幕間【ツヴァイSide】
「……やはり、そうか……。今回も空振りに終わったか……」
シュタインベルク国内のスラムにある廃れた教会の中で、儂は、人ならざる者の№1が作った、№2である儂よりも、下に位置する組織の幹部から、何の成果も得られなかったという報告を聞いて、ぎりっと、唇を噛みしめる。
瓦礫や、ガラクタが乱雑するこの教会の中で、今日も祭壇の前に置かれたベンチに座り、目の前で傅くように頭を下げて、儂に報告してきた黒装束のその存在へと向かって、儂は一度自分の手の甲を二度ほど払って、自分の持ち場へと戻るように促す指示を出した。
――人ならざる者である、あの男が、儂の前から消えることなんて、日常茶飯事のことだった。
これまで、その行動動機については必要以上に勘ぐって、探っていても、儂の目の前から消えること、それ自体に関しては、殆ど、気にしたことなどない……。
いつだって、どこぞをほっつき歩いても、何れは、必ず、自分が作ったこの組織へと帰ってくる。
アインにとって、それだけ、この組織というのは、何よりも重要な場所であるだろうと思っていた。
だが、ここ最近になって、以前にも増してあの男の秘密主義が加速し、頻繁にいなくなるようなことが起こり、儂の知らない内に『エヴァンズ家の嫡男であるルーカス』に接触していたり、建国祭を前に高級衣装店などといった場所へと出入りするようになって、その言動に、今まで以上の強い不信感を抱いていたところで、前皇后が亡くなってから、シュタインベルク国内で皇后という座に就いていた皇太子と第二皇子の母親であった者が失脚することになったという報が、このスラムにも衝撃を持って伝わってきた。
そのことに驚いて、アインを詰めた日がいっそ懐かしいと思えるほどに、忙しなく過ぎる日々に、『アーサーの母親を助けに行ってくる』と言ってから、あの男、アインだけではなく、アーサーまで戻って来ずに、既に、三ヶ月近くが経とうとしているとは……っ。
この一連の出来事は、全て偶然なのだろうか……?
そう考えた時、儂には、どうしても、そうだとは思えず……っ。
どうしても、そうだとは思えないからこそ、あの日、アーサーの母親の病を治しに行くと言って、そのまま帰ってこなかった二人の行方を追うと同時に、人ならざる者であるあの男のことをどれだけ調べ尽くしても、これっぽっちも手がかりになるようなものなどは、見つからないからと……。
ならば、探る方向性を変えてみようと、建国祭の期間中にも、アーサーを使って、あの男の後をつけさせたことがあるが、あの日、アインが怒りに任せるように口走った、『あの女の用意した仕事に従うのは性に合わなかった』という言葉の意味として……。
事前に調べを進めておいたアーサーの件について、ここになってようやくその全容が見えてきて、二人がスラムから消えたその後に、今、現在、儂がアーサーが置かれていた背景や境遇から、ある程度の事情を把握するようになったことさえも、アインにとっては、計画の内で、この場においても、何もかもがあの男の手のひらの上で転がされていることなのかもしれない。
アーサーの境遇については、病の母親がいるということも、儂自身、ある程度理解していたし、恐らく言える範囲でのことで本人の口から聞いてもいたが、まさか、アーサーが、失脚することになった今の皇后と繋がりがあったとはな……。
何か大きなものに、アーサーが利用されていて、アインに救われることになったのだというのも、アーサーがその身を隠さなければいけない存在だということも、前々から分かる範囲で情報を精査し、推測してはいたことだったが、それでも、アーサーが我が国で『お尋ね者になっていた』という情報などは知らなかったし。
そういったことさえも大々的に、街中に、その人物画が張り出されるようなこともなく、犯罪を犯した者であるのにも拘わらず、今現在もなお情報が規制されていることを思えば、恐らく、この一件は、皇宮の中でも上位に位置するような限られた人間しか知るよしもないことなのだろう……。
特に国の中枢に関わっているような皇宮関係の情報などは、たとえアインの構築したこの情報機関を以てしても、儂の幅広い人脈や力を以てしても、国内の情報の中でも、トップクラスに、その情報を手に入れるのが難しいものであることは間違いない。
お陰で、国の中枢で何があったのか……、皇后が今まで自分が犯してきた罪によって捕まってしまったことで、広く一般に《・》公開されている情報の先までを知ろうとしても、儂ですら、骨が折れるし、中々、核の部分に辿り着くことだってままならない。
だが、本当に、広く世間一般に公開されている情報が全てだというのなら、皇后に命令されて囚人の毒殺事件に関与していたアーサーのこともまた、その時に、一緒に公開されているはずだ。
けれど、そういった情報に関して、頑なに表に出てきていないということは、その裏に公には出来ない何かがあるということに他ならないだろう。
――そう、たとえば、人ならざる者であるアインという存在が、その裏に関与していたから、だとかな。
そうなってくると、いよいよ本格的にお手上げで、儂に調べられるものに関しては、手詰まりになってしまいかねない。
アインとアーサーの行方について、これから先、僅かな手がかりを求めて追うことなども、その手がかりさえ見つからないとあっては、きっと不可能だ。
いや、それすらも、アインが、そこまでは気軽に手に入れることが出来ないようにと、あえて儂等のような裏の住人が手に入れられる情報については限度があるのだと、最初からそのつもりで規制していたのかもしれないな。
普段、気の抜けたような素振りを見せているからといって、儂自身、決して油断していた訳でも、気を抜いていた訳でもないのだが、あの男なら、それくらいのことは、いとも容易く出来るだろう。
儂が、今、そう感じていることさえも、全て、仕組まれていることなのかもしれないが……。
一体、何手先までを読んで、行動していたというのか……っ、?
小さく歯噛みしながら、儂はベンチに座ったまま、目の前に置かれた水晶を軽く睨みつけた。
普段から、教会の中で、アインが、この街に張り巡らした至るところでの監視システムから、些細な情報すらも逃さないように、日がな一日中、それを眺めては、膨大な情報を精査していく。
その上で、必要であれば、部下を動かし、そこに干渉し、異常になりそうなところを正常なものへと正していく。
それが、ツヴァイである儂に任された日常であり、自分の仕事そのものだった。
その本筋が、これから先も変わることはないだろう……。
ないだろうが……っっ、それでも確かに、首の後ろがぞわぞわとするような、肌が震えるような感覚として、嫌な予感はずっとあったんだ……っ!
あの男が儂の前から、いつか消えていなくなるんじゃないかと、そのことに危機感を抱いたのは本当に最近のことだったが、それを阻止しようと、出来るだけ儂なりにも気をつけていたはずだった。
「アインよ……っ、お前さんは一体、何を考えている……っっ!?
何を目的として、儂たちが住まうこのスラムという場所を作り上げ、この街を監視していた……?
そうして、一体、これから先、何を仕出かそうとしているんだ……っ?」
……儂の知らないことは、いつだって、この街を滞りなく回しているシステムが教えてくれた。
それ以外の多くのものに関しても、複数の部下たちによって、儂に知らされるようになっていることを思えば、触れてはいけないものも、この世の中には沢山あるし、手に入れるのに苦労するものもあるが、それでも、儂自身、殆どのことを労せずに手に入れることが出来ているのは全て、アインが滞りがないようにと古くから構築してきた、裏の世界を回しているこの組織があるお陰だろう。
それは、確かに認めよう。
儂自身が、そのシステムに頼り切りになっていた部分がない訳じゃないのだと……。
だが、だけど……、それでも……っ、儂は……!
【……まさかとは思うが、年老いて、耄碌したのか、ツヴァイ……?】
と、お前さんに言われるほど、落ちぶれている訳ではないぞ、アイン……っ!
――まだまだ、儂は、現役だ……っ。
知らないことがあるのなら、いつだって、この身ひとつで、外に出ることも出来るし、システムで見えないことがあったとしても、些細な情報を組み合わせて、そこから推測して仮説を立てるようなことは得意分野であり、儂がこれまで築いてきた人脈は、決して馬鹿には出来ないものだ。
儂にだって、このスラムで長年生き抜いてきたという自負がある。
お前さんの、その両の眼が、今、一体どこを見ているのかだなんて、儂には全く分からない。
でも、だからこそ、お前さんが今見ている景色に、たとえ、儂たちが映っていなかろうとも、これまで、儂たちのことを手玉に取って、お前さんの思い通りになるよう操っていたかもしれなくても……。
築き上げてきた人脈や、儂の今の立ち位置が揺らぐことはないだろう。
儂には、明日生きて行くのにも困っているこの街の住人を、一人でも多く救う義務がある。
そうして、このスラムという街には、そのシステムを裏で回している、絶対的な存在としてのNo.1が、何が何でも、必要不可欠だ。
たとえ、表に出ない存在だとしても、その座が空席ではなく、確かに存在していることで、スラムでの治安がきちんと維持されるのだから……。
時代が移り変わり、景色が色を変え、たとえ、それを補佐する№2が変わっていこうとも、一番として君臨する存在だけは、何があっても変わってはいけない。
ツヴァイは、あくまでも二番として、それを補佐し続ける存在でなければいけないのだから……。
自分の裁量まで超えて出しゃばるようなことは、決してしてはいけないと、儂は思う。
【だからこそ、この街にとっては、何よりも、お前さんの存在が必要不可欠なんだ、アインよ……っ!】
一見、なんの関係もない情報たちが、実は裏で繋がっていて大きな出来事のための布石だったということも、ままあることだし……。
小さなことからコツコツと、日々、何の役にも立たないと思えるような、些細な情報ですら、逃す訳にはいかないだろう。
スラムは、ただただ治安が悪い、ゴミのような掃きだめの場所しかない訳ではなく、この街にも幾つかの区分で分けられて、居住区や、路上での怪しい商いなどといった地区もあれば……。
犯罪の温床であると同時に、娼館なども含め、賭け事をするような場所だってある。
更に言うなら、会員制の酒場などで匿名性が維持されることで、そういった表に中々出せないような話などを秘密裏にしようと思えば出来ることからも、こういった場所を馬鹿にして見下しつつも、隠れて、コソコソと足繁く通っているような貴族や騎士といった人間だって多かったりするのだから……。
アインが作ったシステムは、そういったところまで見えるように、細部に食い込むように設計されているし、もしかしたら、そういったところから、見た目などをコロコロと変えることが出来るアインではなく、アーサーについて、何かしらの目撃情報などが入ってくる可能性もなくはないだろうな。
何にせよ、もう少し詳しく、儂自身が、この国で一体何が起こっているのか、調べる必要がある。
それが、ひいては、このスラムで暮らす人間の多くを守ることにも繋がってくるのだから、決して、そこに妥協などは出来ない。
だが、一番、頼りになるのは、きっと……。
「ツヴァイ、手紙が届いた。
差出人は、皇宮からで……、その名前は……っ、」
儂が、いつも以上に神経を研ぎ澄まし、アインを中心に、アーサーのことなど、ここ半年ほどの間に起こった出来事について思いを馳せていると、教会の古びた扉がギシリと音を立てて開いたかと思ったら、この教会の門番をしている6番が、教会の内部に入ってきた上で、封筒に書かれた文字を読み上げながら、儂のいる祭壇前のベンチまで歩いてきた。
そうして、全てを言い終わる前に、ビックリしたように驚きに目を見開いたゼックスが、その手紙の差出人に『間違っていたりしないよな……?』と言わんばかりの視線を向けたのを見て、儂は、薄く笑みを浮かべたあと……。
「差出人は、この国でも、トップクラスに偉い御方だな……?
ご苦労だった、ゼックス。……お前さんは、もう、戻っていい」
と、声をかける。
儂のその言葉を聞いて、ゼックスは、この差出人が、まさに封筒に書かれているもので間違いがないのだと察したのだろう。
物わかりの良いゼックスは、それ以上何も聞かずに、無言で儂にその手紙を差し出してきたあと、また、来た道を引き返して教会の入り口へと戻っていく。
毎日、この教会の見張りだけをしているように思えるが、ゼックスの仕事は、儂がこの場所で見聞きして、必要だと思う箇所に緊急で行かせることになる小間使いのようなものも含めて、儂に用事があった来客を精査したりと、細々としたものが多いが、本当に、多岐に渡る。
儂は、その姿がきちんと扉の奥に消えていくのを見送ったあとで、その年齢を匂わせるように可愛らしい丸文字で書かれた『スラムの古びた教会へ』と、必要以上のことは書かずに簡潔に、こちらに最大限、配慮して書かれた、その差出人の名前へと視線を向ける。
一縷の望みをかけて、あの方に手紙を届けてみたが、やはり、儂の思った通り、返事の手紙を書いてくださったか……っ!
こういった手紙が、この場所に届く際には、匿名性を維持して、殆ど差出人が書かれていないことが多いのだが、律儀なその性格を現すかのように、きちんと書かれたその名前に『それだけで、人の良さが垣間見えるな』と儂は、逸る気持ちで、その封を切った。
スラムで暮らしている人間には、あまり馴染みもないだろうが、儂みたいな情報屋や、貴族、皇族といった上流階級の人間が、使用する際には、封筒に封蝋を使って封印を施すことで、封をするのと同時に、開封された瞬間に、封印するのに垂らしている蝋がパキッと割れることで、一度開封したら戻せなくなるという用途として、幅広く使われているものだ。
そうして、この封蝋の印もまた、使用者によって、その家々のシンボルマークだったりして、世界に一つだけしかないものが殆どであり、細工などは出来ないとされている。
つまり、この手紙は、今、この瞬間、儂が開けるまでは、文字通り、差出人である彼女以外は、誰も中身を見ていないのだと証明するものになる。
機密性の高い大事な手紙の際などには、特にそういった処理を施す場合が多いし、その立場だけではなく、今回、儂があの子に送った手紙の内容を考えれば、おいそれとは周囲に言えないようなものであることは間違いなく『自分は、国のシンボルマークである皇宮の絵が描かれた印を使うことが許されている存在である』と、差出人に嘘偽りがないことも含めて伝えてくれていた。
そうして、開いた封筒から、中に入っている便せんを取り出して、儂は、そこに書かれていた内容に、じっくりと目を通していく。
『拝啓、春の日差しが感じられ、段々と温かくなってきましたね。
ツヴァイのお爺さん、お元気でしょうか……?
このたびは、私にお手紙をくださって、ありがとうございます。
たとえ、手紙であろうとも、私の立場上、中々言えないこともあり、どこからお話すればよいのか分かりませんが、あなた様が懸念していたように、アイン、ナナシ、アルヴィンという名前の中で、ナナシと、アルヴィンという存在が同一人物であり、私達の前にも姿を現したことがあるというのは、確かに間違いがないのだと、お話することが出来ます。
そうして、今回の建国祭後に、世間を大いに賑わせた事件とも決して無関係ではありません。
また、あなた様の言う様に、その人が『人ならざる者』であることは間違いないでしょう。
私の持っている情報の全てをお伝えすることは難しいのですが、ツヴァイのお爺さんから、以前聞いた、ツヴァイのお爺さんよりも、もっと上の存在、No.1であるアインが、アルヴィンさんだったのだと聞いて、とっても驚いてしまっていますが……。
恐らくツヴァイのお爺さんと私の認識が間違っていないのだとしたら、彼が、この国のスラムとも深い関わりがあった人物だということについては、確実だと思います。
詳しいことまでは話せないのですが、私の大切な人が彼と近しい間柄だったこともあり、実は、私達もまた、彼の行方を捜しているので、お爺さんからの情報の提供に、心より感謝しています。
そして、アーサーのこともまた、彼と一緒に行動している可能性が高いことを教えてくださって、ありがとうございました。
私達が持っている情報が合わされば、彼が今どこにいるのかなど、その行方についても捜し出せることが出来るかもしれませんし、今後も、何か分かったことがあれば、いつでも私に連絡して頂ければ幸いです。
また、私でお役に立てることがあるのなら、いつでも協力しますので、何でも仰って下さい』
そうして、その上で……、誠実に、手紙に書かれたその内容の一文字、一文字に『まさか、ここまでのことを書いてもらえるだなんて……っ!』と、こんなふうにしてもらえるとも思っていなくて、儂は、その言葉を、しっかりと噛みしめながら、与えてもらえた貴重な情報を頭の中で組み立てては、精査していく。
あの子のことだから、この文章の中に、嘘などは一言も入っていないだろう。
書けないことがあるといえども、儂が事前に出しておいた手紙の中の質問に、ある程度答えてくれた上で、あの子サイドも、アインのことを『人ならざる者』だと認識しているのだということは大きいし。
あの子が大切にしている知り合いが、アインと『近しい間柄』だったということが知れただけでも、一歩前進だった。
つまり、それは、アインと同じように、あの子の傍に『人ならざる者』の存在があるということを、その立場上、国の機密情報にあたることで、おいそれとは言えないながらも、こうしてぼかすことで、精一杯、儂に、伝えてきてくれているのだから……。
その上で、儂が手紙の中でアーサーの存在をハッキリと伝えて、恐らくアルヴィンの傍にいるだろうと書いたあと。
『国が、アーサーのことを重要参考人としてその行方を捜しているのは分かっているが、スラムのNo.1として、アインの存在がいなくなってしまったら、裏の世界がきちんと機能しなくなり、表の世界にまで迷惑をかけてしまうことになるだろう』
と明記したことで、皇女様サイドもまた、アインについて捜してはいるが、アインに近しい間柄だったという存在を手紙に出してくれることで、アインを捜し出したあとに悪いようにするつもりなどはないということも、出来る限り、儂に配慮して匂わせてくれたのだろう。
――この情報を、絶対に無駄にすることは出来ない。
それと同時に、儂はスラムから……、皇女様達は皇宮から……、別々の場所から情報を仕入れた上で、協力もしてくれるということで、本当に、それだけで心強い。
勿論、その傍には、ノクスの民であるあの騎士もいるのだろうし、皇帝が紹介した薬の知識に博識だという子供や、最近では皇太子なども皇女様を溺愛しているという噂が流れてはきていて、実際、そうなのだという確証も、ある程度、儂自身も、掴んでいるが……。
それでも、周りの人間が『あの子』に知識を授けなくても、10歳という若さでありながらも、こちらの手紙の意図をこれほどまでに正確に汲み取って、言えないことと、言えることを精査しつつ、ぼかしながらも、きちんと伝えるべき情報については伝えてくるという、その手腕には目を見張るものがある。
初めて出会った時には、正直で心根の素直な子供だという印象ばかりが際立ってしまっていたが、ここ最近になって聞こえてくる目覚ましい活躍の全てを思えば、ただ柔らかく、人のことを思い遣るだけではなく、しなやかで芯が強い一面もあるのだと、改めて思い知らされる。
その上で、その根っこの部分にあるものは、人への気遣いや心配りが基本であるからこそ、このようなことでも、柔軟に対応することが出来るのだろう。
赤髪を持って生まれてきたこともあって、中々、どうして、10歳という子供には、本当に荷が重い立場だろうに、あの子は、それを十二分にやってのけている。
手紙の文末には、『まだまだ言えていないことなどもあって、本来なら、もう少し詳しくお話をした方が、協力と連携は取りやすいかと思いますが申し訳ありません』という、あの子らしい一文で締められていた。
「まったく、世間は足早に色々なことが変わっていっているし、それに深く関わっていた上で、このように謎を残して、とんだ置き土産をしてくれたものだ……っ」
小さくため息を溢しながら、儂は、再び、居住まいを正すように、ドカッと祭壇の前のベンチに座り直すと、アーサーが来てからは、ちらちらと儂たち二人の顔色を窺いながらも、儂に同意してくれるような存在が増えたことで、更に、アインに向けての小言が多くなってしまったが、存外、そんな日々が悪くなく……。
この殺風景で代わり映えのしない教会の中で、いつの間にか、人が多い分だけ賑やかになっていったこの空間が、今はただ、もとの状態よりももっと、侘しいものになってしまっていると痛感しながらも……。
「頼むから、儂が、死ぬよりも先に、お前さんの方がいなくなってくれるなよ……?」
と、小さく声を溢しつつ、珍しく弱気になってしまった自分へと渇を入れ直し、これからはアインの行方について、皇女様とも連携が取れることに、一先ずホッと胸を撫で下ろした上で、目の前の水晶へと再び視線を向け直した。