515 魔法研究科での初めての授業
ノエル殿下や、レイアード殿下と一緒に、この建物の最上階にある『魔法研究科』に向かうと、講義室と呼ばれている部屋の中には、真ん中から左右二つに別れて、それぞれ縦に5列、横長の机が置かれており、一つの机に対し四つの椅子が並んでいて、特に、自分用に、指定されて決められた席などはないみたいで、私と同じ16歳くらいの年齢の成人を終えた貴族のご令嬢やご子息達が、思い思いの場所に座って、講師であるノエル殿下がやってくるのを待っていた。
そろそろ授業が始まる前と言うこともあって、講義室の中は、その殆どが、このクラスの学院生達で埋まっていて、廊下にいたノエル殿下が、私達よりも先に開いていた扉から講義室の中に入り、普段、講師として勉強を教えているのだろう、一番手前にある壇上へと立ってくれると、それまで、ガヤガヤと賑わっていた部屋の中が、一瞬にして静まり返っていく。
そのあと、ノエル殿下に視線で『入ってきてほしい』と促されたことで、私達も続けて部屋の中へと入り、ノエル殿下の隣に立たせてもらうと、私達の姿を見て、ざわりと、この場が色めき立つように響めいて、誰も彼もが驚いた様子で、こちらのことを気に掛けるように注目を浴びせかけてきた。
「みんな……っ! よく聞いてくれっっ!
このたび、国同士の結びつきを、より強固なものにしていく目的で、今日から、この魔法研究科に、外交のため、シュタインベルクの皇女殿下であるアリス姫と、シュタインベルクで皇族と同等の地位を持つアルフレッド殿が来てくれることになった。
それから、アリス姫の傍に控えるように立っているのは、護衛騎士であるセオドアだ。
ソマリアでは、まだまだ、そういったことへの理解が進んでいないのが現状だが、シュタインベルクでは、赤を持つ者に対しての人権についても守られ始めているということで、魔女関連のことについて詳しく勉強をするために、この魔法研究科に通っているみんなも、そういったことに関して、学ぶ点などは大いにあると思う……っ。
護衛騎士であるセオドアも含め、今回、留学生としてやって来てくれていることで、彼等が、我が国にとって、重要な国賓であることには間違いなく、みんなよりも立場は上であり、大切な外交相手だからこそ最上級の礼儀を持って接するように心がけてくれ」
そうして、そのあと、ノエル殿下が、シュタインベルクの皇族である私達が留学生として、この学園に通うことになった経緯も含めて紹介をしてくれたことで『大切な外交相手だからこそ最上級の礼儀を持って接するように』と、ノエル殿下からそう言ってはもらえたものの、出来ることなら、と……。
私自身、目の前に座っている学院生の人達を、一度だけ、ぐるっと見渡してから、カーテシーを作り出し、頭を下げたあとで顔をあげ、どこまでも柔らかく微笑みかけてから……。
「ただいま、ノエル殿下からご紹介に預かりました。
アリス・フォン・シュタインベルクです。
私自身、シュタインベルクの皇族ではありますが、この学院に生徒として通わせてもらう以上、学院内では皆様と同じで、色々なことを学ぶ立場にあると思っています。
ですので、皆様も、どうか私に対しては、一国の皇女としてではなく、同じ生徒同士として、遠慮なく接して頂けると嬉しいです」
と、声を出して、この場にいる全員に聞こえるくらいの声量で『一国の皇女とはいえ、私も学院に通う生徒という立場は一緒だから気軽に接してほしい』という意味合いを込めて、しっかりと挨拶をしていく。
そんな私の姿を見て、更に、響めくような声は大きくなり、あちこちで、戸惑ったような声が聞こえてきたのを感じ取りながら、私は、内心で、無理もないな、と思ってしまう。
今回の留学に関しては、シュタインベルクとソマリア同士、国の間で取り決められたものであり、その情報については、どちらの国でも『国内の政治』に深く関与しているような、一部の家臣達しか知らないことでもあったから、学院に通っている彼等には、事前に知らされていなかっただろうし……。
幾ら、普段から、ピアスや、指輪、マントといったもので、好んで赤を身に纏うと言われているノエル殿下について見慣れているといっても、同じように、赤色を身につけて、この学院に通うことになった私達の姿を見て、ビックリしてしまったということもあると思う。
それに何よりも、シュタインベルクのみならず、ソマリア国内でも、私の悪評については轟いていただろうから、この6年で、良い噂なども流れ始めて大分マシになってきたとはいえ、シュタインベルクの皇女である私が、ソマリアの第一皇子であるノエル殿下の口から直々に『貴重な外交相手だから、丁寧に接してくれ』と紹介されたことに驚いてしまっのだということは明らかで。
その上で、私に対して向けられる彼等の視線が、嫌悪感や悪意の混じったようなものではなく。
ノエル殿下から『貴重な外交の相手』と言われたことと、今の私の態度を見て、純粋に、『世間で流れている噂とは、大分、違うのかもしれない』と思ってくれたみたいで、その戸惑いの視線が、特別、悪いものじゃなかったことは、私にとっても凄く有り難く、『良かった、これなら、みんなとも普通に話すことが出来そう……』と、私は、ホッと胸を撫で下ろした。
「アリスと一緒で、シュタインベルクからやって来た、アルフレッドというものだ。
ソマリアの学院に通うにあたって、僕自身も、気兼ねなく接してもらえたら嬉しいと思っている。
気軽に、アルフレッドと呼んでほしい。……これから、宜しく頼む」
そのあと、続けて、アルが挨拶をしてくれるのを待ってから、私達は、ノエル殿下から『好きな席に座ってくれ』と声をかけてもらえたこともあり、私達がノエル殿下に紹介してもらっていた間、講義室の一角で、バエルさんと共に控えるように立ってくれていたレイアード殿下とも、なるべく、一緒に座った方が良いんじゃないかと思って声をかけようとしたんだけど。
レイアード殿下は、私達のことを一瞬だけ気に掛けるような素振りを見せたものの、目が合って、私が声をかけるその前に、私達を避けるようにして、一つしか空いていなかった席へとそそくさと座ってしまった。
そのことで、私は、ちょっとだけ落ち込んでしまいそうになったものの。
レイアード殿下のことに関しては仕方がないにしても、それでも、私自身が外交の目的で異国から来た留学生としてこの学院に通うことになった以上は、同じ科の学院生の人達とも、積極的に交流を持っていった方がいいことだけは確かで、彼等ともしっかりと話が出来るように、なるべく沢山の人達と話せるようなところに座れるのが一番だと思うし。
『そういった良い席があればいいんだけどな』と、僅かな時間の中で判断して、きょろりと周囲に視線を向けて確認すれば、前の席にも、人が沢山座っていて、なおかつ、一人しか座っておらず、その横、三つが空席となっている席があることに気付いて、丁度、アルともセオドアとも一緒に座ることが出来るため、あの席が良さそう、と、私はセオドアとアルに目配せをして、その席に向かって歩いていくことにした。
そうして……。
「あの……、もしも良かったら、お隣の席に、座らせてもらっても良いでしょうか?」
と、先に席に座っていた、私と同じくらいの年齢の貴族の男性に向かって確認するよう声をかければ、私達が自分の所にやって来るとは思っていなかった様子で、マッシュ頭で、そばかすの素朴な雰囲気の男の人が此方へと驚いたような視線を向けてから、『あぁ、はいっ、勿論ですっ、どうぞ……っ!』と、元々、端の席に座っていたのに、わざわざ、自分が座っていた椅子ごと、更に端の方へと避けるように律儀に詰めてくれたあとで、私の顔を見上げながら丁寧に声をかけてくれた。
「シュタインベルクの皇女殿下に、ご挨拶を。
皆様に、お会い出来て光栄です。
僕は、ステファン・フェルスティーブ、自分で言うのも何ですが、フェルスティーブ伯爵家のしがない次男坊でして、あまり爵位が高い訳ではないんですけど、良ければ、仲良くしてくださると嬉しいです。
これから、宜しくお願いいたします」
その上で、ほんの僅かばかり遜りながら、自分のことを下げるような挨拶ではあったものの、どこまでも親しみやすさのあるような雰囲気で、此方に挨拶をしてくれたことで、私は、木製の椅子を引いて、その隣にアルとセオドアと一緒に座らせてもらったあと、彼の方へと柔らかい笑顔を向けながら……。
「丁寧な、ご挨拶をしてくださり、本当にありがとうございます。
フェルスティーブ伯爵家の、ステファンさんですねっ?
あの……、もし宜しければ、ステファンさんと呼ばせてもらっても構いませんか……?」
と、声をかける。
そのあと、『ええっ。是非とも、そうしてもらえると、本当に有り難いです』という言葉が返ってきたことで、私は、偶然だけど、隣に座ることになった人が、感じもよくて、凄く良い人そうで良かったなと思いつつも、ステファンさん自身、世界でも一番だと言われるくらい『学力に関する最高機関』と名高い、この学院に通っている時点で、そんなふうに謙遜する必要は、どこにもないのになと思ってしまった。
私達が着いた席の目の前に置かれている机の上もそうだけど、周りを見渡してみれば、どの机の上にも『国の備品』として用意されているものだと分かる黒色のインクが入った瓶があちこちに置かれ、その横には、メモを取る用の真白い用紙と、羽根ペンが何本も常備されて置かれている。
それだけではなくて、この科に通っている全員が、これまでの授業の間に講師であるノエル殿下から教わったことを、出来るだけ創意工夫をしながらも分かりやすいように纏めて、紙いっぱいになるまでびっしりと書き記した用紙を持参してきているのがみえることからも分かるように、授業で使った紙については、自分のものにした上で、自由に持ち帰って良いのだとは思うんだけど。
それだけ、膨大な量の紙に、沢山の文章を書いて纏めているということは、何よりも、この学院に通っている人達が志を高くして、勉強に対する意欲を持っているということの証しだと私は思う。
それは、隣の席に座っていた、ステファンさんも例外ではなく、『謙遜する必要なんてないと思います』と声をかけた私の意図を、直ぐに、アルもセオドアも察してくれた様子で、私と同様に、ステファンさんの方を見つめてくれたあと。
「そうだな、僕もそう思う。
この学院に通うには、貴族といった上流階級の人間であること以上に、高い学力が求められるというのは、僕も事前に聞いて知っているからな」
と、声をかけてくれたアルと……。
「あぁ、難しいと言われている試験をパスして、この学院に通っている時点で、俺も凄いと思う」
と、アルの言葉に同意するように声を出してくれたセオドアにそう言われたことで、ステファンさん自身、驚いて目を丸くしたあと『皆さんに、そう言ってもらえるのなら、嬉しいです』と、此方に向かって、気恥ずかしく感じた様子で、照れたような笑顔を向けてくれた。
そのあと、直ぐに……。
「それじゃぁ、みんな、いつも通りに授業を始めていくから、きちんと聞いておいてくれ」
と、私達が席に着席したのを見届けてから、ノエル殿下が授業をするために声を出してくれ始めたことで、私達は、ソマリアに来てから初めての授業を受けることにした。
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「……という訳で、魔法の成り立ちというのは、多くの学者や専門家が研究していても尚、いま現在、不明瞭な部分も沢山ある訳だが、突発的に、ただの人から、魔法という特殊な力を持って生まれてきている存在がいるということは、魔女と呼ばれる者については、何かしら、その身体の構造自体が、普通の人間とは異なってくるのではないかというのが、多くの学者達の定説だった。
だが、それを裏付けるような証拠などは一切なく、今まで、それらはあくまでも、単なる仮説に過ぎなかった。
……そこでだっ。魔女を研究するにあたって、魔女が赤色の髪を有していることで、魔女の髪に何かしら、一般の人間とは違う性質が眠っているんじゃないかと考え、色々と詳しく調べていくうちに、とうとう俺は、魔女の髪の毛に、一般の人間とは違う、何かしらの力が込められているのだということを発見するのに成功した」
あれから……。
魔女に関することについて、羽根ペンを握り、真っ白な用紙を机の上に広げ、真っ直ぐに顔をあげて、ノエル殿下の方へと視線を向け、しっかりとノエル殿下の話を聞くための態勢を整えた上で授業を聞くことになってから、大体1時間ほどが経過しただろうか。
結論から言うと、ノエル殿下の話は、問題になってはいけないからと、直接言葉に出したりはしないものの、それでも隣で『人間にしては、凄くよく調べている』と、アルが驚き、舌を巻くほどに、魔女について詳しく調べられたものであり、更には、特に難しい言葉を使う訳でもなく、私達にも理解がしやすいように噛み砕いた説明をしてくれることで、私の頭の中にも、すんなりとノエル殿下の言葉が入ってくるほどだった。
その上で、私が一番驚いたのは、ノエル殿下が発明したというカラクリ人形が、一体、どういうふうに判別しているものなのか、どういう構造になっているのかといったところなどに関して、私の頭の中では全く理解が追いつかないけれど、一般の人達の髪の毛と、魔女の髪の毛をしっかりと区別して、的確に『魔女の髪の毛のみに反応』して、音を出す仕掛けとなっていたことだった。
私自身、以前から、お父様の話などや、流れてくる噂を聞いて、水と機械の国として有名であるソマリアに関しては、時計なども含めて、水を汲み上げたりする目的や、購入してきた小麦などといった穀物の製粉などの目的で、街一帯に、動力水車が稼働していたり。
運河沿いに並ぶ家々では、その上部に取り付けられたフックが滑車となっており、荷物を釣り上げ、窓から搬入するという役割を担っていたりと、そういった動力を使って動く、からくり仕掛けの機械についてなどは、昔から先を行っていて、他の追随を許さないほどに目覚ましく発展してきたということは知っていたけれど。
世間一般に、オートマタと呼ばれるからくり人形というのは、何も珍しいものではなく、何世紀も前から、決められた時刻を告げるのに、機械人形が時計に付いている鐘を鳴らすように動いて音を出したり、時計から鳩の形を摸した人形が出てきたりなどといったものも、オートマタに分類されていることから、私自身、その存在自体は珍しいものではないと分かっていつつも、ノエル殿下が発明したというこの機械は、誰がどう見たって、一目で画期的であることが分かるほどに、優れたものであることは間違いないだろう。
『前に、お兄様がノエル殿下のことを、好んで赤を身に纏うと言われている風変わりな技術屋のことか、って言っていたり、お父様が、ノエル殿下について、機械弄りが趣味だと言っていたことがあったけれど、これは、どう考えても、単なる趣味の範囲を超えてしまっているよね……?』
ハッキリ言って、これだけの情報を、学院生達に無償で提供しても良いんだろうかと思うほどに、これについては、国にとっても有益な情報であることに間違いないだろう。
本来なら、そういった情報については隠したいと思うのが普通のことだと思うんだけど、学院に通う学者などを目指している生徒達に限定されることとはいえ、こういった情報を積極的に教えているということは、それだけギュスターヴ王が心の広い人であり、君主として、名君と謳われるほど出来た人であることの証しなのだろうか……?
『ノエル殿下が、学園で講師になったのも、ギュスターヴ王の指示なんだよね……?』
そのことだけをみると、ギュスターヴ王に関しては、やっぱり優れた人なのだしか思えないんだけど、最初の印象にいつまでも、拘っている訳にはいかないのかな……?
私が、頭の中で、そんなことを考えている間にも、ノエル殿下が、からくり人形を使って行ってくれていた実演は終わりを告げ、それ以降も、時折、10分ほどの休憩を挟みながら、今まで、国同士での取り決めで、戦争に魔女が出てこないようにすることという協定が結ばれる前などに、古い文献に残されている世界で活躍したとされる魔女の話など。
その能力の一覧なども踏まえて、魔女がどういうふうに関わって、どのような戦争が今までに行われてきたのかなど、世界の歴史に関係するようなことを掘りさげていたり、魔女の第一人者だと自分のことを豪語しているのが分かるくらい、ノエル殿下の話は、魔女について詳細に語られて、なおかつ、凄く、興味深いようなものばかりだった。
そうして、話を聞いて、折角、勉強をしに来たんだから、一つでも、自分の身になればいいなと感じながら、私のことを見て『姫さん、本当に勉強熱心だな……』とセオドアに言われてしまうくらい、世界の歴史に関するようなことも含めて、一生懸命、ノートにしっかりと文字を書き記していると、あっという間に時間は過ぎていってしまって、普通の休憩時間よりも長く取られているという、お昼の休憩時間になったことで、私は、ノエル殿下の隣に立っていたバエルさんから……。
「皇女様……っ! それと、アルフレッドさんと、セオドアさんも。
もしも宜しければ、私と、ノエル殿下、それから、無理矢理、ノエル殿下がお誘いになったレイアード殿下も一緒に、これから、学院にある食堂へと、ご飯を食べに行きませんか?
食堂の場所も、一度教えたきりですと迷いかねませんし……、皆様に、生徒として初めて授業を受けた感想をお聞きするだけでなく、講師としての授業がどのようなものだったのかお聞きしたいと感じていますので、ルーカス殿とウィリアム殿下も誘いに行こうかと思っているのですが……」
と声をかけてもらえたことで、私は隣で『バエルの提案なんだが、俺もそれが良いと思っている』と声を出してくれたノエル殿下と『……俺も、その、バエルに誘われたから、参加します……』と、俯いているレイアード殿下の姿が見えて、バエルさんとノエル殿下から『申し訳ない』という表情を向けられて、私は『全然、気になさらないでください』という視線を向け返した。
一応、アルも、セオドアも凄く気にしてくれてはいるけれど、レイアード殿下のこの態度は、何も私だけに向けられるものではなくて、本当に、みんなに対して平等にそうなんだよね。
だからこそ、私はレイアード殿下のその表情などについてはあまり気にしないことにして、セオドアとアルと一緒にお兄様達を誘ったあとに、バエルさんや、ノエル殿下、レイアード殿下について、この学院の中にあるという食堂へと向かうことにした。