幕間【???Side】
この街のあちこちに運河が流れ、小型の舟が人を乗せ、水路を優雅に行き来している。
王都の中心にある、城の中、遠くからも見える大きな時計塔が最大の目印となっており、定刻になれば、この街一帯に響き渡るように鐘の音を鳴らしていく。
そうして、水の都らしく、我が国では、揚水として水を汲み上げたりする目的や、購入してきた小麦などといった穀物の製粉などの目的で、動力水車が街一帯で稼働して、この国に住まう人々の生活を支えている。
国内で、小麦粉が売られていない訳ではないが、この街では、大体、住民達は、その手間を惜しむこともなく、自分達で製粉するのが一般的だ。
更に、移動出来る手段として、街に陸路がないわけでもないが、運河の水路が広いことと、荷物の搬入に関しても、船で行うのが基本のため、運河沿いに並ぶ家々には、その上部に取り付けられたフックが滑車となっており、荷物を釣り上げ、窓から搬入するという役割を担っていた。
――水と、機械の街、ソマリア……。
一度は行ってみたい観光地として人気の、この街らしく……、王都に広がる美しい水の都としての絶景は、余所の国では決して真似出来ない『素晴らしい遺産の一つ』と言っても過言ではないだろう。
そうして、ほんの少し、王都から離れれば、今度は活気づいたように野太い男達の声が聞こえ、幾つもの船が荒波を乗り越え、大量の新鮮な海産物を持って帰国してくる。
その周辺にあるレストランなどでは、ムール貝などの貝を使ったワイン蒸しや、蟹などの甲殻類を使ったコロッケ、アンチョビのオリーブ和え、タコと牡蠣のアヒージョといったメニューが他国で食べるよりも、より安価に、新鮮な状態で提供されている。
もう既に、朝から仕事として漁を終えてきた、漁業などを生業にしている冒険者と呼ばれる男達が、自分達の仕事場である市場から出たあと、そういった人間達に需要があるからと、昼間から営業を開始している酒場に集まり、『タパス』と呼ばれる小皿に盛り付けられたおつまみとしての海鮮メニューに舌鼓を打ちながら、ジョッキを片手に、盛り上がっている。
なかには、店の中だけではなく、美しいソマリアの景観が見れるようにと、敢えて、テラス席を設けている店などもあり、そういった店は、基本的には観光客のために作られたような店ではあるが、国内でも評判の店にもなれば、自然と地元民に愛されるもので……、他国の人間と、地元民が混在して賑わいを増し、文字通り、この国でも名店となっているところも少なくないといえるだろう。
そういった店が軒を連ねる通りを歩いていると、観光客が多いことも幸いして、国内だけでなく、世界中の、本当に様々な情報が入ってくることもあって、情報収集の目的で、俺はよく、この場所へとお忍びで来るようにしていた。
些細な噂話から、そうではない他国の情勢に関するようなものまで、気になるものも多いのだが。
その中でも、ここ最近の俺が、特に気にしている内容のものとしては、人々の関心を惹き、何かと話題に上ることも多い、ソマリアと並んで『世界三大主要国の一つ』と呼ばれている、シュタインベルクのことだろうか。
何でも、かの国では、6年ほど前、立て続けに皇后の立場に就いていた御方が、かたや、魔女狩り信仰派の暴漢に襲われたことで命を落とし、かたや、第二妃であった頃から、国内外を問わず聖人君子とも名高かったが、当時10歳だった皇女殿下を排除しようと裏で暗躍していたとされて捕まり、失脚することになったという。
ソマリアでも、一時期、そのことばかりが、世間の話題の中心だったのだが、その上で、今から4年ほど前に、国内の重鎮達が襲われるという不運に見舞われたことで、国内の政治に少なくない衝撃が与えられたことは言うまでもなく……。
それでも、シュタインベルクの国内が、殆ど揺らがなかったというのは、今代の君主であるフェルディナンド皇帝陛下の手腕を以てしてのことだろう。
【さすが、大国と呼ばれる国を切り盛りしているだけのことはある。
シュタインベルクの君主でもある、フェルディナンド皇帝陛下を名君だと讃えるような声は、我が国、ソマリアにも、しっかりと轟いてきている】
シュタインベルクでは、次期、皇帝陛下だと名高い皇太子殿下も優秀な人物だと聞くし、第二皇子殿下や、以前までは、我が儘だともっぱらの評判で、悪い噂ばかりだった皇女殿下もまた、国内では、国民のためになるような功績を何度か挙げていることで、以前の悪い噂は、徐々に鳴りを潜めており、自分も含めて、『一体、どういった御方なのだ』と気になっている他国の王族などは多いことだろう。
――今後のためにも、是非とも、お近づきになりたいものなのだが……。
一応、ソマリアと、シュタインベルク自体、世界三大主要国として、互いに貿易などで関わりがないこともないものの、国自体がそれなりに離れていることで、頻繁に、コンタクトが取りやすいという訳でもない。
ゆっくりと街一帯を流れていく河の中で、一定の間隔で進んでいく小舟に水が当たり、跳ね返ってくることで飛沫があがり、パシャリと、水の音が聞こえてくるこの場所で、煉瓦で鋪装された、大通りとなっているメインストリートを歩いていると……。
「さっきから聞いてりゃ、テメェ等、一体、何様のつもりなんだ……っ! ふざけんじゃねぇぞっ!
シュタインベルクの皇女様って言ったら、本当に、素晴らしい御方なんだからなっっ!
なぁっっっ、サムっっ! そうだよなっっ!?」
と……。
ガヤガヤと、一仕事を終えてきた冒険者だろうか……。
漁業に出ている者というよりは、筋肉の付き方が鉱石を採掘しているような者に見られる付き方をしているため、もしかしたら、我が国で冒険者をしている者というよりは、シュタインベルクで鉱石を採掘するのを生業にしている者で、我が国に鉱石を売りにきた者達なのかもしれないが……。
腕っ節に自信がありそうな荒くれ者といった風貌の男達の集団の中で、リーダー格とも思えるような一人が、テラス席がある国内でも有名な酒場の一角で、ドンっと、それまで自分が呑んでいたエールの入ったジョッキを叩き付けるように机に置いたかと思ったら、自分達とは違うテーブルについていた隣の席の男達のグループと何やら揉め始めたみたいだった。
ジョッキをテーブルに叩き付けた男がいるグループには、リーダー格のその男も含めて5人いたが、隣の席に着いていた男達のグループの人数はもっと多く、テラス席の半分は、その集団が占領していたかもしれない。
――恐らく、同じ船乗りの船員達であることには間違いないだろう。
此方は此方で、荒々しい男達の集まりといった様子で、いきなり喧嘩のような口調で非難されたことで不快に思ったのか、海の男らしくバンダナを頭に巻いた男の一人が、自分達の席にある空いている椅子を乱暴に蹴り上げたかと思ったら……。
「あぁっっ……っ!?
折角、気分良く楽しく酒を飲んでたってのにっ、急に、いちゃもんを付けてきやがって、一体、どういう了見だ、コラっっ!
おうおう、やんのか、兄ちゃん! いつでも相手をしてやるよっっ!」
と、声を荒げて、最初に怒りの声を上げた採掘を生業にしているであろうリーダー格の男の席に、威勢よく立ち向かっていくのが見えた。
それを、受けて立つと言わんばかりに、ガタリと椅子から立ち上がった上で『やるんなら、店の人間に迷惑になるから、表、出ようやっ!』と、声を出したその男に対し、まるで抑えてくれと言わんばかりに、円卓のテーブルを囲うように座っていた仲間達が手を伸ばしたのが、印象的だった。
「も……、勿論、そうなんですけど……っ。
アンドリューさん、あまり、こういった場所で、喧嘩を吹っかけるのは良くないですよ……!
喧嘩っ早い性格は、直すようにするって、約束したでしょう……っっ!
皆さん、うちの連れが、先に手を出しかけて、本当にすみません……っ。
ですが、皆さんが、謂れも無い世間での噂話を信じ切った様子で、シュタインベルクでも、天使のように慈悲深い御方である皇女様のことを口に出して、あまりにも根も葉もない話を酒の肴にしていたので、どうしても、うちのリーダーが我慢出来なくて……っ!
以前、僕達は、皇女様に助けて頂いた恩があるんです……っ!
だからこそ、これ以上、その話で酒を呑むようでしたら、僕達もまた、これ以上の話は、我慢出来そうにもありませんし、その時は、容赦いたしません……っ!」
その上で、鍛えてはいるのだろうが、その集団の中では、一番細身の『サム』と呼ばれた男が、海の男と言わんばかりの、この国の冒険者グループの男達に、一体どうして自分達が怒ったのか、その事情を詳しく説明していったが、それまで、機嫌良く酒を呑んでいたことで、それを邪魔されてしまったという苛立ちの方が先に立ってしまったのだろう……。
海の荒くれといった冒険者達のグループには、もう既に、聞く耳など一切なく……。
「あぁっっ!? そんなこと、俺等が知ったことかよっっっ!
最近じゃ、確かに、そういった噂話は少なくなってきてはいるが、シュタインベルクの皇女といやぁ、ガキの頃から、国内の厄介者だったって噂じゃねぇかっっっ!?
その上、赤髪持ちで、魔女だって揶揄されているんだから、天使なんて高尚なものじゃなくて、どちらかってんなら、低俗な悪魔そのものだろうがっっ!」
と……、シュタインベルクの皇女に恩があるという、アンドリューやサムといった冒険者達のグループの神経を逆なでするように、楽しい酒の席を邪魔された腹いせに、煽り立てられるだけ、煽ってやろうと決めたのだろう。
シュタインベルクのみならず、一国の王族に対し、そのようなことを発言すれば、不敬罪であることに間違いないのだが、無鉄砲で恐いもの知らずというのは、こういった人間達のことを言うのだろうな。
このような場所では、誰も聞いていないから問題ないとでも思っているのか『この場で、低俗なのは、一体、どちらのことだというのか』と、俺は、二つのグループを面白いものを見る目つきで傍観していく。
そのうちに……。
「悪魔……だとっっ!? ふざけるな……っ!
今すぐ、その言葉を、訂正しろよ……っっっ!
あの御方が、悪魔だと言うのなら、世の中の全ての人間が、悪魔になってしまうだろうっっ!
自業自得で負傷した俺のことを、可能な限り、一生懸命に治療してくださって、いつだって、見捨てることだって出来たはずなのに、迷惑しかかけていなかった俺たちのことまで、助けてくれて……っ!
その上で、やり直しの機会だって、与えてくれて……っっ!
あんなに、素晴らしい御方は、他に存在しないんだよっっっ!」
と……、それまでは何とか穏便に事をおさめようとしていたものの、その言葉だけは、決して看過すことが出来ないといった様子で、アンドリューでもサムでもない、グループの内の一人が、吠えるように声を上げれば、さっきまでも、この場所に、そういった剣呑な雰囲気は漂っていたが、更に、一触即発の雰囲気が作り出され、二つの冒険者のグループの中で、もう、修復が不可能なまでに、今にも弾けて割れてしまいそうなほどの張り詰めた緊迫感が漂っていくのが見えた。
その瞬間、手が出たのは、一体、どちらが先だっただろう……。
一見すると忠誠心が高そうな人間とは思えないのに、人は見かけによらないもので、恩があって敬愛しているという、シュタインベルクの皇女であるアリス姫を貶されたことで、『どうしてもそれを許すことが出来ない』と立ち向かっていくにしても、数人で、テラス席の半分を占領しているほどの人数がいる海の男共に手を出すことは、どう考えても悪手でしかないというのに……。
それでも、それを許すことが出来ないと思わせるだけの魅力が、シュタインベルクの皇女にはあるということか。
――中々、本当に、面白い見世物になってきた……っ。
だけど、このまま行くと、状況はどんどん悪化していくに違いなく、恐らく、アンドリューを筆頭としたあの5人組が、数の暴力に勝てる訳もないというのは明白で……。
やがては、ジリ貧になって、押し切られてしまうだろう。
そのことで『人肌脱いでやるか』と、俺は自身が纏っている黒色のマントを翻し、公私で表と裏を使い分けている、世間では忌み嫌われている『赤』を、強調するように、テラス席の外に出てきて、道の往来で、激しく乱闘騒ぎになって、争い始めた男達の方を少し離れた距離で見つめながら、一度だけ口元を緩め、にやりと口角を吊り上げた上で……。
「……あーあ、喧嘩と祭りは、ド派手にやればいいってもんじゃないぜっっ。
ドンパチするなら、俺も、そこに、混ぜてくれよな……っ!」
と、声を出し、お忍びなんて何のそのといった感じに、切った張ったの喧嘩に洒落込もうと、意気揚々と走り出し『助太刀してやってもいいぜ……!』と、中々、5人という少ない人数でありながらも、数の暴力に負けじと奮闘するように善戦しているアンドリュー達に向かって、声をかければ……。
突如として現れた俺に、アンドリューやサムといった冒険者達も驚いた様子だったが……。
突然の乱入者に『あぁ……っ!? 一人増えたところで、何になるってんだよ……っ!』と、息巻いて、自分達の優勢が絶対的なものであると疑うこともせずに、俺に大ぶりの拳を浴びせようとしてきて、横暴な態度だった荒くれ者共も……。
「……そんなんじゃ、ただ悪戯に、自分の寿命を縮めるだけだって、まだ分からねぇのかっ?
命ってのは、花のように、儚く散りゆくのが定めってね?」
と、好戦的な態度を崩すことなく、それを、難なく避けながら、的確に拳で、一人一人の横っ腹に打撃を与えていけば、やがて、頭に血が上っていた様子だった野郎共が、俺が纏っているマントの赤の意味に気付いて、この場に突如現れたこの俺が、一体、誰なのかということに気付いたのだろう。
「……あ……っ、あぁっっ、テメェっっ……、いやっ、あなた様は、まさかっ、ノ……、ノエル殿下……っっ!?」
そうして、この場で一人が、その名前を口にすりゃあ、俺の出で立ちを見て、マントだけではなく、ピアスや、ネックレス、ブレスレットに至るまで、好んで赤を身に纏う、風変わりでぶっ飛んだ人物だと名高い、この国の第一皇子、『ノエル・フラン・グレイグ』だと、この場にいる全員が、ようやく気付いてくれたみたいだった。
そのことに、ただただ満足しつつ、口元を歪めながら皮肉めいた満面の笑みを溢してやれば、この国の人間ほど誰を敵に回したのかということに気づき、顔面蒼白になりながら『あ……っ、あ……っ』と、声にならない声を出し、一歩一歩、後ずさるように、俺から距離を取って下がっていく。
「オイオイっっ、さっきまでの威勢は、どうしたよ……っ?
ほら……っ、もっと、切った張ったの喧嘩へと洒落こもうぜっっ!?」
口元を歪め笑いながら、派手な喧嘩も、ドンパチも、心底楽しくて仕方がないと言わんばかりに、目の前の男達を見やれば、この街で、俺に手を出したらどうなるのか、明日には、自分達の立場がなくなるどころか、この街からも、門前払いをされて、村八分のように追い出されることが分かっているからこそ、自分達の明日の仕事にすら影響が出て、御飯を食いっぱぐれるようなことになってしまうと、誰しもが、今、頭の中で、そう思っていることだろう。
目に見えて、固唾を呑んで、誰も、その場から動かなくなってしまったことで、俺は、その状況に『俺の普段からの評判も、派手な喧嘩をするのには、こういうとき、邪魔になっちまうものだな』と、小さくため息を溢した。
――本音を言えば、まだまだ、暴れ足らなかったんだが……。
【どう考えても、ここらで、潮時だろう……っ】
つまらないものを見るような目つきで、目の前の男達から既に興味を失った俺は、特に、この男達に罰を与えるつもりなど、毛頭なかったのだが……。
そうは、問屋が卸さないって訳で……。
これだけ派手な喧嘩で、音が鳴り響きゃあ、この店に来ていた他の客達も、この店の従業員も、見物人として、この見世物を、興味津々で見つめてくるってのは、どうしても避けられず……っ。
どっちが悪いのかについては、この街で、特に目の肥えた観客達が、俺以上に厳しくジャッジしていて、アンドリュー達、5人の冒険者達は、それにより助かっただろうが、もう既に、目の前で、揃いのバンダナを巻いた、この男達の処遇って奴は、決められたも同然だった。
こいつらは、明日にはもう、この街で大手を振って歩くことすら出来ないだろう。
特に、カッとなって、俺のことすら目に入っていない様子で、絶対に手を出しちゃ駄目な相手に喧嘩を売ってきたのが、運の尽きってもんだ。
鼻持ちならない貴族達には、言動全てが理解出来ないといった感じで、煙たがられている俺だが、この街に住まう一般的な庶民達には、それこそ、手放しで歓迎されるくらいに絶大な支持を誇っているのだから……。
「ノエル殿下……っ! やだねぇ、うちの店に来るんなら、先に、言っておいてくんなっっ!
普段、こういった、ごろつき同士の喧嘩をおさめてくれていることを思えば、うちの店に来てくれただけで、たんまりと、サービスをするっていうのにっっ!
本当に、お忍びでしかやってこなくて、神出鬼没な御方なんだから……っ!」
「本当にそうですよっ! ノエル殿下……っっ!
どうしても、荒くれ者共も多いこの街で、喧嘩ってのは、日常茶飯事に起こるでしょうっ!?
俺たちみたいな住民は慣れてはいるが、それでも店で騒がれちゃ、俺たちも商売があがったりなんでね……っっ!
そこを、颯爽と、いつだって、ヒーローみたいに、気さくに助けてくれるノエル殿下が、たまに、こうして来てくれるだけでも、抑止力にもなるってもんでさぁっ!」
そうして、目に見えて明日からどうやって金銭を得て生活して行けばいいのかと途方にくれた様子の男達には、一切目もくれず、顔馴染みの店の主人と女将にそう言われたことで、パッと花開くように会話が賑やかで明るいものへとかわり、俺は、いつものように先ほどまでの皮肉めいた笑みとは違い、柔らかい笑みを向けながら……。
「そう言ってくれるのは、俺も嬉しいし、気前よくサービスしてくれんのは、滅茶苦茶、有り難い。
んじゃぁ、お言葉に甘えて、一杯、やっていくとするか……っ!」
と、顔馴染みの主人と女将……、それから常連客に、あっという間に取り囲まれてしまったことで、彼等との他愛ない会話をすることをやめないまま、どうしたら良いのか分からないといった様子で、その場に固まってしまっている『アンドリュー達一行』に、笑顔のまま、視線を向けた。
「ほら……、兄さん達、そんなところで固まってないでっ、どんな理由があるにせよ、喧嘩をしちまったことについては謝りな……っ!
ここにいる、みんなも、兄さん達が悪いだなんて、思っちゃいないさっ!
自分達が敬愛している人間が貶められれば、そりゃあ誰だって怒るものだし、今日の主役が、そんな、しょげたような顔してどうすんだよっ……!
こういうとき格好良く、誰かを守ろうと奮闘した人間に花を持たせてやるのが、漢ってもんだろうっ!?
女将、この粋な兄さん達に、俺からこの店で一番美味い酒とつまみを……っ!」
その上で、俺が、一言、そう言えば、恰幅のいい女将が『全く、殿下ったら、本当に仕方がないお人だねぇ……』と、声を出しながらも……。
「別に良いさ。……アンタ達も、殿下の好意に感謝しな……っ!
いつだって、殿下がこうして来てくれることで、城下の安寧は守られているんだからね。
今日は、アタシと主人の奢りだよっ! なぁに、主人の給料を、ちょっと削れば、こんなの、大したことでもないんだからさっ!」
と、アンドリュー達にも、気前よく奢ってくれると約束してくれた。
城下といっても、下町の親しみやすさが混在するこの街で、『気軽に、俺宛に、ツケてくれりゃいいのに……』と声を出しながらも、頑なに俺から金銭を受け取ろうとしない主人と女将がカウンター越しの調理場に戻ったのを見て、シュタインベルクで採掘を生業にしているであろう冒険者のアンドリュー達に……。
「ここで会ったのも、何かの縁だし、折角だから、兄さん達、一緒に呑まないか?
兄さん達が、天使だって言っている、シュタインベルクの皇女様、アリス姫のことを……、出来ることなら、もうちょっと詳しく、俺にも聞かせてくれたら嬉しいんだが……。
あ……、別に、俺は、あそこで、自分の人生について、お先真っ暗だって思ってる奴らと違って、アリス姫に悪い印象なんて持ってないし、純粋に、世間での悪い評判じゃなくて、兄さん達が接した時の、有りの儘の姿について興味がそそられて、知りたいなって思っただけだから、そこについては、勘違いしないでくれ」
と、単純に、この酒場の中で、アンドリュー達が話していたシュタインベルクの皇女、アリス姫について、知りたいという欲求が抑えきれずに、問いかければ……。
俺の他にも、この店にいる常連客や、果ては、主人や女将に至るまで、アンドリュー達が話すシュタインベルクの皇女であるアリス姫の姿が、あまりにも世間で言われている内容とは違っていたことで、少なからずみんな、彼女のことについては気にしていたのだろう。
話を聞きたいと集まってきた人間の中に、彼女のことを悪く言う人間は、もう誰もおらず……。
「……どんな理由があったにせよ、この店で喧嘩を吹っかけてしまって、店の雰囲気まで悪くしちまって、本当にすいませんでした。
あっ、勿論、話せないこともあるので、俺たちがどういった経由で、皇女様にお会いすることになったのかなどについては聞かないで欲しいんですけど……!
俺は、本当に、あの頃、クズでしかなくて、皇女様にも、他の人達にも、ご迷惑ばかりをおかけしてしまって……っ!
あの御方が助けてくれなかったら、今頃、きっと、死んでいたと思います……っっ!」
と、アンドリューが、意を決したように、シュタインベルクの皇女であるアリス姫のことを話し出したことで、俺は、女将が出してくれたウィスキーの入ったグラスを手に取った上で、カウンター席の自分の横に座って、仲間達と一度だけ頷き合いながら、慎重に、それでも皇女様の人柄を広めたいのだと言わんばかりに『どんなに、シュタインベルクの皇女様が素晴らしい御方なのか』を、説明してくれ始めたアンドリューの話に、ゆっくりと聞き入るように耳を傾けていくことにした。