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519 セオドアの過去と、恋のライバル



「……スヴァナ、久しぶりだな。

 お前も、ライナスと一緒に、ソマリアにいたのか……?」


「あぁっ! アタシは、今、ここの国で踊りの教師をやっているんだっ!

 ほら、この国で騎士科とは正反対の、淑女科っていって、ソマリアの女性専用の学科でさっ、学院内にある礼拝堂で毎日欠かさずに礼拝を行ったり、それまで以上に、マナーや礼儀を学び、芸術などの方面にも特化し、音楽や美術などを嗜むような学科ってのがあるんだけど。

 アタシは、マナーなんてものは教えられないけど、踊りの腕だけはピカイチだからねっ!

 ()()()()()()()()()()()が、アタシの腕を買ってくれて、是非、講師をやってみないかって、誘ってくれたんだよ」


 スヴァナさんの登場に、ほんの少し驚いたようなセオドアが問いかけたことで、黒色の華やかな金の飾りがあちこちに付いた異国情緒溢れるようなドレスを着ていた、セオドアと同い年くらいのスヴァナさんが、わっと、セオドアの方を見て嬉しそうに表情を綻ばせつつも、ドンと胸を張りながら『アタシが、講師だなんて、本当に考えられないだろう? この国で、一応、学者先生なんかに混じって授業をしているんだ』と、誇らしげに伝えてきたことで……。


 久しぶりの再会に、話が長くなりそうだと感じてくれたのか。


 ライナスさんが、騎士科の生徒達に『お前達、午後の授業は、走り込みからだ。いつもの標準のメニューについては理解しているなっ? 俺が指示を出さなくても、しっかりと普段通りのトレーニングをこなすようにっ!』と、この広い訓練場の中を何周か走るように指示を出してから……。


「シュタインベルクの皇族の方達もいるのは、分かっているんだが。

 こうして、三人、揃うだなんて、本当に久しぶりのことだよなっ!」


 と、私や、お兄様の方を気に掛けてくれつつも、放浪の民であるノクスの民である三人に『同郷の……』という言葉が正しいのかは分からないけれど、どこまでも再会を祝うように喜ばしいような様子で、明るい声を出したのが聞こえてきた。


 私自身、スヴァナさんとライナスさんが、ノクスの民で、()()()()()()()()()()()()()()であることは間違いないだろうなと思うんだけど。


 3人の遣り取りから、この感じの雰囲気をみるに、セオドアは、ライナスさんとスヴァナさんとは、そこまで仲が悪いわけじゃなく、寧ろ、ある程度、良好な感じの関係を築いていたんだろうな、と感じて。


 ――もしも、そうだとするならば、本当に良かったな、と内心で思う。


 というのも、前に、ヒューゴと一緒に洞窟探検に行った際、洞窟内で、セオドアと蛇さんの睨み合いが行われるのを見たヒューゴの口から『何なら、もう本当にっ、人間やめてるんじゃねぇかって感じるほどに、ノクスの民ってのは、みんな、そんな風に強い奴らが多いんですかねぇ?』とノクスの民に言及するようなことがあったあと、セオドアが、自分のことを……。


『さぁな。

 ……同胞には、今までにも、何度も会ったことがあるが。

 俺自体が、本来、そもそもどこにも混ざれねぇような、異端だからな……。

 今まで出会ってきたノクスの民には、単純な力比べでは負けたことがねぇから、俺と同等か、俺より強い奴ってのは見たことがねぇが……。

 もしかしたら、俺より強い奴がいるかもしれないっていう可能性は否定出来ない』と評していて……。


 更に、お兄様から『ノクスの民は、各地を放浪している民族だろう? お前はそうじゃなかったのか』と問われたことで……。


『……あぁ、通常はな。

 それでも、旅をしてりゃぁ、色んな所で人さらいなどの憂き目に遭うこともある。

 だからなるべく、ノクスの民は固まって、民族同士で色々な国を渡り歩いて行動することで、奴隷にされる可能性を極限まで減らすんだ。

 一時期、そん中に入れて貰ってたことはあるが、馴染めたことはねぇよ。

 俺は、そもそも父親が誰かも分かっていねぇ、娼婦の息子だ。

 あげく、娼館じゃ、男の子供は食い扶持(ぶち)だけがかかって邪魔だからって、子供の頃に放り出されて以来、適当にスラムみたいな汚い場所で食いつないできたからな。

 母親は確かにノクスの民だったが、父親に関しては誰の血が混ざってんだか、俺自身“生粋”のノクスの民かどうかも分からねぇ、半端者(はんぱもん)なんだよ』


 と、セオドア自身、今まで生きてきた人生の中で、同じ境遇を分かち合えるかもしれないと、ノクスの民として、彼等と身を寄せ合っていたこともあったみたいだけど、馴染めたことはないっていう話をしていたし。


 その話を聞く限りでは、ライナスさんとスヴァナさんは、ノクスの民の人達と行動を共にしていていた時に出会った二人っていう訳じゃないのかな……?


 私が、頭の中で、セオドアの過去のことについて考えつつ。


 スヴァナさんや、ライナスさんとは、どういう経緯でのお知り合いなんだろうと『セオドア……、もしも良かったら、スヴァナさんのことを紹介してくれたら嬉しいな……っ』と、声を出して、セオドアの表情を窺うように、その顔を見上げると。


 私からの言葉を受け取って『あぁ……、そうだな』と、声を出したセオドアがその瞳を細め、私に柔らかい笑顔を向けてくれたあと。


「俺たちだけで話していて悪い、姫さん。

 ……コイツは、俺と同じノクスの民で、スヴァナっていうんだ。

 ライナス同様、古くからの知り合いで、俺とも、前々から付き合いがある人間だ。

 で……、スヴァナ、この御方は、俺が護衛騎士として仕えているシュタインベルクの皇女、アリス様だ。

 俺にとっては、何よりも大事な人だから、お前も丁重に接するようにしてくれ」


 と、お互いのことを軽く紹介するように声を出してくれたことで『わぁぁぁ、また、セオドアったら、私のことについて、周囲の人にそんなことを言ってる……っ』と、断言したような物言いに思わず照れてしまって、真っ赤になりそうな顔を何とか抑えつつ。


 私は、スヴァナさんに向かって笑顔を向け。


「スヴァナさんは、セオドアの古くからのお知り合いなんですね。

 ソマリアにいる間は、講師と生徒という間柄にもなりますし、どうか、これから宜しくお願いします」


 と、柔らかく挨拶をしていく。


 そんな私とセオドアを見て、スヴァナさんがどこまでも驚愕したような表情を浮かべたあとで、一瞬だけ……、ほんの僅かばかり、その表情をくもらせて、ちょっとだけ何とも言えないような顔をしてから、切り替えたように、私の方をジッと見つめてきて……。


「あ、あぁ……っ、こちらこそ、宜しく……、って、申し訳ありませんっ、アタシは、どうにも敬語が苦手で、こういう言葉しか喋れないもんで……っ。

 一国の皇女様……? アリス姫っ……? に、セオドアが仕えている、だなんて、本当に思ってもいなくて。

 それも、大国のシュタインベルクのお姫様だって、あまりにも現実味がなさすぎて、ちょっとばかし、混乱してしまったっていうか……。

 セオドアは、本当に、あん……あなた、様に、仕えてんのかい……ですか?」


 と、訝しげに問われてしまったことで、私は『そんなに、セオドアが、私に仕えていることは驚かれるようなことなんだろうか……?』と思いつつも、こくりと頷き返しながら……。


「はい、そうなんです。セオドアのお陰で、私自身、救われていることも凄く多くて……」


 と、『敬語のことなら、別に何とも思っていないので気にしないでください』という表情を浮かべて、普段から、セオドアに対して自分が思っている気持ちを、正直に、ただ真っ直ぐに、スヴァナさんの瞳を見つめながら誠実に話していけば、スヴァナさんの瞳が『本当に、あり得ないようなものを見るような目つき』で、左右に激しく揺らぐのが見えたあと。


 スヴァナさんが、続けて何か言葉を発するよりも先に、私の隣に立ってくれていたセオドアの方から、スヴァナさんとライナスさんと知り合うことになった経緯について、補足するように続けて……。


「ライナスとスヴァナは、姫さんに出会う前に、俺がソマリアで仕事をこなしていたあと、シュタインベルクまで行こうとして、その(あいだ)に立ち寄った国、カテドラルで、()()()()()()なんだ」


 と言ってくれたことで、私は『……そうだったの……?』と、アルや、ルーカスさん、それからお兄様と一緒に、セオドアの言葉に耳を傾けていく。


 その言葉を聞いて、お兄様もルーカスさんも、セオドアが言う『再会』という言葉に引っかかったらしく『セオドア、お前、カテドラルで、二人に再会したってことは、以前にも会ったことがあるってことだよな? 一体、どういう関係なんだ……っ?』と、ルーカスさんが質問してくれて……。


「あぁ、元々、ノクスの民として、同じ民族同士、コミュニティーを築いて身を寄せ合ってた頃に出会ってたんだが、その頃は、何つうか、俺もガキだったし、部族の一団に馴染めなかったことで折り合いが悪くてな。

 ただ、俺自身、前に、姫さんには、シュタインベルクに行く際に、辿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話したことがあっただろ?

 ライナスとスヴァナは、俺が出会ったその同胞とも仲が良くて、俺は、ソイツ経由で、一時期、この二人とも、成り行きで、ちょっとだけ一緒に過ごしてたことがあってな。……その関係での縁になる」


 と、セオドアが話してくれた内容に、私は『そうだったんだね……!』と納得しつつも、その頃のセオドアについて、同じノクスの民であるその人が亡くなってしまったことに、大丈夫だったのかと思わず心配の気持ちが先立ってしまって、その顔を気遣うように見上げてしまった。


『シュタインベルクに行く際に、辿り着くことも出来ずに死んでいった同胞』


 という言葉には……、私自身も覚えがある。


 セオドアと初めて出会った時に言われたその言葉に、少なからず衝撃を受けてしまったことや。


 本当なら、言いたくなかったかもしれないのに、紅色の髪を持って生まれたことで周りの人達から蔑まれてきた私の境遇を気遣って、セオドアが、その話をしてくれたことも含めて、全て……っ。


 だからこそ、続けて……。


「その男……、俺たちの同胞だったアベルは、俺が、奴隷制度を撤廃しているって噂を聞いて、シュタインベルクに行こうと思っていた矢先に出会った奴なんだが、俺と出会った時にはもう、あと、一週間ほどくらいの命で、死にかけてたんだ」


 と、私達に向かって重い過去を思い出すように、セオドアがアベルさんについて話し始めてくれたことで、私は驚きに目を見開いて『セオドアから、直接その話しを聞いたことはなかったけど、今まで、そんなことがあったんだ……っ!』と、初めて聞くその話に、セオドアの過去に想いを馳せながら、ただただ胸が苦しくなってきてしまった。


 セオドア曰く、アベルさんは、シュタインベルクとソマリアの中間くらいの距離に位置する小さな国、カテドラルで出会い、シュタインベルクとカテドラルの距離がそこそこ離れていることから、シュタインベルク行きのための馬車賃を稼ぐのに、自分の身体能力を生かして、日雇いで、用心棒のような仕事を請け負ったりするようなこともしていたみたいなんだけど。


 ノクスの民であることの過酷さというものは、今まで、私自身もセオドアから話を聞く度に、分かっていたつもりだったものの。


 世の中には、本当に最低な人達がいっぱいいるもので……。


 『奴隷にしてしまう方が、これからもずっと継続して、正規の値段で用心棒で雇い続けるよりも金銭的なコストが抑えられる』という理由で、更には、売れば、高値のつくノクスの民だということもあり。


 アベルさんがシュタインベルクに行こうと資金を貯めているのを『この国から離れられると、それだけで自分達にとってはあまりにも惜しいことになる』と、用心棒として雇われていた人達から、いいように騙され、その身を狙われてしまっていたらしく、継続的に、徐々に体調不良になるよう、効き目がゆっくりな毒を飲ませられて弱らせるようなこともされてしまっていたみたい。


 更には、表ではアベルさんに親身に寄り添うような態度を見せながら優しくして、『最近、身体が重い』と、自分の体調の変化に、アベルさんが気づき始めた頃も……。


『あぁ~っっ、確かに、それは心配だよな。

 アンタには日頃から良くしてもらっているし、……ほら、これ飲めよ。身体に良く効く薬なんだっ!』


 と、毒に対して効果はないけれど、鎮痛剤としては効くと言われている薬を敢えて渡して、自分達を信用するように仕向けながら、アベルさんが抵抗出来ないほどに弱ったところで、カテドラルで商売をしている奴隷商に『奴隷の証しでもある焼印(やきいん)』を押してもらうことで、自分達の奴隷にするつもりだったのだとか。


 私自身、本当に、そういった制度なんてなくなればいいのにと感じるほどに歯痒く思ってしまうんだけど……。


 奴隷の証しである焼印については、国によって、有償ではあるものの、人権が保護されていた人から奴隷に落とすために、犯罪を犯したことで奴隷にされる人や、負債を抱えて、立ちゆかなくなった人の身売りなどといった正規のものだけでなく。


 人攫いなどに関して、裏の商売として、()()()()()()()()()()()()()()()ところがあるというのは、私も知っていた。


 正規のものに関しての審査は厳しめだけど、裏で商売をしているようなところだと、その審査は、割とゆるゆるで、あまりにも、綺麗な身なりをしているような人に対しては、高貴な身分であることから、万が一にも何か問題があってはいけないと厳正に審査されるものの。


 身元の保証がされていないことや、どうみても、一目で、スラムなどで暮らしていたと分かるような孤児、それから、人々から忌避されているノクスの民といった人達だと、殆ど、碌な審査などもせずに、奴隷の証しである焼印を付けてしまうことも多いみたい。


 だからこそ、貴族の子供を誘拐して人攫いのようなことをした場合、敢えて、その身体を汚して、身なりをみすぼらしくしてから、奴隷商のもとに連れていったりする人も出てきたりしてるんだよね……。


 しかも、アベルさんは、頻繁にその人達に用心棒として雇われながら、弱っていく体調に、流石に可笑しいと気付いて、彼等に対して『自分に、何かしたんじゃないか……っ』と問い詰めてみたものの。


 その時にはもう、全てが遅くて、弱ってしまったアベルさん相手なら、どうにでも出来ると、高を括っていた依頼主である三人組の男達が、アベルさんに対してやっていたことについて『全ての事情』を暴露してから、更に弱らせようとして、よってたかって暴力を振るってきたことで、アベルさん自身も身体能力の高いノクスの民だから、それに抵抗して、何とか、命からがら逃げ出せたのまでは良かったんだけど。


 ……依頼主だった男達が、アベルさんに使っていた毒は『解毒剤』がないと、()()()()()()()()()()()()()だったんだとか。


 それも、依頼主の中に、薬師(くすし)がいたらしいから、彼等は自分が調合した薬や毒を駆使して、アベルさんの身体をコントロールし、アベルさんが奴隷の身分に落ちてしまったあとに解毒剤を飲ませて対処しようとしていたんだろうけど。


 その解毒剤については、かなり特殊なもので、アベルさん自身が購入出来るような代物ではなく、アベルさんがシュタインベルク行きのために貯めていたお金を全て使っても、全然足りないほどに高価な解毒剤(もの)で、誰も購入することが出来なかったみたい。


 その話を聞いた時、本当に救いがないようなもので、『そんなっっ! アベルさんは何も悪いことなんてしていないのに……!』と、思わず小さく悲鳴染みた声をあげながら、私は、グッと息を呑み込んでしまった。


 ノクスの民が、普通に生まれた一般の人達よりも危険に晒されてしまいやすいのは知っていたけれど、生まれてからずっと、そんなことが続いていてしまっていたら、セオドアやノクスの民の人達が人を信じられなくなっていくのも凄くよく分かるし、本当に、心の底から胸が痛くなってしまうくらいに、あまりにも酷すぎて、絶句してしまうほどだった。


『一体、どうして、そんなことが、平気で出来てしまうんだろう……っ?』


「それで……、死にゆく爆弾を抱えながらも、アベルが、男達から何とか命からがら逃げ出せたところで、狭い路地裏で行き倒れそうになっているところを、偶然、俺が見つけてな……。

 大けがを負っている奴を、そのまま放置する訳にもいかねぇし、ひとまず、自分が泊まっていた宿にまで連れ帰って、面倒を見ることになったんだが。

 アベルから事情を聞いて、怪我どころか、毒まで飲ませられてたんなら、せめて、最期くらいは、誰か知り合いに看取ってもらった方が、アベルのためにも良いんじゃないかって思って……。

 ……それで、時期は被ってなかったんだけど、アベルが、俺も世話になってたノクスの民の一団と関わりが深いって知って、更に、ライナスと、スヴァナとは仲が良いっていう話しを聞いたことで、丁度、その頃、ノクスの民の一団が隣町に来てるって噂を聞いてたから、もしかしたらって感じて行ってみたら、ビンゴだったって訳だ」


「……ええ、そうなんです!

 それで、セオドアが、アベルのために、わざわざ俺等に会いにやって来ることで、その最期は、俺と、スヴァナと、セオドアの3人で看取ることになったんだよなっ。

 その頃の、セオドアっていやぁ、マジで、手がつけられないくらいに(よど)んだ目をして、誰も信じられねぇから寄せ付けねぇってツラしてたんですが、それでも、アベルのことは放っておけなかったみたいで、アベルの傍で、一緒に過ごしていく内に、セオドアは相変わらずクールな感じだったけど、意外に面倒見が良くて、段々、普通に話せるようにまでなってきて……っ」


「まぁ……、あの頃の俺は、マジで誰のことも信じられなかったからな。

 アベルのことも、最初は、同胞だから、放っておけなかっただけだ。

 シュタインベルクに来て、姫さんに出会うまでは、俺自身、本当にずっと、人を疑って生きてきたし、一人で生きるのが当たり前だって思ってたからな。

 それで、こいつらとは、そこで縁が出来て、アベルが死んだあとは、二人と一緒に、あいつを近くの森の中の土に埋めてやって、簡易的な墓も作ってやったんだが……」


「……っっ! セ、セオドア……。アンタ、本当に、そのお姫様のこと……っ。

 いやっ、! てっ、ていうか、セオドアが誰も信じられないっていうのが分かるくらい、本当に、どいつもこいつも最低の屑野郎だったからねっ!

 アベルのことは、アタシ達以外、本当に誰も興味がないってばかりに冷たくしてさっ!

 宿屋の親父だって、人が一人死んでるのに、ノクスの民を泊めているだけでも微妙なのに、死人が出てたら商売あがったりだからって、早く代金を寄越して、出てってくれって言い出すしっ!

 あたし達が、本当のことをっ……、アベルが毒を盛られていたことを、どれだけ訴えたって、カテドラルの憲兵は碌に話も聞いてくれないで、何もしてくれなかった!

 何なら、アベルを雇ってた依頼主がカテドラルの国民だっていう理由だけで、不当に守り抜いて、アタシ達のことを、ノクスの民だからって、頭ごなしに嘘つき呼ばわりして、迷惑者と言わんばかりに厄介者払いにしてさっっ!

 アタシ達が生きてんのは、そういう世界なんだって、本当に、思い知らされるようなことばっかりだったんだ……っ、!」


 そうして……。


 セオドアの説明に続けるようにして、ライナスさんと、スヴァナさんが事の成り行きと事情を話してくれたんだけど、スヴァナさんが震える声で吠えるように強い言葉を発したあと、それ以上は、言葉にならない様子で押し黙ってしまった。


 ほんの僅かばかり、珍しく、伏し目がちになってその話をしてくれた、セオドア自身もきっと、そのことが今も消えない傷みとして、ずっと心の奥底には残ってしまっているのだと思う。


 それだけじゃなくて、今まで、セオドア自身もそういう思いは沢山してきて、この世界、そのものに傷つけられてきたと思うから……。


 セオドアが、心の中でずっと抱えている見えない重石(おもし)を、ほんの少しでも取り除くことが出来ているのだとしたら良いなと心の底から思う。


 3人から話しを聞いたことで、重い沈黙が辺りを支配する中で、私自身も、何て声をかければ良いのか、ほんの少し躊躇ってしまったものの。


 それでも『……そうだったんだね。セオドア、話してくれてありがとう……っ!』と、セオドアの方へと視線を向けてから、ライナスさんと、スヴァナさんにも『お二人にとっても、お辛い過去だと思いますのに、私に話してくれてありがとうございます』と、ぺこりと、頭を下げた。


 その言葉に、ライナスさんも、スヴァナさんも凄く驚いたような表情で一瞬、その目を大きく見開いていたけれど、それでも、二人とも、直ぐに、何とも言えないような複雑そうな表情に変わっていってしまった。


 私達がソマリアの外交相手で留学生だからこそ、丁重におもてなしをしなければいけない相手だというのは、二人とも理解してくれているみたいだし、接してくれる時は勿論、きちんとした態度で話してはくれているものの、そこには、どうやったって超えられないような絶対的な壁がある。


 二人が、生まれだけで差別されて、人々から忌避されてしまっていた『ノクスの民』である以上、多分だけど、これまでの境遇から、根本的に、出会って直ぐには、人のことをあまり信用出来ないという気持ちが根付いてしまっているのだと思う。


 ――私が初めて出会った頃の、セオドアのように……。


 ……それでも、さっき、スヴァナさんが『()()()()()()()()()()()が、アタシの腕を買ってくれた』と言っていたけれど。


 セオドアが私のことを信頼してくれているように、ソマリアの上に立っているような人達の誰が、スヴァナさん達を後援しているのかは分からないものの、ギュスターヴ国王陛下や、ノエル殿下、レイアード殿下、それから、ダヴェンポート卿などといった誰かのことを、二人は、心の底から信頼することが出来ているのかもしれない。


『それはきっと、凄く良いことだよね……っ』


 そうして、セオドアも、一纏まりの部族として、ノクスの民の一団の中にいたライナスさんや、スヴァナさんが、ソマリアにいることを不思議に思ったようで『ていうか、お前らは、本来、部族の奴らと行動していた筈だっただろ……っ? まさか、何かあって、抜けたのか……っ?』と確認するように問いかけていたけれど。


 ライナスさん曰く、自分達は部族を抜けた訳じゃないし、彼等とは恩もあって未だに繋がっているものの。


 彼等に混じって、放浪の民であるノクスとして、世界各地を旅することはやめて、3年ほど前から、ノクスの民である自分達を積極的に雇ってくれるようなことをし始めたソマリアで、スヴァナさんと一緒に生活を送ることになったみたい。


「で……でもさ、アタシ、また、セオドアに会えて、本当に嬉しいよっ!

 シュタインベルクに行くってのは、勿論分かってたんだけど、そこでも、もしかしたら酷いことをされたりしてるんじゃないかって、ずっと心配してたんだ。

 それで……、もう、アンタには、二度と会えないんじゃないかって思ってたしさ。

 ……っていうか、こうして、この場所にまた、前のように集まれたってだけで奇跡みたいなもんだし、今度、一緒に、ライナスと3人で、城下で酒でも飲んで、語り尽くさないかっ!?

 こう見えて、アタシ、美味い店、知ってるんだっっ!」 


 そうして、スヴァナさんが、セオドアとライナスさんに向かって、感動の再会を喜びあうように、そう伝えながら、セオドアを誘ってきたことで、『あー、いや、有り難い申し出だとは思うが、俺は……』と、この場においても、私のことを一番に気に掛けてくれつつ、すぐさま、断ろうとしたセオドアに、私のことがあるから、そう言ってくれているんだろうなというのが分かって、私はふるふると、首を横に振ったあと。


「セオドア……、折角のお誘いだから、みんなで、お食事に行ってきたらどうかな……?

 積もる話もいっぱいあるだろうし、二人とも、セオドアに会えて凄く嬉しそうだよ……っ?」


 と、声をかければ、セオドアが、ほんの少し躊躇った様子ながらも『俺は姫さんの傍にいられたら、それだけで幸せだからな』と言ってくれるのが聞こえてきたことで、私は、それでも折角の機会だし、もしかしたらこの機会を逃したら、もう、この三人だけでは集まれることはないかもしれないと感じて、私のために、セオドアには窮屈な思いはしてほしくないということもあり……。


 『それでも、3人で、思い出話に花を咲かせて積もる話もきっとあるんじゃないかな……?』という視線を向けると。


 最終的に……。


「分かった。俺も、久しぶりに、同胞に会えて嬉しいのは確かだし、姫さんが、そう言うなら……。

 ……でも、本当に、ちょっとだけだし、直ぐに帰ってくるつもりだ。

 アルフレッドや、ルーカス、それから、ウィリアムも、その傍にいるってのは分かってるが。

 あまり、慣れてもいないソマリアの土地で姫さんを置いていくだなんてっ、俺の方が不安で仕方がないからな!

 俺が姫さんの傍にいたいっていうだけだから、姫さんは、自分に遠慮して、そう思ってんじゃないかとかは、思わないようになっ」


 と、私の方を見つめながら、心配そうにそう言ってくれて、そのことについては凄く嬉しかったものの、本当に、私のことについては何も気にしないで、気兼ねなく行ってきてくれたら良いのになと感じてしまった。

 

 だけど……。


 それ自体は、凄く喜ばしいと感じていたし。


 同郷のノクスの民である二人に久しぶりに会えて色々と話すことが出来るのは、きっと、セオドアにとっても凄く良いことで、ライナスさんとスヴァナさんとも、これまで会えなかった分だけ、色々な話が出来ることを思えば、私がそのことに口を挟む方が可笑しくて、セオドアのことを縛りたくないと感じているのは、偽ることもなく、自分の心からの本心だったものの……。


「……っっ、! ……ああ、ほらっっ。

 ……お姫様……、皇女様……、も、こう言ってんだし、それなら決まりだね、セオドアっっ!

 ていうか、わざわざそんなこと聞いて、私生活のことを、お伺い立てなくちゃいけないって訳じゃないんだろっ? それなら、ちょっとくらい良いじゃないかっ!

 アンタが、皇女様の護衛騎士だなんて、未だに信じられないけど、快く送り出してくれるような御方で、良かったよっ。

 3人で飲み明かすのだなんて、本当に、いつぶりだいっ!?

 ライナスも交えてさっ、アンタと、あの頃のことを話せるの本当に楽しみで仕方ないんだけどっ!

 そうと決まったら、色々と、行く店の候補についても考えておくよっ!

 また、日程については、こちらから話させてもらうことにするから……っ!」


 と、気安い人に接するような距離感で、バンバンとセオドアの肩を叩きながら、『王都で会う時は、いっぱい酒も飲んで、語り尽くすつもりだからねっっ!』と、嬉しそうに、はしゃいだ様子をみせる、スヴァナさんを見て……。


 ――ちょっとだけ、もやもやっと、原因がよく分からない(かげ)りのようなものが、ほんの少し、心の中に芽生えてしまったあと……。


『あ、れ……? おかしいな……? 何か、胸が、痛い、かも……?』


 と、ツキン、と、刺すような胸の痛みに、私は、びっくりしながら戸惑ってしまった。


 ノクスの民であることで、共通点も凄く多いだろうし、6年以上ぶりに会えた友人同士なのだから、スヴァナさんと、ライナスさんと、セオドアが仲良くするのは、良いことの、筈だよね……?


 そうは思うのに、どうして、こんな気持ちになってしまったんだろう……?


 私が一人、そのことに困惑して、頭の中をはてなでいっぱいにしながらも、ちょっとだけ、不安感を覚えながら、胸に手を当てて首を傾げ、セオドアとスヴァナさんとライナスさんの方を見つめれば、ライナスさんが『おっしゃ、決まりだなっ!』と言いながら、二人の肩を抱くようにして話しかけていて、凄く楽しそうで、そのことを良かったと思う反面……。


 瞬間的に、あまりにも良くない感情が自分に芽生えてしまったことで、それを隠そうと必死になって、セオドアには、バレないように取り繕った私のことを……。


 ルーカスさんや、お兄様、そうして、アルが見てくれていることには気付かずに、私は、ただ、きゅっと傷む胸を不思議に思いながら、そのことに蓋をして、スヴァナさんと、セオドアと、ライナスさんの遣り取りを見つめて、『久しぶりに会えて、本当に良かったね……!』と、にこっと、セオドアに向かって微笑みかけることにした。


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♡正魔女コミカライズのお知らせ♡

皆様、聞いて下さい……!
正魔女のコミカライズは、秋ごろの連載開始予定でしたが、なんとっ、シーモア様で、8月1日から、一か月も早く、先行配信させて頂けることになりました!
しかも、とっても豪華に、一気にどどんと3話分も配信となります……っ!

正魔女コミカライズ版!(シーモア様の公式HP)

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1話目から唯島先生が、心理的な描写が多い正魔女の世界観を崩すことなく、とにかく素敵に書いて下さっているのですが。

原作小説を読んで下さっている方は、是非とも、2話めの特に最後の描写を見て頂けたらとっても嬉しいです!

こちらの描写、一コマに、アリスの儚さや危うさ、可愛らしさのようなものなどをしっかりと表現してもらっていて。

アリスらしさがいっぱい詰まっていて、私は事前にコミカライズを拝見させてもらって、あまりの嬉しさに、本当に感激してしまいました!

また、コミカライズ版で初めて、お医者さんである『ロイ』もキャラクターデザインしてもらっていたり……っ!

アリスや、ローラ、ロイなどといった登場人物に動きがつくことで。

小説として文字だけだった世界観に彩りを加えてくださっていて、とっても嬉しいです。

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本当に沢山の方の手を借りてこだわりいっぱいに作って頂いており。

1話~3話の間にも魅力が詰まっていて、見せ場も盛り沢山ですので、是非この機会に楽しんで読んで頂ければ幸いです。

宜しければ、新規の方も是非、シーモア様の方へ足を運んでもらえるとっっ!

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※また、表紙や挿絵イラストで余す所なく。

ザネリ先生の美麗なイラストが沢山拝見出来る書籍版の方も何卒宜しくお願い致します……!

1巻も2巻も本当に素敵なので、こちらも併せて楽しんで頂けると嬉しいです!

書籍1巻
書籍2巻

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✽正魔女人物相関図

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+注意+

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