508 ソマリアの第一皇子と、第二皇子
「……っ、ご丁寧な、ご挨拶、本当にありがとうございます。初めまして、ノエル殿下。
アリス・フォン・シュタインベルクと申します」
ソマリアの第一皇子であるノエル殿下から、丁寧な挨拶を受けたことで、私は内心で慌てながらも、傍から見た時には一国の皇女として気品のある雰囲気に見えるよう、カーテシーを作り出し、目の前の人に向かって頭を下げた。
そうして『もし宜しければ、私のみならず、私の傍に立ってくれている此方の二人のことも紹介させて頂きたいのですが……』と前置きした上で。
「私の護衛騎士であるセオドアと、友人のアルフレッドです」
と、セオドアとアルの方へと視線を向けながら、ノエル殿下にも二人の立場を分かってもらえるように簡潔に伝えると、どこで、私達の情報を知り得たのか、合点がいったような様子で……。
「あぁ、彼等が噂の、常に、アリス姫の傍にいて、その身を護っているという二人なのか……っ。
確か、貴女様に絶対的な忠誠を誓っていることで、何かあった時にはいの一番に動いて、その御身を護っている鋭い剣と、幼い頃から色々な能力に長けていて、国内でも評判なほどの知識人でありながら、その傍で、アリス姫を護っている強固な盾として双璧を成している二人だということは、俺も噂で聞いていて知っています。
アリス姫だけでなく、そのように優秀な方々が、我が国へと親善大使に来て下さるだけでも有り難い。
我が国の学院の発展に、大いに貢献して貰えたら……!」
と、セオドアとアルの二人について、何故かもの凄く偏った知識で、私のことを護ってくれている二人だと認識している様子で、私達、全員へと視線を向けながら声をかけてくれた。
そのことから、確かに間違っていない情報ではあるんだけど、一体、どこでそのことを知ったのだろうと凄く不思議に思いながらも、お父様や、外務部官僚の宮廷伯であるスミスさんの情報では、ソマリアの第一皇子であるノエル殿下が私に凄く興味を持っていたということだったけど、セオドアにもアルにも、友好的な態度で接してくれているのが見えたことで私はホッと胸を撫で下ろした。
もしかした、ノエル殿下が以前から私に興味を持っていたのなら、セオドアやアルのことも、私のことを調べる過程で知り得た情報なかもしれない。
その上で、セオドアやアルも、ノエル殿下が友好的に接してくれていることで、先ほどまでは、私のことを心配してくれていた様子だったものの、ノエル殿下のその様子に、ほんの少しだけ、安心した雰囲気に変わっていってくれた。
そうして、ノエル殿下のその言葉に、私が返事をしようとしたタイミングで、周りの人達や、カジノのディーラーさんなどが騒ぎを知らせてくれたのか……。
貴族しか乗らないような、こういう船の中にあるカジノだとしても、海の上という閉鎖された空間の中で、度々、乗客間同士のトラブルなどは起きてしまったりもするみたいで、何か問題が起きた時のためにと常駐してくれている警備兵が、お酒の飲み過ぎと、負けが込んでしまっていたことで、私に対して言いがかりのようなことを言ってきていた貴族の男性を捕まえるために、この場にやってきてくれた。
先ほど、セオドアとノエル殿下が、この場所で、この貴族の男性の非について責め立ててくれたことで、大分、自分の分が悪いと感じたような様子で声のトーンも下がり、静かになってくれてはいたのだけど。
騒ぎを聞きつけてくれた警備兵の姿が見えたことで、『……っっ』と、その場で息を呑み、観念した雰囲気で大人しくなっていく目の前の貴族の男性に、流石にこの状況になったことで、自分の状況を省みて、ほんの少しでもまずいと思ってくれていたら良いんだけどと感じながらも、私は、複雑な気持ちで、警備兵さんが、かなり厳しめな口調で『こっちへ来い』と声をかけたことで、この部屋を出て行くことになった、その貴族の後ろ姿を見送ることにした。
乗客同士のトラブルで、なおかつ、皇女である私がいるということもあって、慌てた様子で、いつも以上に、しっかりと捕まえなければいけないという認識が、やって来てくれた警備兵さんの中にもあったんだと思う。
あと2日ほどの航海だとはいえ、ソマリアに到着するまでは、ひとまず、その身柄は、船の中に用意されている個別の専用部屋に隔離されることになるだろう。
そのことで、セオドアは勿論のこと、第三者であるノエル殿下が客観的に私達のことを見て証言してくれた上で、この騒ぎをおさめるために、間に入って助けてくれたことは間違いないだろうと感じて……。
「ノエル殿下……。
改めまして……、先ほどの件で、第三者の目線から見た上で、私のことを庇って下さるような証言をして頂けて、心からお礼申し上げます。本当に、ありがとうございました」
と、私が、皇女として凛と背筋を伸ばして、正しい振る舞いをしようと、その状態を維持したまま、ノエル殿下に向かって口元を緩ませながら微笑んでお礼を伝えると、ノエル殿下も、私の方を見つめてくれながらも。
「いえっ、お気になさらず……っ。
俺が間に入ることについては無粋かとは思ったのですが、貴女様のお役に立てたというならば、何よりです」
と、本気で言っている訳ではないだろうけど、冗談や社交辞令さのようなものを私達が感じないようにと配慮してくれたのか、そういった雰囲気は、一切消して、あくまでも、一国の皇子としての体裁を保ったまま、此方の方へと、カラッとした雰囲気で声をかけてくれた。
ノエル殿下自身、私に対しては敬語で話してくれているけれど、本来は、『あーあ、その目は本当に節穴かっ、てな。喧嘩も、祭りも、賭け事も、派手にやるのが粋だっていうけどよ、お祝いムードに水を差すようなことまでしてちゃ、ちょっとばかりおいたが過ぎるんじゃねぇかっ?』と、貴族の男性に向かって咎めるような口調で声を出してくれていた方が、きっと、素の状態なんだよね……?
こうして、改めて、ノエル殿下の姿を見つめてみると、何て言うか、凄く華やかな雰囲気を持っている人だと思う。
クール寄りのセオドアやお兄様とは違うのは勿論のこと、同じく華やかな雰囲気があるルーカスさんともまた違って、何て表現したら良いのか分からないんだけど、派手な雰囲気や振る舞いを持っていて、好んで赤を身につけているという前評判の通り、常識に囚われずに型破りな様子で、パッと目を引く感じといったら分かりやすいだろうか。
第一印象から、本当に何から何まで、もの凄く目立っている人だなと、頭の中でノエル殿下の印象について考えていると……。
「ごめん……っ!
ドリンク売り場が混んでて、遅くなっちゃったけど、お姫様、大丈夫だったっっ?」
と、人混みをかき分けるように、此方に向かって駆けつけてくれたルーカスさんと……。
「一体、これは、何の騒ぎなんだ……っ? 何があった?」
と、同じくルーカスさんと一緒に声をかけてくれたウィリアムお兄様の姿が見えたことで、私は、『お兄様っ、ルーカスさんっっ!』と二人の名前を呼んで、二人が、この場に駆けつけてくれたことに、ホッと胸を撫で下ろした。
とはいっても、お兄様やルーカスさんが来てくれる前にはもう警備兵が来てくれて、私に言いがかりをつけてきていた人をつまみ出してくれたことで、騒ぎの中心で、あまりにも目立ってしまっていた私達を取り囲んでいた乗客達の間にも安心するような雰囲気が広がり……。
カジノの間中、私とも凄く仲良くなって親しく話すことが出来るようになっていたオルブライトさんが眉間に皺を寄せて怒ったような雰囲気をみせてくれただけでなく。
この場にいる一般の乗客達の殆どが、私に対して凄く同情的な雰囲気で、『面倒な人間に絡まれてしまって、皇女様も、折角のプライベートな雰囲気のご旅行中でいらっしゃったみたいですのに、本当に、お可哀想に……っ!』という空気感が、辺りに広がってくれたことで、味方も多かったし、私自身は何ともなくて、無事だったのだけど。
ちなみに、私達がこの船に乗船した頃は、皇宮で働く官僚達などは事前に情報を知っている人が殆どではあったものの、国内で、世間に向かって大々的に私達がソマリアへと親善大使として留学に行くということは発表されていなかったこともあり、この船に乗っている乗客達は、みんな私達がソマリアへ行く目的については知らないと思う。
流石に、私達が離れて2週間ほど経った今では、お父様がきちんと発表してくれているはずだから、国内を離れて、おおよそ二週間ほどが経っている、今現在のシュタインベルクでは、私達がソマリアに親善大使として留学をしに行っているということは、広く世間一般の人達にも知れ渡って伝わっているはずだけど、それでも船の中で、情報を知る手立てがない以上……。
ここにいる殆どの人達が、私達が休暇を取って、ソマリアへと旅行に行っているのだと思い込んでいるみたいだった。
それでも、先ほどのノエル殿下の言葉によって、ちらほらと、私達が『親善大使』として、ソマリアに行くのだと聞いて、動揺しているような雰囲気の人達も中にはいたけれど……。
それから、私は、もう既に、解決したことだとはいえ、一応、今回の一件については、お兄様達にも報告しておく必要があるだろうなと感じて、お兄様とルーカスさんに向かって事情を説明していくことにした。
「いえっ、それが、実は……、先ほどまで、バカラで遊んでいたんですが。
私自身、凄く運が良かったみたいで、偶然も重なって、連続で勝ってしまうような状況になってしまったんです……っ。
それで、一緒にゲームに参加していた男性から、私がカジノ側の人達と共犯になって、不正をしているんじゃないかと疑われてしまうようなことになってしまって……」
その上で、私が詳しく事情を説明するために、お兄様と、ルーカスさんに向かって、口を開きかけたところで、お酒も入って、大金が動く場所だということもあり、そういったトラブルに関しては、このカジノという場では、どうしてもつきものだとは思ってしまうんんだけど。
私からその内容を聞いたことで、今さっきまで何が起きていたのかを正確に把握してくれた様子で、明らかに、私のことを心配して、お兄様の瞳も、ルーカスさんの瞳も、見る見るうちに、どんどん険しくなっていくのが見てとれて、私は慌てて……。
「とはいっても、もう、問題自体は解決していますし。
私自身、何事もなく、この通り、ピンピンしていますので、お兄様も、ルーカスさんも、あまり心配なさらないで下さい。
先ほど、セオドアと、それから、ソマリアの第一皇子であるノエル殿下が助けてくれたことで、騒ぎを聞きつけた警備兵も来て下さって、その人を連れて行ってくれたので……っ」
と、もう既に、この問題自体、セオドアとノエル殿下が介入してくれたことで無事に解決済みであることを、二人にも分かってもらえるように、セオドアとノエル殿下の方へと一度ちらりと視線を向けた上で、しっかりと告げていく。
私のその視線と言葉に、お兄様もルーカスさんも、ここに来て初めて、この場に、ソマリアの第一皇子であるノエル殿下がいることに気付いてくれた様子で、私の傍に立っていたノエル殿下の方へと視線を向けてくれた上で。
二人とも、多分、内心では、その存在が、この場にいることにもの凄く驚いたんじゃないかなと思うんだけど、傍から見ても、そんなことは感じさせないくらいに隙がなく、スマートな態度で、居住まいを正してくれたあと……。
「まさか、ソマリア国の第一皇子である貴殿がこの場にいらっしゃるとは思わず、挨拶が遅れて申し訳ない。
ノエル殿下に、ご挨拶を。
ウィリアム・フォン・シュタインベルクと申します。
そして、俺の隣にいるのが、ルーカス・エヴァンズで、今回の留学に関して、俺たちと一緒に貴国で過ごすことになる、エヴァンズ家の、次期侯爵です」
と、お兄様が、ノエル殿下に向かって敬意を払ってくれつつも、一国の皇子同士、対等な雰囲気で、自分の自己紹介とルーカスさんを紹介しながら挨拶をしてくれると。
「ソマリア国の第一皇子である、ノエル殿下に、ご挨拶を。
ただいま、殿下からご紹介にあずかりました、ルーカス・エヴァンズと申します。
もう既に、我が国の主君である皇帝陛下から話は聞き及んでいるかと思いますが、このたび、親善大使として、貴国の学院で、哲学と物理学に関する講師を務めさせて頂く予定になっています。
どうぞ、御見知り置きを」
と、ルーカスさんが、凛とした爽やかな雰囲気で、ノエル殿下の方へと柔らかく声をかけたのが私の目にも入ってきた。
「ウィリアム殿下に、ルーカス殿か……っ!
此方こそ、ご挨拶が遅くなって、誠に申し訳ない。
アリス姫だけではなく、皆様にも親善大使として、こちらの要望に応えて頂いたこと、心より有り難く感じています。
これから、我が国で過ごして頂くにあたって、貴国とは違い、何かと不便もあるかもしれませんが、何卒、宜しくお願いいたします」
そうして、ウィリアムお兄様と、ルーカスさんからの挨拶を受けて、一瞬だけ、私の方を気にするように、ちらりと見たあとで、ノエル殿下が、一国の皇子として、どこまでも明るい雰囲気で、特に、ウィリアムお兄様の方に視線を向けてくれながらも、私達のことも気に掛けてくれつつ。
続けて……。
「それから、俺自身、堅苦しいのは、あまり好きじゃなく……っ!
皆様とは年齢も同じくらいかと思いますし、気軽に、敬語などは取って頂いても構いません!
その方が、俺にとっても話しやすいので」
と、私達全員に向かって声をかけてくれたことで、ウィリアムお兄様も、ルーカスさんも、セオドアも、アルも、どうしてか分からないけれど、ノエル殿下が必要以上に私に興味を持っている感じなのを見て、友好国の第一皇子でもあるノエル殿下に失礼にならない程度に、ほんの少し、心配した様子で気にかけてくれつつも。
「そう言ってもらえるのなら、こちらとしても有り難い。
そちらも、別に俺たちには、気軽に話してくれて構わないから、そうしてくれ」
と、私達を代表して、ウィリアムお兄様が応えてくれたことで、先ほどまでに比べると、随分と、私達の周りにある、この場の空気も、柔らかく砕けたものへと変わっていったと思う。
そのあと、ウィリアムお兄様も、私と同様に、何故、これから私達が向かうはずの国の皇子が、この船に一緒に乗っているのかと疑問に思ってくれた様子で……。
「俺自身、何度か、シュタインベルクに外交などの目的で来てくれた使節団には会ったことがあるが、まさか、このような場所で、ノエル殿下に会うようなことになるとは思ってもみなかったわけだが……っ。
一体、どうして、シュタインベルクの港から出ている、ソマリア行きのこの船に、乗船するようなことになったんだ?」
と、ウィリアムお兄様が問いかけるように、ノエル殿下に向かってそう言ってくれたことで、私達が、その行動で、ノエル殿下を不審に思ったというよりは、ただただ、どうしてなのだろうと感じて疑問に思っていることを、私達の態度で、ノエル殿下自身も気付いてくれたのだと思う。
ほんの僅かばかり、苦笑するような雰囲気を持ったノエル殿下が此方を見て……。
「あぁ、いや、実は……、シュタインベルクの君主であるフェルディナンド皇帝陛下から、親善大使である皆が、この船に乗船してやって来るということは聞いていたし。
俺自身、不躾かとは思ったんだが、ここ数年の間に、目まぐるしいような活躍を見せ、世間でも、一体、どういう方なんだと噂の的になっているアリス姫のことも含めて、ソマリアへとやって来る方達が、どういった雰囲気を持っているのか、どうしても事前に知りたかった。
だからこそ、本来なら、ここで姿を見せるつもりはなかったんだが、楽しい酒と遊びの席に茶々を入れるだなんてことをする無粋な人間がいたもんだから、つい、声をかけてしまうことになったんだ」
と、此方に向かって、どうしてそういった経緯になったのかということについては事情を説明してくれて、ノエル皇子が私に対して、どうして興味を持っているのかという部分はほんの少し知ることが出来たものの。
どちからというのなら、しっかりと説明をしてくれるというよりは、ただただ私達に興味があったからだという表面的な理由の部分しか教えてもらえていないことで、まだまだ釈然としない部分も沢山あって、私はみんなと顔を見合わせて戸惑ってしまった。
(ただ、私達に興味を持っていただけで、わざわざソマリアから、遙々、シュタインベルクまでやってくることになるだろうか?)
そんな私達の視線を受けて、ノエル皇子も、私達がその理由だけでは納得がいっていないことに気付いたんだとは思う。
少しだけ、何て言おうか、戸惑った様子ではあったものの、はっきりと伝えておいた方が良いとは思ったのか。
「まぁ、勿論、それだけじゃなくて、俺自身シュタインベルク国内から輸出されている鉱石などが目当てで来訪したっていった方が、より正しいニュアンスになるかもしれないな」
と、ほんの少しだけ自分の頬を人差し指で描きながら、困った様子でそう言ってきたことで、私は、どうしてそこで『シュタインベルクの鉱石が出てくるんだろう?』と一瞬だけ、困惑してしまったんだけど。
そのあと、続けて……。
「宝石大国であるシュタインベルクで採れる鉱石には、本当に莫大な価値があるしっ!
それだけではなく、資源に使われる鉄や、銅などといったものや、黒色の鉱石であるヘマタイトなど、世間ではあまり価値がないとされるようなものも、本当にどの鉱石をとっても、他国で採れるものよりも、何倍も優れていて素晴らしいと俺は思っているっ」
と、ノエル皇子に力強くそう言われたことで、シュタインベルクで採れる鉱石が価値あるものだということは事実だけど。
鉄や、鋼などといったものはまだしも、赤鉄鉱と呼ばれて、鉄の酸化物からなる黒色の鉱物であり、粉末になってしまった時に赤く見えることから、シュタインベルク国内だけではなく、今まで全く需要がなく、見向きもされていなかったヘマタイトなどといった価値がないとされるようなものも、ノエル殿下は必要としているんだろうかと私は疑問に感じてしまった。
けれど、そこで、ふと、6年前に、ブランシュ村まで行った時に、初めて、ヒューゴに会った際……。
『いや、なにっ、俺は、ソマリアの父とシュタインベルクの母から生まれたハーフなもんでね。
どこの国でも大抵高値で遣り取りされるものだが、たとえ、こっちの国ではゴミ扱いされる鉱石も、ソマリアは特に、シュタインベルクで採れる石についての買い取り価格が高いことでも知られてて、そこそこの値段で売れることは、俺たちみたいな冒険者からすると常識だ』
というようなことを話していたことがあったなと思い出したところで『ソマリアでは、そういった鉱石なども何かに利用しているのかな』と感じて、私がそのことについて問いかけようと口を開きかけたところで。
「いや、俺自身、なにせ、昔から時計などのカラクリを弄ったりするのが好きで、自分でも便利な生活が送れるようにと色々と機械を発明していたりするものだから。
鉄や銅などといったものだけでなく、純粋に、ヘマタイトなどといった赤鉄鉱なども、俺にとっちゃ、重要な資源になっているっていうだけなんだが」
と、予想外にもノエル殿下の方から、どうして、そういった鉱石などが必要なのかを話してくれたことで、私の疑問は直ぐに氷解した。
そうして、私達自身の話については、誰に聞かれても、特に問題のないようなことだったとはいえ、人目もあることからも、本来なら、どこか別の場所へと移動して話すべきだったかもしれないと私が感じていると……。
「……ノエル殿下っっ、やっと見つけましたっ! こちらにいらっしゃったんですねっ、本当に探しましたよっ! 少し目を離した隙に本当に、直ぐにどこかに行ってしまわれるんですからっ!」
と、パタパタと此方に向かって駆け寄ってきたあとで、ノエル殿下に声をかけて来た人がいて、私は思わず、そちらへと視線を向けてしまった。
「あっ……、だけど、あの……っ、仕方がないと思う……っ、バエル。
そのっ……、兄上は、本当にいつも自由奔放で、少しでも、気をつけておかないと……、いつだって、どこかに、ふらっと、いなくなってしまうから……っ」
――きっと、ソマリアで、ノエル殿下とは凄く関わりが深い2人なのだろう。
2人のうちの一人は、ノエル殿下やお兄様達と同じくらいの年齢だと思うから22歳ほどだろうか。
パッと見た雰囲気だけでいうのなら、眼鏡をかけた真面目な優等生タイプっぽい人であり、華やかな身なりと見た目をしていて独特の空気感を持ち合わせているノエル殿下とは、真反対の雰囲気を持っていて、ノエル殿下に対しては親しい口調ながらも、眉を吊り上げ、ハキハキとした口調で、厳しい視線を向けた上で、いつもそうなのか、ノエル殿下のことを叱りつけていた。
それから、もう1人に関しては、歳は私と同じくらいで恐らく成人しているのだと思うんだけど、ほんの少し幼さを感じさせるような雰囲気で、その瞳が隠れるように長めの前髪がかかっていることもあって、少し暗めの影がある様子で、ノエル殿下の方を見つめたあと。
私達の存在に気付いた様子で『あ……っ。アリス姫っ、あ、あの……シュタインベルクの皆様……っ、?』と、目に見えて、みるみるうちに動揺し、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、誰とも目を合わせないようにして、俯くように地面に視線を落としてしまった。
そのことに、私も、セオドアも、アルも、ウィリアムお兄様も、ルーカスさんも、みんなで視線を合わせて、特に、幼さを感じさせるような彼に対して『大丈夫なんだろうか?』という視線を向けたんだけど。
この場にやって来た、バエルと呼ばれていた人の方が、シュタインベルクの皇族である私達が揃って、ノエル殿下と話していたことに気付いて……。
「これは、大変失礼しましたっ!
まさか、この場に、シュタインベルクの皇族の方達、ならびに、皆様がいらっしゃるとは思わず、挨拶もしないまま、ノエル殿下に話しかけてしまって、私の失態です……っ。
帝国の皇太子殿下、並びに、皇女殿下、そうして遠いところから、わざわざ、親善大使として我が国にやって来て下さる予定である皆様にご挨拶いたします。バエルと申します」
と、どこまでも慌てた様子で、何か無礼なことがあってはいけないからと、特に、礼節を持った対応をと心がけてくれているのか、仰々しいまでに頭を下げて声をかけてくれたあとで、私達がお気になさらないで下さいと伝えると、ゆっくりと、その頭を上げた上で、ほんの少し苦い笑みをこぼしながらも……。
「大変、恥ずかしいことなのですが、私、普段は、こうして、御覧の通りに、勝手気ままに動き回って、あちこちで問題を起こす主君、ノエル殿下の御目付け役なのですが。
今は、第二皇子であるレイアード様とも一緒にこちらへと来ていることで、執事として、レイアード様のお世話に関しても一緒に仰せつかっております」
と、話を聞いている限り、誰にも告げずにこの場にやってきてしまったという、ノエル殿下のことを、ほんの少し呆れたような瞳で見つめながら、小さくため息を零したあとで。
隣にいる第二皇子だというレイアード殿下の方へは、僅かばかり困り切ったような様子で、一体どうしたものかと悩ましい視線を向けたのが見えて、その視線に私が疑問を持つよりも先に……。
「こらっっ! レイアードっっ!
いつまでも、そんなんじゃぁ、お前は、これからずっと独り立ち出来ないだろうっ!
ほら、国賓でもあるお客人に、ご挨拶はっ?
今回、大国でもあるシュタインベルクから親善大使として、わざわざ、一国の皇太子殿下や姫君まで来てくれているってことが、どれほど、互いにとって国益に繋がることなのか、お前も、きちんと理解しているはずだろう?」
と、私自身も、きっと、ウィリアムお兄様達も、ここにいるみんなが、別にそんなことは気にしていなかったと思うんだけど、これから、お互いが密に交流していかなければいけないということもあって、一国の皇子として、ノエル殿下が、その立場から、レイアード殿下の態度を注意するように声をかけてくれたことで……。
瞬間的に、レイアード殿下が私達を見るその瞳に、極度に宿った不安感のようなものと、戸惑いが感じられた上に、私達に挨拶をしようと思ってか、何かを言いかけては躊躇って、口を閉じるのを何度か繰り返していたことで、私は『もしかして、レイアード殿下って、もの凄く人見知りな方なんじゃないかな……?』と、感じてしまい。
彼の態度によって、もしもそうだとしたら、人前に出ることだけでも凄く勇気が必要なことなんじゃないかと、思わず心の中で、レイアード殿下の胸中を慮って、私達は、全然、大丈夫だから、躊躇ったりしなくて良いのになと感じつつ。
ノエル殿下に、挨拶はした方が良いと言われてしまったことで、何とか勇気を振り絞った様子になったレイアード殿下の口から……。
「帝国のっ、皇太子殿下と、皇女殿下にご挨拶いたします……っ」
と、私達に向かって、一度だけ、がばりと頭を下げたあとで、そう言って挨拶をしてくれたあと、びくりとその身体を震わせながら、また不自然に私達から視線を逸らしてしまったその姿を見て、レイアード殿下に向かって柔らかく微笑みかけつつ。
「わざわざ、私達に挨拶をして下さり、ありがとうございます、レイアード殿下。
アリス・フォン・シュタインベルクです。
これから、ソマリアでお世話になるかと思いますが宜しくお願いいたしますね」
と、にこりと微笑みながら声をかけていく。
それを聞いて、ほんの少しだけ、私の方を気にするように目線だけ動かしてはくれたんだけど、レイアード殿下は、言葉少なめに、戸惑ったような雰囲気で俯いてしまっているばかりだった。
(親善大使として、ソマリアに来ることになった以上は、ソマリアの王族であるノエル殿下や、レイアード殿下、それから国王様などとも、友好関係を築くために親しくなって仲を深めなければいけないとは思うんだけど、もしかしたら、中々難しいかもしれない。
……レイアード殿下が、私達にこういった態度を見せていることが、どうしても気になってしまうし、その理由が分かればいいんだけどな)
そうして私が、レイアード殿下に対し、ひとまず、今は難しそうでも、まだまだ時間はあるんだし、ゆっくりと仲良くなっていければ良いかなと感じていると……。
「ウィリアム殿下、アリス姫……っ、うちの弟が本当に申し訳ない。
……どうか、許してやってほしい。この通りだ」
と、ノエル殿下が私達に向かって頭を下げて謝罪をしてきたことで、『いえいえ、私自身は別に気にしてませんので、どうか気になさらないで下さい』と、声をかけることにした。
その言葉に、ノエル殿下が私達に向かって有り難いという視線を向けてきてくれた上で、レイアード殿下も現在、ソマリアの学院に通っているらしく、私とは恐らく同じクラスになるだろうから、こんなことを言うのも変かもしれないが宜しく頼みたいと言われたことで、『いえっ、とんでもありません。こちらこそ、宜しくお願いします……!』と、声をかけたあと。
「予定にはなかったことだが、少し、顔合わせが早まってしまったことで、こうして、アリス姫のみならず、ウィリアム殿下や、ルーカス殿とほんの少しでも遣り取りすることが出来て良かったと思う。
会話をすることで、その人柄についても、触れることも出来たから……っ。
ソマリアでも、俺たちと親しくしてくれたら、こんなにも喜ばしいことはない」
と、ノエル殿下からそう言われたことで、私もその言葉に快く承諾するように返事を返してから、ひとまずは、一度、ノエル殿下達とは別れ、自分達の客室まで戻ることにした。