526 二人の皇子の事情
あれから私達は、ダヴェンポート卿の案内で、先ほどまで遣り取りをさせてもらっていた執務室から、そこまで離れていないという、この王城の東側へと向かって歩いていた。
「この辺りは、我々が公務をしている場所があったり、使用人達の居住スペースがあったりと様々な部屋が混在していて、夜遅くまで働いている者達が大勢いるので、人の声が聞こえてくることも多いのですが。
図書館の方まで東に行くと、そういった声が落ち着いてきて、大分静かになっていきますので、皆様も、問題無く、ゆっくり出来るはずですよ」
そうして、一つ一つ、廊下を通る度に、近くに、どんな部屋があるのかということを簡潔に説明してくれるダヴェンポート卿の話を聞きながらも、確かに、お部屋の中から声が聞こえてきたり、廊下の端の方に、2、3人で固まって業務の遣り取りをしていたり、政治的な遣り取りをするために、立ち話をしている人がいたりと。
ざわざわとした感じで、この辺りで、公務に当たっている人の声が沢山聞こえてくることには、間違いがなくて。
王城の中でも、本当に多くの人達が働いているとはいえ、私達がそういった人達と遭遇する度に、すれ違う人の表情が、お兄様や私と顔を見合わせる時は、ぺこりと会釈をするのに、一瞬だけ、シャキッとした感じになって挨拶はしてくれるものの。
仕事をするのに、ハツラツとして、快活な雰囲気で、やる気に満ちあふれているという感じよりも、なんていうか、誰も彼もが言い知れないような疲労の色を浮かべていて、纏うその雰囲気に、僅かばかり、どんよりとした重苦しい空気が漂っているような気がして……。
『あれ……っ? もしかしてだけど、なんだか、みんな、もの凄く疲れちゃっているのかな……っ?』
と、私は、そんな彼等の姿に、ちょとだけビックリして『あの……、皆さんがお疲れになってしまうくらい、王城の中での仕事は、そんなにも激務なんでしょうか……?』と思わず、私達を案内するように、一歩前を歩いてくれているダヴェンポート卿に問いかけてしまうほどだった。
「えぇ、そうですね……っ。
お恥ずかしい話、王城では慢性的な人手不足といいますか、色々とあって、現在のソマリアでは、あまり多くの臣下達を増やさないようにするというのが、ギュスターヴ国王陛下の意向ですので……。
それによって、どうしても、一人当たりの仕事の量が多くなってしまっていると思います。
私も、そういった国の問題については、なるべく早期に着手して変えていきたいと感じているのですが、こればっかりは、どうにも。
我が国では、生前退位であることが殆どですから、ギュスターヴ王がその座を退かれ、レイアード殿下が国王の座に就いてくだされば、そういった部分も変わっていくんでしょうが……」
そのあと、この王城で、忙しなく働いている様子の家臣達に視線を向け、オルブライト卿が一度だけ小さく溜め息を溢した上で、私の質問に答えてくれるよう、ほんの僅かばかり声を潜めてから説明してくれた言葉には、なるべく早く、この問題を改善していきたいのだという強い思いが込められていたと思うんだけど。
『ギュスターヴ国王陛下が、あまり多くの家臣達を増やさないというのには、何か理由があるのかな……?』
勿論、国という大きな組織である以上、官僚のトップなどといった何かしらの役職を持っている人の割合の方が少ないというのは当然のことだとは感じるものの。
それでも、人手不足になるほど、王城の人員が足りていないのだというのなら、王城で政務官などをしている人の数は多ければ多いほど良いと思うし、国政のために、そういった人達を増やす必要は絶対にあると思う。
それで、実際に、自分の仕事の負担が増えて困っている人が出ているのなら、なおのこと……。
『でも、そうだというのなら、余計に、可笑しいよね……っ?』
ソマリアの君主であるギュスターヴ国王陛下が、大国の統治者として、その手腕を遺憾無く奮っているほどに、優れた名君だというのは有名な話ではあるものの『……本当に、そうなんだろうか?』と疑問が湧いてきてしまうほど。
ダヴェンポート卿の今の話を聞いていると、言っていることは間違っていないように思えるし、ダヴェンポート卿が宰相として優れた臣下であると評判の人だということもあり『彼が、国のためを思って推し進めたい』と感じている内容を、はね除けてまで、ギュスターヴ国王陛下が、王城で働く家臣達を増員させない理由は何だろう……?
『そこに、メリットのようなものはあるのかな?』
それに、ギュスターヴ国王陛下だって、私達という『国の今後を左右しかねない』ほどの、大事な国賓の相手をする暇もないくらいに忙しいと言っていたのに、それでも、王城で働く人員を増やすこともしないだなんて……。
『この王城の中に、ギュスターヴ国王陛下が、信頼出来る人がそんなにいないから……っ?』
――それとも、他に何か、特別な理由がある……?
というか、私自身、勿論、そのことも凄く気に掛かってしまって仕方がなかったんだけど、今、オルブライト卿は、明らかに、ギュスターヴ王が退位した際の次の君主について、ノエル殿下のことを省いて、レイアード殿下のことだけしか言わなかったよね……?
『それって、ギュスターヴ王が、ノエル殿下を、自分の後継者にしたいのだと言っているにも拘わらず、ダヴェンポート卿は、レイアード殿下のことしか見ていないってことだよね……?』
思いがけない感じで、色々な情報が降ってきたことで、どちらの内容に関しても凄く気になってきてしまったものの。
それでも、奥歯に物が挟まったような物言いで、ギュスターヴ王のことを説明してくれたオルブライト卿に、そのことを深く突っ込んでも、返ってくるものは少ないだろうと踏んでくれたのか。
私と同様、みんな、今の話には、違和感を感じてくれたみたいで、お兄様が代表して……。
「レイアード自身、ノエルが王位を継ぐのを推しているという訳でもなく、かといって自分が王位を継ぎたいと思っているような感じでもなく、ただ単に、あくまでもそうなっているのだという事実を説明するためだったのだと思いますが。
俺たちが、レイアードから聞いた話では、ギュスターヴ国王陛下は、ノエルが作った機械人形の功績を認めて、学院内で重要なポジションに就かせることに決めたのと、次期国王の座についても、ノエルに譲るつもりだと言っているんだそうですよねっ?
それでも、ダヴェンポート卿は、ノエルではなく、レイアードを、次期国王に推していらっしゃるのでしょうか?」
と、ストレートな物言いで、グっと踏み込んだ質問を、ダヴェンポート卿にしてくれると『レイアード殿下がそのようなことを……っ!』と、どこまでも驚いたような表情を浮かべたダヴェンポート卿は、ここに来て、ほんの僅かばかり苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「確かに、近年の、国王陛下のご意向は、そのようになってきていますが。
それでも、私にとっては、ギュスターヴ王が、そのようなことを発言すること自体があり得ないといいますか、元々、ギュスターヴ王は、王妃様がお生みになった子供を次期国王にしたいと望まれていたのです。
ですので、家臣達もみな、レイアード殿下こそが、次期国王になるものだとばかり思っていました。
ですが、5年ほど前に、突然、ノエル殿下のために、歴史ある学院に、魔法研究科といった新しい学科を設立し、陛下がノエル殿下のことを、自分の跡継ぎとして、次期、君主にしたいのだと、家臣達に通達されたことで、私どころか、みなが驚きましてね……っ!
今でこそ、これでも落ち着いているように見えるが、ノエル殿下は、昔から派手で、奇抜で、気付けば、突拍子もないようなことをする方でしたから、それによって生み出されてきた功績もあるとはいえ、王としての資質としてはどうなのかと思っていた者も多い。
元々、ノエル殿下が国王陛下の跡を継ぐ未来など、私達の頭の中には、毛頭ありませんでしたから。
でも、だからこそ、レイアード殿下は、王妃様の唯一の子供として、お生まれになった頃より、我々にとっては、何よりも重要な御方となっていましたから、私も含めて、次期、国王陛下には、レイアード殿下になってほしいと思っている者の方が、国の大半を占めていることは事実だと言っていいでしょうっ」
と、私達に向かって、苦笑するような雰囲気で、ソマリアの内情を赤裸々に語ってくれたこともあり、私どころか、この場にいる全員が驚いてしまったと。
確かに、ノエル殿下のことを知らない人が、ノエル殿下を見れば、その風体にパッと目を引くだろうなということは私にも分かるし、良い意味でも悪い意味でも常識に囚われず型破りな雰囲気のノエル殿下については、年が上すぎる家臣達から見れば、変わり者で奇抜な人間として映るのかもしれない。
でも、そんなに言うほど、破天荒な感じの雰囲気があるとは思えないんだけどな。
今でこそっていうことは、前まではもっと、何かしら酷い感じの人だったんだろうか……?
「もの凄く、あっさりとお認めになるんですね……っ!?
てっきり、そういう混み合ったお話については、あまり教えて頂けないかと感じていましたので、驚いてしまいました」
「えぇ、ルーカス様。
……家臣達の瞳を見れば、一目瞭然でしょうし、この国にいれば、そういったことに関しては、いずれ分かることだと思いますので、その内容を取り繕ったり、隠し立てしても仕方がありませんからね」
そうして、ルーカスさんから驚いたような言葉を投げかけられたことで、続けて、ダヴェンポート卿が私達に向かって説明してくれたその言葉には、確かにと納得することも出来た。
ソマリアに来た頃から、あからさまに感じ取れるほどに、ソマリアの家臣達の瞳は、ノエル殿下に厳しい様子で、レイアード殿下のことを支持しているような雰囲気を漂わせていたから……。
でも、何よりも驚きだったのは、ギュスターヴ国王陛下が、元々、レイアード殿下を国王にしたいと望んでいたということの方じゃないかなっ。
「ギュスターヴ国王陛下は、元々、レイアード殿下を、国王にと望まれていたんですか……?」
てっきり、私は、ノエル殿下のことを『次代の君主』にすると国王陛下が言い出すまで、二人のどちらを跡継ぎにするのかは決め切れていなかったのかなと思っていたから、もしも、その話が本当だとすると、レイアード殿下に対して、あまりにも不誠実な対応だなと感じてしまうんだけど……。
だって、レイアード殿下に対して、元々跡継ぎにするって話していたにも拘わらず、急に、その方向性を変えて、ノエル殿下を推しはじめて、自分が決めていた内容すら覆すような状態になってしまっている訳だよね?
レイアード殿下は、そのことを、どんなふうに受け止めているんだろう……?
学院の食堂で、私達に、ノエル殿下のことを話してくれていた時は、どちらとも取れないような感じで淡々とした様子だったように思えたけど……。
私が心配するようなことではないのかもしれないけれど、それでも、レイアード殿下の境遇に、一体どうしてそんなことになっているのだろうと想いを馳せてしまって、私は、思わず、戸惑ってしまいながらも、ダヴェンポート卿に踏み込んだ質問をしてしまった。
「えぇ、そうなんです。
陛下は、王妃様のことを本当に愛しておいでで、血筋も、王妃様は、他国の王家から嫁がれてきた方で、あまりにも高貴な身分でありますし。
それこそ、レイアード殿下がお生まれになる以前から、ずっと、自分の世継ぎは、王妃が産んだ子にするのだと仰っていましたので……。
また、現在、病気で療養中の王妃様自身も、今現在は、公務などは行えていらっしゃいませんが、これまで、我が国のために、一生懸命に心を砕いて心血を注いでくださっていた、本当に良き国母でいらっしゃいます。
ですので、たとえ、第二妃として、側室の立場となっていたアレクサンドラ様が、先に、ノエル殿下を産むことになっていても、そんな、王妃様からお生まれになった子供を、次代の君主にするという判断には、殆どの家臣達が賛成でした。
現在、療養中の王妃様には、ギュスターヴ王しか面会することが叶いませんので、王妃様のご意向がどのようなものなのかは分かりかねますが。
それでも、私共も、我が王が、自分で仰ったことを、いきなり覆されたことで混乱していますし、長年のことを考えれば、簡単に受け入れられるような話ではないのです」
「そうだったんですね……っ、そんなことが……っ。
だけど……っ、息子である、レイアード殿下も、王妃様にお会いすることが出来ないんですか……?」
「えぇ……、王妃様は、レイアード殿下をお生みになってから、出産に体力を使ったことで、産後の肥立ちが悪くて、そのまま体調を崩してしまい。
亡くなられたりまではしませんが、心身が弱り切っていたことで、肺炎を患うことになってしまって、不調からお身体を休めなければいけない状態になり、今もなお、療養を続けられています。
それでも、6年ほど前までは、レイアード殿下に関しては王妃様に面会することも叶っていましたが、それも、王妃様の体調が悪化してしまったことで、王妃様と面会出来るのは、ギュスターヴ王のみという制限が設けられ……。
王妃様の現在の状況については、定期的に、ギュスターヴ王と、王妃様の主治医から知らされるだけで、面会などは出来ていない状態が続いています」
――王妃様とは、ギュスターヴ国王陛下と王妃様の主治医以外、誰も会えないだなんて……。
ダヴェンポートさんからの説明に、私は思わず、『そんな……っ』と、息を呑み、表情を暗くしてしまった。
産後の肥立ちが悪いというのは、この世界では本当に、よくあることだ。
出産は、命がけとも言われていて、それまで食べていたものが食べられなくなったり、吐き戻したりすることもよくあるそうだし、産む瞬間だけではなく、長期間体力を消耗することから、赤ちゃんを産んだあと、適切な栄養や、休養を取る必要があるとされているんだけど、その次期に、一定数、体調を崩してしまう人も多いみたい。
それで、重篤な人になると産後の肥立ちが悪かったことで、身体が弱ってしまっていることから、感染症や他の健康問題なども含めて、違う病気などにもかかりやすいとされて、体調が悪化していってしまったり、酷い人だと亡くなってしまう人もいるのだということは、私自身も聞いたことがある。
だからこそ、王妃様も回復することなく、身体が弱っていた時に、肺炎を患ってしまったことで、徐々に、身体の不調から病に伏せってしまい、療養することになってしまったんじゃないかなとは思うんだけど……。
『今も、療養している王妃様のことを思うと、凄く心配だな……っ』
ただ、ギュスターヴ王のことや、ノエル殿下のこと、それから、レイアード殿下のことまで、詳しい事情を聞きたいと、ダヴェンポート卿から話を聞こうとしていたけれど、思いがけず、色々と話してもらえたことで、沢山、情報を手に入れることが出来たのは、一歩前進したと思うし、良かったことだろうか。
特に、ノエル殿下やレイアード殿下のことは、気になっていたから教えてもらえて良かったと感じるし、私自身は、ダヴェンポート卿の話を聞いて、ますます、ギュスターヴ王に違和感のようなものを感じるようになってしまっているけれど、それは多分、私だけじゃなくて、きっと、この場にいる、誰もが思っていることだと思う。
勿論、私達が、どこまでも客観的に、ノエル殿下のことも、レイアード殿下のこともフラットな目線で見ることが出来ているからそう思えるのであって、ソマリアの人達には、ソマリアの人達なりに自分の立場などから物事を見ていたりもするだろうから、何が正しくて、何が間違っているのかということは、一概に語ることは出来ないんだけど……。
「なるほど……。そんな、事情があったんですねっ?
ノエルや、レイアードとは、これからも仲良くしていきたいと思っていますので、そういった情報を教えてもらえるのは、かなり助かります。
二人のことも勿論気になりますけど、俺自身は、これから、積極的に関わり合いを持つことになるであろう外交官のヨハネス殿のことについても詳しく知りたいんですが、率直に、ヨハネス殿は、ダヴェンポート卿から見て、どのような感じの方ですか?
部署が違うとはいえ、同じ王城で働く者同士として、仕事で、関わり合いになることも多いでしょうし、そういった部分から、ヨハネス殿が普段、どのような性格の方なのか教えてもらえたら、今後の付き合いもしやすいと思いますので……」
そうして、セオドアが続いて、ここまで、一切、話題に上ることがなかったヨハネスさんのことについて、その関係性も知りたいと思ってくれたのか、自然な感じで、ダヴェンポート卿から見た目線で教えてほしいと質問してくれると、ダヴェンポート卿は、ここに来て、ほんの僅かばかり表情を綻ばせながら……。
「ヨハネスは、優秀な家臣の一人ですよ。
少々、怒りっぽいところはありますが、それも部下を思ってのことであり。
官僚として交流の機会を積極的に設ける外交官として、主に、皆様のように、我が国にやってきた国賓の方達の相手などを担当していますが、外交官に必要なコミュニケーションスキルも高くて、普段から、他の者との信頼関係などを築くのも上手い人間ですから、皆様にとっても頼りになることでしょう」
と、私達に教えてくれた。
この様子を見るに、ダヴェンポート卿は、ヨハネスさんのことを外交官としても、一国の家臣としても高く買っているということなのだろう。
そこに、私達に対して誤魔化そうとするような意図などは何もなく、簡潔ながらも分かりやすく、色々なことを本当に丁寧に教えてくれているように思うし。
どこからどう見ても、ダヴェンポート卿自体に、何かしらの悪意などは混じっていないように見えるよね。
そのあと、私は、ヨハネスさんのことを、セオドアが聞いてくれたこともあって、ここに来てまだ、名前が出ていなかった人について……。
お兄様達は、その瞬間は見れていなかったと言っていたんだけど、今日のお昼に、バエルさんのシャツの袖から見えた腕に、ちらりと打撲痕のような青あざがあったことから、ダヴェンポート卿に、それとなく。
『バエルさんは、ノエル殿下の御目付け役として、その傍にずっとついているお付きの方だということもあって、騎士とまではいかないけれど。
ある程度、殿下のことを守るためにも、何かしらの武芸を嗜んでいて、怪我なども多かったりするんでしょうか?』
ということを、あくまでもマイルドにしながら、私自身がバエルさんの腕の怪我を見たことは悟られないように気を付けつつ、質問をしてみたんだけど。
「バエルが武芸を、ですか……っ?
いえ、それは、絶対にありませんよっっ!
バエルは、眼鏡をかけた真面目な優等生といった感じで、武芸を嗜むよりは、筆を武器にしているような文官タイプですから。
まぁ、もっとも、バエルがいてくれるお陰で、派手で奇抜で突拍子もないようなことをしてくるノエル殿下のことも、ある程度、押さえつけられていると言っても過言ではないでしょうが」
と、どうしてそんなことを聞かれるのか全く分からないというようにキョトンとしたダヴェンポート卿から言葉が返ってきたことで、私は、自分の瞳をぱちぱちと瞬かせてしまった。
『武芸を嗜んでいないっていうことは、あの怪我は、どこで出来た傷なんだろうか……。
転んで打ったり、どこかにぶつけるにしては、あまりにも変なところに出来てた傷だったよね……?』
それよりも、バエルさんのお陰で、ノエル殿下のことを抑えられているってどういう意味なんだろう……?
――バエルさんがノエル殿下の御目付け役だから、たまに厳しい目で、ノエル殿下のことを見ていることがあることを言っていたりするんだろうか……?
質問してみたものの、更なる謎が増えてしまい、私の聞き方が悪かったかもしれないと思いつつ、どちらにせよ、まだまだ、分からないことだらけだなぁ、と感じながらも……。
それでも、ダヴェンポート卿のお陰で、色々な情報を聞くことが出来たということもあって、私自身が、頭の中で、バエルさんのことも含めて、ギュスターヴ王や、ノエル殿下、レイアード殿下、そうしてヨハネスさんについての情報を整理していたら、気付いたらあっという間に、東側にあるという図書館まで辿り着いていた。
そうして、扉のノブに手をかけたあと、ダヴェンポート卿が『皆様、我が王城が誇る図書館はこちらですっ! 広い部屋の中には、本当に様々な蔵書を取りそろえていますので、きっとお役に立つことでしょう』と言いながら、キィっと音を立てて、扉を開けてくれると。
シュタインベルクの皇宮にある図書館と、何ら遜色がないくらいの大きな部屋の中に、これでもかというくらいに、ぎっしりと本棚に、書物が並べて収容されているのを見て、『わぁぁぁ、本当に、凄く広いし、本の数も多いんだな……っ! さすが、大国のお城の中にある図書館……っ!』と、私は思わず、目の前の光景に感嘆の声を出してしまった。
そんな私を見て、ダヴェンポート卿が、ほくほくと嬉しそうな笑みを零しながらも……。
「えぇ、皇女殿下……っ!
我が王城にある図書館は、大国である、シュタインベルクの図書館にも負けていないのではないかという自負が私にもありますので、どうぞ、ゆっくりと、お好きなだけ御覧になってください」
と、ダヴェンポート卿に言われたことで、私は『ありがとうございます。それでは、遠慮なく見させて頂きますね』と、声をかけ、みんなと顔を見合せていく。
ここに来るまで、話の途中で、何度かダヴェンポート卿には『この部屋は、国の大事な資料などが保管されていますので、出来るだけ、近づかないようにしてもらえると嬉しいです』といった感じで近寄らないようにと言われてしまった場所もあるし、更に言うなら、3階の離れの棟に続く渡り廊下についても、丁度、通り過ぎたタイミングで。
『先ほどの渡り廊下が、離れの棟に続く場所となっています。ここは、先ほども言いましたが、国の人間の中でも限られた人間しか通れない場所なので、お気を付け下されば幸いです』
と、言われたことで、私達は、廊下を通っている間、東の離れがどんな場所なのか気にはなったものの、ダヴェンポート卿が、図書館まで案内してくれている手前、ひとまずは、みんな、そのことには触れることもなく、図書館までの道を歩いていくことにしていたんだよね。
「おい、君……っ!
シュタインベルクから、皇太子殿下や皇女殿下が来て下さっているから、失礼のないようにな。
……皆様が、何か、お困りのことがあれば、いつでもサポートをするようにしてくれっ!」
そうして、私が壮麗な雰囲気の図書館の内装を気にしていると。
ダヴェンポートさんが、図書館の端っこにあったカウンターで仕事をしていた司書の男性に声をかけてくれたことで、私は慌てて、そちらに視線を向けたあと。
実際に、私達の目的が、図書館に来ること自体がメインだという訳ではないけれど、ダヴェンポート卿を含めて、司書の人の目を誤魔化すために『これから、こちらに頻繁に通わせて頂くことになると思います。……どうぞ、宜しくお願いしますね』と言って、ぺこりと頭を下げた。