505 クルーズ船へ
私達が、皇宮でソマリアへと行く準備をしていたら、その日はあっという間にやってきた。
ここ数日、バタバタと忙しく、ローラにもエリスにも協力してもらって荷物をトランクに詰めていたり、ツヴァイのお爺さんに、ソマリアに行くことで国内を離れる旨を伝える手紙を送ったことで、シュタインベルクとソマリアの距離が離れていることから、それだけで時間がかかってしまい、今まで通りとはどうしてもいかず、少し手紙の遣り取りがしにくくなるかもしれないと告げると。
ツヴァイのお爺さんから直ぐに返ってきた返事には、『皇女様の細かい事情については了解しました』と、私の言葉に納得してくれた一文を記載してくれたあとで、今までにも何度か、その姿に似た目撃情報がなかった訳ではないんだけど。
今の今まで消息不明だったアルヴィンさんとアーサーによく似た人物が、ソマリアで目撃されたことで、今回は、この6年で殆ど信憑性が薄かった情報とは違い、そうである可能性の方が高いと踏んでいると明記してくれた上で『皇女様がソマリアに行くことになったこのタイミングで、二人の目撃情報について信憑性の高い情報が入りこんできていることを思うと、決して偶然だとは思えませんし。二人が、ソマリアで何をしようとしているのかは分かりませんが、どうぞご無事で』と、どこまでも警戒してくれている様子だった。
この6年で、ツヴァイのお爺さんとは、頻繁に連絡を取り合い、より詳細に、アルヴィンさんの行方を捜すために、特に、国内でフードを被った人達が起こした事件があって以降は、『アルヴィンさんが魔女である私を狙ってくるかもしれない』ということなどは、明け透けに、打ち明けていた。
実際に、アルヴィンさんが私の前に最後に姿を現したのは6年前のお食事会の時だったけど、それでもこの6年の間に、その存在を忘れたことはなかったし……。
どこまでも難しい表情を浮かべて思案してくれていたアルが『もしも仮に、アルヴィンが言っていた通りの未来を目指そうとするのならば、音沙汰も何もないこの時期に、他の魔女達を助けた上で、その力を目的のために使うようにしたり、もしかしたら、過去にドワーフが作った古代の遺物、アーティファクトと呼ばれる魔導具を自分の目的のために探したりしている可能性がある』と仮説を立ててくれた上で……。
――あまり考えたくはないが、アルヴィンがいう、理想の赤を持つ者のための未来を作るのに行動するとするならば、恐らく、そんな考えになるのではないか……、と言っていたから。
だからこそ、アルヴィンさんの気持ちになったつもりで、色々とその言動について先回りをするように、アルヴィンさんの目的から逆算して、どういうふうに動くだろうかというところで思考を巡らせていたアルが辿り着いてくれた一つの仮説に、アーティファクトというものについては、私には、全く聞き馴染みのないものであったけど、魔法石がはめ込まれたドワーフの作った便利な道具のことを、全て総称して、アーティファクトというらしく。
アルがいうには、たとえば、セオドアが持っている魔法剣も、アーティファクトに分類されるし、6年前の食事会の時にアルヴィンさんが、テレーゼ様の悪事を暴露するために、映像を空に映し出す黒色の物体を持っていたように、それも、恐らく、アーティファクトで間違いないだろうということだった。
アルがその思考に辿り着いてくれたのが、今からおおよそ4年ほど前のことで、その頃から、もしもアルヴィンさんの手元に、ドワーフの作った貴重な遺物であるアーティファクトの殆どが渡ってしまうようなことになれば、セオドアの持っている魔法剣のように、あまりにも戦況を左右しかねないようなSS級の遺物などが見つかった際には、今よりも、もっと厄介な状況になって、『実際に、アルヴィンが、アリスを攫いにくるようなことがあっても、止められない可能性もある』ということで、私達も、この6年間で出来る限り、アーティファクトの存在については、ツヴァイのお爺さんに頼んで優先的に捜して回収しに行ってもらっていった。
そうして、その問題に、今現在、一役買ってくれているのが、私の友人でもあるマルティーニ家の子爵令嬢である芸術方面のことに詳しいナディアだ。
というのも、私達が知らず知らずのうちに、この世界でも名を馳せていたような芸術家が、実際は、この世を生き抜くために、人間の名前を騙って生活していた『ドワーフ』だったということもあり得るらしく……。
6年前から、その片鱗は見せていたけれど、ナディアは美術品を見る目に長けているだけではなく、そういった美術関係の情報のスペシャリストであり、今現在、既に名を馳せている芸術家の作品だけじゃなく、本当に誰も知らないようなマイナーな作品を手がけていた人達の細かい情報なども含めて、歴史や、その芸術家が活動していた年代と地域に至るまで、様々な情報に関して、本当に右に出る人がいないのではないかと思えるくらいに古美術に精通していた。
更に言うなら、遺跡や考古学などの観点から見た未発掘の芸術品や遺物などについても、詳しく勉強をしていて、最初は本当に偶然だったけど、私達自身も色々な情報について知っているナディアに助けられ……。
アーティファクトのことなどを探す必要が出て来てからは、無料でそんなにも凄い情報を教えてもらう訳にはいかないからと、お父様にも協力してもらい、6年前の御茶会の時に、マルティーニ伯爵家の一人娘だったミリアーナ嬢が私に仕出かしてしまったことで、どうしても良くない噂として醜聞が立ってしまっていたのを助ける目的で、ナディアの実家であるマルティーニ子爵家に便宜を図りながら、『お父様が国のために、その情報を求めている』と、肝心なことは濁しつつも、ナディアからは情報を教えてもらうことに……。
ナディア自身は、私には多大なる恩があるからと無償で色々と教えてくれようとしたのだけど、それでは私の気が済まないから、マルティーニ子爵家をお父様が重用しているという情報を社交界でも流したり、私とナディアが親しいということを周囲にも見せつけることで、子爵家という、貴族の爵位の中では、そこまで大きな家柄ではないけれども、皇宮からも特別な待遇を受けている家柄なのだというイメージを付けることが出来ていて、そのお陰で、更に、ナディアや、マルティーニ家からは感謝されることになっていたり……。
その結果、ツヴァイのお爺さんが、アルヴィンさんが作り上げた、スラムの絶対的な組織であるナンバーズの諜報員を動かしてくれることで、実際に、幾つか、ドワーフが作ったという古代の遺物、アーティファクトを探し当てることにも成功していた。
その上で、アルヴィンさんが、今現在、ソマリアにいる可能性が高いという情報について、みんなとも話し合ったんだけど、もしかしたら『魔女の研究が大分進んでいるというソマリアにおいて、魔女関連のことで、アルヴィンさんが目的としている未来のために、何か重要な事柄があるのではないか。……そのために、ソマリアで何かしようとしているのではないか』というのが、お父様も含めて、ウィリアムお兄様、そして、セオドアと、アルと、私の間での共通認識だった。
そうして……。
「うわぁぁぁ、潮風が当たって、凄く気持ちいいね……っ!
こんなふうに、船に乗って、どこかに行くことは初めてだから、本当に、ドキドキしちゃうなぁっ」
と、今現在、私は、シュタインベルク唯一の港町であるライラックという町にある港へと、みんなと一緒に来た上で、海の中に優雅に佇む、最新式の外交用の帆船である、木造で出来た、4本マストのガレオン船の方を見て『基本的には貿易船として活躍していることが殆どだって聞いたけど、本当に、もの凄く大きな船……っ』と、思わず、驚きに目を丸くしてしまった。
今まで、船といったら、戦争の用途で使われるか、貿易商などが各国との貿易のために使用したり、未開拓の土地を開拓するなどといった用途のみでしか使われておらず、遠く離れた距離にある場所にも行けるような大型船を総称するガレオン船についても、貿易船としての活躍が主な用途だったんだけど。
3、4年ほど前から、貴族達の間で、爆発的に、他国に旅行をするのを目的として、ガレオン船の内部を貴族向けに豪華に改良した船が、周辺の国々に最短距離で行けると評判になり、流行り始めたことで、今では、こういった富裕層の人達向けに、沢山の船が作られるようになるまでに成長していた。
ちなみに、これについては、私自身もあまり船のことには詳しくはなかったものの……。
巻き戻し前の軸でも私が14歳になる頃には、貴族の間で流行り初めて、どこかの貿易商の人が独占的な権利を有していたことから、社交界でも、新しいものとして流行りに乗った貴族の人達がこぞって利用するようになったんだけど、船の数が少ないのに、爆発的に利用者が増大してしまったことで、あまりにもチケット代などが一気に高騰して跳ね上がり、それに味を占めた貿易商が船を量産し始めたんだけど、最終的には船の生産が追いつかず、利益を求めて、杜撰な生産をするようになったことで、海域での事故なども多発し……。
更に、その市場を一つの貿易商が独占していたことで、他の商人達が、似たような船を作ることなどは許されず、結果的に我が国での船の進歩を著しく遅らせてしまう要因になってしまって、最初は好意的に受け入れられていたものの、のちに、色々な面を踏まえて考えれば、あまり良くない負の産物だったと否定的に見られるようになってしまっていた。
だからこそ、このまま放っておけば、海域での事故で、けが人なども多く出てしまうだろうし、誰にとっても良くないことになってしまうと……。
今回の軸では、そういったことを打開するために、私自身も、お父様に『こういった富裕層の人達に向けた船を国で作った上で、どんな貿易商の人も同様のものが作れることが出来るよう、どこか一つの貿易商が船の権利を独占することのないようにしてみるのはどうでしょうか』と、アイディアを出すことで、それが功を奏し、一番初めに、国がそういった船を、世間に向けて大々的に発表して出すことが出来たというのもあり、今回は、そういった事態については回避することが出来たと思う。
その上で、巻き戻し前の軸で権利を独占していた貿易商なども、無理な造船はせずに、今のところ緩やかに、巻き戻し前の軸で発表していた幾つかの船を出していることから、それなりに利益も出ていて、完全に、彼等の利益を潰すこともなく、人命も守られることになって私はホッと胸を撫で下ろしていた。
……そういえば、巻き戻し前の軸では、船の権利を独占していた貿易商の援助をする形で、確か、宮廷伯のうちの誰かが、この一件に絡んでいたという噂があった気がするんだけど、もう既に、前の軸でのことだから、私自身も誰が、そういった出来事に関与していたのかということについては忘れちゃってるな……っ。
――今回の軸では、そういった噂は、私の耳には届いてきていないけど、もしかしたら、巻き戻し前の軸と同様に誰かが関与していたりもするんだろうか?
ぼんやりと、頭の中でそう思いながらも、頭の中を切り替えることにして、海があることから、石と石の隙間から水が地面に吸い込まれるように作られている大ぶりの石畳で出来た港の上で、目の前の船へと視線を向け、頬を擽り、ふわふわの柔らかな髪の毛が靡くように強い風が吹き抜けていくのを感じながら、パァァァッと表情を輝かせた私を見て、セオドアや、お兄様、ルーカスさんが隣で目を細めてくれて、ローラやエリスが微笑ましいようなものを見る目つきで私を見てくれたのが目に入ってきた。
「船を見ながらはしゃいで、嬉しそうな表情の姫さんが見られるのは俺も嬉しいんだが、転ばないようにだけ気をつけてくれ。
……まぁ、たとえ、姫さんが転んだとしても俺が絶対に護るつもりでいるから、安心してくれたらいいんだけどな」
そのあとで、私が少しだけはしゃいでいるのを見て、セオドアが優しく声をかけてくれるのを聞きながらも。
「因みに、俺自身も、ソマリは行ったことがあるし、向こうで傭兵のような仕事をしていた関係上、仕事の依頼などで何度か船に乗ったこともあるが、こんなにも大きな船に乗るのは初めてだな。
ましてや、4年ほど前に姫さんがアイディアを出していた、今じゃ、すっかり人気になっている貴族御用達の豪華な船に自分が乗る日が来るだなんて、思いもしていなかったんだが……」
と、続けてセオドアが声を出してくれたことで、そういえば、セオドアは、私と会うまではソマリアにいて、それこそ王族とも関わるような色々な仕事を請け負ってたんだよねと内心で思いを巡らせつつ、セオドア自身も、ソマリアの第一皇子については会ったことがないと言っていたから、ここに来るまでの間にも、お兄様達と一緒に、私のことが気になっているというソマリアの第一皇子については心配してくれていたんだけど……。
ひとまず、そのことは深く考えないようにしつつも、こうやって、セオドアも私と一緒に船を楽しもうとしてくれている様子なのが、もの凄く嬉しいなぁと感じて、私は、にこにこと嬉しさに満ちあふれた笑顔を零しながら、『うん、セオドアも一緒に楽しもうね!』と、明るく声をかけていく。
そうして、歩いていた私達が、どんどん船へと近づいていく度に、私達以外にも仕事も兼ねてソマリアへ行く目的があるのか爵位を持っているであろう男性貴族の姿や、旅行などに来たであろう貴族の夫人や令嬢達の姿が、沢山、視界に入るようになってきて……。
『本当に楽しみですわっ! 今日、この日をどれほど心待ちにしていたことか……!』だとか、『折角、取れた船の旅行なんですから、目一杯楽しみたいものですわよね』といった弾んだ声を出しているのが、あちこちから聞こえてきて、ほんの少し距離がある場所に、乗船のために、みんなが列をなしていたことで、『あそこに並んだらいいのかな』と、私が思った瞬間。
「皇太子殿下、皇女殿下、お待ちしておりました……っ!
皆様は、本日、一等客室をご用意しておりますので、他の乗客とは一切落ち合わないで済むように、一般の乗客の方々が乗る場所とは別の場所にある木製の梯子から船にお乗り頂くようなっています……っ!
こちらへ、どうぞっ! 早速、ご案内させて頂きます……!」
と、私達の姿を見つけた、乗組員の男性が明るくハキハキと声をかけてくれたことで、私達は一般の乗客の人達とは別の、人気のないところから、優先搭乗で船に乗らせてもらうことになるみたいだった。
そのお陰もあって、この船に乗るために、長時間、外で待つように列に並んで混雑していた人達のところからは外れて、特に苦労をすることもなく、もの凄く快適に、すいすいと、ここまでスムーズに、陸から船に上がるために、しっかりと取り付けてある木製の梯子に到着した私は、いよいよ船に乗らせてもらえるのだと、浮き足立って、期待で胸いっぱいに高鳴ってくる気持ちが抑えられず。
パァァッと表情を輝かせながら顔を見合わせて、『アリス、僕は、船というものに初めて乗るぞ。……あまりにも楽しみだなっ!』と言ってくれたアルに、『私も初めてなの……っ! 一体、どんな客室なんだろうね……っ!』と、コソコソと、まるで、お上りさんの如く、内緒話をするように盛り上がってしまった。
その様子を見て、お兄様が……。
「船で、どこか旅行に行くなどといったことはしたことがなかったから、アリスのために、こういうものを、もっと利用したりもしてやれば良かったな」
と言ってくれたことで、『お兄様、気になさらないでくださいっ。普段の家族旅行などについても、私自身、凄く楽しめていますし、とっても嬉しいです』と、柔らかく微笑んで声をかけていく。
私達が、今日乗る船は、国が出した船で『皇室』を意味するロイヤルの名を冠した、理想郷としての船ということで『ロイヤル・アルカディア』という名前が付けられ、貿易船とは違い、そこまで重たい荷物を積む必要がないことから、富裕層向けに、船内で様々なことが楽しめるよう、海上レストランなどの施設が搭載され、乗船人数に関しては、乗組員を含めず、一般のお客さんだけで、最大、120人ほどが収容出来る大型船となっている。
その中でも私達は、お父様が、このロイヤル・アルカディアの中でも一番高級な客室として、従者の部屋も一緒に完備され、寝室などに関しても複数分かれているという充分な広さがあるスイートルームを取ってくれていた。
私達の人数が多いことからも、お父様がソマリア行きの船の中でも、みんなで気兼ねなく過ごせるようにと、世間では、競い合うように様々な客船が作られている中でも、特にスイートルームが広めになっている船のチケットを取ってくれていたことで、私は、乗組員の人に案内されて、お部屋に付いた途端、あまりにもラグジュアリーな雰囲気の、特別な空間と、みんなで過ごせるには充分すぎるほど広い客室に、『わぁぁぁ、っ……!』と、思わず、感嘆の吐息がこぼれ落ちてしまったほどだった。
この場にいる全員が、ゆっくりと寛ぐことの出来るくらいの広さがあるリビングルームは、優美な曲線を描いたロココ調の家具で統一されていて、上品で、柔らかな雰囲気でありながらも、決して女性だけが使用する訳ではないお部屋だということもあって、ローテーブルや、それを囲う大きめのソファーに至るまで、全体的に甘さを控えた落ち着いた風合いのモスグリーンで纏められた家具が、お部屋の中を美しく優雅に彩っており……。
私だけではなく、特に、ローラやエリスといった女性陣ほど、このお部屋の中を見てビックリしたみたいだったけど、それでも、ふわりと微笑んで、『綺麗なお部屋で、アリス様が過ごしやすそうで本当に良かったです』と言った感じで、柔らかい笑顔を向けてくれたローラと……。
「わぁっ、本当に綺麗なお部屋ですねっ……!
従者用の部屋があるとは事前に聞いていたとはいえ、私、使用人の立場で、こんなお部屋を利用させてもらっても良いんでしょうか……っ。……あぁぁぁ、あまりにも、恐縮過ぎますっっ!」
と、目の前の部屋に圧倒された様子で、エリスがどこまでも庶民的に、申し訳なさそうに、あわあわオロオロしながら、声を出してくるのが聞こえてきたことで、私はエリスのその言動が、もの凄く理解出来て、『大丈夫だよ、エリス、私も今、同じことを思っているよ……っ!』と、自分が今思っていることを正直に伝えて、安心してもらおうとしたら、何故か、みんなから、もの凄く微妙な表情をされてしまった上で。
「姫さんは、皇女なんだから、もうちょっと、こういう豪華な雰囲気の中で過ごすのを当たり前だと思ってくれ。
素の状態で、本気で、そう思って言ってるんだって分かるからこそ、姫さんには何の苦労もなく、皇女が受けるべき当たり前を、当然のものだと受け取ってほしい」
だとか……。
「そうだよ、お姫様っっ! お姫様は別に良いんだってっ!
セオドアの言うように貴族どころか、一国の皇女として、もうちょっと自分のことにも目を向けて、気に掛けてあげような」
と、いった感じで、私のことを気遣うように、セオドアとルーカスさんにそう言ってもらえたあと、『お前はいつまで立っても、この状況になれないのか……』と、私の言動に、ウィリアムお兄様が、私のことを心配してくれた様子で……。
「常日頃から、贅沢なことをアリスにしてやりたいと思って行動に移しているんだが、アリスは、本当に、いつまでもこうだから、何もかもが謙虚で慎ましすぎて、こっちが不安になってしまうくらいだ」
と言ってもらえたことで、今ではもちろん、お父様からも、お兄様からも気に掛けてもらえているというのもあり、別に、そんなことは気にしなくてもいいとは思うんだけど。
あまりにも華美すぎるものを普通に受け取ることは難しいというか、人から受け取ることに未だ慣れていない部分などもあって、どうしても、そういったことについては当たり前ではないと感じてしまうから『みんなが心配してくれてるのは分かっているんだけど、私自身、ついつい癖のようになって出ちゃってるなぁ……っ!』と思っていたら……。
そのあと、ローラとエリスからも、みんなの意見に賛同してくれるように、私のことを思って『そうですよ……!』と言わんばかりに力強く頷いてくれるのが見えたこともあって、ほんの僅かばかり、私はみんなに対して申し訳なく思ってしまった。
そうして、ローラがエリスと一緒に、使用人の部屋の中にあった備え付けの竈で火を起こしてくれたあと、お部屋の中にあった飲料水を湧かして紅茶を淹れてくれたことで、暫くは、みんなで、お部屋の中のソファーに座って談笑していたんだけど。
楽しい会話の遣り取りが途切れたタイミングで、部屋の中の時計に視線を向ければ、もうすぐ、船が出る時刻になってしまう……っ、ということで、私達は、この部屋に入る前に、船の乗組員さんから、『船が出るタイミングは一度しかありませんし、出航の際は、是非、甲板に出られてみては如何でしょうかっ? そこから見える景色が、本当にお勧めですよ……っ!』と言ってもらえていたことで、折角だから、みんなで一緒に、船の甲板へと向かうことにした。
そうして、甲板に出て、周りを見渡してみれば、沢山の人が、私達と同様、船の甲板に出て来ていて、この船の出航を今か今かと心待ちにしている様子で、ワクワクしていて……。
私自身も、ドキドキと心臓が跳ねて胸が高鳴っていく気持ちが抑えられず、一度だけ振り向いて、私の後ろから付いてきてくれていたセオドアと、アルと、ルーカスさんと、お兄様に向かってふわりと微笑みながら、ゆるゆると柔らかい笑顔を向け『わぁぁぁ、みんな、早く……っ! こっちに来て下さい……っ! いよいよ、出発するみたいです……っ』と、手招きするように声をかけてから、みんなが私の傍までやってきてくれたのを確認して、落ちないようにと施された柵へと手をかけ、甲板から身を乗り出したあと……。
船の出航を知らせるように、ブォォォォっという汽笛の音が聞こえてきたことで、ゆっくりと動き出した船に後押しされるかのように、私はいよいよ、浮き立つ気持ちを胸に、慣れ親しんだシュタインベルクを離れて、ソマリアへと向かうことにした。