517 勘違いによる互いの攻防戦
此方を見て、快活な雰囲気と明るい声色で嬉しそうに声をかけてくれたオルブライトさんに、私達自身、食事を食べ終わったあとということもあり……。
この食堂で話していると、他の学院生達の邪魔になってしまうからと、午後の授業が始まる前に、まだまだ時間もあるということで、食堂の奥に休憩出来るスペースとして、学院生達がゆったり出来るような場所として用意されていた談話室へと向かうことになった。
部屋の中は、全体的に黒や茶色などといった家具が並び、シックな大人の雰囲気で統一されていながらも、一般の王城や貴族邸などにある談話室として少人数が寛げるスペースではなく、学院という大勢の人達が通う場所だからか、食堂ほどではなかったものの、高級感のある作りではありつつ、かなり広い室内となっていた。
その中でも、特に大きなスペースとして、大人数でも腰掛けることが出来るソファー席へと辿り着くと、皇族と一介の貴族としての立場を考えて、私達が座るまで待って、遠慮している雰囲気だったオルブライト伯爵に。
「どうぞ、私に遠慮なく、先にお座りになってください」
と、座るように促して、この場にいるみんなが座ったのを確認してから、金糸や銀糸などで、ビロード模様を織った布地が使われているソファーに、私自身も腰掛ければ、この学院で、給仕用に雇われている使用人のような格好をした人が『宜しければ、皆様、紅茶は飲まれますか?』と私達に紅茶を勧めに来てくれた。
聞けば、この学院では、食堂やラウンジに来れば、いつでも無料で温かい紅茶を提供して貰えるのだとか。
そうして、折角だから、人数分の紅茶を頼んだあとで、今回、オルブライトさんのことをサポート役として手配してくれたのは、ソマリア側ではあったものの。
もしかしたら、ソマリアの王族であるノエル殿下や、レイアード殿下といった人達とは初めて会うかもしれないと思いながら、オルブライトさんが『シュタインベルクの貴族』であることからも、私の方から、一言、紹介させてもらった方が良いだろうなと感じて……。
「もしかしたら、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが。
改めまして、こちらの方は、シュタインベルク国内の貴族でもある伯爵家当主のオルブライト卿です」
と、テーブルを囲って、私の正面側に座ってくれていたノエル殿下や、ソマリア側の面々に、オルブライトさんのことを紹介すれば……。
「ただいま、皇女様より、ご紹介に預かりました、私、オルブライトと申します……っ!
この中では、バエル殿とは、一度お会いしたことがあって、軽く、ご挨拶をさせてもらったことがありますよね。
私自身、船の中のカジノの場にもいたので、もしかしたらその時に、顔を見て下さっているかもしれませんが、ノエル殿下や、レイアード殿下と、直接、話させて頂くのは初めてのことで……っ。
ソマリアでは、他に、宰相のダヴェンポート卿や、外交官のヨハネス殿などとも、遣り取りをさせてもらったことがありますが、王族の方々に、直々に、お目にかかれて、本当に光栄です。
どうぞ、お見知りおき下さい!」
と、椅子に座ったオルブライトさんが、どこまでも真面目な雰囲気で居住まいを正しながら、ノエル殿下やレイアード殿下、それからバエルさんといったソマリア側のみんなに、柔らかい笑顔を向け、ぺこぺこと腰が低い様子で、ハツラツとした挨拶をしてくれたのがみえた。
「あー、そういやぁ、カジノの場にいたよな……っ!
確か、無欲な雰囲気だったアリス姫が、あまりの幸運で、思いっきり稼いでた時に隣にいて、一緒にその恩恵を受けていた御仁じゃなかったか……っ?
俺自身、あまり堅苦しいのが得意じゃなくて、こんなふうな接し方しか出来ないが許してくれ……!
オルブライト伯爵だな。これから、何卒、宜しく頼む」
「……レイアード、です。よろしく……」
「オルブライト殿、お久しぶりですね。
また、お会いすることになるとは思いませんでしたが、仰る通り、私自身は、一度だけ、軽いご挨拶をさせてもらったことがあったかと思います。
あぁ、そうだ、確か……、オルブライト殿は、シュタインベルク国内でも重要な家臣とされている、外交官であるスミス殿や、シュタインベルクの財政を担っているノイマン殿などとも関わりが深いんだったとか……っ」
そうして、ノエル殿下とレイアード殿下、それから、バエルさんの順番で、それぞれ、オルブライト伯爵の方へと視線を向けて挨拶を返してくれるのが見えたあと。
頼んでいた紅茶が人数分運ばれてきたことで、私はそれを受け取りながらも、バエルさんから、ふと思い立ったように、オルブライト伯爵が宮廷伯の人達とも関わり合いが深いのだと知らされたことで、目を丸くしてビックリしてしまった。
「……っ、えぇっ、そうですね。
ですが、それだけでなく、私自身、本当に、もの凄く有り難いことに、シュタインベルクの重鎮である総務部官僚のヴィンセント殿や、それから法務部官僚のベルナール殿とも深く関わらせて頂いていますっ。
宮廷伯の方達の中では、唯一、環境問題官僚のブライス殿と関わりがないくらいで、他の方達とは、それぞれに懇意にさせて頂いていますよ!
ソマリアでもそうですが、国の政に関わっている方などから、直接お話しが聞けるというのは、本当に、それだけで貴重なことですからな……っ!
特に、リーダーシップがあって、掲げているビジョンが明確であればあるほどに、尊敬の念も抱いてしまうというもの……。
私自身、若輩者ですから、国のトップに近しい方々との遣り取りで、日々、勉強することばかりです……っ!」
そのあと、バエルさんの言葉に、人の良さそうな雰囲気で『まだまだ、自分は勉強しなければいけないことばかりで教えを乞うことの方が多い』のだと言わんばかりに、宮廷伯達について尊敬しているのだと力強い瞳で力説する、オルブライトさんの姿には、嘘は混じっていないように見えて……。
混じりけのないその説得力のある言葉に、もしも、オルブライトさんが、宮廷伯の人達と日頃から親しく接しているのなら『オルブライトさん経由で何か聞けたりしないだろうか』と、宮廷伯の面々を慕っている様子のオルブライトさんには申し訳ないけど、私は、そういうことも視野に入れて動いた方が良いだろうな、と内心で思う。
というのも、巻き戻し前の軸の時に、ギゼルお兄様を諭したであろう皇宮に轟いているかもしれない悪意の目については、まだまだ摘み取れていないし、それが『テレーゼ様』でなかった以上、巻き戻し前の軸の時のように、私が16歳になった『この年』に、私に対して何か悪意を持って動き始める人がいるかもしれないとは、私自身も、以前から、ずっと警戒していた。
ただ、私自身がそのことを周りの人達に話すには、6年もの時を巻き戻したことも含めて、伝えなければいけなくなってしまうし。
何より、今の軸では、私に対して、精一杯、兄として接そうと努力をしてくれている上に、そうじゃなくても、テレーゼ様のことで色々と思い悩んだまま、この6年の時を過ごすことになってしまったギゼルお兄様に『妹殺しの汚名』を着せるようなことは出来なくて、私は、そのことを、みんなにはずっと黙ったまま、自分だけの力で、何とか尻尾を掴めないかと思ってたから、これまでは、中々思うように犯人捜しの成果も得られず、進展もなかったんだよね……。
それでも、未来で、私を、あんなふうに冤罪に追い込むことが出来る人がいるのだとしたら、ある程度、宮廷伯などといった名のある役職についている人なんじゃないかと思うし。
もしも違ったとしても、それに近しい補佐官の人達など、皇宮でも高位の役職を持った人達に限られるんじゃないかとは思う。
これまで、騎士団長が騎士団を私物化していた一件で、騎士団という組織に根深く存在していた『騎士団長の好き勝手な振る舞いと、個人的なルール』がまかり通ってしまっていたことで、そのことについて何とか騎士団を良い方向に是正して、組織自体の雰囲気が少しでも良くなるようにと、元々、宮廷伯の人達のことは、誰が騎士団長に賛同している雰囲気などがあるのかといった方面で、探っていたりはしたけれど。
私とも凄く仲良くしてくれている、宮廷伯の一人である環境問題の官僚のブライスさんの性格などは良く知っているから別としても、それ以外の宮廷伯の人達の情報に関しては、本人と直接話をする以外では、中々、客観的に見て、他の人達から情報などがもたらされることって滅多になくて。
オルブライトさんが宮廷伯の人達と親しいのなら、彼等の補佐官などとも遣り取りをしていることもあるだろうし、そういった人達のことを幅広く教えてもらえることで、何か見えてくるものもあるんじゃないかなと感じるから……。
「オルブライトさんって、宮廷伯の方達とも親しかったんですね……っ。
あの……、私自身、宮廷伯の方達とは、これまでにも、パーティーなどで色々と会話をさせて頂くことも多いのですが、以前から、皇女として、国の政治を担っている方達がいる各部署のことなどは、より詳しく知っておきたいなって思ってたんです……っ!
良かったら、宮廷伯の方達は勿論のこと、色々な部署にいらっしゃる補佐官のことなど、オルブライトさんが尊敬していると言っている方々から聞いたお話などを、私にも詳しく教えて貰えませんかっ?」
そうして、私が、もしも、オルブライトさんが色々なことを知っているのだとしたら、宮廷伯の面々だけではなく、シュタインベルクの政治を担っている各部署の事情などについても教えてもらえたら嬉しいと、失礼にならないように、明るい表情で、お願いするように声をかければ、オルブライトさんの瞳が、驚くように大きく見開かれ……。
「……っ、いやはや、これは驚きました。
宮廷伯の方々とも、ある程度、顔見知りでいらっしゃる皇女様が、更に、各部署のことなどに関しても熱心に聞きたいと感じていらっしゃるほど、政治に、ご興味がおありだったとは……。
流石は、これまでにも、陛下に何度も進言して、我が国をよりよい方向へと変えてこられた方なだけはある。
これまでも、多才なまでに、幅広い分野で、ご活躍されていて、アリス様自身、聡慧であると、国内でも有数の貴族達から賞賛されていますが、私自身、本当に、その姿勢と、慧眼には驚かされてばかりです」
と、私に対して、国内でのことを持ち出して褒めて始めてくれて、私は、ちょっとだけ居たたまれない気持ちになってきてしまった。
主に、国内でも、有数の貴族達から賞賛されているというのは、孫である私のことを可愛がって溺愛してくれているお祖父様だったり、6年前からずっと、子供だった私のことも尊敬の念で見てくれていた環境問題の官僚であるブライスさんだったり……。
ルーカスさんとも親交があって、ソフィアとも仲良くさせてもらっているからか、この6年の間に、頻繁に会うことが多くなって、最大級の感謝と慈愛の籠もったような瞳で見てくれるエヴァンズ夫妻だったり、更には、侯爵家でもある、クロード家の長女であるオリヴィアが『普段から親交もある皇女様は、本当に素晴らしい御方で……』と私のことを絶賛してくれていたりといった、主に、そういった人達からの評価なんだけど……。
どうしてか、みんな、私のことを周りの人達に話してくれる時には、本当に、思わず、こっちが照れて赤面してしまうくらいに、あちこちで、もの凄く大袈裟に褒めてくれているみたいなんだよね……っ。
「それに……、私自身はそのようなことを思ったことは一度もなく、アリス様ご自身が聡明で、特別、優れているのだと感じていますし。
決して、悪いようには取らないで頂きたいのですが、国内でも、まことしやかに囁かれている噂として、もしかしたら、アリス様は何かしらの魔法が使える魔女なのではないかという噂もあるくらいなんですよ」
そうして、オルブライトさんの口から、どこまでも申し訳なさそうに『国内でも、いつも、画期的な提案を陛下に進言していらっしゃる皇女様ですので、みな、興味が尽きないようでしてなぁ……』と補足してくれた上で、降ってきた言葉に。
『……そんな噂が、いつの間に出てしまっていたの……っ?』と、内心でビックリしながらも、その言葉を聞いて、それまで私達の話を黙ったまま聞いてくれていた、セオドアや、お兄様、ルーカスさん、アルの視線が、ピリッとしたあとで、みるみるうちに、ちょっとだけ険しいものになっていくのを感じてしまった。
――魔女であることもそうだけど、私が『魔女の寿命を治すことの出来る魔女』だということが、万が一にも誰かの耳に入って知られてしまったら、それだけで大変なことになってしまうのは目に見えているから……。
それでも、私が魔女だという事実が噂になってしまっているからじゃなくて、あくまでも、みんな、咄嗟に表情を取り繕いながら、主人や、妹、それから親しくしている間柄として、私のことを心配してくれている体を装って『間違った噂が出回っている』と印象づけてくれるようにしてくれながら、オルブライトさんに険しい表情を向けてくれているのだということは、私にも理解出来た。
誰が最初に言い出したことかは知らないけれど、私自身も戸惑ってしまったように、私以上にセオドアやお兄様達の方が『私の秘密については守らなければいけない』と感じてくれて、多分、内心では、穏やかではいられずに、その噂については、到底、看過出来ないと思ってくれているのだと思う。
だからこそ、咄嗟に、私自身も自分の体裁を取り繕いながら『そんな噂が出回っているだなんて知りませんでした……っ』と、純粋に、そのような噂が出回ること自体、想定外のことで驚いてしまったと言わんばかりに、オルブライトさんの方へと視線を向けていく。
「一体、どこから、そんな根も葉もない噂が出ているんだ?」
そのあとで、オルブライトさんに向かって、そう質問をしてくれたのはお兄様だった。
「あぁ、いや……、こういった噂を自分から口にしておいて何なのですが、私自身も、実際の噂の出処については詳しく知らないんです。
こういった噂は、一度、広がってしまうと、もとを辿るには苦労をするものですから……っ。
ただ、皇女様は10歳という年齢で、幼い頃から、色々なことを陛下に進言して、この国を変えてこられたでしょう?
一時期、我が国で問題になって、頭を悩ませる種だった水質汚染の件も解決し……。
魔女や赤を持つ者への人権を保護するのに積極的になっていたり、観光船などの開発で、我が国から船を出すというような案も出されていたり、その他にも、実に、この6年の間、様々な場面で人を助け、国益になるようなことをされてきている。
ですから、皇女様に何かしらの能力があっても可笑しくないのではないかと、そのような噂が出てしまうほどに、それだけ皇女様が素晴らしいことの証しだとは思います。
幼い頃より、他者よりも優れた才能を持って、その手腕を遺憾無く発揮していることで、そういう目には晒されやすいですし、周りからはどうしても、羨望の眼差しで見られてしまうものですからな……っ」
そのあとで、噂の出処に関しては分からないのだと、どこまでも申し訳なさそうに、そう伝えてくるオルブライトさんに、私は『確かに、それは、そうだろうな』と内心で思う。
その噂に関しても、オルブライトさん自身が広めたものではなくて、社交界で人々を介する間に徐々に広まっていったことならば、オルブライトさんがその噂を聞いた時には、最初に、その噂を広めていった人間ではない人から話を聞いた可能性の方が高いだろうし。
その噂について話をしているのが1人ではなく、その場で、同調するように『自分もその噂を耳にした』と、話すような人達もいるだろうから、何度か、社交界で、そういった噂を耳にしていた機会があるのなら、その根本を辿るのは、どうやったって不可能だろう。
実際に、今まで、私が能力を使用しているところを誰かに見られたことはないものの、どちらにせよ、私が『魔女の特徴』である赤い髪の毛を持っていることは事実なんだし、誰かから、そういうことを疑われてしまう可能性だってあるのだと、もう少し、慎重になるべきだったのかもしれない。
オルブライトさん自身も、その噂を聞いて、多少なりとも『私が能力を持っている魔女なのではないか』と気に掛かっていたから聞いたんだと思う。
だけど、オルブライトさんが、そのことを教えてくれたことで、そういうふうに思っている貴族の人達が、少なからず国内にいるのだと知ることが出来たし『これまで以上に気を付けていかなければいけないよね……っ!』と感じて、改めて、私が意気込むように決意を固めていると……。
「へぇ……っ! アリス姫は、シュタインベルクでも、貴族の方達などといった国の重要な臣下などから、そんなふうに褒められているんだなっ!
周りからの反応をみるに、多分、違うんだろうが、魔女であろうとなかろうと、それだけのことを成すってこと自体が、優秀であることの何よりの証しだろう?」
「えぇ、凄いですね。そのように、臣下の方達からも認められているだなんて……っ!
その若さで色々なことを解決に導いて、国益になるようなこともされているとは……。
それも、国内でも有数の貴族達から、賞賛されているんですよね……? 本当に素晴らしいことだと思います」
と、オルブライトさんの言葉を聞いて、ノエル殿下やバエルさんが驚いたように此方を見て褒めてくれたことで、私自身、そんなに大袈裟に言われるほどのものではないと感じながらも……。
「褒めてくださって、ありがとうございます。
でも、私の力なんて、本当に、あまりにも小さくて……。
国内の政治などに関しても、実際に、私の話を聞いて実行に移してくれる人がいたり、私の意見に賛同して関わってくれた人達のお陰で、凄く良くなっていることなので、決して、私だけの力ではありませんし。
普段から、私の意見を拾ってくれるお父様や、協力してくれるみんなが手助けをしてくれるからこそのことだと思っています」
と声に出して、日頃から自分が思っていることを正直に伝えれば、私と目が合った瞬間に、直ぐに視線をふいっと逸らしてしまったけれど、ちょっとだけ、私の方へと視線を向けてくれていたあとで、レイアード殿下が……。
「謙遜する必要なんて、ないと思い、ます……。
そういうことで……、褒められるのなんて……、なかなか、ないことだから……」
と、言ってくれたことで、勿論、ノエル殿下や、バエルさんからそう言ってもらえたことに関しても嬉しかったけど、まさか、レイアード殿下からも、そんな言葉が返ってくるとは思ってなかったため、ビックリしてしまいながらも……。
顔をあげて、私に対して言葉をかけてみたものの、どうしたら良いのか分からない様子で、何となく決まりが悪そうにしていることからも、本心からの言葉なんだと感じられて凄く嬉しいなと思う。
そんな私のことを見て、セオドアが……。
「あぁ……っ、姫さんのこれは、まさしく謙遜だ。
皇女として、国のために、今までにも色々なことを進言してくれている姫さんのお陰で、シュタインベルク自体が、大きく良い方向に変わっていっているのは事実だからな」
と、補足するように、ノエル殿下や、レイアード殿下、バエルさんに向かって説明してくれて……。
お兄様も、ルーカスさんも、そうして、アルまでもが、セオドアのその言葉に『そうなんだ』と言わんばかりに同意するような視線になったことで、ノエル殿下が凄く興味深そうな視線で私のことを見てきたあと、何故か、レイアード殿下が私の方へと、ちょっとだけ心配そうな表情を向けてきたことで、私は戸惑ってしまった。
ノエル殿下が私に対して興味深そうにするのは、国に有益なことをもたらしていると考えた時には、まだ分からなくもないんだけど、今、この場において、この話の流れで、レイアード殿下が、私の方を見て、心配する理由が分からなくて困惑してしまう。
そのタイミングで、『皆様、もしも宜しければ、2杯目の紅茶のお代わりは、いかがでしょうか?』と、学院で働く給仕スタッフの人から話しかけに来られたこともあって、レイアード殿下が、心配そうに私を見ていたことついて、どうしてなんだろうと気に掛かりながらも、私は、レイアード殿下から視線を外し、2杯目の紅茶については丁寧に断ることにした。
お昼休みの時間は、昼食を食べてもなお、かなり長めに取られているということもあり、午後の授業までには『まだ時間がある』とはいえ。
これから私達は、セオドアが、私と一緒に『魔法研究科』で授業を受けるだけでなく、騎士科の方へと通うこともあり、このお昼の休憩時間を使って、騎士科の方にも、一度、顔を出してみようという話になっていた。
だからこそ、その分の時間も考えれば、いつまでも、このラウンジで、ソファーに座って話している訳にもいかないだろう。
本当は、アルが通うことになる『生物学や天文学』などといった学科にも、時間があって行くことが出来たなら行こうかと思っていたのだけど。
他国から、わざわざ皇女が留学生としてやって来るということは、この学院でも初めてのことらしく。
休み時間は、隣の席に座ってくれていた、ソマリアの貴族であるフェルスティーブ伯爵家の次男だと説明してくれていた、ステファンさんなどといった学院生達から、あっという間に囲まれて、色々と話をさせてもらう時間になってしまったことで。
中々……、アルがこれから、魔法研究科と並行して通うようなことになる、生物学や天文学などといった学科にも『事前に、挨拶程度にでも良いから、一度、顔を見せに行こうか』という話をしていたものの、結局、行けずじまいなってしまったんだよね。
私自身は、魔法研究科に通う学院生のみんなが、ステファンさんも含めて、此方を気に掛けて仲良くしたいと思ってくれている様子だったことに、ホッとしつつも、同じクラスの一員として、これから、一緒に交流を深めていければ良いなとは感じていた。
『勿論、まだ、初日でのことだから、魔法研究科に通う学院生達の全員の名前を覚えられた訳じゃないし。
1人1人のその性格なども掴めた訳じゃないこともあって、何とも言えない部分もあるけれど……』
それから……。
アルや、セオドアが、私から離れて他の学科に通うことになった経緯については、ソマリア側の人達には、万が一にも、私が魔女であり『時を司る』特別な能力者であるということがバレてしまわないようにと……。
私に対しては、あくまでも、それぞれの関係性から過保護にしているだけであって、実際、私のことを、みんなが守ってくれているということについては悟られることのないように、お父様がそれぞれに名目を付けて、あくまでも『留学目的』のために、バラバラの科で勉強することが出来るようにしてくれているという理由がある。
だからこそ、セオドアが騎士科に行っている時は、主に、アルが私の護衛に付いてくれて、アルが生物学や天文学などの学科に行っている時は、セオドアが私の護衛に付くことが出来るようにしながらも……。
あくまでも、必要以上に、私が『周りから、過剰に護衛されている』のだということは、知られないままにするために、お父様が『ソマリア側』の人達と交渉する際に、上手いこと話を取り付けてくれていた。
アル自身、表向き、毒や薬草などに関する知識で、医学の発展に貢献したり、その知識の豊富さで、お父様から信用されている存在だということは、シュタインベルク国内にいる人なら誰でも知っていることだし。
少し調べれば出てくる情報のため『魔法研究科よりも、そういった分野の方が合っているのではないか』と外交相手であるソマリアの人達に怪しまれることがないように、お父様が、この二つの学科にも、アルが自由に行き来出来るように許可を取ってくれたんだよね。
それから、私の護衛に関しては、国内を離れて、ソマリアという異国の地に行くことで、もしも、アルヴィンさんが私のもとへ来た時にも、学院生活だけでなく、王城での暮らしなどにおいても、直ぐに護衛に入って守ってくれるようにと、ウィリアムお兄様とルーカスさんも含めて、私の信頼する人達で周りを固めてくれるように手配してくれていて、本当に有り難いなと思う。
――だからこそ、国内で、私が魔女だなんていう噂が立っているということは、オルブライトさんには、今、この場で言って欲しくはなかったんだけど、噂が流れてしまっている以上、こればっかりは、仕方がないだろうな……。
それに、何も悪いことばかりじゃなくて、私に関して、国内で、そういった噂が立っていると知れたことについては『これから、より一層、気を付けていかなければいけない』という意味でも、良かったことではあるはずだし……。
そうして、私達が、ソファーから立ち上がり、食堂の奥にあった休憩スペースとしてのラウンジを出て、今日は、わざわざ、顔見せのためだけに学院に来てくれたというオルブライトさんが、具体的に、今後、私達に対して、どのようなサポートに当たってくれるのかということについて……。
「顔見知りの方がついて下さるということで、私自身も心強く感じていますが、オルブライトさんは具体的には、どのような感じで、サポートに回って下さるのでしょうか……?」
と、私自身、今回の留学にあたって、私達がソマリアで生活をしていくにあたって『オルブライトさんが、ソマリアでの文化などにも詳しくて、私達の力になってくれるのだ』ということを、事前に聞いてはいたけれど。
ソマリアの王城での暮らしについては、宰相のダヴェンポート卿の直属の部下であるアルフさんがついてくれて、他の使用人達と一緒に手厚くお世話をしてくれているし……っ。
ダヴェンポート卿や、外交官のヨハネスさんといった面々とも食事を共にする機会があったり、ちょこちょこと学院での生活なども見に来てくれたりはするみたいだから、オルブライトさんが私達と関わってくれる上での役回りというところに、あまりピンときていなくて、一番、肝心な部分で、具体的に、どういった感じで、サポートをしてくれることになるのかと問いかければ……。
「あぁ、そうでしたねっ!
一番、肝心な部分をお伝えし忘れていて、申し訳ありません……っ!
私は、主に、ソマリアの貴族の方々が主催する夜会や茶会の架け橋となるべく、それらの要請を引き受ける任を担って皆様にお伝えしにまいったり。
学園での行事などに関しても、何か必要なものなどがあれば、そういったものの手配をしたりと、細々とした雑用などもお申し付け下されば嬉しいです。
特に、殿下達は、ソマリアの土地勘などがないでしょうし、その傍には殆ど、ソマリア側の王族の方々などが付いてくれているとは思いますが、何かあった際のライフラインとして、私を頼って頂けると嬉しいです。
私は、ギュスターヴ王が直々に手配して下さった、ソマリアの王都にある邸宅に滞在させて頂いていますので、そちらへやって来て下さっても構いませんし。
私自身も、定期的に、学院や、王城、それから夜会などで皆様の様子を見に来させて頂きますので、その際に、何かあれば、お気軽に、お声をかけて頂けたらと感じます」
と、オルブライトさんが、丁寧に説明してくれたことで、私の疑問は直ぐに氷解した。
そのあと『それでは、私はこれで、失礼します』と声をかけてくれたオルブライトさんや……。
これから、午後の授業のために纏める資料があるのだと言っていたノエル殿下についていくつもりで。
「では、私達も、ひとまずは、ここで……。
学院内でお困りの事があれば、オルブライト殿だけではなく、私にも、いつでも声をかけて下さいね」
と、声をかけてくれたバエルさんや。
『あ……、じゃぁ、俺も、ここで……失礼します』と、ノエル殿下や、バエルさんとは別行動をすることに決めた様子のレイアード殿下とも別れたあと。
私達は、セオドアやお兄様達と一緒に、この学院に来た時にバエルさんが『ノクスの民の講師がいるのだ』と説明してくれていた、初めての騎士科へと向かうことにした。