512 国王陛下への違和感
ギュスターヴ王への謁見を終えたあと、私達が、貴賓室の中の応接室まで戻れば、既に、持って来た荷物の搬送が終わっていたことで、エリスとローラの指示のもと、私達が持って来たドレスは、ドレッシングルームのハンガーなどに掛けられ……。
ソマリアのものが肌に合うかどうか分からないからと念のために用意していた、ボディーソープや髪の毛のお手入れをする石鹸などに関しては浴室に、ブランケットなどの私物については、私達が寝泊まりをする各寝室に置いてくれていたことで、全てが綺麗に整えられていた。
長期的に、ソマリアに滞在することもあって、これでも、自分なりに沢山持って来たつもりなんだけど、ドレスも含めて、一国の皇女としては、荷物があまりにも少ないと戸惑われてしまったくらい、私が持ってきた荷物は使節団の一人として考えても、大分スッキリとした荷物の量だったせいか。
『あの……っ、船に、お荷物を忘れてこられたなど、この量に関しては、間違っていませんかっっ?
皇女様のお荷物は、こんなにも少ないのですかっ……?
護衛騎士であるセオドアさんや、侍女であるローラさん達とも荷物の量が変わらないくらいですよねっ!?』
と、ソマリアの執事や、侍女達からは驚かれてしまったみたいだけど。
そこは、エリスが『アリス様は、ものを大事にされる御方ですし、ご自分のものに関しては、いつもあまり買われないんですっ! これでも、多い方なんですよっ!』と言ってくれたことで、ソマリアの人達は、私自身の世間で流れている噂と、私本人の言動があまりにも違うことに、お互いに顔を見合わせて混乱しきりの様子だったみたい。
そうして、この部屋に戻ってきてから、ローラやエリスからの報告を聞いて、私達と一緒に、ソマリアへやって来る道中でも、度々、二人のことを思って『二人とも、休憩は、出来る時にしてくれたら良いからね……っ!』と声をかけてはいたものの。
ずっと侍女としての仕事をしながら、船の中で過ごしてきて、私達が『ギュスターヴ王』へと謁見をしている間にも、ソマリア側が派遣してくれていた従者達に、荷物の整理をするように指示を出してくれていたことで、ここまで、碌に、休憩するために、ホッと一息、椅子に座ったりすることすら出来ていないのではないかと心配し……。
「ローラっ、エリスも……っ。
シュタインベルクから、ソマリアまで来る、この長い移動距離で、きっと凄く疲れているでしょう?
そうじゃなくても、二人ともずっと、動きっぱなしだったんだから、私に遠慮しないで、ほんの少し、休んでくれたら良いからね……っ」
と、今、この瞬間にも、この貴賓室に隣接している、簡易的に備え付けられた小さなキッチンスペースで、事前に温めておいたポットに、紅茶の茶葉を淹れてくれてくれていたローラや、その手伝いをして、トローリーワゴンなどの準備をしたりするのに、忙しなく動き回っていたエリスに向かって、私は、声をかけていく。
そもそも、私の側近でもある二人だけが、どうして、私達に付いてきてくれることになったのかというと、今回の留学に関して、ソマリアに来ることになれば『ソマリア側から、従者達を手配してくれる』という話を事前に聞いていたことで、あまり、シュタインベルクからは、沢山の使用人達を連れてくることが出来なかったという経緯があって……。
その上で、誰を連れて行くのか、その人選を決めることになった段階で、セオドアが……。
『6年前に皇后が起こしたあの事件以降、皇宮で働いていた従者達が、どんなことに関わっていたのか、一斉に厳しく追及されていったことで、大分、皇宮に仕えている者たちの規則や振る舞いについても是正されて、今の皇宮で、姫さんに対して酷いことをしてくるような使用人達はいなくなったといってもいいが。
それでも、俺たち自身、度々、シュタインベルクに帰ってくるとはいえ、長い期間、ソマリアに滞在することになるのは間違いのないことだから、俺は、出来るなら、侍女さん達に付いてきてもらった方が良いと思う』
と、ウィリアムお兄様などもいる場所で、私のためを思って、そう声をかけてくれたことで、ウィリアムお兄様自身からも……。
『あぁ、俺も、ソマリア行きの人選については、そういうふうに考えていた。
アリスの侍女達には、苦労をかけることになってしまうだろうが、二人は、お前達のように、アリスが魔女であることも、アルフレッドのことなども、色々と知っている貴重な人材になるし。
何よりも、異国の地に行くにあたって、どうしても、それまでとは環境が変わることで、多かれ少なかれ、ストレスを感じるであろうことを思えば、アリスが、一番、信頼している人間が傍に付いていた方が良いだろうからな』
と、私のことを気遣うようにそう言ってもらえたことと、ローラとエリスも、『私自身も、是非、アリス様に付いて、ソマリアへ行きたいと感じています』だとか。
『私もですっっっ! アリス様のためなら、そのお側に付いてどこへでも……っ!』と快く返事をしてくれたことで、今回、二人が、私達に同行してくれるようになったという経緯があった。
それに、私が魔女であり、普段は制御出来るものも、この身に危険が迫ってしまったら、突発的に魔法が出てしまうこともあるということも含めて、精霊王であるアルのことは勿論、ウィリアムお兄様の側近の執事達や、侍女達などは知らないけれど、ローラやエリスは、ウィリアムお兄様が『太陽の子』であるという事情についても、しっかりと把握してくれているから、今回、私達に付いて、ソマリアへ行くのに関しても、ウィリアムお兄様の言う通りに、最適だといえるほどの人材であることに間違いはなかったと思う。
というのも、6年前……。
どうして、テレーゼ様が一連の事件を起こし、ギゼルお兄様に対してと、ウィリアムお兄様に対してで『愛情の差』を生じさせながら、そこまで、ウィリアムお兄様にだけ、執拗に固執するようになってしまったのかということを、お食事会の時に、ウィリアムお兄様自身が少し触れたりもしていたけれど、あの事件が起きたあと、改めて、お父様にしっかりと説明するために。
『父上……。出来れば、アリス達以外、人払いをした上で、母上のことと俺のことについても、きちんと、お話しておきたいことがあるのですが……』
と、いつも、落ち着いた雰囲気で、何事にも動じないウィリアムお兄様だけど、それでも、自分が、自然治癒能力の高い太陽の子であることについて話すことは、もの凄く葛藤のようなものがあったんじゃないかと感じるほど、意を決した様子で、そう前置きをした上で、私とセオドアとアルもいるお父様の執務室で、お兄様自身が自分で決めて……。
『実は、俺自身、この世に誕生した時から、右眼が赤で、左眼が金のオッドアイを持って生まれてきました。
どちらも、パッと見ただけでは、金色に見える瞳でしたが、太陽の光に反射した時だけ、右側だけ色が変わるようになっていて……。
そのことで、幼い頃に、右眼が暴走するように熱を発し、そこから高熱を出したことで、それまで、持って生まれてきた、この右眼のお陰で怪我などをしても直ぐに治っていたこともあって、そのことを知らないまま、母上は俺のことを丈夫な子供だと認識していたみたいなのですが。
そんな中で、急に、あまりにも高い熱を出して、それが中々、下がらなかったことから、母上自身、俺の右眼を、我が子を奪い去るような呪いだと感じてしまって、そこから、俺に対して過剰なまでの心配と、執着を募らせるようになっていき……。
更には、バートンによって、右眼が取り除かれたあと、この目に、義眼を入れて過ごすようになったんです。
赤を持つものが、何かしら特別な能力を持っていることから、アルフレッド曰く、俺は自然治癒能力の高い、太陽の子なのだと……。
それを知ったのは、つい最近のことですが、今まで、父上には、多少なりとも、どのように思われるのかと不安に感じて、言い出せなくて申し訳ありませんでした』
と、自分の事情について、どこまでも赤裸々に、しっかりとお父様へ話すことになったのを、私自身は、その隣で『お父様なら、お兄様のことを受け止めてくれるはずだし、きっと大丈夫』だと思いつつも、どうしても、お兄様のことを思うと不安な気持ちになってしまい、ハラハラと心配して見守りながら、お兄様とお父様の遣り取りを隣で聞いていた。
だけど、そのことを、私が心配するまでもなく。
お父様は、ウィリアムお兄様からその言葉を聞いて、ほんの僅かばかり、その瞳を潤ませた上で、ウィリアムお兄様が、ずっと言えなかったであろう心の負担と、その胸中について、どこまでも慮った様子で……。
『そうだったんだな。
……ウィリアム、私に、そのことを話してくれてありがとう。
きっとこれまで、私に、そのことを話すことが出来なかったことで、お前が一番、苦しい思いをしてきただろう。
私にとっては、お前達がどんな姿で生まれようと、決して変えることが出来ない、持って生まれてきた個性がどんなものであろうとも、そんなことは関係なく、お前も、ギゼルも、そうして、アリスも、掛け替えのない唯一無二の子供達であることには代わりがない。
今まで、お前が抱えていた苦しみに、気付いてもやれなくて、本当にすまなかった……っ!』
と、ウィリアムお兄様に向かって、謝罪の言葉と共に頭を下げてくれていた。
――その言葉に、ウィリアムお兄様自身、どれだけ、救われていただろうか……っ?
目の前で、今まで言えなかった歳月の分だけ、張り詰めたような思いが、ふわりと溶けていくのを感じながらも、私も二人のその遣り取りに、安心して、ホッと胸を撫で下ろした。
そうして、お父様曰く、魔女に関しては遺伝などではないとされているけれど、もともと、シュタインベルクの皇族自体が金を有していることから、『太陽の子』に関しては、遺伝や血筋などが大いに関係しているらしく、代々、シュタインベルクの皇族の中には、魔女だけではなく、ウィリアムお兄様のように、オッドアイで赤を持つ者が生まれてくることも、度々、起こっていたらしく……。
アルヴィンさんも、あの食事会の時に、シュタインベルクが繰り返し行ってきた歴史については、私達に教えてくれていたし、私達自身も、ベラさんのことを助ける方法がないかと禁書庫に行かせてもらったときに、おおよそ、そういったことなどに関しても、そうなのではないかと推測していたけれど。
やっぱり、私達の予想通り、皇女からは、魔女が排出されていたり、太陽の子についても、決して、シュタインベルク内で、そういった名前が浸透していた訳ではないものの。
一般的な人達よりも、自然治癒力が優れている人間が度々現れるということについては、国の秘匿情報として、代々、受け継がれてきており、今は、人権を考慮して、そういったことはしていないけれど、昔は、彼等が、諜報員として影となり、この国を支えていたのだと、私達に教えてくれた。
『私は、お前達のことも、魔女達のことも、非道に人権を無視して、国だけのために身を粉にするようにと言うつもりはないし、これから、魔女達のことや、ノクスの民、太陽の子と呼ばれる者などに関して、赤を持つ者達については、しっかりと考えていかねばならないだろうな』
そうして、ウィリアムお兄様が『太陽の子』だという事実を通して、お父様と、その話が出来たことで、更に、魔女や赤を持つ人達の人権について考える良い切っ掛けになったことだけは確かだった。
ウィリアムお兄様も、お父様に自分のことを話せたことで、肩の荷が下りた様子で、ホッとしていたし、私的には、それが一番嬉しかったことかもしれない。
ということで、その場にいたみんなで、しっかりと話し合った結果、どうしても、アルヴィンさんのことなどといった事情も含めて考慮すれば、もう既に、色々なことを知っているローラやエリスには、ウィリアムお兄様のことに関しても、きちんと伝えておいた方が良いだろうとお父様の判断で、二人には、詳しく事情を説明することとなり……。
そのことで、私自身は、今回の、ソマリアへの外交に、二人が付いてきてくれることになって凄く心強かったものの。
護衛騎士の任に就いてくれているセオドアを除けば、ウィリアムお兄様と私とルーカスさんとアルで4人もいるのに、2人しか侍女がいないということで、ローラもエリスも、これまで、私達以上に動き回り、私達のお世話をするために侍女の仕事を、しっかりと熟してくれていて、あまり休むことすら出来ていないと思う。
だからこそ、私が、二人に向かって声をかけると、パァァァッとその表情を輝かせ。
「ありがとうございますっ、アリス様!」
と、茶器の準備をしてくれながら、こちらに向かって嬉しそうに声をかけてくれたエリスと……。
「私達にも、お気遣いくださって、本当にありがとうございます、アリス様。
もう暫くしたら、温かい紅茶が出来上がりますので、そのあと、お言葉に甘えて、私達も一緒に休憩させてもらいますね」
と、ポットに湯を張ってくれて、中の紅茶が美味しくなるように、ほんの少し蒸らしてくれていたローラが穏やかな口調で、私の方を見てくれたことで、どうせなら、休憩をしてくれているみんなにも喜んでもらいたいと感じつつ、私も、そわそわ、パタパタと二人を手伝うように『確か、今朝、朝ご飯の時にも使っていた、コンフィチュールの残りがまだあったはず……っ!』と、一緒に準備をしていく。
そんな、私の様子を見て……。
「お姫様、俺たちのことも考えて、色々と準備をしようとしてくれているのは分かるんだけどさ、ゆっくり座ってくれたら良いよ。
……きっと、凄く疲れてるでしょっ? 俺のところに、おいで」
と、ルーカスさんが、応接室の横に長い、複数人、腰掛けることの出来るソファーの上で、ぽんぽんと、柔らかく自分の隣の席を数回叩いてくれた上で、ソファー席へと座るように誘ってくれたことで、私は、目を瞬かせ、『……わぁっ、ルーカスさん、ありがとうございます』と、声をかけ、コンフィチュールの瓶を両手で握りしめながら、ルーカスさんの方へと駆け寄ったあと……。
「あの、それじゃぁ、遠慮なく……、お言葉に甘えて、お邪魔しますね……っ」
と、ちょこんと、ルーカスさんの隣へと座らせてもらうことにした。
その瞬間……。
私が、そんなふうに、ルーカスさんの隣へと座らせてもらうと、それまで、私の隣に立ってくれていたセオドアも、『姫さん、俺も隣に、一緒に座っても良いか?』と、声をかけてくれて、ルーカスさんとは反対側の私の隣に座ってくれたことで、私は二人から挟まれるような形になったんだけど……。
「あのさぁ、セオドア、こういう時くらい、俺に譲ってくれようとか思わないのっっ?
お前は、いっつも、お姫様を独占してるんだからさっ。
……たまには、俺がここで、お姫様と過ごすのを許してくれたっていいだろっ!」
と、どうしてか、不服そうに唇を尖らせたルーカスさんと。
「……さりげなく、姫さんを自分の横に座らせようとしたお前が悪い。
俺は、6年前にも言ったはずだろう? どんな時も、その隣を、決して、誰にも譲る気なんてないって」
と、それに対して真っ向から受けて立つような感じの視線を向けたセオドアの二人ともが、私を間に挟んで、軽い言い合いというのとは、ちょっと違うと思うんだけど。
『どっちが私の隣の席に座るか』というところで、牽制し合うように言葉を掛け合い始めたのが見えたあと、私自身は、『どちらも、私の隣に座っているのにな……』と感じつつ、私には今ひとつよく分からないけれど、バチバチと二人の間に謎の火花が散って行くような気がして、戸惑いながらも……。
「あの……、二人とも、落ち着いてください……っ。
今ひとつ、よく分からないんですけど……、私の隣の席に座ることなんて、本当に、そんなにも特別なことではないですし、言ってくれたら、普段から、いつでも、その隣に座るようにしますっ。
それに、その……っ、私自身は、セオドアとルーカスさんの二人と、隣の席に座れて凄く嬉しいですよ」
と、慌てて、フォローするように意気込みながらも、柔らかく微笑んで、自分が思っていることを正直に伝えると、二人とも、私の方を見て、『違う、そういうことじゃない』と言わんばかりに、訂正したいというような雰囲気で、同じような視線を向けてくるものだから、私は1人、戸惑ってしまった。
「あのさ、お姫様、本当に、ちゃんと分かってる?
今、ここで、俺たちの隣に座れることが嬉しいだなんて言っちゃダメでしょ」
そうして、何故か、私のことを困ったように見つめてきたルーカスさんから、『そういうことを言っちゃだめ』と、ダメ出しを喰らってしまったあと。
「オイ、いい加減にしろよ、お前達。
勝手なことばかり言って、アリスを困らせるようなことをするな」
と、呆れた雰囲気で、ウィリアムお兄様が窘めるような言葉をかけてくれたことで、セオドアも、ルーカスさんも、お兄様の言葉を聞いてくれて、ひとまず、この場の状況は、それで、おさまることになった。
そうして、長い旅路で疲れていた身体を、ほんの少し癒やすように、そのソファーの上で、ゆっくりと寛がせてもらおうと感じながらも、今、この瞬間にも、私自身が手に持っていたコンフィチュールを、テーブルの上に置かせてもらって、ローラが淹れてくれている、もうすぐ出来上がる紅茶を心待ちにしながら、ワクワクと心を弾ませつつ。
いつもの癖で、無意識に『ローラが淹れてくれる紅茶、楽しみだね……っ』と顔を上げて、セオドアの方へと視線を向けた上で声をかければ、思いのほか、セオドアの顔が至近距離にありすぎて、あまりにも近かったことで、『わっ、びっくりした……っ』と、ドキッとしながら、思わず、内心でそう思ったあと、パッと視線を逸らしてしまった。
子供の頃は、あまり何とも思わなかったけど、自分の身長が多少なりとも伸びたことで、椅子に座っていると、どうしてもそれだけで、セオドアとの距離が近くなり、たまに、緊張してドキドキとしてしまうことがあって、胸の奥がキュッとなってしまうような感覚に、戸惑ってしまうことがある。
そんな私を見て、『姫さん、どうした?』と、セオドアが声をかけてくれたんだけど、私自身も、この感覚が一体何なのか、今ひとつよく分かっていなくて、きちんと説明することだ出来ないし。
もしかしたら、そんなふうに思うのは失礼なことかもしれないと、いつも、『ううん、何でもないよ』と、微笑みながらも、今感じた感情があまり表に出てくることがないようにと、なるべく取り繕うようにしていた。
「アリス様、ウィリアム殿下、紅茶が入りました。
皆様で、一緒に、頂くことにしましょう……っ」
そうして、ローラとエリスが、トローリーワゴンに乗せて、人数分のカップを運んできてくれると、それまで、賑やかだったこの部屋の一室で、ウィリアムお兄様が真剣な表情をしながら、セオドアに視線を向けてくれたあと……。
「それよりも、セオドア。
お前、確か、昔、傭兵として、ソマリアで仕事をしていたって言っていたよな?
その際に、王であるギュスターヴ国王陛下とも関わりがあるようなことを言っていなかったか?」
と、質問を投げかけてくれると、セオドアもその言葉に『ああ』と頷き返しながらも、ウィリアムお兄様に対して、同様に、真剣な表情を浮かべてくれるのが見えた。
ウィリアムお兄様が、今ここで、セオドアに何を聞きたいのかということは、きっと私を含めて誰もが悟ったと思う。
僅かな違和感かもしれないけれど、私達が玉座の間でお会いした、さっきの、ギュスターヴ国王陛下は、一国の王としては、その様子が、ほんの少しおかしかったように思う。
美味く説明することは難しいんだけど、明らかに、その精彩を欠いていたように感じるし……。
それが、元々、国内外で、ギュスターヴ国王陛下が、そういった人なのだと噂が流れているというのならまだしも、大国であるソマリアの君主として、ギュスターヴ王は、それこそ、君主になった頃から、その手腕を持ってして、しっかりとした政治を行うような人として有名だったみたいだから……。
今回、シュタインベルクから私達が来たことは、シュタインベルク側だけではなくて、ソマリア側にとっても何よりも有益な外交になるはずで、出来ることなら、自らも積極的に関わりたいというふうには思うはず。
――その機会を、一国の君主である、ギュスターヴ国王陛下がみすみす逃すようなことをするだろうか?
逆に考えた時に、もしも、それがお父様ならば、そういったことは、絶対にしないだろう。
『何としても、私達とは交流を持ちたいと思うはず……』
だからこそ、生じた違和感について、ウィリアムお兄様が、そのことを懸念して、この場において、ギュスターヴ王に会ったことがあるというセオドアに対して、意見を求めてくれているというのは私にも理解することが出来た。
「ソマリア自身、多分、今もそうしているんだろうけど……。
俺が、ソマリアで傭兵をすることになった時、ソマリアは、ごろつきや移民なんかを、日雇いの仕事で積極的に受け入れて、仕事の斡旋をしていたんだ。
そういったごろつきや、移民に対しては、自国民と違って安い金額で雇い入れることが出来るし、その代わり、明日食うにも困るような連中の食事や生活なんかに関しては、ある程度、保証されるっていう触れ込み付きでな。
だからこそ、そういった触れ込みを魅力的に感じて、ソマリアへとやってくるような奴らは多いし、実際に、物の運搬などで、力仕事を任されたり、仕事が出来るようになって、多少信頼されてくるようになれば、国の案件などでも雇われたりすることもある」
そのあとで、セオドアが、ウィリアムお兄様の質問に答えてくれる前に、ソマリアが、移民などを受け入れていることについて説明してくれるような言葉が返ってきたことで、私自身も、その言葉には納得することが出来た。
特に、それに関しては、大国として、体力に自信がある人や、職に困っている人達を積極的に受け入れて、日雇いの仕事などを斡旋することで、ソマリア自身が、力仕事などを必要とする場面において、労働力を手に入れることが比較的に容易になるというメリットもあるとは思う。
「前にも話したと思うが、俺自身は、基本的に、ソマリアの影となって活動しているような短髪の男との関わりが深くて、基本的には、その男から仕事の斡旋を受けていたんだ。
……でっ、仕事の出来高で、ソマリアの諜報員のような仕事に足を突っ込みかけたところで、国王に紹介されることになった訳だが、俺自身も仮面を付けていたし、向こうも、きちんとした顔が見える訳じゃなく、布越しの対面だったから、その姿自体を実際に見た訳じゃない。
ただ、今思えば、その時も、二言、三言くらいしか会話をしなかったが、あまり、一国の王として威光を放っているって感じじゃなかった気がする。
それに、その時も、王自身が色々と俺に話しかけてきたというよりは、俺と深く関わってきて、内心で、俺のことを見下していたような、影の男の方がよく喋っていたと思うしな」
――まぁ、影の男の俺への接し方が、あまり良くないものだったから、ギュスターヴ王が、どんな人間であれ、どちらにせよ、その時の俺自身は、あまり良い印象は持たなかったんだが……。
そうして、セオドアから、続けて言われた言葉に、そういえば、前にも、そんな話になった時に。
『まぁ、俺自身、傍から見ても、はっきりとノクスの民だってことは分かるし。
適当に鎖で繋いで、何でも言いなりに出来る奴隷にしておくのは許せるが、自分の所の影として“それなりの待遇で召し抱える”のは許せないって考える奴も多い。
ソマリアの国王がそうだったのかどうかは、そこまで深入りしてないから知らねぇけど。
俺を使う側の影の奴はあからさまに俺の事を見下すような態度ではあったし、あまり、良い記憶じゃなかったのだけは確かだ。
唯一、影として働く上で、文章に関して一通りは読めた方が良いってことで、基本的な文字の読み書きとか計算をタダで勉強させて貰えたのは有り難かったな』
と言っていたことがあったなぁ、と、私は、その時のことを頭の中で思い出してから、ギュスターヴ国王陛下に対してというよりも、自分と接することが多かったソマリアの影の人の方の態度が悪かったということで、ギュスターヴ国王陛下が『赤を持つ者』に対して、どう思っていようとも、ソマリア側の人達の中に、赤を持つ者を見下すような考えを持つ人が一人でもいるということは、間違いのないことなんだよね、と思う。
それが、セオドアが仕事の斡旋をしてもらっていたという、影の人、1人だけのことなのか、それとも、他にも沢山、そういうことを思っているような人がいるのかは分からないけれど。
だけど、もしもそうだとしても、今回、ソマリア側が『赤を持つ者達を積極的に助けてきたシュタインベルクには学ぶところがある』と、私達を国に招致したというのは事実だし、もしも、ギュスターヴ国王陛下までもがそのように感じていたのなら、わざわざ、ソマリアまで、私達のことを招致するようなことはなかったんじゃないかな……。
……もちろん、今回の一件について、ギュスターヴ国王陛下が、自分の息子であるノエル殿下や、レイアード殿下、そうして家臣でもある、ダヴェンポート卿や、ヨハネスさんといった人達について、外交を一任していることを思えば、全部が全部、そうだと言い切れないような部分もあると感じてしまうけど……。
ギュスターヴ国王陛下については、セオドアが以前、会った時もそう感じたのなら、もともと、そういった雰囲気を持つような人ではあるのかもしれない。
「そうか。……お前の話は分かった。
謁見の際、世間で流れているギュスターヴ国王陛下の噂とはあまりにも違っていたために、俺たち自身も混乱していたようなところがあるかもしれないな。
だが、どんなに、ギュスターヴ国王陛下が、そういった人物であろうとも、今回の俺たちとの外交に、直接、関わって来ようとしないというのは、それだけで異常だな……」
そうして、セオドアの言葉に考え込むようにして、ほんの少しだけ思案したあと、ウィリアムお兄様の口から続けて言葉が降ってきたことに、私もこくりと頷き返し……。
「俺は、それに加えて、今日の船の中の食事の席で、ノエル殿下や、レイアード殿下とかの表情にも違和感を覚えたけどな……。
お姫様が、ギュスターヴ国王陛下と、ダヴェンポート卿の名前を出した途端、誰も彼もが一瞬だけ、動揺したように、その表情を変えてただろう……?
明らかに、何かあるって言っているようなものだけど、それが、どっちに関してなのかは、まだ今ひとつ見えてこないな。
俺自身は、今日の遣り取りを見る限りでは、どちらかというなら、ギュスターヴ国王陛下について、そういう反応を示したのかなって思ったけど」
更に、それから、ルーカスさんにもそう言われたことで、『やっぱり、みんな、今日のお昼の時に、ノエル殿下や、レイアード殿下、それからバエルさんの表情について、気になっていたんだな……っ』と、私だけがそう思っていた訳ではなかったのだと感じながらも、私は、みんなの言葉を聞いて、ギュスターヴ国王陛下に何かしらの問題があるのか、それとも、ダヴェンポート卿に何かしらの問題があるのかと、色々な可能性を視野に入れた上で思いを巡らせていく。
どちらにせよ、ソマリア側の人達が、外交相手である私達に、何かしらの事情を言えなくて隠しているということだけは事実だと思うし。
――それが、直接、今回の二カ国の友好などに影響してこなければいいんだけど……。
今は、隠されているようなことでも、私達が、長期的に、ソマリアへと滞在することが決まっている以上は、いずれ、そういったことに関しても多少なりとも見えてくることはあるかもしれない。
その時は、一体、どうするのが正解なのかもまだ見えてこないけれど……。
と、私が、頭の中で、そう思ったところで……。
コンコンと、扉をノックするような音がして。
「失礼します。シュタインベルクの皆様、今、お時間、宜しいでしょうか?」
と、誰かの声が、扉の外側から聞こえてきたことで、弾けるように顔を上げた私とは対照的に、一度だけ私達の方を見渡して、『ほんの少し、喋るのをやめてくれ』と目線だけで指示を出してくれたお兄様が、どこまでも冷静に……。
「あぁ、別に構わないが……」
と、扉の外側にいる人へ向かって声をかけてくれると、キィっという音と共に、この部屋に入ってきた燕尾服を着用した、まだ年若い、どこかぼんやりとした顔つきをした私達と同じくらいの20代前半くらいの使用人と思われるような人が、さっと入ってきた上で、私達が座っているソファーまで近づいてきてくれたあと、胸に手を当てて……。
「シュタインベルクの皆様に、ご挨拶いたします。
……私、ダヴェンポート卿から、指示を受けて、本日から皆様のお世話を仰せつかって、使用人頭をすることになりました。ダヴェンポート卿の部下である、アルフと申します。
どうぞ、これから宜しくお願いします」
と、此方に向かって、丁寧に挨拶をしてくれた。
さっき、ギュスターヴ国王陛下に謁見しに行った際、私達に対して、ダヴェンポート卿が色々とサポートをしてくれると言っていたから、その一環で、部下の人が、わざわざ、私達のお世話に付いてくれることになったと挨拶をしに来てくれたんだろうなとは思う。
勿論、ダヴェンポート卿とは、これから、沢山、関わることにはなると思うけど、普段の私達のお世話の部分に関しては、使用人達に任せなければいけないということもあって、何かあった時に直ぐに、私達の困りごとなどについても把握出来るよう、1人、ダヴェンポート卿の直属の部下を、使用人頭として付けてくれたんだと思う。
目元は、ぱっちりとした二重で、緩やかに垂れ下がっている垂れ目であり、右目に泣きぼくろがあって、パッと見た限りの印象では、物腰が柔らかな雰囲気で、凄く穏やかそうな感じの人に見えることから、彼が私達のお世話係として、侍女や執事達といった使用人達のことを纏めてくれるというのなら、まだ、その性格などは掴めていないけれど、少し安心かもしれない。
ただ、殆ど、お兄様やルーカスさんと年齢が変わらないような、もの凄く若い人が、侍女や執事達を一挙に纏める使用人頭という役職を任されているのだなということには、本当に、ビックリしてしまったけれど。
アルフさん自身も、私達のそんな驚きを、察してくれた様子で……。
「私自身、ダヴェンポート卿の部下になってから、まだ2年ほどしか経っていなくて、日が浅いのですが、有り難いことに、普段の頑張りを見て、重用して下さっています」
と、続けて、補足するように声をかけてくれた。
その言葉に、『そうだったんですね。……これから、ソマリアへと滞在する期間中、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうか宜しくお願いいたします』と、頭を下げれば、アルフさんの瞳が、ほんの僅かばかり柔らかく細められたあと。
「遠い所から我が国にやって来てくださって、今日は皆様、お疲れでしょうから、これから出すお食事に関しては、此方のお部屋で食べて頂くようにと、ダヴェンポート卿より仰せつかっています。
また、ノエル殿下や、レイアード殿下も、その意見に賛成してくださいましたので、これから、この場所へと食事を運ばせて頂きますね」
と、私達に配慮するようにそう言ってくれたことで、私は、ひとまず、どれだけ頭の中で考えても、現状から、ソマリア側が抱えている問題が一体何なのか、その答えには辿り着きそうもないし……。
お兄様達と顔を見合わせたあと、ダヴェンポート卿や、ノエル殿下達の、その気遣いに関して、アルフさんがかけてくれた言葉に甘えることにして……。
あと、一週間ほどで、通うことになる学院生活のことについても、しっかりと考えなければいけないなと感じながら、今日は、なるべく疲れを取ることに専念して、これから、ソマリアで、お互いの国の発展について、一生懸命に頑張っていかなければと決意を固めつつ、みんなと一緒に、ソマリア側が用意してくれたという夕食を食べることにした。