476 帰宅からの説得
ブランシュ村で商いをしているというおじさんのお店に行くと、藁葺きの家として、二階部分が住居になっており、一階の部分を中抜きにして、商店を営んでいる個人経営の小さなお店だった。
雰囲気は少し違うものの、王都付近のお店でもたまにあるんだけど、軒先に、野菜や果物などを沢山箱の中に入れて売り出している八百屋さんなどの小さなお店のイメージといったら、分かりやすいだろうか。
逆に、こういった村にあるお店だからこそ、タオルや、食器、ほうきといった掃除用具などの生活用品は販売しているものの、果物や野菜などは自給自足で取れるため、販売しても利益にならないから、あまり取り扱っていないんだとか。
私自身、王都で、しっかりとしたお店を見ることが多いだけに、こういった村の中にある、個人経営のこぢんまりとしたお店を見ること自体、滅多にないことだから、ちょっとだけ新鮮な気持ちになってきてしまう。
当然、おじさんが私達に言ってくれていたように、村人達が、生活用品を購入するために利用するだけのお店といった感じで、普段からあまり仕入れ自体が多くないこともあってか、品揃えも、そこまで豊富な訳ではなかったんだけど、それでも、引っ越しのための簡単な食器類などを揃えるには充分すぎるほどで……。
『本当に、無料にしてくれて、お金が要らないのかな……っ?』と、思わず、大丈夫なんだろうかと心配になってしまうくらいには、あまりにも小さなお店すぎて、ヒューゴも、どこか遠慮ぎみに商品を選んでいたんだけど……。
逆に、それを見て、おじさんの方が『遠慮せずに、何でも持っていってくれっっ!』と、声をかけてくる有様で、その気前の良さというか、大盤振る舞いに、ベラさんへの謝罪の気持ちが籠もっているとはいえ、私はビックリしてしまった。
……何て言うか、村人さん達の反応からも、私達のことを受け入れてくれた様子で、凄く近い距離で温かい対応をしてもらえて『これが田舎の人達の温もりのようなものなのだろうか?』と、ほんの少しだけ嬉しい気持ちが沸き上がってくる。
そのため、遠慮をする方が申し訳なくなってきて、私達は、お店にとって不利益にならない程度に、引っ越し先で必要になってくる、ベラさんが焦がしてしまったお鍋などの調理器具を新調させてもらうことにした。
本来は、ここでかかった費用に関して、領収書を作ろうとしていたものの、おじさんの、ベラさんへの謝罪の気持ちを優先させて、商品をタダで譲り受けることになってしまったから、ブランシュ村で揃えた生活用品などに関しては、一応、リストにして報告はしなければいけないものの、かかった料金の申請をする必要はなくなってくるだろう。
商品が無料になってしまった以上、その部分に関しては、国からお金が降りることはないけれど……。
そうなった場合、ここでは買えなかったものを、王都で改めて購入する物の費用に充てることが出来るし、ベラさんとヒューゴのことを思えば、ある意味、良かったのかも……。
ただ、私達がここに来た意味はあって、もらったものとはいえ、国に報告する義務があるから、金額を入れる領収書としてではなく、お兄様と、アルといった面々が、ヒューゴが選んだ商品を見て、商品のリストを一応、紙に纏めていってくれた。
私達が、暫くの間、そうしていると……。
先ほどまで、ベラさんに対して何かをしたいと言っていた村人達の話し合いが済んだのか、あまり大勢で押しかけてきても、迷惑になるとは、思ってくれたのだと思う……。
代表して、さっきのお爺さんと、ヒューゴと仲の良いおば様、それから、さきほどベラさんにお金を包んだりしたいと言っていたおじさんの三人が、私達と話をするために、このお店にやって来てくれた。
そうして、お店の主人が商品を、ヒューゴが持参してきた、一般庶民がよく持っている商品を入れるための布製の頭陀袋に入れてくれている間、私達が、お店の軒先で、三人から詳しく、どうすることになったのか事情を聞いてみると……。
ブランシュ村の伝統工芸でもある皮のお財布と、その中に、村人から集めたお金や、今後ベラさんが苦労することがないようにと願いを込めて、お守りを入れて渡したいということで話は纏まったみたい。
「もしかしたら、ベラには会えないかもしれないけれど……。
そうなった時は、ヒューゴや、皇女様の方から、村のみんなの気持ちとして、このお財布を渡して頂けると嬉しいです」
そのあとで、控えめに、みんなを代表して、この場にやってきてくれたお爺さんの口からそう言われたことで……。
この短い時間の中で自分達に出来ることを精一杯考えた上で、そう言ってくれているのだということは、しっかりと伝わってきて、素敵な贈り物に、私は、ベラさんを何とか説得することが出来て、上手い方向に話が転がると良いなぁと、内心で感じてしまった。
ここまで、しっかりと謝罪をしたいという気持ちを持ってくれているのなら、きっと、大丈夫なはず……。
そのあと、商品を受け取ったヒューゴもまた、村の人達の話を聞いて、その餞別の内容に目を見張った様子で『ソイツは、良い案ですね。ベラの奴も、多分、喜ぶんじゃねぇかな……っ?』と、村人達へのわだかまりが解けるかのように、表情を綻ばせていた。
あとは、ベラさんを説得することが出来れば良いんだけど……。
仮にベラさんを説得出来たとしても、元気なベラさんの今の状態を村人達には見せる訳にいかないし、そっちの問題も、どうしても出て来てしまうよね……っ。
ベラさんって、本当に正直者っていう感じで、良い意味で、凄くサバサバとした雰囲気だから、村人達に『私が魔女』だと言えないこともあり、演技をしてもらうことが前提になっちゃうのも申し訳なく感じてしまうものの、そういう演技をすること自体が、あまりにも苦手そうで、少しだけ不安かも……。
――ベラさんは、善人であることを、体現したような人だもんね……っ。
無理強いをする訳にもいかないんだけど、それに関しては、絶対に秘密にしてもらわないといけないことだから……、私自身、そっちの不安を抱えて、ほんの少し困った表情をしていたら、それが伝染するようにブランシュ村の人達以外の、私と親しいみんなに正確に伝わって、みんな……、私と同様、そっちのことについても、心配になってきてしまったみたい。
そうして、私の懸念に……。
思わず、といった様子で、このあとのことを考えて、未来でベラさんが上手く演技が出来ないんじゃないかと、あまりにも想像が出来てしまったのか、ヒューゴが『ヤバい』という表情を浮かべて、頭を抱えそうになった瞬間……。
「とりあえず……。
あの魔女のことを、説得しないといけないだろうし。
村人達は、どうなるのかきちんと決まるまでは、村で待機しておいた方が良いだろうな……」
と……、それとなく、ベラさんにもブランシュ村でこういった話になって、村の人達が謝罪したいと思っているという説明をしなければいけないと、咄嗟に機転を利かせて、ベラさんに諸々の件を説明する時間に猶予を持たせてくれたセオドアのフォローを、もの凄く有り難いと感じながら……。
私は、その言葉に全面的に乗っかることにして……。
「あ……っ、えっと……、そうだと思いますっ!
突然、皆さんが来たら、ベラさんも驚くでしょうし、ひとまずは、皆さんが謝罪したいと思っているという意志をしっかりとお伝えさせて頂いた上で、ベラさんがどうしたいと思ったのかは、また改めて、ブランシュ村の方に伝えに来ますので、今暫くお待ち頂けると嬉しいです……っ!」
と、慌てて、その言葉を補足するように、村の人達に向かって声をかけた。
そうして……、こういう時に、機転を利かせてくれるセオドアには、本当に感謝しかないなぁと思っていたら……。
ヒューゴが感動した様子で、ジーンと、『騎士様……っ、皇女様、本当にありがとうございますっ!』と言ったあとで……。
「先ほどの、商品のリストを纏めるのに、皇太子様だけではなく、アルフレッド様にもお世話になってっ!
……もう、もうっ、俺、本当に皆様に、感謝しかありません……っ!
いっつも、困った時に颯爽と助けて頂いてっっ、ありがとうございます……っ!」
と、嬉しさを滲ませた表情で、もの凄く感謝されてしまった。
ベラさんのことは、私達以上に、ヒューゴの方が良く理解しているだろうし、その意味も含めてのお礼だったのだと思うんだけど……。
事情を知らないブランシュ村の人達からすると、私達が、ベラさんを説得するのに一肌脱いでくれると感じたみたいで、それはそれで、『私達村人のために、皇族でもある御方が、そこまでして下さるだなんて……っ!』と、恩義を感じるかのように、強く好意的な視線で見られ……、何故か、勘違いの連鎖が生まれることになってしまった。
そのことに、ちょっとだけ罪悪感を覚えながらも……。
私達は、村人さん達とひとまず別れることにして、来た道を戻り、ベラさんのお家に帰ることにした。
どちらにしても、明日、引っ越しで、ブランシュ村を出発する以上、村人さん達に関わることについては、今日中にベラさんに決断してもらわないといけなくなって、急いだ方が良いことには間違いないだろうから……。
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そうして……。
私達が、思いがけずタダで手に入れることになってしまった、おじさんから貰った生活用品を持って、ベラさんの家に戻ると……。
「あ……っ! 皇女様、皆さんっっ、お帰りなさい……っっ!
聞いて下さいっっ! アタシは、本当に掃除とかも碌に出来なくて、ご迷惑ばかりおかけしていたんですけど、ローラさんと、エリスさんと、エヴァンズ夫人が、そういったことがとってもお上手で、アタシのために滅茶苦茶、頑張って下さって……っ!
この家が建った時と同じくらい、ピカピカになったんです……っ!
もう、アタシ、本当に、それだけで有り難すぎて、今も涙が出そうです……っ!」
と、私達が話しかけるよりも前に、底抜けに明るいベラさんの嬉しそうな声が聞こえてきて、私は思わず、みんなと一緒に、ちょっとだけ言いにくくなってしまった『ブランシュ村の人達』のことを思って、戸惑うように顔を見合わせてしまった。
――確かに、家の中は、見違えるくらいに綺麗になっていると思う。
掃除前も、そこまで、雑然としていた訳ではなかったものの、引っ越しの準備で荷物も纏めていることもあって、全体的に家の中がスッキリしていたし……。
お掃除のプロとも呼べるローラや、最近、ローラについて頑張っているエリスなどの力を借りれば、古い家具の上に積もっていた埃などが取り払われ、白くなっていた棚が、本来の木の輝きを取り戻すかのように、ツヤツヤとしているのが見えた。
そうして、やっぱり、エヴァンズ夫人も、そういったことに長けている人なんだなぁと感じつつも。
不器用かもしれないけれど、ベラさんは、ベラさんなりに頑張ったのだろうと、お掃除をしている時のみんなの光景を想像して、少しだけ微笑ましくはなったものの……。
一体、どうやって、この明るくて元気なベラさんに、ブランシュ村の人達のことを切り出そうかと、心の中で悩んでしまっていたら……。
そんな私達の態度に、一早く、ベラさんの方が気付いてくれた様子で……。
「……皆さん、どうかされました……?
もしや……っ、ブランシュ村で、何かあったんですか……っ?
も、もしかして……っ、私のことで、何か、皆さんが、嫌な思いをしてしまったんじゃ……っ!」
と、ちょっとだけ怪訝そうな表情を浮かべて、ベラさんの方から、ブランシュ村の人達について突っ込むように聞いてくれたことで、『やっぱり、ベラさんは、ブランシュ村の人達にあまり良い感情は抱いていないよね』と感じつつも……。
一気に、ブランシュ村の人達の事情について話しやすくなり……。
私は、ベラさんの懸念を払拭するかのように『いいえ、そうではないんですけど……』と、前置きをしながらも、先ほどブランシュ村に行った時に、村人さん達と話したことを、今ここで、ベラさんにしっかりと伝えることにした。
「ベラさん、落ち着いて聞いてほしいんですが……。
先ほど、実は……、ブランシュ村に行く道中で、ヒューゴと仲の良いクレアおば様が、あまり食欲がない人も食べられそうなオートミールなどのお食事を持って、ベラさんのお家にやって来ているところに遭遇しまして……。
その流れで、ベラさんからすると、本当に複雑なことかもしれないのですが、ブランシュ村の人達が、ベラさんを村から追い出してしてしまったことを、凄く後悔している様子だということをお聞きして……。
ベラさんが王都に引っ越してしまうと、もう二度と村人さん達と会うことも出来なくなってしまうし、このまま、今までされてきたことがずっと残り続けてしこりになってしまうよりは、村人さん達の話を聞いてみるのも良いかもしれないと、私の判断で、勝手に村人さん達が、今現在、ベラさんに対して、どう思っているのか話を聞きにいくことにしたんです……っ。
それで、その……っ、村人さん達が後悔しているのは本当だったので、ベラさんさえ良ければ、ブランシュ村を発つ前に、一度でいいから、村人さんたちに会ってみては、どうかなと思いまして……」
そうして、なるべく慎重に時系列に沿って、感情的になることはなく、客観的に村人さん達とベラさんのことを考えた上で、取り持つように声を出しながら、余計なお世話だったかもしれないけど、ブランシュ村を発つ前に、一度で良いから、ブランシュ村の人達と会うのはどうかと勧めてみれば……。
ベラさんの表情が目に見えて、硬くなっていくのを、私は肌で感じてしまった。
それを見て……。
「いや……っ、ベラっっ! 皇女様は何も悪くないんだっっ!
俺も、話を聞いたけどっっ、コイツは、ベラがこれから先の人生で苦しいことを抱えたままにせず、村人にされてしまった嫌なことを、ほんの少しでも払拭することが出来るならっていう、皇女様のご配慮で……っ!
俺も、納得した上で、ブランシュ村の人間に、話を聞きにいくことにしたし、その上で、ブランシュ村の奴らも、本気で、ベラにしてしまったことを悔やんでいたってのは、事実だ……っ!
だから……っ、ちょっとでも、ベラがブランシュ村の奴らに、会うのに悩むのなら……っ」
と……、ヒューゴが、私のことを庇って、ベラさんのことを説得するように声を上げてくれるのが聞こえてきた。
その言葉を聞いて、さっきまで怪訝そうな表情をしていた、ベラさんの瞳が、大きく見開かれていくのが見える。
ベラさん自身、村人達が、どれほど自分に謝りに来ていたとしても、当時のことを思い出して、本気で後悔して謝りに来ているのだとは思えなくて、今までは、それに対する疑心のようなものもあったのだと思う。
だけど、私だけではなく、ヒューゴの口からも、ブランシュ村の人達が、自分のことを思って、今までしてきてしまったことに向き合って、本当の意味で後悔していたと知れたことで、まだ、ほんの僅かばかり、信じられないといった様子ではあったものの、それでも、話を聞いみようとも思ってくれたみたいで……。
その上で、ヒューゴの言葉に、私がそんなふうに思って行動していたのだと知ってくれて、重ね重ね、本当に申し訳ないといった様子で、ちょっとだけ泣きそうな表情で、私の方を見つめてきてくれた。
「……皇女様、ありがとうございます……。
で、でも、アタシ……っ、村人達が、本気でアタシに謝りたいと思っているだなんて、今の今まで知らなかったですし……。
皇女様や、ヒューゴが嘘を吐く訳がないって分かってはいるんですけど、まだ、本当にそうなのかって、疑問に思ってしまう気持ちも、どうしてもなくすことが出来なくって……っ。
それに、今更、どんな顔をして、村人達に、会えば良いのか……っっ、」
そうして……、私にお礼を伝えてくれつつも、表情が曇ったベラさんの口から、とつとつと、偽らざる本心からの言葉が返ってきたことで、私自身もその言葉には、深く同意出来てしまった。
――それは、いつも明るくパワフルな雰囲気を持っているベラさんが、初めて溢した弱音であることに間違いなくて……。
……ベラさんがいつも元気で、弱っている部分などを見せない人だからこそ、ヒューゴも、その言葉には、凄く驚いた様子だった。
私自身も、赤を持っていて、ベラさんと同様に魔女という立場であることからも、余計、その心情については、多分、普通の人よりも、より深く理解することが出来ていると思う。
今まで、蔑まれてきた経験があるからこそ、本当にそう思ってくれているのか分からなくて、実際には、そんなふうに思っていないのに、口先だけで謝っているんじゃないかとか、そのことを喜ばしいと感じるよりも先に、不安や恐怖の方が先に立ってしまうんだよね……。
ブランシュ村から追い出されてしまった時のことを思えば、ベラさんが今、その時のことを考えて、どうしても複雑な気持ちになってしまうのは、仕方がないことだと私は思う。
だからこそ、ベラさんが今ここで、たとえ『村の人達を許せなかった』としても、それはそれで構わないと感じるし……。
完全に和解するとまではいかなくても、ほんの少しでも、双方の間にあった、わだかまりが解けていけば、それだけで充分なんじゃないかな……?
ブランシュ村の人達が、本気で後悔している以上は、出来ることなら会う方が双方のためにもなると感じるから、出来れば会ってほしいとは思うんだけど、それでも無理強いをすることは出来なくて……。
「ベラさん……。
私自身も、赤を持っていて、今まで蔑まれてきたから、その気持ちが、分かります……っ。
今までされてきたことで傷ついているからこそ、誰かに謝られることも、それはそれで、恐かったりしますよね……っ?
だけど、少しでも悩む気持ちがあるのなら、今後、ブランシュ村の人達とは、もう会えないことを思えば、今、会っておくのは、ベラさんが後悔しない道を選ぶためにも、大事なことかもしれません。
……ブランシュ村の人達も、ベラさんに許してほしいとまでは思っていなくて、自分達の罪に対して謝罪したいという気持ちの方が強かったので、私の個人の意見としては、お会いする方が良いんじゃないかと感じるのですが……。
もちろん、それが、ベラさんの負担になるようでしたら、断ってくれても大丈夫ですからね……?」
と……、私が、ベラさんに向かって、真剣な表情でそう伝えると……。
ベラさんは、それまで浮かべていた、不安そうに困りきってしまっていた表情から一転して、ハッとした表情を私に向けたあとで……。
「そ……っ、そうですよね……っ!
考えてみれば、この機会を逃したら、もうブランシュ村の人達と会うことは、多分、二度と出来なくなっちゃうんですよね。
あの……っ、エヴァンズ家が助けてくれる前に、クレアおばさんがアタシのために、これくらいしか出来ないけどって言って、森の奥にあった小屋に案内してくれたことがあったんです……っ。
村の人達も、それまで、早くに親を亡くして、赤い髪を持っていたアタシに対して、優しく接してくれる人も多くて……、そういう思い出に関しても、ちゃんと、自分の中にあるんです……っ。
アタシは、赤髪持ちでも、まだ、恵まれていた方なんだって……っ、!
そういう複雑な思いが交差するたびに……、何だか、楽しかった頃の思い出が蘇ってきてっ。
あの……っ、だから……っ、まだまだ、不安な気持ちも強いのですが……、アタシ、勇気を出して村の人達と会ってみようと思います……っ」
と、凄く悩んでいた様子ではあったものの、顔を上げて、前向きに私達に向かって返事をしてくれた。
そのことで、私は内心で、ホッと胸を撫で下ろす。
……その決断が、ベラさんにとって、どれほど勇気のいることなのかということは、私自身が一番身をもって理解していることだと思うから。
その上で……。
「皇女様、本当に、ご配慮、ありがとうございます。
アタシ……っ、きっと、皇女様に背中を押されていなかったら、こんな決断、出来なかったと思います。
……ヒューゴも、ありがとう……っ。
みんなに会うのは、久しぶりで緊張もするし、凄く恐い部分があるんですけど、とりあえず頑張ってみます……っ!」
と、此方に向かって、どこか緊張の表情を滲ませたまま、それでも笑顔を向けてくれたことで、私も、安心してもらえるよう、ベラさんに向かって穏やかな表情を作り出した。
そうだと決まったら、あまり情緒がないことかもしれないんだけど……。
ブランシュ村の人達に会うために、ベラさんに対して、体調のことについて多少の演技をしてもらわなければいけないということは、伝えておかなければいけないだろう。
かなり、しんみりとしてしまっているこの状況で伝えるには、あまりにも場違いな気もして、言いにくいんだけど……。
私が真剣に、そのことについて、意を決して、ベラさんに伝えようとした瞬間……。
先に、ヒューゴの口から……。
「それで……っ、お前、ブランシュ村の人間に会うって決めたのは、良いことだと思うんだけど……っ!
ほら……っ、皇女様が魔女だってことは、絶対に言っちゃいけない極秘事項に当たるだろうし。
俺ぁ、お前のことも考えて、村人達に、お前の体調については、皇女様達が必死に看病をしてくれた上で、奇跡的に良くなったんだって説明していてよ……っ!
全快しているっていう訳にもいかねぇし、お前、そのことについて、体調の悪い演技出来るか……っっ?
悪いけど、俺は、そのことに関して、お前のことを全然信用出来てねぇから、ちょっと、今、演技をしてみてくんねぇか……っ!?」
と、ベラさんに向かって、ともすれば、そんな言い方をして大丈夫なのかなと思ってしまうくらい、ベラさんとヒューゴの関係でしか言えないだろう、明け透けな物言いに、ベラさんが、思いっきり目を見開いたあと。
『うわぁ……っ!』と、あまりにも驚いたような声を出してから、そうだったと言わんばかりに、目の前で頭を抱えてしまった。
「やだやだっっ、ヒューゴ、一体、どうしたら良いのっっっ!?
アタシ、そういうの、全く、得意じゃないわよ……っっっ!
あーっっ、でも、皇女様のことは絶対に言う訳にはいかないしっ、今から病弱な感じを装った方が良いかしらっ!?
病人を装うって、多分……っ、ご飯が食べられないフリとか、しおらしくすれば良いってことよね……っ?
無理、無理っっ、絶対に、どこかで、ボロが出ちゃうわよ……っ!?
っていうか、こんなことになるなら、ご飯三杯も、おかわりしなければ良かったっっ!
みんなから見ても、アタシの状態って、今、もう完全に、健康体じゃないっっ!?」
その上で、どうしたら良いのかと、ひたすらパニックになった様子で、オロオロと慌てふためき、私達の顔色を窺い始めたベラさんに……。
「オイっ、落ち着けよ……っ!
とりあえず、お前は必要以上に喋るな……っ!!
皇女様のように、なるべく、お淑やかな姿を心がけろ……っっ!
っていうか、絶対に言えないことがあるんだし……っ、今後の俺たちの命運は、お前に託されているんだぞっ!
村人達の謝罪に対してのみ、返事をすれば良いし、出来る限り、病人のフリをすることは徹底してくれっ!」
と、ヒューゴが、滅茶苦茶な言い分にも思えるくらい必死で、説得をするように声をかけているのが見えたかと思ったら……。
「ベラさん、もしも良ければ、私が普段使っている白粉を駆使すれば、顔の血色を悪くすることは出来るかもしれません……っ!
ほんの少しでも、病人である感じに、見た目だけでも、青白い顔にしておいた方が良いでしょう……っ」
と、エヴァンズ夫人が声をかけてくれたことで、まさに、この場に、救いの神様が現れたと言わんばかりに『あぁぁぁっ、何から何まで、皆さん本当にありがとうございますっっ! アタシ、これから、何とか村の人達のことを誤魔化せるように、歌劇で活躍するような舞台女優になります……っ!』
と、ベラさんが大袈裟なくらいに、此方に向かって感謝した様子で、私達に向かって声を出してくれたことで、ほんの少し、説得力には欠けてしまっていたものの、私はベラさんのその言葉に『頑張って下さい』と、思わず頷いて、応援するように声をかけてしまった。










