533 パーティー当日の劇の題目決め
教壇の前に立ったノエル殿下が、このクラスにいる全員を見渡しながら……。
「まずは、肝心の劇のタイトルだが、どんなものにするか意見はあるか?
出来れば、みんな知ってるものの方が物語には入りやすいだろうし、市井でも流行っているようなものが望ましいかと思うが、これにしたいだとか、そう言った案があるなら、どんどん言っていってくれ」
と、声をかけてくれると、講義室の中は、また一斉に、クラスメイト達の声で、ざわつき始めていく。
当然だけど、私達は、王都で流行りの作品を書いている劇作家のように物語が書ける訳ではないから、必然的に、この1ヶ月という短い期間の中では、市井で人気のある劇の内容、そのままを私達も演じることになるはずで、ノエル殿下も『自分達が演じたい作品があるのなら、どんどん、候補を上げていってほしい』ということが言いたいのだと思う。
ソマリアと、シュタインベルクでは国が違うことから、それぞれの王都で流行っているような作品や内容にも、結構、違いがあるんじゃないかなと感じるものの。
それでも、発表されてから、時間の経過と共に、あまりにも世間で高い評価を受けて有名になったような名作と呼ばれる作品に関しては、たとえ、国が違ったとしても、広く世間一般に浸透して知られていることも多いし。
そういった作品は『不朽の名作』として、その時々で、新しい解釈や演出と共に、あちこちで、何度も再演されていたりもするんだよね。
だからこそ、私自身は、一応、どんな作品になっても大丈夫ではあるものの、シュタインベルク国内で人気になっている作品に関しては、ある程度、把握することが出来ているけど、ソマリアで上演されている作品については、あまり知らないということもあって。
馴染みがある分だけ、台詞などを覚えるのも大変じゃなさそうだから、出来れば、世間でも高い評価を受けて有名になっている作品の方が有り難いかもしれないなと感じて、そのことを言おうかどうか迷っていたら……。
「ノエル殿下、今回、僕達が上演する劇については、折角、シュタインベルクから皇女様達が来てくださっているので、ソマリアで人気の作品から選ぶのではなく、シュタインベルク国内でも知られているような名作の中から選んだ方が良いかと思うのですが、どうでしょうか?」
と、ステファンが、自分の意見を言うために、手を挙げて、クラス中の注目を集めたあと、私達に気を遣うように声を出してくれたのが聞こえてきたことで、私達の前の席に座っていたパトリシアは勿論のこと、クラスメイト達も、その言葉には、みんな、納得したように頷いてくれた。
「あぁ……、そうだなっ。
それじゃぁ、何でもいいから、世間で名作と呼ばれて、広く親しまれている作品について、どんなものが良いか決めていきたいんだが、候補はあるか?」
「ノエル殿下っ、でしたら、俺は、ヒューベルトが良いかと思います……!
誰にとっても親しみやすく、王道だとも言えるような世界観や物語には、厚みもありますし、スッキリとした爽快感のある終わり方には、胸がすくような思いがしますから」
「あの……っ、それなら私は、墓守りの青年と記憶をなくした娘とかの方が良いんじゃないかなって……。
この作品のように、恋愛物のジャンルだと、出てくる登場人物の男女の比率もあまり偏りませんし。
どうしても、男性のキャラクターが多くなってしまいがちの作品であるヒューベルトよりも、こっちの方が、男女問わず、様々な登場人物が出てくるので、みんなに配役が行き渡りやすいのではないでしょうか?」
そのあと、ノエル殿下が『どんなものが良いか、候補があるなら教えてほしい』といった感じで問いかけてくれると、直ぐに、幾つかの候補として、あちこちで有名な作品のタイトルが、色々な人の口からあがってきたことで、私も、頭の中で『どういった作品にすれば良いだろう?』と考えていたのだけど。
今、この瞬間にも、どんどん意見が出てきていることもあって、私は作品のタイトルの候補について考えるのをやめて、たった今、みんなの口から候補であがった作品について、どっちが良いのかと思いを馳せていく。
因みに、『ヒューベルト』という作品についても『墓守りの青年と記憶をなくした娘』という作品についても、凄く有名なタイトルだということあって、この6年の間に、何度かセオドアやアルと一緒に舞台を見に行ったことで私も知っていて、その二作品のストーリーについては、きちんと頭の中に入って理解しているし。
一語一句、間違えずに台詞が言えたりするようなことはないけれど、それでも、全体の流れも、作中での印象的な台詞回しなどについても、結構、覚えることが出来ているといってもいい。
だから、台詞の面では、殆ど困るようなこともないだろうし、どちらになっても有り難いなとは思うんだけど、物語の内容やジャンルが全然違うだけに、実際に、当日、演じるようなことがあれば、見る人に与える印象もガラッと変わってくるだろうなと感じて、選ぶのにも凄く悩ましいなと思ってしまった。
一応、簡単なあらすじとして『ヒューベルト』は、王権が絡んでくる国家の政治物語であり。
物語の舞台である、カテドラル王国で、公爵として叙勲された王弟ハンスホルグが、国で王の側近として政に関わりつつも、強い野心を抱き、密かに王位の座を狙っていて……。
暗殺者を雇い、裏で糸を引きながら、王も含め、王位継承者となる王族の血筋を有する子ども達や妃などを次々に殺していき。
とうとう、あと一人、幼い第二王子を殺すところまで追い詰めるが、相次いだ王子達の不審死と、王子の母親であった王妃までもが死んでしまったことで、それらを不審に思って、自分達が仕えている王子も殺されるのではないかと危機感を持った第二王子の侍女達の手引きにより、王子は他国に逃がされて、行方知れずになってしまう。
けれども、第二王子が他国に逃げたことで、実質的に、国の中で、王位継承権を持つ者は、自分以外の他に誰もいなくなったため、表では、次々に殺されていく王子達の悲劇に、叔父として悲しむ素振りを見せながらも、心の中では、してやったりとほくそ笑み、ハンスホルグは念願の王位の座に就くことになる。
しかし、いざ玉座に座り、政治を執り行おうとすると、先代の国王のように名君として振る舞えず、失策ばかりが続いてしまい、国に不利益が生じるばかりで、徐々に、民心も、家臣達の心さえも離れていくのを感じて、そのことに苦しみながらも、自分の理想を叶えることが出来ない周りの人間の方が無能なのだと、やがて暴政を敷くように……。
そうして、10年が経った頃、度重なる悪政に国庫が傾き、王である自分の決定に首を縦に振らないものや、気に要らないものは全て排除するという暴君に成り果てたハンスホルグは、とうとう『王の圧政』に不満を募らせていった革命軍によって打ち砕かれることになる。
――その革命軍を指揮していた旗印が、幼い頃に家族を殺された事で復讐を誓い、その犯人が誰なのかということを長い時間をかけて突き止めていた、亡命したはずの第二王子、ヒューベルトだった。
というお話なんだよね。
物語は、悪役のハンスホルグの目線で進むことの方が多いんだけど、ヒューベルトが亡命してから、どのように活躍していたかも、きちんと書かれてていて、勧善懲悪もののお話として、高い人気がある作品だということには間違いない。
その一方で、『墓守りの青年と記憶をなくした娘』については、恋愛の要素がふんだんに込められており、こちらのあらすじとしては、ある日、森の中で、美しい一人の娘が胸に大きな怪我を負い、倒れた姿で発見されてしまうんだけど。
彼女を見つけたのは、墓所の管理者として、墓を守る役目を授かっている墓守りの青年で……。
代々、人の死を扱う家系であることから、死んでしまった者に対して、深く感情移入をしないようにと不要な感情を持つことは必要ないとされ、悲しみなどの負の感情はおろか、嬉しいなどといった感情すら碌に感じないようにと、幼少期より厳しく躾けられてきて。
死んでしまった原因がどんなものであれ、どんな人間に対しても、運ばれてきた際には、特別な感情なども抱くことがないような雰囲気で、淡々と埋葬するその姿と、死を扱うような職についているというイメージから、『薄気味悪い』と人々から忌避されているその青年は、偶然、その場に居合わせたことで、娘を自分の家へと連れ帰り、介抱をしていく。
そうして、娘のその身なりから、青年は、高位の貴族や、どこかの国のお姫様なのではないかと推測するが、娘の目が覚めた時、娘が自分の名前以外のことに関しての記憶を全て失ってしまっていたこともあり、放っておくことも出来ず、『それならば』と思い出せるまで、この家で暮らしたらいいと話して、娘のことを家におくことに。
青年は、娘に何も求めるつもりはなかったが、娘が、家においてもらうのに何もしないのは申し訳ないから、何か手伝えることがあるのなら手伝いたいと申し出てきたことで、それならばと、掃除や、洗濯、料理などを一通り教えて、娘に家のことを任せることにすると、最初は不慣れな様子だった娘も、徐々に色々なことに慣れてきて、青年も助かっていく。
その上で、自分が記憶喪失であることに不安を抱いているだろうに、そんなものは微塵も感じさせないくらい明るく振る舞い、殆ど感情の色を滲ませることがない青年に対しても優しく接してくる娘に、青年は温かみ感じて、段々と心引かれるように。
だが、感情が乏しく、淡々とした雰囲気の青年に、村人達が忌避感を頂いているのは日常茶飯事のことであり、村人達が青年に対して、酷い扱いで接しているのを目の当たりにして、どんどん、娘も心を痛めていくが……。
一方、オブリヴィオ王国の王城では、たった一人のお姫様が突然いなくなってしまったことで、『お姫様が消えてしまった』とお姫様に仕える侍女の報告により、城内はパニックに陥りつつも、兄の王子2人が、それぞれの『思惑と目的』から、お姫様を捜し始め、国をあげて、それぞれに捜索隊なども出すことになるが……?
偶然出会った墓守りとお姫様の『温かで幸せな生活』に影が差すかのように、村人達の問題が立ちはだかり、徐々に、お姫様の捜索のため、王国からの包囲網も迫ってくるなかで、お姫様が怪我をしていた原因は一体何なのか。
──そうして、墓守りとお姫様の恋の行方は……っ?
といった感じで、こちらのお話に関しては、勿論、元になったお話もきちんとあるものの。
色々な解釈で話の幅を広げることが出来ることから、割と、各地で上演される際は、その結末にも多少変化を持たせて、遊び心のある作品にすることが出来るということで、演出家の手腕も大事になってくる作品になっていた。
「どちらも、演じるのは凄く面白そうだけど。
確かに、政治絡みのお話ということもあって、どうしても男性ばかりが目立つようになってくるヒューベルトよりは、墓守りの青年の方が、村人とかで女性の登場人物も多いから良いかもしれないよね?」
そのあと、声のボリュームをもの凄く下げて、小声で囁くように、私の周りにいるセオドアや、アル、パトリシア、ステファンに聞こえるくらいの声量で話しかけると、私の意見を聞いた、パトリシアから。
「確かにそうですよね……!
私もヒューベルトよりは、そっちの方が良いなって思います。
やっぱり、女子は恋愛物のお話が好きな子が多いですし。
何より、お姫様と墓守りの青年との関係性に、憧れちゃうなっていうか、二人の会話で、キュンキュンしてしまう台詞も多いですしねっ!」
という返事が返ってきた。
パトリシアの言うように、この作品は、女性人気が高く、貴族の女性達の間で、一気に火がつき、話題になって、名作と呼ばれるようになったお話であり。
恋愛要素を絡めながらも、青年側の問題やお姫様側の問題をどうやって解決していくのかや、お姫様が怪我をしていたことへの真相究明といったところで、ただの恋愛物だけじゃないところが魅力的だったり……。
これから行う多数決の結果が、ヒューベルトになるか、それとも、墓守りの青年になるかは、このクラスの人達の作品への思い入れの強さによって決まるだろうから、今、この瞬間は、ただ単純に、私とパトリシアで「墓守りの青年」について、きゃっきゃと盛り上がっていただけに過ぎないのだけど。
このクラスの男の人と女の人の比率に関しては、ほんの僅かばかり男の人の方が多いということからも、周りを見渡せば、どちらかというのなら『ヒューベルト』の方が僅かに人気な雰囲気がする。
ただ、一応、セオドアやアルにも『二人は、どっちの方が良いと思ってる……?』と聞いてみたんだけど。
「そうだな。
俺は特別、どっちかが良いっていうのは、あまりなくて、姫さんがしたい方が良いと思うし、そっちに入れようと思ってる」
「うーん、僕も、どっちも面白そうすぎて、凄く悩ましい問題だと感じてる。
だが、色々な役が演じられそうなのは、墓守りの方であることに間違いないだろう。
墓守りと姫に加えて、王子二人に、侍女、捜査隊の人間、そして、村人Aとか、村人Bとかも、沢山出てくるからな。
僕自身は、内容もどちらも問題ないことから、多数決で決まった方で構わないものの、ひとまずは墓守りの方に入れてみようかと思っているのだが」
という言葉が返ってきたことで、私が墓守りの青年の方が良いと言ったから、二人もそっちに入れてくれるみたいで、私達の票が入って、丁度、良い感じに拮抗するようになるだろうか。
それでも、どちらを演じるにしても、劇の内容としては、二つとも面白い内容であることには間違いないということで、セオドアもアルもどちらに決まっても良さそうな雰囲気だった。
――だけど、それは、私自身も同じ気持ちかも。
どちらかといえば、墓守りの青年の方が良いかなとは思うけど、ヒューベルトが嫌な訳でもないし……。
『どちらにしても、決まったら、精一杯、自分に与えられた役を演じきりたいな』
内心で、そう思いつつ。
ふと、気になって、レイアード殿下は、どっちが良いんだろうかと、ちょっとだけ窺うように、私達から席が離れている場所に座っているレイアード殿下の方へと視線を向けると。
レイアード殿下は、講義室の中でも、一人、そもそも、あまり劇自体に興味がないといった様子で、マイペースな感じに違う方向をそっと眺めていて。
『あ……、多分だけど、どっちにも、あまり興味がないのかも……っ。
まだ、どんな内容にするのかについて決める段階で、自分が、何の配役になるかも分かっていない状態だけど、この様子だったら、一番、目立たない感じの役を選びたいとか思ってそうな雰囲気だな……』
と、私は、一人、周りの人達とは違う雰囲気を醸し出しているレイアード殿下の姿が、大分、気になってきてしまった。
「よし、それじゃぁ、これから、多数決を取っていこうっ。
みんな、ヒューベルトか、墓守りの青年かで、必ず、どっちかには手をあげるようにしてくれ。
その結果を見て、投票数が多かった方の劇に出てくる登場人物の配役についても、そのあと、しっかりと決めていこうと思う」
そのあと、ノエル殿下からそう言われたことで、私の意識はまた、レイアード殿下の方から、どんな劇にするのかという話題へと引き戻されていき、今現在、ノエル殿下が多数決を取ってくれようとしている状況に『私は、墓守りの青年にしよう』と心に決めて、参加するべく、前を向いていく。
「それじゃぁ、ヒューベルトが良い奴は手をあげてくれ……!」
それから、続けて、ノエル殿下から降ってきた言葉に、次々に『はい……っ!』といった感じで、勢いよく手が上がって行くなか。
パッと見た限りでは、本当に、丁度、半分くらいの人数が手をあげていて、ヒューベルトが良いのか、それとも墓守りの青年の方が良いのか、二択しかない以上、今、手をあげている人達の数を数えれば、どちらになるのか決まるからこそ、きちんと数えないと、どっちが勝っているのか分からないくらいの絶妙な人数に、私は思わずドキドキとしてしまった。
そうして、ノエル殿下が『手をあげている奴は、そのまま降ろさずに、俺が数えるのを待っててくれよな』と言いながら、声に出して、1,2、3……、と人数を数えていってくれると……。
私達もびっくりしてしまうくらい、どっちの劇も凄く人気で、本当に、あまりにも、僅差だったのだけど。
「みんなっ……!
投票の結果、14対16で、墓守りの青年と記憶をなくした娘に決定することになった!
お姫様や、墓守りは勿論のこと、王子達や、捜索隊、村の人間など、これから、どうするか、その配役を決めていこうっ!」
と、ノエル殿下が力強く声をかけてくれると、みんな、楽しみな気持ちや不安な気持ちなど色々な感情が入り交じった様子で、教室内が、いっそう、騒がしくなり。
私もドキドキする気持ちを抑えながら、自分が演じることになる配役について、これからどうなっていくんだろうと、もの凄く気になってしまった。