522【オルブライトSide】――自分都合の大義と革命のための計画
お昼に、学院の中にある食堂まで出向き、皇女殿下や皇太子殿下などに『私自身、これから殿下達が、ソマリアで暮らすにあたってサポートをする任を授かっている』のだと、正式に挨拶に行ったあと。
私は、今回の滞在にあたって、ギュスターヴ王が直々に手配してくれたという、王城の中にある貴賓室が既に使用されていた場合などに貸し出される、ソマリアの王都の一等地に用意された『邸宅』へと戻り。
エントランスホールで『当主様……っ、お帰りなさいませ……っ!』と、この国まで連れてきた当家の家令が出迎えてくれたことで、スーツのジャケットを脱いで渡したあと、自分の仕事部屋として用意されている執務室に隣接された休憩室へと入ってから、ネクタイを緩め、ゆったりとしたソファーに、どかっと音を立てて腰を下ろした。
まだまだ、全く気は抜けないが、それでも、自分が一息つけるような場所へと戻って来れたことで、ほんの僅かばかり『ふぅ……っ』という溜め息にも似た吐息が溢れ落ちる。
こんなにも疲れが溜まっているのは、他でもない。
さきほど、学院内で遣り取りをした際、皇女殿下の巧みな会話術によって、表情にはおくびにもださなかったが、一瞬たりとも気が抜けないまま、手に汗を握るような熾烈な戦いが繰り広げられ。
私自身、間者として、皇女殿下を含めた皇族達を監視する役割を担っているというのに、気付かないうちに、じわじわと、まるで、こちらの方が袋小路に追い詰められているような、そんな錯覚を覚えてしまって……。
それもこれも、狙ってやっているとは思えないほどに、あまりにも、ナチュラルな雰囲気で、皇女殿下からかけられた言葉に、心底、肝が冷えてしまったからだった。
『オルブライトさんって、宮廷伯の方達とも親しかったんですね……っ。
あの……、私自身、宮廷伯の方達とは、これまでにも、パーティーなどで色々と会話をさせて頂いていることも多いのですが、以前から、皇女として、国の政治を担っている方達がいる各部署のことなどは、より詳しく知っておきたいなって思ってたんです……っ!
良かったら、宮廷伯の方達は勿論のこと、色々な部署にいらっしゃる補佐官のことなど、オルブライトさんが尊敬していると言っている方々から聞いたお話などを、私にも詳しく教えて貰えませんかっ?』
……まさか、あの場で、皇女殿下から、あのようなことを聞かれるとは、夢にも思っていなかった。
私とバエル殿が遣り取りしていた内容を聞き逃さなかった様子で、その話をするには、あそこしかなかっただろうと思えるくらい絶妙なタイミングでの、あの言葉に、あの表情……。
まるで、たった今、思いついたことかのように『宮廷伯と懇意にして、色々なことを知っているのだとしたら、そういった部署のことをより詳しく知ることで、国のためにもなるかもしれないし、自分の勉強のためにも教えて欲しい』といった感じで、真剣に学びたいのだという姿勢を崩さないまま、どこまでも違和感もなく、自然に問いかけられたその質問に、私は思わず驚愕に目を見開いてしまった。
あの御方が『私と意見は合わないが、今代の陛下も、ウィリアム殿下も、指導力が高く、周囲から手放しで賞賛されているほどに、君主としての素質を兼ね備えているのは間違いない。だが、どこまでも控えめに、自分は影で兄を支えるつもりだと表明していながらも、今のシュタインベルクの政治や情勢を裏で動かしているのは、皇女殿下だと言っても過言ではないだろう……!』と、憎々しげに吐き出していたように、こうして対峙してみると、本当に、その言葉の意味が手に取るように理解出来る。
パッと見た雰囲気では、あまりにも柔らかく、どんなものにも心を砕いて接して、簡単に御しやすいとも思えるような人となりをしているはずなのに。
皇女殿下のことを奥深くまで探ろうとすれば、聡明な雰囲気で、一体、その瞳に何を見ているのかと思えるほど、まるで、得体の知れないような恐ろしさというのがあって、本当に、どこまでも油断のならない御方だ……っ!
『皇女殿下は、宮廷伯である、あの御方が、これから成そうとしていることについても、ある程度疑いを持って探りを入れようとしているのではないか……っ!?
だとしたら、一体、どこまで把握していて、私から、何の情報を得ようとしているというのか……っ!』
そんな、不安が、どうしても頭の中を過ってしまうほどに、皇女殿下の透き通ったような瞳で見つめられると、まるで、こちらの考え全てが見透かされてしまっているのではないかと、僅かながら、焦りにも似たようなものを感じてしまった。
――この私が、16歳になったばかりの、成人したての娘に、気圧されるだなんて……。
いや、だが、仮に、こちらの全てを見透かしているのだとしたら、4年前のフードを被った『手練れ』である二人組が、国の重鎮達を狙って、次々に襲撃を重ねてきたあの事件の時に、あの御方は、裏で糸を引いて、大逆罪を犯した犯人として捕らえられることになっていたはずだ。
何といったって、あの4年前の事件では、あの御方が今後、国の内政を牛耳って、今のシュタインベルクに一石を投じられるよう、無差別に狙っているように見せかけて、あの御方の邪魔になり得そうな国の重鎮達に重傷を負わせ、引退に追い込むことこそが本当の目的だったのだから……。
――全ては、シュタインベルクの内側から、この国を、全く真新しいものへと作り変えていく。
という、あの御方の崇高なる目的のために……。
だが、どこで知り得たのか、陛下が『先手を打って』正式な命令として騎士団に協力を仰いだことと、王都でも一流の新聞社で、トーマスとかいうジャーナリストが、あの事件で我々の前に立ち塞がるように、悉く邪魔をしてきて。
まるで、そうなることが、あらかじめ分かっていたかのように、あの御方の計画が次々に阻止されていってしまったことで、あの御方が思うようには、中々、国の重鎮達を引退に追い込んで、その数を減らせなかったということもあり、あそこで、もっと多くの人間を引退に追い込むことが出来ていれば、今、現在の私達が更に動きやすくなっていたと思うだけに、本当に悔やまれてしまう。
更にいうなら、こちらに疑惑が向くことのないようにと、あの事件の犯人像については、人間に恨みを持った『魔女』の為業なのだと、その責任の全てを魔女になすりつけようとして、印象操作をしていたことさえ、思うように事が運ばなかったことで、どうしても苛立ちが湧き上がってきてしまうもので。
それに関しても、あの御方は『この一件にも、皇女殿下が裏で一枚噛んでいるのではないか』と疑っておいでだった。
それに、あの事件の時に、我々の味方だった騎士団長も、陛下から正式な命令として騎士団に直接指示があったことで、怪しまれては良くないと、表向きの職務に全うしなければいけなくなって、此方の計画を碌に遂行することも出来ていなかったし。
元々、騎士団長に関しては、あの御方が思っている以上に深くこちらの内情を知りすぎてしまったことから、どちらにせよ、いずれ消すつもりではあったのだが……。
陛下が直々に陣頭指揮を執って、多くの重鎮達の傍に、騎士団から派遣されてきた騎士達を護衛の任に就かせ、王都の街を巡回して、騎士達が警備をする場所をもっと強化するようにと指示を出していた場所の采配が、あまりにも的確であったことから、騎士団長は、我々が与えた仕事すらきちんとこなすことも出来ておらず、あの御方が早々に斬り捨てると、ご判断されたのも頷ける話だった。
だが、それだけのことをしているというのに、あの御方は今も宮廷伯として揺るぎない立場を維持していて平穏無事であり、今のところ国から疑われているような感じは、全く見受けられない。
だとしたら、恐らく、今の段階では、皇女殿下も、きちんとした情報までは掴めていないとみていいだろう。
――つまり、あの御方の頭の中にある、全ての計画が露見した訳ではない。
私自身は、あの御方の側近の立場だということで、あの御方が懇意にしている『ソマリア側の内通者』が誰なのかということなど、そこそこの情報を有してはいるが、それでも、4年前の事件で国の重鎮達を襲撃した『手練れ』とされる、フードを被った二人組の人物が誰なのかというところまでは、詳しく教えてもらっておらず。
逆に、私達のように腹の裏の探り合いに慣れている貴族ではなく、医者という特殊な立ち位置にいるからか、その立ち回りについては、どうにも粗が見えることから、あの御方に重用されている『自分と同じ立場』だとは、あまり認めたくないが。
皇女殿下に付き従っているアルフレッド様が来るまでは、帝国随一の高名な医者だったことから、そういった知識方面のことなどについても高く買われており。
私自身は、詳しくは知らないものの、6年以上も前に『ウィリアム殿下が窮地に陥ってしまうような重大な秘密の件で、今後、ギゼル殿下を、ある程度、意のままに操れる可能性が高いはずですよ』と言って、あの御方の役に立つような情報を持ち込んできたことから、その功績が認められて……。
私と同じく、あの御方の側近の立場として抱え上げられることになったバートン殿に関しては、4年前の事件で、国の重鎮達を襲撃した『手練れ』とされる、フードを被った二人組が誰なのか詳しく知らされているみたいだが、私とは違い、ソマリアで、あの御方が懇意にしている内通者が誰なのかは知らされていない、といった感じで。
こういう事態に備えて、あの御方は、たとえ志を共にしている、私達、側近という立場であろうとも、おいそれと全てを話すことはせずに、慎重に慎重を重ねて、情報を分散させた上で、なるべく多くのことを語らないようにしているのだから、物理的に、私自身から皇女殿下が情報を得ようとしていても、あの御方の考え全てが伝わることはないはずなのだが。
『だけど、それにしても、皇女殿下は、本当に侮れないな……っっ!』
どこまでも慎重に、用心深く、事が露見しないようにと、これだけの時間をかけて、しっかりと準備を重ねてきているというのに、皇女殿下が、私達を見つめてきた瞬間に、まるで、全てが水疱に帰してしまうかのような感覚に陥ってしまうなど、本来なら、あり得ないと思うようなことが、今、まさに起きている。
それでも、幾ら、大人になって成人の仲間入りをしたといえども、皇女殿下は、まだ、たったの16歳でしかない。
――16年の歳月しか生きていないのだ……。
ならば、私達のように、修羅場を掻い潜り、酸いも甘いも噛み分けて、悪意と欺瞞に満ち溢れた世界を渡り歩いて、途轍もないくらい多くの経験を積んでいる訳でもない。
だとしたら、やはり、あの御方の言う通り、皇女殿下は、何かしらの能力を持っている『魔女である』というのが一番有力な説になるだろうな。
『それも、今まで、幾度となく、あの御方の素晴らしい計画について、先回りをして邪魔をしてきたりなどといったところから考えるに、攻撃系統の魔法などではなく、何かしらの情報を得られるような力として、サポート系に特化したような魔法に限られるはずだ……っ!』
とはいっても、皇女殿下に、そのことを聞いた際『自分がそのような噂をされていること自体、知らなかった』という様子で驚いていたこともあり、皇女殿下が魔女であるのかどうかの判別などはつかないような雰囲気だったことからも、本当に、上手く隠されたものだなと思う。
だからこそ『一筋縄ではいかないことだけは覚悟しておいた方がいいだろうな』と、私がそこまで考えて、皇女殿下を中心にして、これから明確に邪魔をされる恐れがあることから、大義を成すためには、皇女殿下の排除に関しては、絶対に必要不可欠だろうと気持ちを改めたタイミングで、コンコンと部屋の扉がノックされ、『失礼します』と声をかけてから、家令が私のために紅茶の入ったティーカップを持って、机の上に、ことりと置きに来てくれた。
更に、それから、『こちらは、シュタインベルク国内にいらっしゃるバートン先生からの御手紙です』と、簡潔に告げて、ティーカップと一緒に、真白い封筒に入った手紙を、机の上へとそっと差し出してくる。
そのあと、無言で、部屋の片隅に控えるよう立ったまま、私からの命令があるまでは胸に手を当てて恭しく待機していたものの……。
いつもは、伯爵家の執事らしく毅然とした態度で落ち着き払っているというのに、心なしか、そわそわとした様子で、隠しきれないほどに心配の色を濃くしているその瞳から、ちらちらと、此方を窺ってきている様子が垣間見えるのは、シュタインベルク国内にいるバートン殿から、どんな手紙が届いてきたのだろうかと、その内容を気にしていたり、私が今日、皇女殿下に会いに行ったことで、どのような話になったのか聞いておきたいと思う気持ちがあるのだと思う。
我が家でも、私自身、本当に信頼しているこの家令にしか、詳しい事情を話してはいないが。
それでもこれから、君主である皇帝陛下のことを裏切って『シュタインベルクの内側から、この国を、全く新しいものへと作り変えていく』という野望を心に抱き、革命とも言えるべきことを成そうとする、宮廷伯のあの御方の傍に付いて動くことに決めたのだ。
――全ては、我々の考える大義のため……っ!
並々ならぬ覚悟では出来ないことでもあるし、そのことは、我が家紋、オルブライト家の今後を左右するような一大事でもある。
何かあった際には、一蓮托生というほどによく出来たこの家令と共に、私もあの御方のご期待に応えるべく、ますます努力して頑張っていかねばならないだろう……。
控えめではあるが、それでも、いつもに比べたら、明らかに多いといえるくらいに、此方を気に掛けてくる家令の視線を感じながらも、私は、ひとまず、バートン殿から届いた封を切り、中に入った手紙を取り出して、その中身を確認していく。
そこには『こちらは問題無く、全ての計画が順調に進んでいる。……これから、私は、あの御方の指示に従い、ギゼル殿下にコンタクトを取るつもりだ。そちらの近況を、あの御方が詳しく知りたがっているので教えてほしい』というような内容が、どこまでも慎重に、分かりにくく隠語を使って、一見すると普通の手紙のように見せかけた上で記されていた。
私自身、皇女殿下には、ソマリアの貴族達が主催する夜会や茶会の架け橋となって、それらの要請を引き受ける任を担っているのだとか、雑用や、何かあった時のライフラインとして、皇族をサポートする任を担っているというふうに伝えているが。
実際の私は、あの御方からのご指示で、ソマリアにて皇女殿下達に接近することで、皇族の信用を得た上で、皇女殿下が魔女であるのなら、その能力がどんなものなのかどうかを探ったり。
皇女殿下を含め、その側近の方達や、ウィリアム殿下の動きなどを、逐一、監視するような役割を担っており、更には、あの御方とも懇意にしている『ソマリアでの内通者』から極秘の命令が下った場合、あの御方に変わって、その指示に従い行動をしたりすることも、私の仕事のうちとなっていて……。
文字通り、あの御方からは信用されず、船の中で死ぬことになったあの男とは違い、私は宮廷伯であるあの御方に信頼されて、この任務を任されている。
その一方で、バートン殿は国内に残っていながらも、自分達の思い通りに事を動かすため、ギゼル殿下などに接触し、ソマリアへ留学に行くことになった皇女殿下や、ウィリアム殿下がいないシュタインベルク国内で、あの御方と共に、裏で色々な事件や問題を起こし、国内の政治に、揺さぶりをかけようとするようなことを任されていた。
元々、皇女殿下が成人したあとの、この時期くらいから動き始めて、上手い具合に皇女殿下に冤罪をふっかけ、ウィリアム殿下の秘密を盾に、ギゼル殿下を唆して、皇女殿下を排除し。
兄妹の仲を、それまで以上にぐちゃぐちゃに引き裂いたところで、頃合いを見て、何も知らない素振りで、あの御方が、皇女殿下が冤罪で捕らえられていたのだと、敢えて、無実の証拠を公表することで、ギゼル殿下すらも追い込み、ウィリアム殿下の秘密を暴露した上で、ウィリアム殿下が君主として陛下の跡を継ぐことにすらも疑問を投げかけ、一気に、周りの貴族達を味方につけた上で、貴族派としての自分の立場を確固たる地位まで押し上げる。
それが、バートン殿から『ウィリアム殿下が窮地に陥ってしまうような重大な秘密の件で、今後、ギゼル殿下を、ある程度、意のままに操れる可能性が高いはずですよ』と聞いて、綿密に立てていた、あの御方の、本来の計画だったみたいだが。
今までの間に、悉く、あの御方の思う通りに動いてはくれない皇女殿下の存在そのものが、目の上のたんこぶとなって、あの御方の計画を邪魔してきているというのは間違いようもないことで。
そもそも、6年前に皇女殿下が、突然人が変わったかのように聡明になって、色々なことを陛下に進言したりで国の政治を良くしていくことがなければ、ギゼル殿下と、皇女殿下の仲が僅かばかり改善するようなこともなければ、ウィリアム殿下と皇女殿下の仲さえも、今のように、ウィリアム殿下が皇女殿下を溺愛しているのだと社交界中で知れ渡るようになるほど、親密なものにもなっていなかったはずだ。
だからこそ、本来、もくろんでいた計画では立ちゆかなくなってしまい、計画の変更自体を余儀なくされたことに、あの御方もどこまでも渋い顔をされていた。
それでも、自分の母親だったテレーゼ様が捕まってしまったことで、未だに、そのことがギゼル殿下に暗い影を落としているというのもあり、そこに付けいる隙があるのではないかと感じているみたいだし。
何よりも、ソマリアでの留学で、皇女殿下とウィリアム殿下がいなくなった今、このタイミングで、国内の政治を揺るがすには絶好の好機だろう。
ギゼル殿下も、しっかりとした方ではあるが、皇女殿下とウィリアム殿下のことを思えば、どうしてもそちらを気に掛けてしまうようになるというのも、私自身、理解出来る。
それだけ、あの御方は、皇女殿下が今まで国のためにしてきた功績に苦い思いをしてきていて、次期、皇帝陛下としての素質としては申し分がない、どこまでも聡いウィリアム殿下のことも警戒されていた様子だったからな……。
問題は、陛下の存在だが、それでもこのタイミングで、皇女殿下とウィリアム殿下が国内を離れたことは何よりも大きいことだと言えるはず。
「ご当主様、計画は順調でしょうか……っ?」
「あぁ……、それなりにはな。……だが、まだまだ、順調とは言い難いだろう。
皇女殿下が、あまりにも聡慧すぎて、今日、突然、話している最中に、真相へとグッと迫るかのように宮廷伯である、あの御方の存在を気にかけるような素振りを見せてきた。
それに、バートン殿の方の計画も、ギゼル殿下、相手に、どこまでのことが出来るのか……っ」
今の段階では、不確定要素があまりにも多すぎて、私自身、顰めっ面をしながら、色々なことを視野に入れて思考を巡らせていたことで、私の表情に、不安に駆られてしまったのだろう。
たまらずといった感じで聞いてきた家令に、私は、どこまでも慎重に言葉を選びながら、今の現状をしっかりと伝えていく。
微かな不安を表すかのように、既に、淹れてもらっていた紅茶は冷め切っていて、僅かな茶葉と共に、渋みが増していた。
あの御方の采配によって、計画自体は、滞りなく予定通りに進んでいることには間違いないんだ……っ。
だが、どうしても言い知れない不安感が襲ってくるのは、やはり、イレギュラーとも思えるような皇女殿下の存在そのものが、我々の前に脅威となって立ち塞がっているからだろう。
『ウィリアム殿下や、ルーカス殿、アルフレッド殿に、セオドアというあの騎士も、確かに聡い人間だとは思うが。
こちらとしては一切、何の情報も与えていないという自負があったにも拘わらず、皇女殿下は、急に、あんなことを言ってくるほどに、優秀なんだ……っ!
だからこそ、何とかして、早めに手を打たなければならないだろうな……っっ!』
私は『ペンと紙を持ってくるように』と家令に命じ、ソマリアで、今、どのような状況になっているのかなどについてや、今日、皇女殿下と話したことで『皇女殿下が我々のことを疑い始めている可能性がある』のだということをしっかりと、あの御方に伝えるため、なるべく詳細に、直接、あの御方に手紙を出す訳にはいかないから、バートン殿宛てにして、一見すると普通の遣り取りにしか見えないよう、工夫を凝らしつつ、手紙を認めていくことにした。