530 二人分の食事の謎と、あり得ない影
バエルさんの顔に浮かんだ、一瞬の安堵の表情を見逃すこともなく、私は『今、バエルさん、確かに安堵したような雰囲気だったよね……?』と、ちょっとだけ、その雰囲気については、ひっかかりを感じてしまった。
勿論、バエルさんが、今現在、運んでいる、トローリーワゴンの上に載っている料理が、あまりにも豪勢な食事だったからというのも、私が違和感を覚える要因となってしまっていると思う。
私自身も、王城の中をみんなで歩いて、ここまで、ダヴェンポート卿に説明してもらいながら案内されてきたこともあって、簡単にではあるものの、一度の説明で、大体、どこに、どんな部屋があるのかということについては、きちんと把握出来るようになってきているからこそ……。
図書館から出て貴賓室の方へと戻るような形になった私達が向かっている方向には、それこそ、ダヴェンポート卿の執務室や、王城で働いている家臣達が仕事をしている部屋などもあったりするし。
執事室や、使用人達が集まる共有スペースで、食事や休息を取ることが出来る控え室、それから、使用人達が生活をするための居住スペースとして、使用人達のためだけのエリアがあったり……。
その他だと、使用人達に用意された部屋よりも、グレードの上がった部屋として、王城で働く家臣達の居住スペースなどがあったりもして、それぞれの居住スペースの部屋について、役職付きの場合は、一人部屋なども設けられていたりするものの、大抵は、一部屋につき、複数人が共同で使っていて、それだけ、人の声も適度に聞こえるような場所となっていた。
だけど、反対に、今、バエルさんが向かっている先には、彼自身も言っていたけれど、特別、重要そうなお部屋などは何もなく。
図書館があることからも、がやがやとした賑わいのある場所からは少し離れて、この辺りは特に静かな空間となっていて、殆ど、人の気配が感じられないというのが日常的になっていると思うから……、そういったことを踏まえて考えると、この食事は、王城の中の本館にいる人へ届けるためのものではないと思う。
だからこそ、ここまで、食事を運んできた目的については、一つしか思い当たらなくて……。
『バエルさんが、今、どこに、この食事を運ぼうとしていて、一体、誰に、渡そうとしているのか』
ということは、何も言われなくても、頭の中でパチンと弾けるように直ぐに導き出せる答えとなっていた。
――きっと、これは、離れの棟にいるという、王妃様に持って行く食事に間違いはないはず。
問題は、パッと見ただけでも分かるくらい、目の前の料理に関しては、恐らく、一人分だけじゃなくて、何故か『二人分』の量が、お皿に盛り付けられて用意されてしまっていることだろうか……?
離れの棟に持って行く、王妃様への料理だからか。
4段式のしっかりとした作りのトローリーワゴンには、自家製のピクルスや、サーモンのカルパッチョ、アサリの白ワイン蒸し、カルドソと呼ばれるスープたっぷりの雑炊などといったものや、メインで出されるスズキのポワレなども、一応、コース料理として、栄養もしっかりと考えられた料理になっているものの、全てのメニューが、被るように、二皿ずつ置いてあり。
ワゴンの上に載っている料理に関しては、流石に、こんなにも内容を被せる形で、わざわざ、二皿ずつの提供なんてすることはないだろうし、もしも、一人だけに送る料理にするのなら、きっと品数を増やすことを優先するはず。
それが、一国の正妃である王妃様に食べてもらう料理だとするならば、なおのこと、ソマリアの王城で働くシェフ達が、腕によりをかけて料理を振るうと思う。
それに、もしも仮に、王妃様が食べるのが好きな方だったとしても、今現在、病気で療養をしていることを思えば、この量を一人で食べきれるだなんてことは絶対にあり得ないだろう。
「……っ、バエルは、一体、何をしにここに……?
もしかしてだけど、そのワゴンに載っている食事については、東側の離れの棟にいるという王妃様に届けるつもりで持ってきてるのか……っ?」
そうして、多分、みんな、私と同様に、そのことに気付いてくれたのだと思うんだけど、私達の中で代表して、セオドアがバエルさんに質問をしてくれると、その瞬間、バエルさんが驚いた様子で、ほんの僅かばかり息を呑み……
続けて、咄嗟にといった感じで、ちょっとだけ焦ったような雰囲気のもと、ワゴンの上に載った料理へと一度だけ視線を走らせたことで、私は、再び、その仕草に、ひっかかりを感じるというか違和感を覚えてしまった。
「えっと、……一体、皆様は、どこで、そのような話をお聞きになったのでしょうか……っっ?」
そのあと、直ぐに顔をあげて眉を寄せ、ちょっとだけ訝しんだような様子で、私達に向かって、くぐもった声色で問いかけるように言葉を出してくるバエルさんに、このままだと良くない方向に進んでいってしまうかもと感じて……。
「いえ……っ、実は、図書館に来るまでの道すがら、ダヴェンポート卿に渡り廊下のことについて話を聞いたあと、さっき、外交官であるヨハネスさんとも、たまたま、そういった話になりまして……。
東の離れの棟に、王妃様が療養しているんだっていう話を聞いたばかりだったので、セオドアも、気になったんだと思います。
それに、私自身も、図書館の方までくる道すがら、ダヴェンポート卿が、日頃から、図書館の近くは、人の気配も少なくて静かなのだと教えてくれていましたので、バエルさんが料理を持って、こちらに来ているのなら、王妃様にお出しするお食事以外は考えられないなと思いまして……」
と、すかさず、私は、セオドアの質問にフォローを入れる形で、違和感のないように、私達が東の離れの棟について調べていることは気取られないよう、ダヴェンポート卿や、ヨハネスさんから詳しい事情を教えてもらったのだと、事実をありのまま、事実として、しっかりとした言葉で説明していく。
私の言葉を聞いて、バエルさんは、ほんの少し驚いたような様子だったけれど、直ぐに『あぁ、なるほど、そうだったんですね』と、合点がいった様子で、背筋を伸ばし……。
「皆様が、どうして、王妃様のことを知っていらしたのか、凄く不思議だったのですが、ダヴェンポート卿やヨハネス殿が、話していたのだというのなら納得ですし、それなら、お話しても問題ありませんね……っ。
特に、王妃様のことに関しては、絶対に言ってはいけないと機密にされていたような情報でもないのですが、それでも、我が国の王妃であらせられる御方が療養している関係上、慎重に扱うべき問題でしたので、驚いてしまって申し訳ありません。
皆様が仰られているように、ワゴンの上に載っているこのお料理は、王妃様の療養部屋へと持って行くお食事で間違いありませんよ」
と、私達の予想通りに、ワゴンの上の食事が、王妃様のもので間違いないのだということを教えてくれた。
ただ、ダヴェンポート卿や、ヨハネスさんから事情を聞いていたからこそ、話しても問題ないというのは、一体、どういうことなんだろうと。
私が『ダヴェンポート卿や、ヨハネスさんから、事情を聞いていたから、話しても問題ないとは、一体、どういうことなんでしょうか……?』と、その顔を見上げて、バエルさんからの言葉を復唱するように質問すれば。
真面目な表情をしつつも、ほんの僅かばかり苦い笑みを零したようなバエルさんが、私の方を見つめながら……。
「いえ、それが、特に、ヨハネス様はともかく、あちらの離れの棟に関しては、ギュスターヴ王以外でしたら、宰相である、ダヴェンポート卿が、その管理を任されている、一番の責任者でもありますので……。
元々は、宰相であるダヴェンポート卿と双璧を成すほど、枢密院の最高顧問として、陛下の傍で進言をすることが出来る、国の重要な立ち位置にいらっしゃったクロムヴェル大司教と共に、管理をされていたのですが。
クロムヴェル大司教が8年前に亡くなられてからは、今では、ダヴェンポート卿が、あちらの棟の管理を担っていらっしゃいます。
ですので、文字通り、ダヴェンポート卿が、東の離れの棟に続く渡り廊下のことも含めて話されたのなら、私が口にしても問題のないことだと思いまして……」
と、詳しく説明し始めてくれた。
枢密院というのは、確か、専門的な知識を持つ識者に対し、ある問題についての意見を尋ねるための機関であり、そこに在籍しているのは、名だたる学者や聖職者だったりして、法的な拘束力はないものの、国王陛下が重要な決定を下す時に、彼等から専門的な意見や助言などを得ることを目的とした組織だったはず。
厳密に言うと、彼等は、直接、政治に介入出来る力を持っていなかったり、財務部や外務部などといった国の政治を担当している部署ではなく、外部からの専門家といったところで、だいぶ、違いがあるけれど。
国王陛下が重要な決定を下す時に、意見や助言を求めるという一点のみで言うのなら、シュタインベルクでいうところの宮廷伯のような存在、機関とも共通する部分があるといえるだろうか……。
その枢密院で、最高顧問としての地位を持っていたのだとしたら、クロムヴェル大司教というのは、ソマリアの中でも、特に、重要な家臣の一人として、立場のある人だったということで間違いはないと思う。
そこで、ふと……。
『そういえば……っ、私が知っている限りでも、もう一人、ダヴェンポート卿と同じように、ソマリアの君主であるギュスターヴ国王陛下の、最大の臣下と呼ばれている人がいたというのは聞いたことがあったし。
8年ほど前に亡くなられているのなら、時期も一致するから、ダヴェンポート卿の他に、ギュスターヴ王の最大の臣下だと言われていたのは、きっと、そのクロムヴェル大司教のことだったんだよね……っ?』
と、私は思い出した。
――思いがけず、こんなところで、その人の名前を知ることになるだなんて思いもしていなかったけど……。
だけど、それよりも、まさか、ダヴェンポート卿が、東にある離れの棟の管理を任されている人だったとは思わなかったな。
ダヴェンポート卿の口ぶりだったら、てっきり、ギュスターヴ王が全てを管理しているような感じにもとれなくなかったし。
ギュスターヴ王から色々と制限されて、限られた家臣しか入れないことを思えば、家臣のうちの誰かが、離れの棟の管理を担っているとは、想像もつかなかったから、ちょっとだけ、ビックリしてしまった。
それでも、王妃様が療養しているお部屋には、ギュスターヴ王しか入ることが出来ないんだよね?
「ダヴェンポート卿が、東にある離れの棟について管理していたとは知らなかったな。
それよりも、見たところ、そのワゴンには、二人分の食事が載っているように思えるが……?
あちらの棟では、王妃様が療養されている部屋に、他に誰か別の人間がいたりするのか……?」
「……っっ、えっ?
えぇ、そうですね、ウィリアム殿下……っ。
確かに、此方のワゴンには、王妃様の分だけではなく、二人分のお食事を、ご用意しております。
……っ、実は、こちらのお料理に関しては、療養中である王妃様の治療のため、以前から、献身的に付いてくださっているお医者様がいらっしゃいますので、その方のためのものにもなっています」
そうして、お兄様がバエルさんに向かって、鋭い視点で質問を投げかけてくれると、バエルさんの口から、一応、ちゃんとしたような事情として『このお料理に関しては、王妃様の治療に当たっているお医者様にお出ししている』という説明が降ってきたものの、その説明には、あまり、しっくりこなくて、私は首を傾げてしまった。
「……王妃様の治療に当たっているお医者様が、王妃様と同じ内容の食事を……?」
「え……、えぇっ、そうですね。
……っ、王妃様の主治医は、これまでの間、王妃様の健康のために、本当に心を砕いて接してくださっている方なので、我が国では、敬意を持って、そのようにしています……っ」
だからこそ、戸惑いながらも、真っ直ぐに、バエルさんに単純な疑問として質問をすると、バエルさんは、王妃様の主治医が、王妃様と一緒の食事を摂ることになった経緯について、簡単にではあったものの説明してくれはじめた。
……ただ、私自身、その言葉に、直ぐに納得出来るかどうかは別問題だったけど。
『何だか、聞けば、聞くほど、怪しく感じてしまうかも……っっ』
事情を説明してくれたバエルさんの表情は、そのあと、直ぐに普通の表情に戻っていってしまったから、もの凄く分かりにくかったけれど、それでも、一瞬の動揺を、まるで打ち消すかのような雰囲気があって、私は、また、そこに、ちょっとした違和感を覚えてしまった。
それに……。
『幾ら、高名なお医者様で、これまでの間、しっかりとした対応で、王妃様の治療に当たっていたとしても、王妃様と同じ料理が提供されているというのは、やっぱり、少し変じゃないかな……?』
どんなに、王妃様の健康のために、心を砕いて接していたとしても、一介の医者といった立場で、王妃様と同じ食事を取るということは、よほどのことがない限りは、あり得ないというか、もしも、それが本当のことならば、異例の対応であることには間違いないだろう。
――普通なら、そのグレードは、少し下げられたものが提供されるはず。
だからこそ、『本当にそうなのかな……? もしかして、違うんじゃないだろうか?』という疑念が、どうしても沸き上がってきてしまうのを抑えられなかった。
もしも仮に、その料理が、王妃様の主治医に出されているものじゃなかったとしたら……?
だとしたら、その料理は、一体、誰のための物なのだろう……?
王妃様と同じくらいのグレードの料理が食べられる人だなんて、それこそ、国内でも、ごく僅かな人に限られてくると思うけど。
もしかして、ギュスターヴ王が、一緒に、食事を摂っていたりもするんだろうか……?
だけど、もしも、ギュスターヴ王が王妃様と一緒に食事をしているのなら、わざわざ隠す必要もないよね……?
一応、色々なことを考えながら、他の可能性についても頭の中で探ってはみたけれど、王妃様に匹敵するくらいの人で、豪勢な食事を出されても可笑しくない人……、と推理しようにも、その人物に思い至らなければ意味がないし、まだ、真相には辿り着けそうもなく。
ただ……、断言するような物言いで、バエルさんがそう言っているのなら、これ以上、突っ込んだ質問をしたとしても、ちゃんとした説明が返ってくるとは思えず、答えはきっと変わらないだろうし、今の段階では、これ以上の情報を探るのは難しいだろう。
それが、シュタインベルク国内で、貴族の人達を相手取って話を聞くというのなら、皇族である私達の立場から、その違和感に対しても、踏み込んだ質問をしていけると思うんだけど。
今は、ソマリアとシュタインベルクの関係性から、双方の友好関係を維持したまま、色々と調査を進めていかなければいけないということもあり、徐々に段階を経て、じっくりと時間をかけて探っていかなければいけないから、ちょっとだけ、もどかしく感じてしまうかも。
『……ソマリアで、誰が、どういう意図を持って、私達に、どんなことをするつもりがあるのかだとか。
一体、私達に、どんな良くないことが起きてしまうのかということなども、詳しく分かっていない以上、手探りで、広く、色々なことを探っていかなければいけない現状を思えば、実際に、何か問題が起きてしまってからの方が、動きやすくはなるはず……っ』
――出来ることなら、そこまで、大きな問題に発展しなければ良いんだけど……。
「なるほど……、そうだったんだな。
……ありがとう、バエル。
俺等にも、分かりやすく教えてくれて、本当に助かるよ」
そのあと、ルーカスさんが、今この場で、サッとお礼を伝えて、スマートに声を出してくれたのは、内心では、多分、私と同様に『違和感』を持っていて、バエルさんの説明に納得は出来ていなかったんだろうなと感じるものの、とりあえず、今、聞けるのはここまでだと判断して、引き際を見極めてくれたんだなと思う。
「いえ、とんでもありませんっ。
何かお困りのことがあれば、いつでもお聞きください。
では、皆様、私は、そのような事情がありますので、王妃様の下へ向かうため、これで失礼させて頂きますね……っ。
図書館には、もう行かれて、これから、お戻りになられるところだと思いますのに、皆様への対応が出来ずで、本当に申し訳ありません」
その上で、まだまだ、バエルさんからの話については、聞き足らなかったけれど……。
王妃様への食事を運んでいるという関係上、料理を温かいうちに届けなければいけないということもあって、どこまでも申し訳なく思っているといった表情で頭を下げられ、謝られてしまったことで、バエルさんとは、ダヴェンポート卿の時や、ヨハネスさんの時のように、あまり深い話までは出来そうになくて。
『今日は、ここまでしか聞けなかったかぁ……』と、私はちょっとだけ残念に思いつつも、バエルさんにも優先しなければいけないことがあるのだから仕方がないし、王妃様に、美味しいうちにお食事を届けてあげてほしいなと思う気持ちもあって、それ以上の話については、この辺で、切り上げることにした。
ただ、私自身、バエルさんが、利き腕に打撲痕のような怪我をしていたことだけは、凄く気になっていたから、長く引き留めるつもりはなく、大丈夫なのかと、心からの心配と共に、一体、どうして怪我をしてしまったのかと……。
「あの、バエルさん……、最後に、一つだけ聞いても良いですか……?
実は、今日、みんなでご飯を食べている時に、バエルさんの利き腕に、打撲痕のようなものが見えたので……、大丈夫なのかと、凄く心配になってしまって……っ。
その傷……、一体、どこで付いたものなのでしょうか……?」
と、問いかけてみることにしたんだけど。
私からの問いかけに、バエルさんは『……っっ』と、驚愕に目を見開いてから、咄嗟に自分の腕を利き腕じゃない方の手のひらで、慌てたように、一度だけ、シャツの腕からぎゅっと押さえながらも……。
『いえ……っ、こちらについては……、ご心配には及びません』と、取り繕ったように声を出したあと。
「大した怪我でもありませんし、こちらの傷に関しては、私自身がそそっかしくて、転倒したことで付いてしまったものなんです……っ。
まさか、アリス殿下に、此方の怪我について、見られてしまっていたとも思わず。
心配されるようになってしまったこと自体、私としては、申し訳なさが募ってきてしまい、思わずビックリしてしまいました。
心配してくださり、本当に、ありがとうございます。
早く、治せるように、治療していきますね……っ!」
と、此方に向かって、問題ないというように笑顔を向けてくれたあと、ぺこりと一度、折り目正しく頭を下げて『それでは、私は、これで失礼致します』と声を出してから、ゆっくりと、ワゴンを押して、私達に背を向けて歩き始めてしまった。
そうして、そのことに『それなら、本当に良いんだけど、あの驚き様については、かなり気になってしまうかも』と思いつつ、その背を見送ったあと、怪我のことだけじゃなくて、バエルさんと色々と話をしている間中、その反応から、気になってしまうようなことが多かったなと感じながらも。
私達も、今さっき、バエルさんから聞いた話について『王妃様と同様に、豪勢な食事が出来るのは、ギュスターヴ王なのか。……それとも、そうじゃなかったとしたら誰なのか』と、色々なことを視野に入れながら話しつつも。
もしも、ギュスターヴ王だったのだとしたら、一体、何のために、そのことを隠す必要があったのかということや。
そうじゃなくて、ギュスターヴ王以外だったら、ノエル殿下やレイアード殿下がそれに該当するような人ではあるけれど、二人は、王妃様が療養している部屋には入れないと言われているし、もしかして、みんな秘密にしているけれど、その他に誰か、王妃様が療養している部屋に入ることが出来る人がいるのではないかといった感じで……。
今、現在、分かる範囲内で、みんなで、あれこれと推理をしながらも、ひとまずの調査を終えたことで、来た道を戻っていく。
ただ、そういった話が出来るのも、あくまでも図書館に近い廊下の辺りだけであり、誰かに聞かれるとまずいから、使用人達の居住スペースや、王城で働いている家臣達が仕事をしている部屋がある執務室などといった場所が見えてきたりすると、そのことについては、口を噤む必要があるだろうと思いつつ。
なるべく、時間が許す限りは、みんなで意見交換をし合うことにして、もと来た道を、戻っていたんだけど。
私達が、少し歩いて、丁度、使用人達の居住スペースなどがあるというエリアに、差し掛かったところで。
――瞬間的に……っ。
ほんの、一瞬のことだったけど、見知った影が、素早く横切ったことで、私は驚きに目を見開いて……。
「え……っ、今のって、ギュスターヴ王……、でしたよね……っっ?」
と、思わず、この場では、絶対にあり得ないとも思えるような人の影が見えたことに、ピタリと足を止めて、みんなの顔色を窺ってしまった。
だって、その影は……、使用人達の居住スペースがある方へと、消えていってしまったから……。
まだ、その場所の、手前にある執事室とかに用があるとかなら分かるんだけど『使用人達が住まうような場所へ、一国の王という立場の人が、一体、どうして?』と私は、思わず、目の前に見えた光景に混乱してしまう。
「あぁ……、そうだな、姫さん。
……俺も、この目で見たけど、あれは、確かに、ギュスターヴ王で、間違いなかったと思う」
そうして、セオドアが自分も見たと証言してくれると、お兄様や、ルーカスさん、それからアルも思いっきり眉を顰めながら『俺たちも見たけど、ギュスターヴ王に違いなかったと思う』と証言してくれて、私は『一瞬のことだったから、私の見間違いかと思ったけど、良かった。……みんな、目撃していたみたい』と、ホッと胸を撫で下ろしつつ。
「良かった。セオドアも、みんなも、見てたんだねっ。
でも、なんで、使用人達の居住スペースに、ギュスターヴ王が来ているんだろう……?」
と、あまりにも気になって、困惑しながらも『こんな所に、ギュスターヴ王がいるのは、変だよね?』と、思わず、みんなに同意を求めるように視線を向けてしまった。
「うむ、今の段階では、まだちょっと分からぬな。
……だが、確かに、普通では、あり得ぬことではあると思う」
「あぁ、そうだな、基本的に、使用人達が王の下へと出向くようなことがあったとしても、王が自ら、使用人達のもとへ行くというのは、あまりにも考えにくいことだからな」
そうして、そのあと、アルと共に、お兄様が、私の言葉に返事をするように、そう言ってくれたものの。
みんなで話し合った結果、今の段階では、ギュスターヴ王が、王妃様と一緒に食事を摂っている相手ではなかったということと、ギュスターヴ王が、使用人達の居住スペースに行っていたということに関してのみしか分からず、それ以上のことについては、どうやっても、憶測でしか予想することが出来ず。
私達は『これまでも、気になることはあったけど、最後の最後に、凄く気になることが出て来てしまった』と感じつつも、今日のところは、ここまでにして、みんなで、ローラやエリスが待ってくれているであろう貴賓室へと戻ることにした。