493 6年の歳月と誕生日パーティー
「おはようございます、アリス様。起きてらっしゃいますか……?」
部屋のバルコニーに繋がる窓から、朝を知らせるように淡い太陽の光が入ってくる。
まだまだ早い時間だということもあってか、柔らかく差し込んできた光に、二度ほど、瞬きを繰り返したあと、自分に掛かっていたシーツを捲り、起き上がったところで、ローラが扉をノックしたあと、声をかけてくれた。
「うん、大丈夫。起きてるよ」
その言葉に、口元をふわりと緩ませながら返事をすれば、ガチャリと開いた扉から、『改めて、おはようございます。今日は、特別な一日になりそうですね?』と、ローラがいつも以上に嬉しそうな笑顔を向けて、私のところまでやって来てくれる。
そのまま、私はローラの言葉に、同意するように『うん、そうだね、ありがとう』と声に出して、一度頷いたあと、ベッドを離れて自室にある鏡台のもとまで歩いていく。
その後ろから、ローラよりも数歩遅れて『アリス様、おはようございます……っ!』と、元気いっぱいに、ひょっこりと顔を出してくれたエリスが、少量の物を載せられるキャスター付きのトローリーワゴンに、紅茶のポットと、ミルクポット、ティーカップを載せてくれた上で、ローラ特製レシピのミルクティーを作って、私が直ぐに飲めるようにと、ことりと、鏡台の上に置いてくれた。
それを、起きたばかりで、まだ上手く働いていない頭をスッキリさせるために、有り難く頂戴しながらも、私は、大人になっても変わらず、腰の辺りまで伸びたふわふわの長い髪の毛に、丁寧に櫛を通してくれて、お気に入りのリボンを付け、髪の毛を可愛くセットしてくれるローラの手に身体を委ねることにした。
「ローラ、髪の毛を可愛くセットしてくれてありがとう。
いつもそうなんだけど、今日は特別、嬉しいな……っ!
早く、みんなにも見せることが出来れば良いんだけど……」
そうして、目の前に置かれた鏡越しに、私の後ろに立ってくれているローラと視線を合わせながら、声をかけると。
「アリス様、少し早いですが、16歳のお誕生日、本当におめでとうございます。
髪の毛も、ドレスを彩る小物についても、私にお任せ下さい。
何と言っても、ドレスは、この日のために、ジェルメールのデザイナーであるヴァイオレットさんからプレゼントとして贈られてきた……、アリス様のためだけの特注品ですから……っ!
アリス様は、ただでさえ、ご自分のお洋服を買われることすら、いつも渋って、私達従者のためにお金を使われることが殆どなので、成人を迎えた誕生日パーティーが皇宮で開かれる今日くらいはせめて、美しく着飾るのが、私の使命でもあると思っています!」
「そうですよ、アリス様っっ!
アリス様は、本当にお優しくて、いつだって私達、従者のことを気に掛けて下さって……。
ですから、こういう時くらいは、ご自分のことだけを一番に考えて下さったらいいんですよ……っ!」
と、ローラとエリスの二人から、折角の特別な日なのだから、こういう時くらいは、自分のことを気に掛けてくれたらいいという言葉が飛んできて、私は、二人の言葉に驚いて、目を大きく見開いたあと『ありがとう。二人にそう言ってもらえるだけで、凄く嬉しいな』と、柔らかく微笑み返してから、声を出した。
成人である、16歳の誕生日を間近に控えた今日は、皇宮の主催のもと、お父様の執事であるハーロックが指揮を執ってくれて、私の誕生日パーティーが皇宮のホールで大々的に開かれる予定になっていた。
私自身は、こぢんまりとした小さなパーティーで良いと思っていたんだけど、3ヶ月くらい前から、お父様や、ウィリアムお兄様が、ハーロックや使用人達に、アリスの誕生日パーティーは盛大にしようと指示を出してくれていたみたいで、気付いた時には、断るに断れない状況になってしまっていた。
3年前に、ギゼルお兄様が16歳の成人を迎えた際にも、お祝いをするために盛大にパーティーを開いていたから、そういったことも関係して、私だけ、こぢんまりとしたパーティーにする訳にはいかないのだと思ってくれたのだとは思う。
こういった成人の儀のようなものとして、盛大にパーティーが開かれることも、巻き戻し前の軸の時には考えられないことだった。
それは、私だけではなく、ギゼルお兄様もまたそうであり、それだけ、私達二人がお父様とウィリアムお兄様から大切にされていることの証しなのだと思う。
誰も信じることが出来なかった巻き戻し前の軸の時と比べると、びっくりするくらい、柔らかな表情を浮かべている大人になった自分に『もう、あれから、6年も経つのか』と思わず、10歳だった子供の頃に思いを馳せてしまった。
この6年の間、本当に色々なことがあったけど、巻き戻し前の軸の時とは打って変わって、家族の仲は驚くほどに良好であり、みんなが、それぞれに思い遣りを持って生活をすることが出来ていると思う。
ギゼルお兄様とは、テレーゼ様の一件があってから、暫くの間はギクシャクしていて、今も、ウィリアムお兄様とお父様ほど、距離を詰めることは出来ていないものの、それでも、普通に兄妹としての会話が出来るようになるまでは、仲が改善していた。
ギゼルお兄様自身、ぶっきらぼうな性格だから、私と会話をする時は、どうしてもツンケンしてしまうのか、言葉尻が厳しい時もあるけれど、よくよく、その内容をしっかりと聞いていると、妹として、私を心配してくれるような言葉をかけてくれている時もあるし、段々と、その対応にも慣れてしまった。
お兄様が私と話をする時は、あまり何も言わないけれど、それでも、テレーゼ様の一件が、お兄様にとって暗い影を落としてしまうような出来事であったことには代わりがないだろう。
だからこそ、お兄様が、どうしても私との関係を複雑に思ってしまうことは仕方がないことだと思うし、お兄様の気持ちが一番大事だと感じるから、今の距離感について、私自身は、お兄様も歩み寄ってくれている部分があって、それで構わないと思っているんだけど、肝心のお兄様は、私との距離感を掴みきれなくて、いつも、ヤキモキして空回りしている感じがするのは、きっと気のせいではないはず……。
それでも、巻き戻し前の軸の時から比べたら、本当に雲泥の差くらい、家族の仲も、今の状況も、あまりにも違っていて、仲が深まることで、良くなってきている。
巻き戻し前の軸の時とは明確に違う未来が訪れているのだと、そのことを心の底から実感しつつ、今ある幸せに感謝しながら……。
ローラが髪の毛のセットをしてくれたあと、私は、ジェルメールのデザイナーであるヴァイオレットさんが。
『このたび、成人を迎えられる皇女様の特別なお誕生日パーティーに、是非とも、ジェルメール総出で、お祝いとして、華を添えさせて下さいませっっ!
いつも以上に気合を入れて、私のファッションデザイナーとしての腕によりをかけて、皇女様だけの美しいドレスを仕立てあげてみせますわ~っっ!』
と、言ってくれたことで、お金も取らずに、プレゼントとして贈ってくれた、デザイン性の高い『レース』が、ふんだんにあしらわれたドレスに、私は袖を通していく。
因みに、ジェルメールとは、大人になった今現在も良いお付き合いが続いていて、ジェルメール内にある私のオリジナルブランドも、6年前以上に、沢山のファンが付いて、売り上げも右肩上がりで絶好調みたい。
その件で、定期的に、私は、ヴァイオレットさんだけではなく、ジェルメールのスタッフさん達とも関わりがあって、皇宮に来てもらったり、王都にあるお店に顔を出したりしているのだけど、そういったことで着々と名を挙げて、6年前の建国祭で優勝したこともあって、ジェルメールは今、王都でも一番と言ってもいいくらいの人気店になっていた。
――それこそ、予約が中々取れなくて、貴族の令嬢や夫人達が困ってしまうほどに……。
また、ジェルメールのお店の中にあったカフェ部門の方も好調みたいで、エリスの実家であるハワード男爵夫人が作った『お野菜のクッキー』も、6年も愛される定番商品となり、さらには、私のアイディアで、王都でも顔の広いヴァイオレットさんに口利きをしてもらったことで、ハワード男爵家の領地で採れる新鮮なお野菜を、王都の酒場や、レストランなどに優先的に卸すという専属契約をすることで、エリスは、この6年で、大分、ハワード家の借金を返済することが出来ていた。
エリスは、『それもこれも、全部、アリス様のお陰ですっっ!』と言って、いつも感謝の言葉をかけてくれるものの、実際に、男爵領で採れるお野菜が、どれも、ブランド化出来るほどに新鮮で美味しいからこそ、王都の有名店でも使ってもらえるほど、評判を得られているのだと思っているから、全ては、男爵家や領民達の頑張りの賜物で、私自身は、ただ切っ掛けを作っただけにすぎないんだけどな……。
――エリスが喜んでくれるのが、何より嬉しいことではあるものの、私にはそんなに感謝する必要もないのに……。
そうして……。
「わぁぁぁっっ、アリス様、本当に滅茶苦茶可愛いですっっ!」
「えぇ、本当に、良くお似合いです……っ! これは、今すぐに、セオドアさん達にもお見せしたいですね」
「本当……? そう言ってくれると嬉しいなっ。……エリス、ローラ、ありがとう」
巻き戻し前の軸の時と比べて、目に見えての派手さはあまりないけれど、ヴァイオレットさんが私に合わせて作ってくれた衣装は、ジェルメールが得意とする清楚な雰囲気はそのままに、アンティーク風の少しくすみが入った高級感がある『王家の証しとしての金色』を使ってくれた布地で……、ウエストで切り替えがあり、そこからスカートが大きく膨らんだプリンセスラインのドレスだった。
それに合わせて、6年前に建国祭の時、ナイフ投げの景品で、セオドアがもらった黄玉を、あの日の約束通り、以前、私のデビュタントの時にもお世話になったジュエリーデザイナーさんに、イヤリングとピアスに加工してもらって以降、セオドアとお揃いで、毎日付けているイヤリングを、今日もローラに付けてもらう。
今日着るドレスの色味ともよく合って、私としては、凄く嬉しかったんだけど、ドレスを着ておめかしをすると、何だか急に、『自分の誕生日パーティーが、このあとあるんだよね……』と、緊張してきてしまったかもしれない。
ローラとエリスに褒められながら、私が、ドレスを着て、自室にある姿見の前で、そんなことを感じていると……。
「姫さん、俺だ。……おはよう。朝の支度は、もう済んでるか……?」
と、扉をノックしてくれたセオドアの声が、扉の向こう側から聞こえてきて、私はさっきまで、緊張していたこともあって、一度、ビクッと肩を震わせてしまったあと、ローラとエリスの優しい笑顔に見守られながら、セオドアからは見えていないだろうに、こくこくと頷き返して……。
「うん、セオドア、声をかけてくれてありがとう。もう入ってきてくれても、大丈夫だよ」
と、声をかける。
ローラとエリスからは褒めて貰えたけれど、真新しいドレスにほんの少し不安になりつつも、私の言葉を聞いてから、ガチャリと扉を開けて、私の部屋に入ってきてくれようとしていたセオドアと対面すれば……。
私の姿を見て、驚きに目を見開いたあと、セオドアが、ピシリと動きを止めて、その場で固まってしまったのが見えた。
「……うん……? セオドア……っ?」
――もしかして、何か、変だっただろうか……??
戸惑いつつも、視線を落として、一度自分の姿を確認するように、何か可笑しなところでもあったかなと思って、全身を見つめてみたけれど、ローラが完璧に、私のトータルコーディネートをしてくれているからこそ、きっと可笑しなところなどはないはずで、困惑しながらも、扉の傍で動かないセオドアの方に、そっと駆け寄っていったあと。
16歳になって大分身長も伸びた方だけど、それでも155㎝ほどしか伸びなかった私にとって、185㎝もあるセオドアは、もの凄く大きくて、その瞳を見るために、今日も、そっと上を見上げて、一体、どうしたのかと問いかけてみたんだけど……。
いつもなら、私と直ぐに目を合わせてくれるセオドアが、少しだけ躊躇ったように視線を逸らしたあとで、一拍、間を置いてから……。
「……姫さん、今日も一段と綺麗で可愛いな? 誰にも見せたくない」
と、此方に向かって、次の瞬間には、柔らかく笑顔を向けてくれて、私は、『少しだけ、よそよそしいように思えた今の態度は、気のせいだったのかな?』と感じつつ、セオドアの態度に、ホッと安堵しながらも、思わず、顔を真っ赤にして照れてしまった。
6年前に、テレーゼ様があんなことになって、皇宮の政治が一時的に混乱してしまい、バタバタと忙しい日々を送る中で、いつの間にか、セオドアから、こんなふうに、何て言ったらいいのか分からないんだけど、率直に褒めてもらえるような……、真っ直ぐな言葉をかけられることが増えたように思う。
心臓が早くなって、びっくりしてしまうから、急に、ドキっとするようなことを言わないでほしい。
いつも、こんな感じで褒めてくれることで、今日も、困惑して、あわあわと慌ててしまう私を見て、セオドアの瞳が柔らかいまま、どこか揶揄うような視線にも変わったのを感じて、私は、自分の頬をぷくっと膨らませた。
「もう……っ、もしかして、また、からかったの……っ?」
「いや、率直に、俺は本当のことを言っただけだからな、ご主人」
穏やかに笑うセオドアの瞳を、疑いの眼差しで、ジィィっと見つめれば、いつもと同じような解答が返ってくる。
私が、あわあわしているのを、セオドアは、どこか楽しんでいるような気がしてならないし、突然、褒められると、それに対応出来なくて、困惑してしまうばかりだから、最近では、頑張って怒ったフリをしてみるものの、それすらも、見透かされてしまっているのだろう。
私が本気で怒ってないことを分かっているだろう、セオドアが、けれども、私の前で、はぁ、っと小さくため息をつきながら苦笑するのが見えた。
「……姫さんは、もうちょい自覚を持った方が良い」
「……?」
そうして、呆れたようにそう言われたことの意味が分からなくて首を傾げれば、『何でもねぇよ。そのままの姫さんでいてくれって、願ったのは俺の方だからな』と、穏やかな口調で、ポンポンと頭を撫でられたあと、セオドアからそう言われて、更に、私は、頭の中を、はてなでいっぱいにしてしまう。
そのうちに、気付けば、パーティー用に身支度を終えたアルも、私の部屋に来てくれて……。
「アリス、おはよう。今日の衣装、本当にもの凄く、よく似合っているな。
今日のパーティーでは、文字通り、お前が主役なのだから、僕は、お前が華やかな姿でいてくれて凄く嬉しいと思っているぞ」
と、手放しに今日の衣装を絶賛してくれ始めたことで、私の意識は、自然とそちらへと向いた。
この世界の身長は、大体、16歳の成人を迎える頃までしか伸びないとされていて、セオドアも身長に関しては185㎝のまま変わっていないけれど、それでも、6年もの月日が経って、24歳になったことで、青年らしさが取れて、精悍な顔つきになって、よりワイルドな感じに、騎士っぽさが増したというか、凄く格好良くて、大人になれば追いつけると思っていたけど、私自身、まだ16歳になったばかりで、セオドアに比べれば、どうしても子供っぽさは抜け切れていないだろう……。
元々、人々から忌避されるような、ノクスの民だったけれど、貴族のご令嬢達の間では、密かに、セオドアのことを『格好いい』と思っている隠れファンも多いのだと、クロード家の令嬢である、オリヴィアから教えてもらえた。
その中には、私とセオドアのセットで『推し』だと公言しているご令嬢もいるらしいんだけど、彼女達の心情が今ひとつよく分からない私は、エヴァンズ侯爵と侯爵夫人が社交界で憧れられているようなものなのだろうかと、ちょっとだけ気恥ずかしくなってしまう。
今日のセオドアは、私とお揃いの黄玉のピアスを付けて、騎士としての正装に身を包んでいた。
一方で、アルは、本当に中性的な美少年へと成長していて、精霊であるアルに成長という言葉は似つかわしくないと感じるんだけど、本来のアルが『大人の形』を取ることになったら、そうなるらしく……。
淡いミルクティー色の髪の毛が少し伸び、精霊らしく肌も白く、本来の、少し天然で不思議系の性格とは真反対に、何も喋っていない時は特に、アンニュイな雰囲気を醸し出していることで、一歩、外に出て歩いただけでも男女問わず、人の目を引くようになっていた。
その上で、年齢も身長も、今は、人間としての姿を装うために、16歳で、170㎝という状態を維持してくれている。
6年前の食事会の時に会った、アルヴィンさんの姿にも似ているけれど、アルは、透き通った透明感のようなものがあり、やっぱり、長い歳月を過ごしている精霊王ということもあって、多少、そういった見た目にも違いがあるだろうか。
セオドアもアルも特に気にしていないけれど、頻繁にジェルメールに行ったりすることもあり、私が二人と王都の街を出歩いたりする度に、老若男女問わず、注目の的となってしまっていることで、何だか、二人の間に挟まれて、両手に花状態で歩いているのを申し訳なく思ってしまうんだけど……。
誰も私のことなんて見ていないと思うのに、何故か、セオドアも、アルも、いつもどこか険しい表情を浮かべたまま、さりげなく私のことをガードして護ってくれようとするし……。
一度、二人に対して『セオドアもアルも注目を浴びていて本当に凄いねっ?』と、声をかけたことがあったんだけど。
『いや、僕達云々というよりも……。これは……っ。
僕でさえ理解出来るのに、アリスは、全く自覚がないというのか……?』
『あぁ、この雰囲気は、絶対に、そんなことすら、想像も出来ていないと思う。
これだから、姫さんは、本当に無防備すぎるっていうか……っ。
姫さん、一人でどこかに行ったら、絶対にダメだぞっ。……外は、危険でいっぱいなんだからなっ……!?』
と、無駄に心配されるようなことになってしまった。
そんな感じで、セオドアとアルに過保護に護ってもらっているのだという実感はありつつも、いつもなるべく自分一人の力で頑張ろうとは思っているんだけど、私よりもセオドアやアルが動いてくれる方が早くて、中々、その機会が訪れなかったりする。
そこに、お父様や、ウィリアムお兄様などが加わると、更に、過保護にあれこれと心配されてしまうものだから、これでも、心配されないように努力はしているんだけど、『そんなにも、私は頼りないだろうか……?』と、みんなの優しさや気配りを有り難いと感じつつ、ちょっとだけ気落ちしてしまったり……。
「……姫さん、もうすぐ会場入りしなければいけない時間だろう?
エスコートは、俺に任せてくれ。……ホールまで、俺に、手を握らせてくれないかっ、ご主人」
そうして、私の方へと視線を向けてくれたセオドアにそう言われて、手のひらを差し出されたことで、私は、セオドアに対して柔らかい笑みを向けたあと、セオドアのその言葉に甘えることにして、その手を取った。
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皇宮の敷地内にある、幾つかの会場の中で、今日は、私のデビュタントの時にも使われることになった、特に大きめのパーティーホールを使用することになっていた。
デビュタントの時もそうだったけど、徒歩で行けなくもないホールに出向くのに、わざわざ専用の馬車が用意され、ホールの近くまで行ったあとは、レッドカーペットが敷かれている道を歩いて、ホールの玄関口がある扉まで向かっていく。
先ほどまでは、皇宮の敷地内に、沢山の招待客である貴族の乗った馬車が連なるように入ってきているのが、部屋の窓からも見えていたけれど。
基本的に、皇族である私達は、位の高い人間から遅れて登場するというのが習わしでもあり、今日の主役でもある私が会場入りするタイミングは、この国の君主であるお父様が最後に会場入りする前であり、他の招待客などは、みんな、もう会場入りしているはずで、デビュタントの時と同じく、ホールの外は驚くほど静かだった。
けれども、あの時と違うのは、もう、私自身が何度も皇宮が主催するパーティーに参加していることで、ホールの前に立っているドアマンの仕事に就いる人と、既に、顔馴染みになっていることだろうか。
馬車から降りて、セオドアのエスコートで手を繋いで貰ったあと階段をゆっくりと上っていけば……。
「皇女様、お久しぶりです……っ!
この度は、成人になられるということで、本当に、おめでとうございます。
月日が流れるのは、もの凄く早いですね……っ!」
と、にこりと、笑顔を向けてくれながら、挨拶をしてくれる彼に、私も笑顔で『ありがとうございます。そう言ってもらえると凄く嬉しいです』と、あの時と同じお礼の言葉を伝えた上で挨拶をする。
あの時は、私自身、あまり何とも思っていなかったけれど……。
元々、私の悪い評判を聞いていたこともあって、デビュタントの時の私の言動に、もの凄く驚いてしまったらしく、『皇女様は世間で噂をされているような御方ではなく、今まで、こんなにも近くにいたというのに、皇女様のお人柄を勘違いしていて、本当に申し訳ありませんでした』と、謝罪されたのは、あれから、何度目かのパーティーに出るようになってからのことだった。
今では、こうして和やかに会話をするくらいに、彼とも、すっかりと仲良くなってしまった。
そうして、ドアマンの彼に視線を取られて、にこにこと挨拶をしていたら、足下がおぼつかない感じになってしまい……。
「……わわっ、……っ、!」
と、縺れた足に引っ張られるようにして、階段を踏み外して転けかけたタイミングで……。
「……っ、姫さん、親しくなった人間がいるから、挨拶したい気持ちは俺にも分かるんだが、頼むから下を見てくれっ!
俺がいたから良いものの、危うく階段から落ちて、大けがをするところだったぞ……っ!」
と、慌てて、私の腕を引っ張ってくれたあと、セオドアが片手で私の腰を抱くようにして、がっしりと受け止めてくれたあと、階段にそっと降ろしてくれた。
「ご……っ、ごめんねっっ! ついつい、嬉しくて、気が緩んじゃって……っ!」
その助け船に、申し訳なさでいっぱいになりながら、感謝の気持ちを込めてお礼を伝えていると、隣にいたアルも、咄嗟に、『アリス……っ!』と、声を出して、周囲にバレないように、私が転けないよう、魔法を使ってくれようとしたみたいで、柔らかで押し上げるような風が下から吹いてくるのを感じて、私は、アルの方にも、ありがとうと視線を向ける。
その姿を見て、当然ながら、アルが魔法を使ってくれたことなどは理解していない様子ではあったものの、ドアマンである彼の方が申し訳なさそうな雰囲気で……。
「皇女様、申し訳ありません……! 私が変なタイミングで声をかけてしまったから……っ!」
と、ペコペコと頭を下げて、謝罪されてしまった。
その言葉に『いえいえ、とんでもありません。ただの私の不注意ですので、お気になさらないで下さい……っ!』と、お互いに謝罪し合っていると。
『怪我はねぇよな……? 足とかも挫いてねぇか……?』と、もの凄く心配そうな表情を浮かべたセオドアから、くまなく確認されたことで、私が大丈夫であることを告げれば……。
「何にせよ、姫さんの身体が、どこも傷ついてなくて本当に良かった」
「うむ。……アリスは、本当に、危なっかしいからな。僕も、何かある度に、毎回ヒヤヒヤしているぞ」
と、セオドアとアルから、安堵の表情で、そう言われたことで、私は二人に『心配してくれてありがとう』と声をかける。
そのあと、今度はしっかりと注意して、きちんと階段を上りきった私は、6年という月日で、ちょっとだけ背が伸びたこともあり、子供の頃は手を繋ぐだけだったものの、ちゃんとしたエスコートとして、セオドアと腕を組ませてもらった上で、ドアマンが重厚な扉を開けてくれたことで、いよいよ、パーティーの主役として会場入りをすることにした。