回の劇で一番肝心なお姫様と、墓守りの青年の配役をどうするのか、早速、この講義室の中を見渡して、みんなに問いかけてくれると……。
「はいはいっ、ノエル殿下……っ!
私は、主役の二人として、お姫様の役を、アリス様が……っ!
墓守りの青年の役を、セオドアさんが演じるのが良いと思います……っっ!」
と、急に、私の目の前に座っていたパトリシアが、興奮した様子で、きらきらとその瞳を輝かせ、私達の名前を出したことで、私は思わずびっくりして、その場に固まったあと、一瞬の間があって、オロオロと『パ、パトリシア……っ、私に主役は、凄く荷が重いよ……っっ!』と慌てて、小声でパトリシアに向かって声を出してしまった。
そんな私に、パトリシアは『ごめんなさい、アリス様、でも、私、本当に適任だと思うんですっ!』と小声で力強く力説してきたあと、まるで、恋愛ものの物語に強い憧れがあり、尊いものが見たいと言わんばかりの乙女の表情を浮かべながら……。
「だって、考えても見てくださいっっ!
本物のお姫様が、目の前にいらっしゃるんですよっ!
それに、騎士として常に、アリス様のお側について、その身を守っているセオドアさんもっ!
物語の中でのお姫様と墓守りの青年の関係性とは、勿論、違うことは分かってもいますけど、クールで格好いい雰囲気の墓守りに、セオドアさんはピッタリですよねっ?
恋愛物のジャンルは、まさに乙女の夢と言っても過言ではありませんし、美男美女の、お似合いなお二人が舞台の上で主役を演じられたら、それはもう、本当に映えること、間違いなしでしょう……っ!?
私達の中に、アリス様以上に、お姫様の役を演じられる人間がいると思いますかっ?
私は、美男美女を横目で見て、目の保養をしたいだけなんです……!
絶対に、絶対に、こんな素敵なチャンス、見逃せませんっっ!」
と、熱狂的なまでに生き生きと、もの凄く興奮気味にそう言ってくるその姿から、さっき、劇の内容を決める時にも『やっぱり、女子は恋愛物のお話が好きな子が多いですし。何より、お姫様と墓守りの青年との関係性に、憧れちゃうなっていうか、二人の会話で、キュンキュンしてしまう台詞も多いですしねっ!』と言っていたけれど、パトリシアがそんなにも恋愛物の劇が大好きだったとは思ってもいなくて、私は思わず、セオドアと顔を見合わせて、戸惑ってしまった。
セオドア自身も、今、この瞬間に、白羽の矢が立ってしまって、まさか自分が主役で、墓守りの青年役を演じることになる可能性があるだなんて思ってもいなかっただろう。
だからこそ、突然のことに困惑した様子だったものの、それでも、私がお姫様の役に付くのなら『姫さんの相手を、他の誰かにやらせる訳にはいかねぇし、姫さんが引き受けるなら、俺も受けるつもりだ』といった感じで、私の方を優しく見つめてくれて、私も、他の誰でもない、セオドアが相手なら、凄くやりやすいだろうなぁとは思ってしまった。
それよりも、パトリシアのこの姿に、この感じの雰囲気は、何だかちょっとだけ『洋服』のこととかを熱く饒舌に語っている時の、オリヴィアを彷彿とさせてしまうかも……。
問題なのは、パトリシアの提案に、クラス中の人達が『確かに、お姫様役を演じるには、皇女様がぴったりかも!』だとか。
『もしも、万が一にでも、自分に主役が割り当てられていたら不安だったから、二人が演じてくれるのなら嬉しい』だとか。
『当日の劇まで、台詞なんかを覚えるのも大変だと思うけど、頑張ってほしい』と言わんばかりに、ホッと安堵したような空気感と、既に、私達が主役を務めるのが決定しているかのように、応援するような温かな視線が入り交じっていて。
『どうしよう……っ!? いつの間にか、もの凄く断れない雰囲気になっちゃってるっ』と、ちょっとだけ居た堪れないような気持ちになってきてしまった。
「そうだな、他薦については、あまり考えてなかったんだが……。
それ以外に演じたいって奴もいなさそうだし、確かに、アリス姫と、セオドアが主役を演じるのは、有りかもしれないな。
アリス姫が主役を演じるってんなら、俺も出来ることなら、本当は、交流を深めるために参加したかったんだが、今回の劇は、あくまでも生徒達をメインにしたものであって、講師の参加は許可されていないからな……っ!
パーティーだなんて、堅苦しいことを言ってはいるが、折角の祭りで、合法的に派手なことが出来る訳だし、出来ることなら、俺も重要な役どころを演じたかったんだけどな」
そうして、そのあと、他の人なども誰も手を挙げる人がいなくて、私達が主役を演じることが決定的になったことで、何故か、ほんの少しだけ、ノエル殿下が残念そうな表情をしたあとで、出来れば自分もそこに参加したかったのだという口ぶりで、そう言われてしまったことに、一瞬だけ疑問を感じてしまったものの。
私自身、当事者であるにも拘わらず、この場の流れが勝手に進んでいくのを、ただ眺めることしか出来ていなかったけど、気付けば、あっという間に、自分達が主役になってしまっていたことに、ハッとして『主役だなんて、一番難しい役どころを演じられるかな……』と、どんどん不安な気持ちに苛まれていく。
それに、劇の中で、セオドアと恋愛のシーンがあるというだけでも、ちょっとだけ、ドキドキしてきてしまうし、それを、全校生徒や、講師達の前でも披露することになっちゃうんだよね。
ということは、ウィリアムお兄様や、ルーカスさんだけじゃなくて、ライナスさんや、スヴァナさんといった人達にまで、劇の内容を見てもらうことになる訳で……。
『どうしよう……っ?
当日、沢山の人に見られるかもしれないって思ったら、今から、もの凄く、緊張してきちゃうかも……っ』
――まさか、自分が主役になるだなんて、全く思っていなかったから……。
私が、頬っぺたに両手を当てて、緊張からこみ上げてくる、じわじわと浮かび上がってきた熱を、手のひらの冷たさで冷ましたあと……。
先ほどのノエル殿下の言葉を聞いて『それよりも、今回の劇には、ノエル殿下も含めて、学院の講師の人達は、誰も参加することが出来ないんだなぁ……』と感じて、だとしたら、お兄様とルーカスさんは、各クラスが行うショーへの参加は出来ないのかと、ちょっとだけ残念な気持ちになってしまったり。
折角の留学の機会なのに、その件に関して参加が出来ないのは勿体ないような気がするものの、私達と一緒に劇が出来る訳じゃないし、お兄様やルーカスさんは、参加しなくても別に構わないって言うんだろうけど。
それでも、折角のイベントに、少しでも楽しんでほしい気持ちがあるから、劇などには出れない代わりに、お兄様達には、当日、私が作った料理とかを振る舞うことが出来れば嬉しいかもしれない……。
『私自身、料理初心者だけど、一生懸命作るから、出来たら、美味しく食べてもらいたいな……っ』
そうして、内心で、お兄様やルーカスさんのことを考えて、意気込むような気持ちになりながらも……。
配役を決める重要なこの話し合いで、次は、王子二人や、捜索隊で必要不可欠な人、村人で重要な役割を担っている人などを、どんどん決めて行くことになって、私は『誰が、どんな役をすることになるのかな?』と、自分自身が主役になったということも関係して、その配役が、ますます気になってきてしまった。
「それじゃぁ、次は、王子二人の配役について決めるつもりだが、王子になりたい奴や、さっきのアリス姫やセオドアみたいに、適任者について、誰か推薦したい奴はいるか?」
「あの……、ノエル殿下……、でしたら、王子のうちの一人は、レイアード殿下が良いかと僕は思うのですが、どうでしょうか……?
その……、僕達だと、どうしても役不足だというか、この役に関しては、実際に、王子であるレイアード殿下が演じた方が、より説得力も出ると思いますし、重要な役どころではあるので、人の目も引くんじゃないでしょうか?」
そのあと、ノエル殿下が私達に向かって『王子について、どうしていこうか?』と声をかけてきたことで、ステファンが王子の役については、レイアード殿下が適任なのではないかと推してくると、みんなの視線が一斉に、レイアード殿下の方へと向くことになった。
「……えっっ、い、いや……、俺はっ」
その瞬間……、この講義室の中でも、特に目立たない隅の方の椅子へと腰掛けながら、さっきまで、どちらの劇になっても、どうでもいいと思っていた様子で、全く興味もなさそうにしていたことから、突然、自分が話題の中心に上がるだなんて思わなかったのだろう。
話を振られたレイアード殿下が虚をつかれたように目を見開いてから、その瞳の奥に、焦るような動揺の色を滲ませ『正直に言って、滅茶苦茶に断りたい』というオーラを、全身から醸し出してくるのを感じたものの。
「あぁ、レイアードか。
レイアードは、あまりそういうのは得意じゃないんだよな。
でも、一国の王子としては、慣れている分だけ、確かに、演じられる表現に幅なんかはあるかもしれない。
それに、レイアードは、自分から少し、そういうのに向き合った方が良いだろう」
と、ノエル殿下が、さらっとレイアード殿下に向かって『学院での行事にも積極的に参加をするように』と言い含める感じで、ほんの僅かばかり咎めるように、レイアード殿下に、そう伝えると。
レイアード殿下は、ノエル殿下に言われたこともあってか、一度だけ、その視線に、目を見開いて、ぐっと息を呑んだあと、少しだけ悩みつつも、最終的に、こくりと頷きながら、全身から『やりたくないし、嫌だな』と言っているかのように、どこまでも後ろ向きな感じではあったものの、それでも、王子の役を引き受けることに決めたみたいだった。
その一方で、もう一人の王子役については、誰がなるのかといったところで、講義室内がざわついたんだけど、ここまで他薦が続いていることもあって、クラスの人達とも話し合った結果『みんなが納得出来て、なってほしいと思う人物がいるなら、その人になってもらうのはどうか』という話になったことで。
「それなら、絶対に、アルフレッド様が素敵だと思います……!」
「……私達も、アルフレッド様で意義はありません……っ!」
とパトリシアを筆頭に、クラスの女子達から、圧倒的に人気が高かったアルが、お姫様の兄である王子役に抜擢されることになった。
精霊だから神秘的な雰囲気は勿論あるんだけど、透き通った透明感のある雰囲気のアルは、パッと見ただけで、本当に人の目を引くくらいに中性的な美しさを持っているからか、メインは、女子からの投票が多かったけど、男子からも特に異論はなく、王子の役としては、ピッタリだと判断されたみたい。
突然の配役だったけど、王子役に決まったことで、本人も……。
「王子の役か。
何が来ても楽しそうだなとは思っていたが、物語の中では割と重要な役柄でもあるし、王子の役は演じ甲斐があるというものだ。
特に、アリスが僕の妹という役柄ならば、より、頑張れるだろう」
と、お姫様の役と墓守りの青年の役になった私とセオドアもそうだったけど『任された以上は、自分に出来る限り頑張るつもりだ』と声をかけてくれたため、アルがそう思ってくれているのなら本当に良かったなと思う。
そうして、捜索隊の中の主要人物の一人でもあり、もの凄く似合いそうな配役として、パトリシアが女性騎士に決まっていき……。
村の中でも、特に、重要な村人役の一人に、ステファンなどが決まっていくと、配役に関しては、これといって何の問題もなく、この学科にいる全ての人達の役が、話し合いの中で、あっという間に、決まっていくことになった。
私自身、セオドアやアルだけでなく、パトリシアやステファンとも交流を深めながら練習出来るのは凄く嬉しいなと感じつつも、今回の一件で、必然的に、レイアード殿下とも、今後、劇の練習などで絡むことが多くなっていくだろうなと思いながら、ちらりとレイアード殿下の方を見つめてみたら、レイアード殿下も、ほんの僅かばかり此方を気にしていた様子で、思いがけず、ぱっちりと目が合ってしまった。
……あっと思った、その瞬間には、もう、サッと視線を逸らされてしまったけれど。
レイアード殿下からは、昨日の学院の廊下で『なるべく関わらないでほしい』と言われていたから、これからソマリアの内情を探るのに、どういうふうに接していけばいいのかと、私自身も僅かばかり悩んでいたものの、それでも、今回の一件を切っ掛けに、劇の準備などで、否応なしに関わらなければいけなくなったことを思えば、ほんの少しだけでも『レイアード殿下の言葉の真意』についても、探りやすくなるかもしれない。
「よし、決まりだなっ!
これから、色々なことを手配していくつもりだが、この一か月の間は、普通の授業が少なくなって、準備期間が多くなると思ってくれ。
それと、舞台の大道具や背景の制作に必要な木材だとか、木材を組み立てるためのハンマーや釘、布などといった材料は、今回、俺たちがする劇の内容を伝えた上で、ソマリアの王都の劇場で、実際に、普段から、舞台装置を作っている職人に聞いて、必要なものを手配していくようになるから、材料が来るまで、もう少し待っててほしい。
また、舞台背景の色づけをするために必要な顔料やブラシなどは、学院に幾つかある部屋の一つとして、俺たち用に振り分けられた工房の使用が許可されているから、そこにあるものを使っていくつもりだ。
それから、全員分の衣装などに関しても、なるべく直ぐに発注しておきたいし、これから、一人に一つ、採寸するための革製の巻き尺を渡すから、測り終わったあと、紙に書いて俺に手渡しにくるようにしてくれ」
そうして、ノエル殿下からそう言われて、一人に一つずつ、革製の巻き尺が配られていったんだけど。
『どう考えても、これは、自分一人では測れないよね……?』
と、感じて、私は、セオドアとアルに向かって、柔らかい笑みを溢しながら……。
「セオドア、アル……っ、一緒に測り合いっこしよう……っ?
お互いに、測り合ったら、直ぐに終わると思うし、私も、出来るだけ、みんなの肩幅やウエストも正確に測るようにするから……っ!
それで、もしも良かったら、セオドアも、私のこと、測ってほしいな……っ」
と、私と一緒に、椅子から立ち上がってくれた二人の方を見つめて、巻き尺を持って、張り切って『お互いに測り合いっこをしたら直ぐに終わるよね……!』と、やる気に満ちあふれた声を出したら、何故か、セオドアから、もの凄く何とも言えないような瞳で見つめられたあと……。
「いや、姫さん、それ、分かってないようだから、一応、言っておくけど……。
マジで、俺以外に、そんなこと言っちゃ、絶対にダメだからな……っ?
っていうか、俺は姫さん以外の人間が測ってくるのには抵抗感があるから普通に嬉しいし、有り難くはあるんだけど、姫さんは、俺が測るの嫌じゃねぇのか?」
と、あれこれと心配したような表情で見つめられてしまって、私は、その言葉に、もしかして私の採寸をするのに、色々と気遣ってくれているのかなと感じつつも、セオドアにそうしてもらえるのは全然嫌じゃないから、はっきりと。
「うん。こんなこと、絶対に、セオドアにしか言わないし。
セオドアに測ってもらえるのは全然嫌じゃないよ……?」
と、伝えたんだけど、セオドアは、その言葉を聞いて『……っ、あぁ、もう、だから、そういうこと言うから……、ほんとっっ』と言いながらも、私の提案を、優しくすんなりと受け入れてくれた。
その言葉に、私自身は、ちょっとだけ戸惑って頭の中をはてなでいっぱいにしつつも、セオドアが直ぐに受け入れてくれたことで、『じゃぁ、セオドアの身体から測らせてもらうね……!』と、声をかけて、巻き尺を持って、肩幅や、袖丈などを測っていき、最後に、セオドアのウエストラインを測るのに、きゅっと、腕を回して、その身体の採寸をしていったんだけど……。
その際……。
『……もしかして、セオドア、また、一段と身体が引き締まってる……?』
と、思えるほどに、隊服を着ていたら、パッと見た感じ、そんなふうには見えないのに、またしっかりとした体付きになっているような気がして、思わず、採寸をしている間に、気になって、ちょっとだけ、ぺたり、ぺたりと触らせてもらいながら……。
「セオドア、凄いっ。
また、ちょっと身体が引き締まってる……っ?
シュタインベルクでも、ずっと、身体を鍛えるために、騎士の人達と模擬戦をしてくれたりしてたもんね……っ」
と、セオドアの顔を見上げて、はしゃぎながら声をかければ、私の声かけに、ぐっと小さく、一瞬だけ息を呑んだ様子のセオドアが『あぁ、もう、普通に触ってくるし、……マジで、子どもの頃の距離感が過ぎる』と、口の中で、私が聞き取れないくらいの声量で何かを小さく呟いたあと。
「そりゃぁ、俺だけの、大切な主人を守れないままではいたくねぇからな」
と言われたことで、本心からそう言ってくれているのが分かって嬉しいなと感じつつも、ちょっとだけ、その言葉に、どきりとしてしまった。
そうして、アルの採寸をする前に『じゃぁ、姫さんのことも測るから反対を向いてくれ』と、セオドアから言われたことで、私は、素直に『うん、ありがとう』と声をかけてから、セオドアからくるりと背を向けて、大人しく反対側の方へと向いていく。
それから、セオドアが私のことを測ってくれるからと安心して、それまでは、呑気に、ジッと待っていたんだけど。
さっと、セオドアが、背中側から腰にきゅっと腕を回してきてくれたことで……。
『あ……、あれ……っ?
これって、もしかして、私、後ろから抱きしめられるような感じになるんじゃないかな……?』
と、さっき、自分もセオドアに対して同じ事をしていたのにも拘わらず、その時は、全然、大丈夫だったんだけど、何故か今になって鼓動が早くなって、何だか、急に、ドキドキとしてきてしまった。
「姫さん、また、ウエスト細くなってないか……?
こんな細っこい身体だと、本当に心配なんだけど」
そうして、私のウエストを測ってくれていたセオドアに心配そうにそう言われてしまったことで、私は、自分のお腹をちょっとだけ摘まみつつ『そうかな……? でも、ソマリアに来てからもしっかりと食べてるよ?』と、後ろで、私のことを抱きしめるような形になっているセオドアに向かって声を出す。
私自身も、セオドアも、それが、あまりにも普段通りの日常になっていて、私達にとっては、どこまでも自然な遣り取りではあったものの。
私達が、そんな会話をしていたところで、その様子を見て、パトリシアや、ステファンを含めた、クラス中の人達が目を見開いて驚きに満ちあふれたような視線で私達のことを見てきたことで、私は、そのことにハッとして、『わぁぁ、いつも通りの遣り取りだったけど、そういえば、今は、シュタインベルクじゃなくて、ソマリアにいるんだったし……っ! ここは、大勢の人の目がある学院の中だったな』と、ちょっとだけ慌ててしまった。
流石に、シュタインベルクの人達なら、割と見慣れている光景でも、ソマリアの人達からすると、私とセオドアは、一般的に見た限りでは、姫と騎士という絶対的な主従関がある訳で、幼い頃からずっと側にいるからこそ、こんなふうに近しい距離感だとは誰も思っていないだろうから、驚かれてしまうのも、無理もない話だよね……っ!
そうして……。
「いや、仲が睦まじいってのは、本当に悪くないんだけど……っ!
アリス姫、セオドア、採寸が出来たなら、紙に書いて、俺に届けてほしいんだが……」
という言葉が、苦い笑みを零したノエル殿下から降ってきたことで、私はセオドアと視線を交わし合い、アルの採寸も手早く終わらせながらも、今、セオドアが測ってくれた内容のものを紙に書いて、ノエル殿下に提出することにした。