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513【???Side】――使用人頭の独白



「アルフっ、シュタインベルクから来られた皇太子殿下と、皇女殿下の様子はどうだった……?

 ソマリアへ来たばかりで、何か、此方の事情などに勘付かれていたり、困っていることなどは、あったりしたか?」


 貴賓室へと食事を運んでから、王城にある宰相(さいしょう)のための執務室へと戻れば、扉を開けた音で、直ぐに、()()()()()()()ことを察知して、書類整理をするために、デスクに視線を落としていた僕の直属の上司であるダヴェンポート卿が、椅子に座ったまま顔を上げ。


 『ただいま、戻りました』と、僕が報告する前に、シュタインベルクから来ることになった皇太子様や、皇女様達のことを気に掛けている素振りで、あれこれと気を揉みながら声をかけてきた。


 丁度、黄昏時を過ぎ、日が暮れて闇夜が訪れた(よい)の時刻で、まだ仕事が終わるような時間でもないため、今の時間、普段なら、この執務室には、数人程度、自分も含めて、ダヴェンポート卿の部下が一緒に仕事をこなしているはずなのだけど、今は誰もいないところをみるに、僕の報告を聞くためだけに、可能な限り、誰もこの場所へは寄りつかないよう人払いをしておいたのだと思う。


 特に、今回、玉座の間で、謁見することになった時のことも含めて、重要な外交相手であるシュタインベルクからやって来た国賓(こくひん)に、『一体、どのように思われていたのかを、もしも知ることが出来たなら……』ということを考えつつも、ひっきりなしに、今、この瞬間も、そのことについて想いを馳せているであろうことは間違いなく。


 僕が、ダヴェンポート卿に指示され、サポートという名目で、シュタインベルク側の人間の世話をする使用人頭(しようにんがしら)として送り込まれたというのは間違いのないことだけど。


 この2年という短い月日の中で、その信頼を勝ち取って出世を重ねた()()()()()として、ただ単純に、サポートの役割を任されただけというのはあり得ないことだし、そこには、一国の宰相として、彼等の動向を一早く気に掛けておきたいという気持ちが乗っかっている。


 だからこそ、僕は、自分が今、この場で何を求められているのかをきちんと察した上で、国にとっての利益を一番に考える、酸いも甘いも噛み分けた、どこまでも老熟したような雰囲気のダヴェンポート卿に、『あまり良いことにはなっていない』という意味合いを込め、ほんの僅かばかり眉を寄せ、困ったような表情を浮かべたあと。


 正直に、先ほど貴賓室で見たことや聞いたことなども含めて、()()6()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を用いて、ありのままの事実を伝えていくことにした。


「先ほど、()()、お食事の準備をするためにお声をかけた際には、皆様、貴賓室の応接間に置かれたソファーに座り、会話をされていました。

 その際、私が部屋に入りお声をかけるその前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいで、此方側の抱えている秘密や事情についてまでは、まだ、探り当てることなどは出来ておられませんでしたが。

 またとない外交の機会であるにも拘わらず、一国の王が出てこない背景に、何かあるのではないかと気にかけておいででしたので、どなた様も、勘が鋭い方達であるというのは間違いなさそうです。

 引き続き、そのお側について、その動向については把握しておくつもりですが、今現在は、我が国へとやって来たことで、特に困っているようなことなどもなさそうだったので、そちらについても報告しておきます」


 そうして、はっきりと、なるべく主観などについては、一切取り除いた上で、僕から見た客観的な事実のみを分かりやすく説明していけば、ダヴェンポート卿が僕の報告を聞いたあと、持っていた、改正案などが書かれた国の政治に関する書類などを、デスクの上に置いてから、深いため息を溢しつつ。


「やはり、そうか。

 ……特に、ウィリアム殿下は、皇太子として素晴らしいほどの資質を兼ね備えた方だという噂だからな。

 何でも、幼い頃より優秀で、次期、皇帝陛下として、君主の座を継ぐのはあの方しかいないと言われるくらいに高い評価を得ていることを思えば、此方側が抱えている秘密などにも、気付かない訳がないだろう。

 だが、実際に、大国同士の友好のために選ばれた人選というだけあって、その(ほか)の人物に関しても、世間一般で流れている情報だけではなく、私が個別に入手した情報では、誰も彼もが特出した能力を持っているのだということに間違いはなく、今回の外交相手に相応しい者が抜擢されてきているのだから、気は抜けないだろうな。

 その中でも、特に、気になるのは、この6年ほどの間に、急速に評価を高めることになっている皇女殿下の存在か……」


 と、()()()()()()()()のことを気に掛けるように声をかけてきたことで、僕はその言葉を聞きながら、一度だけ同意をするように、こくりと頷き返した。


 シュタインベルクとソマリアは、地理的な面で、物理的に距離が離れていることで、どうしても、入ってくる情報に関しては遅れがちになってしまうものの……。


 それでも、一国の宰相という立場であるのなら、自国民だけでなく、他国の人間に至るまで、その地位に見合った人間達と関わり合うことも多くなり、ある程度、真実に近いような情報なども、一般の民衆に比べれば、そこまで苦労することもなく、手に入れることが可能だろう。


 もちろん、それに関しては、何も、ダヴェンポート卿だけに限った話ではなく、たとえば、このソマリアで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などの、国にとって重要な役目を任されている家臣達も含めて、()()()()()()()()()()や、()()()殿()()、そして、()()()()()殿()()などといった、人の上に立つ立場にいる者ならば、他国の人間と人脈を築いていくことも、比較的、容易になってくる。


 だからこそ、今回の外交の話を持ち込んで来たのは、()()()()()()()()()()殿()()みたいだけど……。


 シュタインベルクからの国賓として、皇太子様や、皇女であるあの子がやってくるようになる前に、事前に、誰も彼もが、シュタインベルクの情勢などを調べ尽くし、今回の外交に、細心の注意を払って臨んでいるということは間違いないだろう。


 ――そこには、色々な人間達の、様々な思惑が、複雑に絡み合っている。


「えぇ、そうですね。

 シュタインベルクの皇女殿下といえば、一見すると悪い噂が絶えないように思いますが、自身がデザインする洋服のブランドなどで人気を博し、若い令嬢達などといった層を中心に絶大なる支持を受けていますし。

 一度でも、関わりを持った人々からは、聡明でありながら、皇女とは思えないほどに誰に対しても優しく心を砕いて接してくれるとのことで、特に王都に住まう人達を中心に民衆からの評価も高いと聞きます。

 また、これまでの間に国を助けるような革新的なアイディアを、幾度も皇帝陛下に助言してきており、派閥によって彼女のことを忌み嫌っている貴族などもいるそうですが、今では、特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、その身を護るように後ろ盾として付いているというのも、皇女殿下のことを語る上で、外せない情報になってくるのは間違いないでしょう」


 そうして、ダヴェンポート卿の言葉を聞きながら、僕が、スラスラと澱みなく、その言葉に補足を入れるように続けて言葉を出せば、僕が補足を入れるまでもなく、その噂に関しても、きちんと把握していたであろう、目の前の上司から……。


「確か、先帝の弟であり、社交界でも未だに、その影響力が健在だと言われている皇女殿下の母方の祖父である公爵だけではなく……。

 国に忠義を誓っていて、一番の臣下だと名高いエヴァンズ家、そうして、国内の政治を動かせる力を持っている宮廷伯の1人であり、環境問題の官僚でもあるブライス殿などといった面々が、公にも、皇女殿下を支持しているのだと公言しているんだったよな」


 と返ってきたことで、僕はあくまでも部下として真面目な表情を浮かべたまま、その言葉を肯定するべく、しっかりと頷き返した。


 その上で……。


「はい。皇女殿下が、大国、シュタインベルクにおいて、皇帝陛下や皇太子殿下などを含め、重要な役職についている者達から、特別、大事にされており、まるで尊び、敬うかのように、その存在そのものが必要不可欠だと思われるくらい、一際、存在感を放っているのだということは、特に隠されてもおらず、今や、シュタインベルクにいれば、誰もが知るところとなっています」


 と、シュタインベルク国内において、どれだけ、()()()()()()()()()()()()()()ということを、先ほど以上に、詳しく説明しながらも……。


「それから、入隊試験が難しいと言われているシュタインベルクの騎士団の中において異彩を放ち、特に武術に優れているという噂があり、勘が鋭く、その眼も、鼻も利くような、皇女殿下の番犬とも呼ばれている、護衛騎士(ノクスの民)が、常に、皇女殿下を御守りしていることは事実であり……。

 6年前に、事件を起こしてしまったとはいえど、皇室に忠義を誓い、信頼されている家臣の筆頭候補で、頭の回転が速く、機転を利かせて、色々なことを探るのに長けているエヴァンズ家の次期侯爵についても気に掛けておいた方が良いでしょう。

 更に、若干、16歳という若さでありながら、博学多才(はくがくたさい)であり、毒や薬草などに関する知識で、シュタインベルクの医学の発展に貢献したり、その知識の豊富さで、皇帝陛下からも信頼されているという、一国の皇太子様や、皇女様といった立場と同じ地位を授かるほど、異例な待遇を受けている皇女殿下の盾と言われている存在も、無視しておけるようなものではありません」


 と、今回、ソマリアへとやって来ることになった『シュタインベルクの国賓の情報』を、目の前の上司に忠誠を誓っている部下らしく、ここまで調べ上げるのに苦労したという雰囲気を、視線や表情などで僅かばかり滲ませながらも、詳細に述べていくと、僕の情報に驚いたような表情を浮かべながらも、ダヴェンポート卿が……。


「やはり、お前は優秀だな。そこまで、調べ上げているとは……っ」


 と、褒め称えるような視線を向けてきたあとで……。


「出来ることなら、なるべく、()()()()()()()()()()()()、学院で過ごすような時間を多く取ってもらうべきであることは間違いないだろうな」


 と、声を出してから……。

 

 ――それに、今回の一件に関しては、どこまでも慎重に事を起こす必要があって、何か一つでも間違えてしまうと取り返しが付かないことになりかねないだろうから、用心しておくに超したことはないはずだ。


 と、遠い目をしながら、そう言ってきたことで、僕自身、『アルフ』という、ダヴェンポート卿の部下として、忠実に、架空の人物になりきりながら、目の前にいる上司について、どこまでも気に掛けるような素振りを見せつつも……。


 今、この瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、ここまで、全て僕の意のままに、順調に事が運ばれていることを、強く実感しながら……。


「承知しました。

 ……では、なるべく、そのように手配させて頂きます」


 と、声を出し、その言葉を受け入れることにした。




 ***********************




 あのあと……。

 

 執務室から出た僕は、華やかで、豪華な雰囲気を漂わせる王城の中を、足早に歩いていた。


 贅を尽くしたようなこの王城の中で働く人間達には、まるで余裕がなく、どこもかしこも、歩く度、すれ違いながら出会う人々の殆どの表情に、言い知れないような疲労感が滲み出ているのは間違いのないことで、僕は、最早、見慣れたその光景に何とも思うこともなく、表情も変えずに淡々と歩を進めていく。


 その道中で、その立場を考えれば、絶対にあり得ない、狭い従者部屋の一室へと足を進めるギュスターヴ王や、怒りに(まみ)れ、自分の部下を激しく叱咤していた外交官であるヨハネスの姿……。


 ソマリアの中でも限られた人間しか入れないとされる離れの(とう)に続く、人気のない廊下を歩いているノエル殿下、どこまでも無感情に色を失ったような姿で物陰に隠れ、誰かと会話をしているバエル、挙動不審に、きょろきょろとしながら、既に誰もいなくなった玉座の間に意を決した様子で入っていったレイアード殿下などに遭遇したりもしたけれど。


 今の僕にとって、それらのことに関しては、特別、気に掛けるようなものではない。


 それに、誰もが、魔法で姿を消した、僕の存在を正しく認識出来たりはしないだろう。


 たった、短時間のこの間にもう、誰も彼もが怪しい動きをしている中で、僕は華麗にその全てを素通りしたあとで、自分用に用意された個人部屋の扉を開けることにした。

 

 王城で働いている人達の中でも、特に()()()()()()()()()()()()()()は、ソマリアの王都に邸宅を構えていることもあるけれど、何かあった時、有事の際には、直ぐに事に当たれるようにと、大抵の人間が、この城に、寝泊まりをすることが出来る寝室などといった部屋を与えられていて。


 役職の低い者に関しては、2人部屋や、3人部屋といった複数の人間が泊まるような部屋が用意されているものだけど、僕のように宰相であるダヴェンポート卿の一番の部下となれば、個人専用の、1人部屋が用意され、そこで寝泊まりをすることで、スムーズに、王城にある職場へと行き来することが可能となっていた。


「あ……っ、お帰りなさい。()()()()()()……っ!

 じゃなかったっっ、あ、あ、あぁ、アルフさん……っ!」 


 扉を開けて直ぐ、目の前で仮面を付けて、今現在、僕の影となり手足となって動いている()()()()()()から、開口一番に本名で呼ばれてしまったことで、僕は、思わず眉を寄せて、いつまで経っても頼りない部分が残る()()()()に、呆れたように、ため息を溢した。


 いや、この6年で、これでも、随分と見違えるくらいに剣士としての腕前を上げて頼りになる存在にはなってきたのだ。

 

 ――あくまでも、剣士としての腕前に関しては、だけど……。


 アーサー自身、お尋ね者として、最早、騎士ではなくなってしまったものの、僕の右腕としては、随分と役に立つようになってきているし、僕が繰り出す数発程度の魔法なら、その身体に怪我を負うことなく回避することも出来るようになってきている。


 まぁ、とはいっても、常にその傍でアリスを護っている、ノクスの民であるセオドアや、太陽の子であるウィリアム、そうして、僕の唯一無二の半身であるアルフレッドなどといった1人1人と比べると、見劣りはしてしまうし。


 多少の戦力になってはいても、()()()()()()()()()()()()()()と、どうしてもアリスの傍にいる者達の力を侮ることは出来ないと思ってしまうから、この舞台が整えられる前に、出来ることなら、もう少しアーサーのことを鍛えておきたかったというのが本音なんだけど。

 

 それより、アーサーの、このうっかりミスに関しては、時々、わざとやっているんじゃないかと思うくらいに頻度が高いんだけど、僕、アーサーのこと、捨てても良いかな……?


 いつか、これが重大なミスとなって、足を引っ張られる可能性さえあることを思えば、違う意味で気が抜けないと思ってしまうも致し方ないだろう。

  

 ジトッとした瞳で、アーサーのことを見つめれば、僕の視線に一喜一憂して、ショボンと落ち込んだ雰囲気を見せたあと、何とか挽回しようと慌てた様子のアーサーが取り繕うように……。


「あ、あの……っ、ですが、アルフさんから頼まれていたことなんですが、此方については滞りなく、約一ヶ月前に、国境沿いの警備を任されることになってしまったため、報告が遅くなってしまいましたが、それでも、ようやく、アルフさんが気に掛けていた影の男と接触することに成功しましたっ!

 今じゃ、俺も、立派に、この国の傭兵として頑張っています……っ!」


 と、そう言ってきたあとで、『自分は、ほんの少しでもお役に立てるはずです……っ』と、捨てられないように一生懸命になりながら、褒めてもらえたら嬉しいのだと言わんばかりに、その瞳を僅かばかり輝かせ、出来る限り、声のボリュームを下げた上で、小さな紙をポケットから取り出して、僕に手渡してきて……。


 今まで、ズボンのポケットに入れていたみたいだけど、アーサーの性格を現すかのように、丁寧に折りたたまれたその紙を開きながら、僕はその紙に書かれた内容に、一通り、サッと目を通した上で、ほんの僅かばかり眉を寄せた。


 一見すると何の変哲もないように思えるほど、この紙には、アーサーが、この国で移民を装いながらも、初めは、誰もが出来るような力仕事などの日雇いの案件を引き受けつつ……。


 ある程度、信用されるようになってからは、徐々に、傭兵としての仕事を引き受けるようになったことで、今まで、アーサーが引き受けてきた仕事の一覧が、丁寧に書かれた文字により、ただ羅列するように記載されているだけとなっているものの。


 その内容の中には、これでもかというくらいに、僕の知りたかった情報がぎっしりと詰め込まれていて、そのことに関しては喜ばしいんだけど、その内容を見るに、至るところで、所々不穏な気配も感じるような内容になっているのは間違いなく……。


 アーサー自身、最初は、『土』が入っているのだと説明されていた、()()()()()()()()()()()()()を、大量に、王城へと運びこんでいくような力仕事を任されていたりするだけだったのが、剣の腕が立つと知られるようになってからは、国に関する案件として、街の治安を守るための仕事をしたり、最終的には、国境沿いの警備などを任されることになったりと、色々な過程を経て、日を追うごとに、どんどん、国から重要な案件などについても依頼されるようになってきているのが、僕の目から見ても明らかだった。


「名前はまだ、教えてもらえていませんけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()でした。

 俺のように、腕の立つような人間に目をつけて、優先的に、報酬の高い国の案件を任せることにしているみたいですね。

 お陰で、ここ最近はずっと、国境沿いの警備で、こちらに戻ってくることが出来ずに大変でした。

 その男も、指示だけ出して、直ぐにどこかに行ってしまいましたし……」


「別に、それで構わない。

 ……お前が自分の任期を満了して戻ってきたことで、恐らく、多分また、接触してくるだろう。

 役に立つ人間であると示している以上、どんどん、国の内部に関わるような依頼を提示してくるに違いないし、依頼をこなしている姿を見て、口が硬いかなどを見て、使える人間かどうかの判断をしているはずだ。

 その男が持ってきた依頼に関しては、決して断ることがないようにしておいてほしい」


 そうして、アーサーが僕に手渡してきたその紙を、ボッと手のひらの上で炎の魔法を使って後も残らないように消し炭にしたあと、僕は、再び、アーサーに視線を向けて、淡々と、『この調子で、わざと、その男の手のひらの上で転がされて、国の中枢に入り込んでいくように』と、指示を出していく。


 僕の言葉を聞いて、一度だけ、自分にそんな諜報っぽい役回りが出来るだろうかと、不安そうな表情を浮かべて、ごくりとその喉を鳴らしたアーサーは、けれども頼られることが嬉しかったのか『承知しました。……アルフさんにご迷惑をおかけしないよう、必ず、そのお役に立ってみせます』と、次の瞬間には、僕に向かって、意気込むように声を出してきた。


 そうして、その一瞬あとで……。


「それよりも、アルフさん。

 ……久しぶりにお会いする天使……っ、皇女殿下のご様子は如何でしたか?

 僕達にとって、あの御方の力が絶対に必要不可欠である事は間違いないんですよね。

 あの御方を攫いにいく計画は、いつ、実行するのでしょうか……?」


 と、詳しく、僕の計画について語っていないせいか、いつ行動に移すのかと、アーサーがどこまでも不安そうな表情で僕のことを見つめてきたことで、僕は、抑揚のない声で、淡々と『今は、まだ、その時じゃない』と声を出して、アーサーの言葉をバッサリと切り捨てた。


 アリスの、その身が何よりも大事なことを思えば、僕自身、アリスのことを傷つけることが出来ないし……。


 ノクスの民であるセオドアも、太陽の子であるウィリアムも、僕の半身であるアルフレッドも、そうして、ルーカスも、そういった存在が、常に、アリスのことを護るように傍にいることを思えば、幾ら、僕であろうとも、計画をしっかり練って事に当たらなければ、骨が折れる作業になってしまうのは間違いないだろう。


 特に、6年前と違い、アルフレッドが、アリスを護るために容赦なく魔法を使い始めており、もしも万が一、僕が何者かに変装して接触してきているのだとしたら見破ることが出来るようにと、警戒を強めながら、誰彼構わず、出会った人間全てに、その人間の魔力量を探るように魔法を使って確認していたことには、僕といえど、多少、肝が冷えてしまった。


 幾ら、僕自身がバレないように取り繕っても、僕以上に、そういったことに長けているアルフレッドが本気を出せば、僕だと見破られて見つかってしまうのも時間の問題だっただろう。


 ――()()()()()()()()()()……。


 幸運なことに、運までもが僕に味方をしていて、この6年で、僕達が見つけた、ドワーフの作った古代遺物(アーティファクト)により、僕は、自分の魔力量に関しては、完全に隠し通せることが出来るようになっていた。


 つまり、僕が『アルフ』という人物を演じていても、アルフレッドに即座に見破られてしまうようなことはない。


 あとは、どれほど、慎重になりながら、勘の鋭いセオドアや、ウィリアム、ルーカスなどといった面々を、対面で、(あざむ)くことが出来るかにかかってくるだろう。


 今は、まだ、誰にも、僕の正体がバレる訳にはいかないし、6年前のあの時のように、アリスの目の前に姿を現すというのにも、必要な準備が足りていない。


 アリスのことに関しては、もちろん一番と言っていいくらいに大事だが、だからといって、僕の目的でもある、ソマリアでのことを疎かにする訳にもいかないし、今の僕は、ダヴェンポート卿に使われている部下という設定を、しっかりと演じきる必要がある。


 それと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にした。


 この6年、いつだって、僕にはやるべきことがあったし、そうしてこれからも、それは変わらないだろう。


 ならば、僕は、僕の思うように、ただひたすらに前を向いて走りきるだけ……。


『マリア、もう少しだけ、待っていてほしい……っ。

 君は、今の僕を見たら、きっと悲しむだろう……。

 だけど、僕は、僕のために、何としてでも、必ず、やり遂げてみせる』


 心の中で、一つ、そう呟いて……。


 話は以上だと、真っ直ぐにアーサーに告げたあと、僕は、アーサーがそわそわしているのを横目で見つめながら、移民の受け入れでソマリア側も住む場所などは用意しているみたいだけど、王城に比べれば雲泥の差とも思えるくらいに、そこまで綺麗だとは言い難いような場所であることは間違いなく、仕方がなく僕は、アーサーを受け入れることにして。


 暫くは、この部屋に滞在することになるアーサーに、『いちいち僕の指示を待たなくても、別に、もう休んでいい』と、伝えてから、僕も、日頃の疲れを癒やすように、ゆっくりと部屋の中に置いてあった椅子へと腰掛けることにした。 




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♡正魔女コミカライズのお知らせ♡

皆様、聞いて下さい……!
正魔女のコミカライズは、秋ごろの連載開始予定でしたが、なんとっ、シーモア様で、8月1日から、一か月も早く、先行配信させて頂けることになりました!
しかも、とっても豪華に、一気にどどんと3話分も配信となります……っ!

正魔女コミカライズ版!(シーモア様の公式HP)

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1話目から唯島先生が、心理的な描写が多い正魔女の世界観を崩すことなく、とにかく素敵に書いて下さっているのですが。

原作小説を読んで下さっている方は、是非とも、2話めの特に最後の描写を見て頂けたらとっても嬉しいです!

こちらの描写、一コマに、アリスの儚さや危うさ、可愛らしさのようなものなどをしっかりと表現してもらっていて。

アリスらしさがいっぱい詰まっていて、私は事前にコミカライズを拝見させてもらって、あまりの嬉しさに、本当に感激してしまいました!

また、コミカライズ版で初めて、お医者さんである『ロイ』もキャラクターデザインしてもらっていたり……っ!

アリスや、ローラ、ロイなどといった登場人物に動きがつくことで。

小説として文字だけだった世界観に彩りを加えてくださっていて、とっても嬉しいです。

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本当に沢山の方の手を借りてこだわりいっぱいに作って頂いており。

1話~3話の間にも魅力が詰まっていて、見せ場も盛り沢山ですので、是非この機会に楽しんで読んで頂ければ幸いです。

宜しければ、新規の方も是非、シーモア様の方へ足を運んでもらえるとっっ!

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※また、表紙や挿絵イラストで余す所なく。

ザネリ先生の美麗なイラストが沢山拝見出来る書籍版の方も何卒宜しくお願い致します……!

1巻も2巻も本当に素敵なので、こちらも併せて楽しんで頂けると嬉しいです!

書籍1巻
書籍2巻

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✽正魔女人物相関図

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+注意+

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