501 王都の雑貨屋さん
ジェルメールを出てから、みんなと一緒に王都の街を歩いて、先ほど見つけた複数のお洒落な雰囲気のお店がある場所まで向かった私達は、ひとまず、ソマリアへ行く旅行の準備のために、王都にある雑貨屋さんから回っていくことにした。
そこで、ウィリアムお兄様やみんなと一緒に、ソマリアに行けば、向こうの国で大体のものは用意されるだろうけど、一応、念には念を入れて、今回持って行く複数のタオルや、石鹸などのボディー用品などに関しては幾つか、買い揃える必要があった。
というのも、ソマリアとシュタインベルクの距離がもの凄く離れていることを思えば、さきほど、ヴァイオレットさんがお別れの挨拶の時に『シュタインベルクとソマリアでは、気候などが多少違う』と声をかけてくれていたけれど……。
土地に影響を及ぼす風土が違えば、基本的な飲み水が軟水か硬水かなどといったところから、タオル生地や、ボディーソープ作りなどに使用されているものの素材なども異なり、それから、シュタインベルクとは違って、殆どの土地が海に面しているソマリアでは、恐らく海鮮系の料理がメインになっているだろうし、そこに、シュタインベルクと細かく違いが出るであろうことは間違いなく…………。
特に地肌に触れることになるタオルや、石鹸などのボディー用品に関しては、もしかしたら、ソマリア
のものが肌に合わない可能性なども考えられることから、出来るだけ慣れ親しんだシュタインベルクのものを購入して持っていった方が良いだろうと、みんなと意見を出し合って決めたことでもあった。
もちろん、長期間、ソマリアで過ごすことを思えば、もしも万が一、そういったものが肌に合わなかった場合は、お父様宛にお手紙を出して、ハーロックに手配してもらい、こちらのものを送ってもらう必要が出てきてしまうんだけど。
――私自身、肌に関しては、少し弱い方だから、ローラやエリスみたいに日頃から私のお世話をしてくれている人達だけじゃなくて、この6年でそういった話も出来るようになってきたお父様が過保護に心配して買いに行った方が良いって話してくれたんだよね。
そうして、私達がお店の中に入ると、ざわりと、店内にいる人達がほんの少しだけ沸き立って、場の空気が揺らぐのが見て取れた。
自分でも、私とセオドアとアルだけではなく、お兄様とルーカスさんも一緒だということで、6年前に王都に行った時と同じように、もの凄く目立ってしまっているだろうなという自覚はあったんだけど。
「いらっしゃいませ…………!
ウィ、ウィリアム殿下……っ、それに、皇女様まで、ようこそおいでくださいました…………!」
それに加えて、特別、このお店に立ち寄る予定があると事前に伝えていなかったこともあり、店主であろう女性のオーナーが、私達の姿を目に入れた途端、まさか皇族である私達がふらっと立ち寄ることがあるだなんて思ってもいなかった様子で、珍しいお客様が来たと言わんばかりに、一度だけ、驚きに目を見開いたあと。
ブティックなどが複数建ち並んでいる、この高級街のエリアにあるお店の従業員らしく、直ぐに平静を装ってくれながら、丁重な態度で私達の接客に付こうとしてしてくれたものの、お兄様が、『俺たち自身、複数の商品を購入したいし、ゆっくり見て回りたいと思っているから、別に。俺達の接客に付こうとしなくていい』と断ってくれた。
王都の一等地にある、こういうお店は、日頃は、貴族の従者などが買い物に来たり、それから一般客ではあるものの、王都で独自に幾つかの店舗などを持って商売をしているような、裕福な層が買い物に来たりしているだけではなく、王都にあるレストランなどで食事をしに来たついでに、ふらっと、貴族のご令嬢達が従者を伴って来たりすることもあるものだからこそ。
基本的には、完全に富裕層の人達向けに、お店の中は、観葉植物などが至るところに置かれており、薄茶色で柔らかな木目調の棚などが並び、ナチュラルテイストの落ち着いた空間となっていて、店内をゆっくりと見て回れるようにゆったりとした通路と広いスペースが設けられ……。
タオルやボディーソープなどの日用品などの雑貨や、園芸用の雑貨、キッチン用品として、一点物の陶器やカトラリーなどの食器類など、幾つかの用途別に分かれて、纏まったコーナーが設置されて、棚の中には、可愛らしくお洒落に販売している商品が、目立つようディスプレイされていた。
皇宮などで広く使われているタオルは、皇宮の管理下で一括注文されていることもあって無地のタオルなんだけど。
最近は流行に合わせて、細かいコットンで織られた一つ一つが職人さんの手織りである、様々な可愛らしい柄の入ったターキッシュタオルと呼ばれる真新しいタオルも発売されるようになってきているみたいで、バスタオルに、フェイスタオルなども含めて、そういったタオルを中心に色とりどりのデザインのものが販売されているみたいだった。
更に、ボディータオルには、コットンではなく、泡が立ちやすいようにと麻などを使った編み目の粗いタオル生地も幅広くラインナップされていて、タオルと一口に言っても、生地などについても、色々と分かれていることから、見ているだけでも目移りしそうになって楽しくなってくる。
「セオドア、アル……! お兄様も、ルーカスさんも、見てください…………!
皇宮では、無地のタオルしか見ないので、凄く新鮮というか…………、最近は、こんなふうに、タオルの柄も色々と種類別に分かれているんですね……?」
その中でも私自身が特に気になったものは、バスタオルやフェイスタオルなどで多く展開されているターキッシュタオルのデザインの豊富さで、パッと見た限りでも、雪の結晶や、幾何学模様などのデザインが施されていることで、あまりの可愛らしさに、思わず、幾つかのタオルを見比べるように手にとって、はしゃいでしまった。
「そうだな、姫さん。
姫さんが、嬉しそうに表情を綻ばせているだけで、俺も見ていて楽しくなってくる。
姫さんの雰囲気に似合うような愛らしいタオルを、気に入った分だけ複数枚購入して、ソマリアに持って行くようにしような」
私がそう言うと、さっきまで私の隣で一緒にタオルの柄を見てくれていたはずのセオドアが、タオルから視線を外した上で、私の方だけを真っ直ぐに見つめてくれながら、ふわりと、その表情を柔らかく綻ばせてくれたのが見えた。
その姿に、いつものことながら、セオドアが私を自然に褒め始めてくれたことに、少しだけ照れてしまいながら顔を赤らめて、はにかんだ私に、更に穏やかに慈愛の籠もったような瞳で、目を細めてくれたセオドアに、一気に、この場に流れる空気が穏やかで和やかな雰囲気のものになっていくのを感じたものの。
「……あのさぁっ、!
6年前から本当に酷かったけど、割と今日も、相当、問題だっていうかさ……。
この間のパーティーでもやんわりと窘めたと思うんだけど、お姫様は別に、分かっていないから良いんだけど、セオドアのそれは、お前、絶対に、自覚有り有りで、わざとやっているでしょ?
ここまでは、俺もお姫様に久しぶりに会えて、話に花を咲かせていたから、あまり言わなかったものの、本当に、この6年で、大分酷くなってないっ!?」
と、ルーカスさんから窘めるように、そう言われたことで、セオドアはルーカスさんから、何を言われているのか理解している様子で……。
「……そりゃぁ、当然っ!
姫さんが嫌がるようなことをしねぇってのは、絶対条件だけど。
6年前にも、俺は、今までみたいにお利口に待てをして、見守ってるだけの状況には終わりを告げたんだって言っただろっ?」
と、セオドアが、そう言ったことで、ルーカスさん自身は、一瞬だけ驚きに目を見開いたあと、その時のことについて思い出した様子で、『あぁ、確かにそうだったよな』と、納得したように頷いた上で……。
「それで、今までみたいにお利口に待てをして見守っているだけの状況をやめて、どこまでも忠実な番犬のまま、自分の気持ちについては、ストレートに伝えることにしてるってことだ?
セオドアのその行動に合点はいったけど、納得は出来ないっていうか、ああもう本当に、昔から厄介な手合いであったのにさ、色々と自覚したからこそ、余計に、自分の気持ちについて隠そうともしていないっていうか、だだ漏れすぎるんだよなっ!
ただでさえ、俺には、6年の空白期間があるのにさぁ……。
まぁ、俺自身も、全く譲る気はないし、これから頑張っていくつもりだけど」
と、此方は此方で、セオドアに対して、まるで何かを争っているライバルかのようにそう言ってきたのを聞いて。
「お前達、いつの間に、そんな話をしていたんだっ!?
俺は、お前達が6年前にそんなことを話していただなんて、一切、何にも聞いていないぞ……っ!」
と、ちょっとだけムッとしたように眉を寄せて、二人に対して咎めるように声を出したのが聞こえてきた。
「あぁ、そういや、あの時は建国祭があったこともあって、俺たちは、ファッションショーの準備で、ジェルメールに立ち寄ってからエヴァンズ家の夜会に参加することになったこともあって、アンタは知らないんだったか?」
「そういやぁ、殿下は、確かにあの時、いなかったもんなっ!
ごめん、俺等の間では、そういう話になっちゃってたっていうか、セオドアが俺に対して牽制してくるから、あの時は、俺も全く自覚がない状態で言われていたことではあったんだけど。
自分の気持ちについて自覚したあと、この6年間、その想いが一切消えることもなく、ここまできちゃっているから、俺自身も、これから本気を出さないといけないなって」
その上で、お兄様と、セオドアと、ルーカスさんの間で、6年前からそうだったんだけど、三人だけにしか通じないような会話をしていることで、私が、16歳の成人を迎えた自分のパーティーで、ルーカスさんと再会したあとも、何度か、みんなに、何の会話をしているのかと聞いてみたことがあるんだけど、みんな、私がそのことを聞く度に、困った顔をして……。
『……ごめんな。それについては、俺の口からは、今は言うことが出来ないっていうか。
俺は良いんだけど、今、そういうことを伝えると、姫さんのことを、多分、滅茶苦茶、困らせちまうことになると思うからな』
だとか……。
『あー、うん、そうだね。
俺自身も、お姫様のことを思うからこそ、今は言えないかなっ。
これから、お姫様自身が、もしかしたら、俺等の会話の意味に気付く日が来るかもしれないし、その時までは、君はそのままでいてくれたら嬉しい』
と言われてしまった上に、ウィリアムお兄様からも、複雑そうな表情で見られつつ。
『お前は、そのままでいい』と伝えられてしまったことで、私自身も、あまり聞くのは良くないというか、みんな、私に配慮してそういうふうに言ってくれているんだろうなということが、朧気ながらも伝わってきたことで、自分が分からない内容の話をしている時は、なるべく、それ以上、深く話を聞かないようにしていた。
一方で、アルは、私と違って、その話の内容については、ある程度理解している様子ではあるものの、何かあるたびに、『僕は、契約者である関係上、アリスから離れることは絶対にしないぞ……!』と、私に対して声をかけてくれて、私は、その言葉を嬉しく思いながらも、『アルが私から離れることなんてあるのかな……?』と、いつも不思議に感じてしまう。
そうして、今日も、みんなの遣り取りに、私がその内容を理解出来ないでいると、アルから、また、その言葉をかけてもらえたことで、私自身も『うん、ありがとう、アル。そう言ってもらえると凄く嬉しいよ』と、にこにこと笑みを零しながら、アルに明るい表情を向けていたら、満足した様子で、アルが、そうだろうと言わんばかりに、こくりと一度、頷いてくれた。
そのあとで……。
「姫さん、俺的には、この雪の結晶のものをモチーフにしたタオルが、滅茶苦茶可愛いと思うんだけど、どう思う?
他にも、菱形模様のものなども含めて、本当に色々な種類があるけど、透き通るような雪の白さと、こういった淡い感じが、柔らかい雰囲気の姫さんには、ピッタリだと思う」
と、一枚のタオルを手にとって勧めてくれたことで、私自身もその柄が可愛くて気になっていたことから、セオドアが手に取ってくれたそのタオルへと視線を向けてから、『あ、それ、私も凄く気になっていたのっ!』と、思わず、一緒の感覚だったことに嬉しく思いながら私は声を出した。
それを聞いて、何故か、ルーカスさんと、ウィリアムお兄様まで、セオドアに張り合うように……。
「お姫様、俺はこっちのアーガイルチェックのものも、大人になったお姫様に合わせるには、大人っぽい雰囲気もあって上品な感じだし、凄く可愛いと思うよ。……俺的には、絶対にお勧めっ」
と言ってくれて、菱形と、斜めに交差したラインから構成された大人っぽくて綺麗めな感じの珍しい模様のものを私のために選んでくれたり……。
「アリス、こっちの小花柄のものも可憐な雰囲気があって、お前らしくて可愛いと俺は思う」
と、声をかけてくれて、小花柄の可愛らしいものを選んでくれたりしたことで、そのことには凄く嬉しい気持ちになって有り難いなと感じたのだけど。
そのあと、タオルだけでもどれほど購入するのかというくらいに、私に合わせて、次々と、『アリス、僕はこれも可愛いと思う』と、とうとう、そこにアルまで加わって、私以上に、みんなが、ああでもないこうでもないと言いながら、バスタオルと、フェイスタオルのセットを積み重ねようとしてきたことで、慌てて、私は、みんなに向かって……。
「わぁぁぁ、セオドア、アルもだけど、ウィリアムお兄様とルーカスさんまで、本当に嬉しいんですけど、私のものは、もう、大丈夫です……っ!
あまり、私のものばかり購入しすぎてしまうのは、良くないことだと思いますし、折角、ここまで来たので、今度は、みんなのものも、購入するようにしましょう……っ!」
と、普段、あまり自分のものを買わないからか、みんなが、ここぞとばかりに、私のことをきっと考えてくれて、あれこれと甘やかしてくれていることに、嬉しいなぁと感じつつも、『このままだと、私のものだけで、もの凄い量のものを購入してもらうようになってしまう……っ!』と、ヒートアップしていくみんなの行動を止めるために、声を出した。