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486【お父様Side】



 出会う前から、ずっと、彼女のことは妹のようだと思って過ごしてきた……。


 ――だからこそ、あまりにも近い肉親として大切にするべき愛おしい存在なのだと……。


 私自身、このような地位で生まれたことから、直ぐに、政略的なものとして、大公爵(グランドデューク)という立場である叔父上と、その伴侶である叔母上との間に『もしも女の子が生まれてきたとしたら、私の(きさき)として迎え入れることにしよう』と、兄弟仲の良かった先帝である父上と、叔父上の中で、既に話が纏まっていたこともあり、幼い頃から、そこに私が介入する余地はどこにもなく……。


 私自身は、あまりそのような考えは持っていなかったものの、古くからの慣例(かんれい)で、皇家(こうけ)の尊い血筋を保つために、近親者同士が結婚するというのは、何もシュタインベルクだけで行われている仕来(しきた)りだとは言えず、何処の国でも、そういったことは往々(おうおう)にして執り行われてきたものでもあるし、彼女と結婚するということに、反対する気持ちなどが出て来たことは一切ない上に……。


 元来(がんらい)、そういったことには全く興味も関心もないものだと思ってきたし、今までの自分のことを振り返ってみても、誰か一人に対して、恋愛感情というものを抱いたことがないのだと感じていて……。


 私自身、将来、自分の伴侶になる人を大切にするというのは心の中で決めていたが、それは家族としての意味合いが強く、政略結婚をする以上、自分のそういった感情面については、君主になるのに、そこまで困るようなことではないだろうと、その問題をそのまま放置して、『これから先もきっと、誰か一人に特別な感情を抱くことはないはずだ』と思ってきたからこそ……。


 彼女がデビュタントを執り行うことになった際、彼女のことは、自分と5歳も年齢が離れていたこともあり、私自身は自分の身内として、どこまでも好ましい存在なのだと……。


 『生まれた時から病弱だった、この小さな存在を、これから先、護っていかなければならない』と決意を固めたが、それ以上の感情を持つようなことはないだろうと、そのことにひどく申し訳なく思っていた。


 ……だが、よくよく考えてみると、初めて会った時に、それまで緊張していた様子だったものの、徐々に打ち解けるようになってきて、私がリンドウの花を一輪、彼女の髪の毛に挿してやった時、嬉しそうに、ふわりと、まるで花が咲いたかの如く満面の笑みを溢したあと、自分が無意識に笑顔を浮かべたことに気付き、慌てた様子で、どこか控えめに、()()()()姿()を見て、僅かにでも、心が惹かれていた場面はあったかもしれない。


 私自身、幼い頃から、次期皇帝として、ある程度の行動も制限されながら、今後、国のために、国民の生活を護ることが出来るようにと『帝王学』を学んできたことで、それが自分の日常であり、当たり前になっていて、そのことを嫌だと思ったことは一度もなかったが、それでも、彼女と接している時は、少なからず、そういった()()()()()()()()されて、その時間はあまりにも心地がよく、素の自分でいられたと思う。


 だからこそ、今思えば、私は、自分でも気付かないうちに、どんどん彼女に惹かれていっていたのだろう。


 それが、ある日を境にして、彼女の表情がどんどん(かげ)っていってしまい、真っ直ぐに私のことを見つめてくれていた彼女の瞳が私から外れるようになり、目に見えて、目を合わせてもくれなくなっていったことで、私自身、知らない間に芽生えていた恋愛感情に苦しみつつ、妹に対しての悲しみというよりも、恋愛対象として、彼女に見られなくなってしまったことでの『深い悲しみ』に、じわじわと胸の中を(むしば)むかのように、苛まれていってしまったのだということを、遅まきながらも、今なら、実感することが出来た。


 このような状況になって、彼女のことを思い遣るには、あまりにも遅いことかもしれないが……。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()……。


 その上で、テレーゼとはお互いに利害の一致した政略結婚ではあったものの『自分の第二妃となる存在なら蔑ろには出来ない』と思い続けてきたし、ウィリアムやギゼルのことは自分の息子として、本当に大切に思っていて、二人が生まれた時にも、心の底から嬉しい気持ちでいっぱいだったのだが。


 それでも、なお、病弱で『生涯に、一人しか子供が望めないだろう』と医者から言われていた彼女との子供を作りたいと願うほどには、彼女に対して、自分では気付けなかった溢れんばかりの想いが、それこそ、山のようにあったのだということを、今になって痛感する。


 元気に産声(うぶごえ)を上げて誕生してくれたのならば、どんな姿でも別に構わなかった……。


 それに……、彼女自身は自分に似た子を産んでしまったという深い苦しみと共に、私に対しての申し訳なさのようなものも感じていたみたいだったが、アリスが産まれた時には、私に似た子供ではなく、彼女に似ているのを見て、どれほど可愛いと思ったことだろう……。


 私にとっては、女の子が産まれてくること自体も初めての経験だったし、彼女の傍に付いていた侍女達から『皇后様の体調が(かんば)しくなくて……』という奥歯にものが挟まったような言い回しを聞く度に、彼女の体調を悪化させてはいけないと、アリスに会いに行くことすら、我慢していたというのに……。


 既に、その頃には、彼女とは、かなりすれ違ってしまっていたし、私自身、嫌われていると思い込んでいたことから、どのように接すれば、彼女を傷つけないのかと模索しているうちに、どんどん、その距離が離れていってしまったと思う。


 その上で、私の本心を聞いた時に、どういった反応をされるのかが分からず、私がアリスや彼女のことを大切に思うその気持ちは、私のことを嫌っているであろう彼女にとっては迷惑にしかならなくて、今まで以上に拒絶されてしまうのではないかと思うと、二の足を踏んでしまい、彼女とぶつかることすらも恐かったのだと、今なら、理解することも出来るのに……。


 そういう意味でも、私は、夫としても、父親としても本当に失格だったのだろうな……。


 先ほど、アリスに謝罪した時にも伝えたことだったが、いつからか、彼女自身も、アリスも、置かれていた環境へのストレスで、物欲に走るようになってしまって、私から何かをしてもらえることが、それくらいしかなかったというのもあって、ずっと助けを求めるように『この状況に気付いてほしい』と、精一杯、その手を、私に向かって伸ばし続けてくれていたのだと思う。


 それなのに、私は、二人が置かれているその環境の背景にすら、気付いてもやれないで……。


 彼女にもそうだが、アリスにも『本当に、取り返しがつかないほどに、申し訳ないことをしてしまった』と思ってしまう。


 私が、今までのことに後悔して謝罪をしても、アリスは『気にしないでください』と、本心からそう言ってくれるばかりで、今日も、私が悪いと責めるようなことは、一度もしていない。


 だからこそ、私自身、決して、その言葉に甘える訳にはいかないと感じながらも……。


 これまで、あまりにも酷い境遇に置かれてしまっていてもなお、誰よりも周りの人間に対して心を砕き、優しい子に育ってくれたアリスのことを思えば、心の底から胸が苦しくなってきてしまい、このような状況下にあっても、一度も、私のことを非難することさえしないアリスに、どうか、こういった時くらい、私のことを責めて怒ってくれと願ったのは、完全に、私のエゴでしかないのだろうが……。


 ――もっと、泣き喚いて、酷い父親だと(ののし)ってくれたっていい。


 アリスに、母親に首を絞められ殺されかけてしまうという、あまりにも心に大きな傷を残すほどの悲しい経験をさせるようになってしまったのは、全て、私の責任であり、それだけ私が、彼女のこともアリスのことも追い込んでしまっていたという事実に他ならないのに……。


 アリスの口からは、こんな時ですら、私の事を、思い遣ってくれるような言葉しか降ってこない。


 その状況に……、ただ周りの人間を思い遣れるほど優しいというだけではなく、まるで喜怒哀楽の怒りと悲しみの感情が、ごっそりと抜け落ちて欠落してしまったかの如く……。


 あまりそういった感情を抱くことがないようにと、防御本能で、色々なことに鈍くなってしまっているのではないかと、心配の気持ちが湧き出てきたのと同時に、『いったい、どれほど、私が、アリスのことを追い込んでしまっていたのだろうか?』と、今すぐにでも殺したいくらいに、自分に対しての強い憎しみが(つの)ってきてしまった。


 大公爵(だいこうしゃく)である叔父上も、アリスへの謝罪と共に『これからは、孫娘であるアリスのために生きることにする』と声をかけていたが……。


 私に出来ることも、これから先、10歳という若さでありながらも、もう今の段階で、人間が一生をかけて体験する以上の苦しみを経験してしまっているアリスに対し『父親として、少しでも、アリスにとって幸せな未来を作ってあげられることが、唯一、今の自分に出来ることなのではないだろうか』と……。


 今までは、アリスがこの国の皇女として生まれた以上、果たすべき役目のようなもので、父親としてはもの凄く複雑な思いを抱きながらも、『これから先、どうしても政略的な結婚などはしなければいけなくなるだろう』と感じていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というか。


 ――そうなった時には、国を挙げて、ずっと、アリスのことを護っていけたらと感じているし。


 優しい子だから、もしも、アリスが自分の責務を果たしたいと結婚を望んだとしても、アリスのことを政治的な(こま)としてではなくて、本当に、幸せにしてくれる人間が現れるまでは、私自身が、不用意に嫁がせたりはしないと決めることにした。


 それは、勿論、一国の君主としてではなく、少なからず私情を挟んだ父親としての私の決定でもあったが、今までのアリスの過酷な境遇などを考えた際には、それくらいのことをしたとしても、きっと(ばち)は当たらないだろう……。


 それと同時に、私は、アリスの現在の状況に思いを馳せながら、頭を抱えたくなってしまった。


 私自身は、アリスが生まれた時から、自分の娘としても、皇女としても尊い存在であると、ウィリアムや、ギゼルが生まれた時にも感じたことを思い続けてきたものの……。


 アリスが『()()()使()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()』であると世間に知られれば、その瞬間から、国内外問わず、()()()()()()()()()()()()()と、その存在を手に入れようとして周りが躍起(やっき)になって、アリスに近づこうとしてくるに違いなく。


 ――そういった連中は、今まで、どれほど、自分達が、アリスのことを貶してきたのかすら忘れて、アリスの思いなどお構いなしと言わんばかりに、利用出来るだけ利用し尽くしてやろうと、アリスを自分の手中に収めようとして、あれこれと画策してくるはずだ。


 彼方此方(あちこち)から伸びてくるであろう、その魔の手から、アリスのことを今まで以上に、これからはもっと厳重に……、アリスを大事に思ってくれているセオドアや、アルフレッド様などとも協力しながら護っていかなければならないというのは、私自身が今、一番、肌で実感していた。


 それだけ、アリスが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのは、もう変えようもないほどの事実であり、そのことが世間に認知されるのだけは、何としても避けなければならない。


 気をつけなければいけないのは、国内の貴族達からの視線や、他国といった我が国の周辺の国々に、アリスが一人の人間が持つには、あまりにも過分な能力の持ち主だということを悟られないようにするだけではなく……。


 アルフレッド様の半身である()()()()()()()()()()も、これまでの長い歴史の中で、人間が犯してきた過ちについて怒り心頭の様子で、赤を持つ者達が優遇される世界を作るためにと、アリスのことを狙っている様子だったし……。


 そういった人々の悪意や、野心によって、アリスを(さら)おうとする欲望が渦巻くことで、その身が危険に晒されて、これから先、アリスを取り巻く環境さえも、ガラッと変わってしまいかねないことから、石橋を叩いて渡るくらい、どこまでも慎重にしていかないと、いつか、どこかのタイミングで足を(すく)われて、アリス自身を窮地に追いやることになってしまう可能性だってある。


 もちろん、アルヴィンという精霊の件に関しては、人間自体が赤を持つ者に対して、これまで人権すらも奪って最低なことをしてきたのだという醜い歴史を忘れてはならないと、私自体も思うし……。


 アルフレッド様自身も、そのことには胸を痛めていて『人間達のしたことは間違っている……っ!』と、お怒りの様子だった。


 それでも、あの御方が、半身であるアルヴィンという精霊と共に行くようなことにはならず、人間達の味方になってくれるというスタンスを、ずっと崩されていないだけでも、我が国は、本当に多大なる恩恵を受けていると思う。


 そういった情報を一早く知れているだけでも、これから先の対策を考えられるだけの猶予があるし。


 肝心なことは、ぼかしてになるだろうが、もしかしたら、有事の際には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから……。


 その恩恵を無償で受けられているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならず、精霊王様からも大切に思われるような子であるからこそのことであり……っ。


 私や他の人間が干渉することもなく、この子が、自覚している部分もあるのかもしれないが、無意識ながらも、皇女としても……、人としても……、()()()()()()()()()()()()()と努力を重ねてきた結果だろう。


 だからこそ、アリスは誰からも慕われていて、自分の力で味方を増やし続けているし、今の私達は、ただただ、アリスの存在によって恩恵を受け続けているだけに過ぎず、たとえ、周囲の貴族の反感を食らおうとも、そんなものは、もう関係ないほどに、アリスについては国としても護っていかなければいけない存在になっていると思う。


 ――最早、誰が見ても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それこそ、アリスを手放してしまえば、その瞬間に、国にとっての損失が、あまりにも甚大(じんだい)になってしまうほどに……。 


 そのことを、私は、父親として、本当に誇らしく思う。


 もしも、今の状況を、空の上で、この子の母親である彼女が見てくれていたのなら、アリスは私達だけではなく、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()であり、大切にされるべき存在で、『本当に、この世になくてはならないほどに特別な子どもとして生まれてきてくれたのだ』と、伝えたいと感じるし……。


 私に愛されていないんじゃないかと藻掻(もが)き、苦しみ、葛藤しながらも、そんな、アリスのことを、自分の身体に負担をかけてまで、この世に誕生させてくれたことについて『本当にありがとう』と、伝えたいなと私は思う。


 誰もがそういった使命を持って生まれてくるものだとは思うが、もしかしたら、私達の子供は、私達が思っている以上に『何か特別な使命』を持って、この世界に、生まれ落ちたのかもしれない……。

 

 現に、これまで、アリスに関わった人間は、みな『アリスの優しさ』に触れることで救われていっているのだと私自身も気付いているし、そんな、アリスのことを、ただただ誇らしく思ってしまう。


 アリスの部屋で、彼女の日記を、公爵と、アリスと共に読みながら、私は、彼女が誰にも言えず苦しんできたことを、全て自分の責任だと感じつつ、一国の(あるじ)である私が、誰かの前で泣くことなどしてはいけないと、なるべく堪えるようにしていたが、こみ上げてくるものが抑えられなくて、一粒、目尻から頬を伝って落ちていく水滴を、一度だけ、自分の腕を使って、ゴシゴシと拭いたあと……。


「あの……っ、お父様っ、もしもよろしければ、一つだけ、どうしてもお願いがあるのですが……っ。

 私の話を聞いてもらうことは、出来ますか……っ?」


 と、今まで、自分の母親である彼女を思って泣いてしまっていたことで、安心させるように対応してくれたセオドアに、その手をぎゅっと握られながらも、おずおずと、私に向かって勇気を出して、声をかけてきたアリスの方へと『もちろんだ。何でも叶えてあげるから、言ってみなさい……っ!』と言わんばかりに視線を向ければ……。


 顔を真っ赤にして泣いていた、アリスの表情が少しだけ曇ったあと……。


「もしも可能なら、お母様のお墓に、一度だけでもいいから、参ってもらうことなどは出来るでしょうか……っ?

 お母様がリンドウの花を大切にしていたのは、私自身も、小さい時から見てきたので知っています。

 それだけ、お母様にとってリンドウはお父様との思い出を連想させる特別な花であり、お母様自身がお父様のことを見ていた証拠に他ならないと思うんです……っ!

 ……だからどうか、お母様のお墓に、お父様が来てくれるだけでも、お母様自身はとっても嬉しいと思いますし……っ、そのっ……、私がこんなことを言うのも変かもしれないのですが……、きっと喜ばれるんじゃないかと……」

 

 と、言葉につかえた様子のアリスから、椅子に座っている私を見上げた上で、自分の母親を思い遣る辿々(たどたど)しい言葉が降ってきて、思わず、私はあまりの衝撃に天を見上げてしまった。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、この子は、ずっと思い込んできてしまっていたのか……っ!?


 それは、私にとっては、あまりにもショックを受けるようなもので……。


 瞬間的に、内心で、そう思ってしまったものの。


 思い返してみれば、()()()()()()て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()たし、そんなふうに勘違いしてしまっても無理はないと思う。


 私自身、あの誘拐事件があった時に、母親を目の前で殺されてしまい、トラウマを植え付けられてしまっているであろうアリスに配慮するつもりで、必要以上に、自分の口から、彼女のことを話題に出すことは憚られてしまっていたし……。


 彼女の墓前で、沈痛な面持ちをしている私の姿なんて誰にも見られたくないと、自分の執事であるハーロックぐらいにしか、墓参りに行くことを告げていなかったから、誰かから、私が墓参りに行ったのを聞いたこともないというのが、余計に、アリスを不安にさせてしまう要因となってしまっていたのだろう。


 道理で、私がアリスのデビュタントの前に謝罪の手紙を送った際、それに返事をしてくれた公爵が『娘のお墓参りに行きたいと思っている』といった内容の文面を(したた)めた上で……。


 『付かぬ事を聞くが、お前は娘の墓の管理すら、きちんとしていないのか? ……その墓前は、いつも寂しいものなのか……っ?』と、私に聞いてきたことがあった訳だ。


 それに対して、私自身は『そんなことは絶対にあり得ません。彼女のお墓については、最大限の配慮をしているつもりです。……もしも、気になられるようでしたら、遠慮無く、いつでもお越し下さい』と、返事を戻したのだが……。


 公爵自身もアリスから『お母様のお墓参りに来てくれないか?』と言われたということは手紙に書いてくれていたし、アリスは本当に気の利く子供で、10歳にしてはあまりにも優しいし、お前が大切にしないなら私が公爵家の娘として養子に迎え入れて育てたいと思っていると絶賛するような内容と共に、そこだけはどうしても譲れない言葉が書かれていたことで、公爵との和解もありつつ、当時、アリスがいったい、どういう気持ちで、そういう言葉を公爵にかけたのかなども含めて、しっかりと気づけなかった自分が、本当に憎らしくてたまらない……。


 彼女が亡くなったという一報を聞いたときには、深い悲しみに包まれてしまったものの。


 今思えば、本当に最低だが、彼女が生前、物欲に走ってしまったことで、辛く悲しい自分の気持ちさえ誤魔化すように、彼女が死んでしまったことすらも、彼女の言動の所為にしてしまっていた部分は大いにあったと思う。


 だから、私自身があまりにも辛い気持ちをずっと抱えたままにしておきたくなくて、逃れるように、彼女が亡くなって以降は、より仕事に没頭するようになってしまったし。


 彼女の国葬自体はしたものの、あの誘拐事件で、ショックを受けてしまったであろうアリス本人が何日も目を覚まさなかったこともあって、()()()()()()()()()()()という誤った判断に出てしまった。


 私の言動に関するその全てが、あの誘拐事件から数日が経ったあとに目を覚ました『アリスの目』には、どう映るのかということすらも気付かずに……。


 本来なら、私自身がもっと気に掛けて、配慮してしかるべきことだったのに……。


「アリス……、本当にすまない……っ!

 お前にそんなふうに思わせてしまっていたことは、間違えようもなく、私の責任だ。

 ……お前の母親は、ずっと、手入れのされた綺麗な場所で、幾つもの咲き誇る花々に囲まれて、しっかりと眠ることが出来ている。

 私自身も、ハーロックにだけしか言ってこなかったが、仕事の合間を見て、最近では特に、彼女のお墓参りには、何度も通うようにしているんだ。

 それも、お前のお陰なのだが……っ。

 本来なら、こういった話を、もっと早くにしてやれれば良かったよな……?

 気の利かない父親で、本当に申し訳なく思う……っ!」


 そうして、私は、今日何度目になるか分からない謝罪をアリスにしたあとで、彼女が亡くなって直ぐは、自分自身があまり行けなかったけれど、それでもそのお墓の手入れを(おこた)らないようにと、ハーロックを介して、皇宮で働く従者達には命じてきたし……。


 それまで、少ししか通えていなかったものの、あの誘拐事件以降に、まるで人が変わったかのように大人びて、皇女として正しくあろうと努力していたアリスと、ちょっとずつ話せるようになってからは、アリスの姿に感化され、彼女のことに思いを馳せる機会も多くなり、私自身が、生前、彼女が好きだったものへのリサーチ不足だったことを痛感しながらも、女性が好きで喜んでもらえそうなものを買ってきては、その墓前(ぼぜん)に供えるようにしていた。


 私の言葉を聞いて、ベッドの上で上半身を起こしていたアリスの目が、これでもかというくらいに大きくいっぱいに見開かれたあと、わなわなと震え出した指先とその身体から、思わず、私は、がたりと椅子から立ち上がりかけて心配してしまったが、その直後に見えた、安堵のような表情に、私が、あっと思う間もなく……。


 複雑な心境は抱えているだろうに、それでも、本当に、嬉しそうな表情を浮かべた上で『……っ、そっ、そうだったんですね……っ。私は、てっきり、今まで、お父様は、お母様のことを……っ』と、此方に向かってそう言ったあと……。


「本当に、ありがとうございます……っ。

 お父様が来てくれて、お母様もきっと、とても、喜んでいると思います……っ。

 あの……っ、私自身、今まで、お母様のもとに行くことには、どうしても勇気がでなくて、そのお墓に参ったことすらなかったのに、誰も参ってはくれていないだろうと勘違いして、自分のことを棚に上げてしまっていて……っ、本当に……、申し訳ありません。

 それでも、お父様に、そう言ってもらえて、とっても嬉しいです……っ」


 と、自分のことを、ただただ責めてしまうような言葉がアリスから降ってきたことで、私だけではなく、公爵である叔父上も含めて、セオドアや精霊王様といった、きっとこの場にいる誰もが、アリスのその姿に『お前のせいじゃない……!』と言ってやりたくて、心を痛めてしまっていたことだろう。


 彼女の最期の瞬間が、アリスにとってのトラウマだった以上、自分の母親のお墓参りに行くことも足が竦んで恐かったのだろうというのは、察するに余りある。


 それでも、この場においても、アリスからは、私達に対する責任を追及するような言葉は一度も降ってこずに……。


 誰に怒る訳でもなく、彼女が死んでしまってから、自分が出来なかったことについて後悔し、今までも、その小さな手のひらで指折り数えては、自分自身を責めてきたのだろうというのは、誰の目にも明らかで、こんなにも優しい子を、長い間、傷つけるようになってしまったのだということに、瞬間的に自分自身への怒りが再燃し、本当に申し訳ない気持ちで、私は罪悪感に苛まれてしまいそうだった。


 ――アリスが、私のことを、()()()()()()()()()()()()()()()()()分だけ、余計に……。


 これから先……。


 アリスのように、『時間を司る』という特別な能力を持っている訳でもない、今を生きる私には、過去を変えることなどは不可能であるものの、抱えてしまった後悔の分だけ、一歩ずつ未来に進むために、努力を重ねていかなければいけないだろうな。


 それは、父親と子供として、親子の関係をより良くしていくためのものでもあり……。


 ひいては、この国と、この国を支えてくれている国民のためにも……っ。


 それが、たとえ、人々から忌避される赤を持つ者であろうとも、我が国の国民である以上は、すべてにおいて護るべき民であり、そこに優劣など存在しないのだから……。


 それだって、これまでの間に、厳しい環境下の中で、赤を持つアリスが率先して矢面に立つことで、国内での世間からの目を徐々に変えていってくれていたのだと、私も実感しているし、そんなアリスに、私自身も一国を背負う者として、負けていられないと強く思う。


 ウィリアムが皇位を継ぐまでの間に、少しでも、より良い国になるよう尽力していかなければいけないだろうし、君主として、これからしなければいけないことも山のようにあって、精霊や魔女についてなどの秘密事項が多くなっていく度に、頭を悩ませることも、もちろん、沢山、あるのだろうなと感じるが……。


 ――願わくば……、あの、アルヴィンという精霊が言っていた過激とも思えるような理想の世界よりも、()()()()()()()()()()()()()……。


 


 





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♡正魔女コミカライズのお知らせ♡

皆様、聞いて下さい……!
正魔女のコミカライズは、秋ごろの連載開始予定でしたが、なんとっ、シーモア様で、8月1日から、一か月も早く、先行配信させて頂けることになりました!
しかも、とっても豪華に、一気にどどんと3話分も配信となります……っ!

正魔女コミカライズ版!(シーモア様の公式HP)

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1話目から唯島先生が、心理的な描写が多い正魔女の世界観を崩すことなく、とにかく素敵に書いて下さっているのですが。

原作小説を読んで下さっている方は、是非とも、2話めの特に最後の描写を見て頂けたらとっても嬉しいです!

こちらの描写、一コマに、アリスの儚さや危うさ、可愛らしさのようなものなどをしっかりと表現してもらっていて。

アリスらしさがいっぱい詰まっていて、私は事前にコミカライズを拝見させてもらって、あまりの嬉しさに、本当に感激してしまいました!

また、コミカライズ版で初めて、お医者さんである『ロイ』もキャラクターデザインしてもらっていたり……っ!

アリスや、ローラ、ロイなどといった登場人物に動きがつくことで。

小説として文字だけだった世界観に彩りを加えてくださっていて、とっても嬉しいです。

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本当に沢山の方の手を借りてこだわりいっぱいに作って頂いており。

1話~3話の間にも魅力が詰まっていて、見せ場も盛り沢山ですので、是非この機会に楽しんで読んで頂ければ幸いです。

宜しければ、新規の方も是非、シーモア様の方へ足を運んでもらえるとっっ!

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※また、表紙や挿絵イラストで余す所なく。

ザネリ先生の美麗なイラストが沢山拝見出来る書籍版の方も何卒宜しくお願い致します……!

1巻も2巻も本当に素敵なので、こちらも併せて楽しんで頂けると嬉しいです!

書籍1巻
書籍2巻

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✽正魔女人物相関図

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+注意+

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