474 奇跡的な復活
魔女の寿命を元に戻せる魔女がこの世に存在するだなんてことは、関係者以外、誰にも知らせない方が良いというのは言うまでもなく……。
もしも、そんな能力を持った魔女がいるのだと、世間に大々的に知られてしまったら、それこそ騒ぎになるどころの話では済まなくなってしまうだろう。
自国でも、他国でも、そういった魔女が存在すると知られただけで、私自身が、色々な国の諜報機関の人達などからも狙われてしまうことは想像に難くないし……。
だって、私がその能力を遺憾無く発揮してしまったら、それだけで、その国にとって充分な利益をもたらし、戦争が行われていた場合などには、戦況すらも大きく変えてしまうことになりかねない話だから……。
アルヴィンさんだけじゃなく、国という大きな単位で、誰しもが『私という存在』を手に入れようと、躍起になることは間違いないと思う。
私自身は今まで通りであることに代わりはないはずなのに、ここに来て、一気に跳ね上がってしまった自分の価値に、ひたすら戸惑ってしまう。
だって……、今でこそ、みんなが私を大切に思って傍にいてくれるけど、私って、本来は、忌み嫌われていて、誰からも特に必要とされていなかった人間だし……。
まさか、いつの間にか、自分が、そんな大きな存在になっているだなんて……。
――何だか、自分が、自分じゃないみたい……。
今、ヒューゴが咄嗟に取り繕ってくれたことで、私も気付くことが出来たけど……。
そういえば……。
思い起こせば、ここに来るまでにも、セオドアや、お兄様、アル、それから、お父様といった面々は、私以上に、そのことについて真っ先に気付いてくれていたのか、『今後、私の能力に関しての取り扱いには、充分に気をつけなければいけないだろう』と、みんなで真剣な顔をして議論をしていたなぁと感じるし。
みんながそうやって、今後、私以上に気をつけて配慮しようとしてくれていた理由について、私自身も、ここに来て、ようやく納得することが出来た。
その際……、お兄様も、アルも……。
【父上、アリスについては、今後、俺も見守っていくつもりです……っ!】
だとか……。
【うむ。僕も、気をつけておくことにしようっ!】
と、言ってくれていたんだけど……。
その中でも、特にセオドアが、お父様に向かって、どこまでも誠実に向き合ってくれた上で……。
【陛下、安心してください。
……どんなことがあろうとも、姫さんは、この身を賭して必ず俺が守り抜きます】
と……、言ってくれていたのを思い出して、私の存在が今後、誰かに狙われる恐れもあることから、セオドアが真剣な表情で、間髪入れずに『必ず守る』と発言してくれたことが嬉しくて、口元を緩ませたあと、感謝の気持ちを込めて、隣にいるセオドアの方を真っ直ぐに見上げてしまった。
そんな、私の視線を感じ取って、『うん……っ? 姫さん、一体、どうしたんだ?』と、私がそんなふうにセオドアのことを見つめた理由については思い当たらなかった様子で、困惑したようなセオドアの瞳と、かち合ってしまったあと……。
私は、おば様の……。
「ヒューゴ坊ちゃんっ! それは、本当のことなのかいっっ!?
私自身は、村人達から話に聞いているだけだったけど、ヒューゴ坊ちゃんから追い返された時には既に、ベラは、もう凄く弱り切っていて、ご飯すら碌に食べることが出来ていないっていう話だったから、まさか、そんな奇跡が起こり得るだなんて……っ!!」
という、あまりにも驚いたような言葉に、一気に現実に引き戻されて、ハッとしてしまった。
「えっっ……!? あ……っ、あぁっ、そっ、そうなんです……っ!
二、三日前にやってきてくれた皇女様達の決死の看病が功を奏したみたいでして……っっ!
本当にっ、そんな奇跡があるのかなって、俺もビックリしたくらいなんです……っ!
あぁ……っ、勿論ですけど、まだまだ全然、病み上がりなので、ベラ自身、滅茶苦茶無理をしているような状況であることには、代わりがないんですけど……。
ほら……っ、えーっと、ベラが魔女だってことも、国に知られちまったんで……っ!
皇女様のご配慮もあって、このたび、国から正式に、ベラの体調を気遣ってもらった上で保護を受けることに相成りまして……っっ!」
そのあとで、ヒューゴが目に見えて動揺しつつ、自分の瞳を不自然にキョロキョロさせたまま、『魔女関連のこと』など、言えないことに関して上手く伏せながら、何とか必死に、おば様に向かって言葉を紡いでいるのが聞こえてきて、私もそこに加勢するように、慌てて、フォローに回ることにした。
「そ……っ、そうなんです……っ!
ベラさんが、魔女である以上、国が保護しない訳にはいかなくて……っ。
勿論、国が保護するといっても、既に能力を使ってしまって寿命を削っているベラさんの体調が優先されるので、この先、不用意に人権が傷つけられることはないと保証しますし、その件に関しては、どうか安心してほしいんですけど」
私が、おば様に向かってそう伝えると、幸いにも、人を疑うことを知らない人の良いおば様は、ヒューゴのいう『奇跡』という言葉を、丸々信じきってしまったみたいで……。
「……わぁぁぁっ、そんなことって、本当にあるのね……っ!
まるでっ、天が遣わしてくれた奇跡ですねっっ……!
ベラが、どれほど今まで一生懸命生きてきたのか、神様は、きちんと見てくださっていたんだわ……っ!
おばちゃん、今日ほど、心の底から嬉しかった日は、どこにもないわぁ……っっ!」
と、ひどく感動しきりの様子で、ウルウルと目尻に涙を溜めつつ『……あぁ、本当に良かった!』と、ヒューゴの手を取って、ぶんぶんと上下に振りながら、何の混じりけもない喜色満面の笑顔を此方に向けてくる。
その姿を見て……。
「あーっ、いやぁ、天が遣わしてくれたっていうか、なんていうか……。
今まで、ベラが一生懸命生きてきたことには、確かに間違いないんですが、神様は、本当に、それこそ身近にいるっていうか……っ、!
何なら、その神様は、皇宮に住んでいるっていうか……、そのぉ……っっ、いやっ、本当に良かったですよねっ!
俺も、まさか、そんな奇跡が起きるだなんて思ってもみなかったんで、今もまさに、現在進行形で感謝している最中なんです……っ!」
と、ヒューゴが、チラチラと私達の方を気にしながら、私に恩義を感じている様子で言葉に詰まりつつ、何とか取り繕おうと声を出しているのが聞こえてきて、ちょっと危うい部分もあったけど、私は『ヒューゴ、その理由で、全然大丈夫ですよ』と、思わず視線だけで返事をしてしまった。
幸いにも、ベラさんが回復に向かっているという嬉しい知らせを聞いて、感動しきりの様子だったおば様は、ヒューゴの言った『何なら、その神様は、皇宮に住んでいるっていうか……』という危ない台詞を、良いように勘違いしてくれたみたいで……。
『そうでしょうっ、……そうでしょうとも……っ!』と、同意するように声を出しながら……。
「きっと、一国のお姫様という立場の高貴な御方である皇女様が、ベラのことを看病しに来てくれたことで、まさに奇跡とも思えるほどの多大な恩恵が受けられたのでしょうね……っ!
そのうえ、ベラの体調にまで配慮した上で、ベラのことを国が保護してくださるだなんて……っ!
今まで、国が魔女を保護すると聞けば、あまり聞こえが良いものじゃなくて、その命を賭してまで、国のために役に立たないといけないことになるんじゃないかって感じていましたけど……。
以前、私にだって心を砕いてくださって、近隣の村で起きていた水質汚染の件について不安がっていた際に、皇女様の口から問題無いと教えてくださったことがあったでしょう?
その時に、平民である私にすら謙虚なお姿で接してくださっていたことを思えば、皇女様のお人柄については、私も充分に理解していますもの……っ!
一度でもベラのことを見捨てたことがある私達と一緒にいて、ブランシュ村にこのまま留まるという判断をするよりは、絶対に、ベラにとっても良いことだと思いますし……っ。
勿論、そうなったら、ヒューゴの坊ちゃんも付いていくわよね……っ!?
それって、既に、引っ越しの準備をしているってことでしょうし、一体、いつ、出立するのかしら……っ!?」
と、私のことを、どこまでも信頼してくれた様子で、その方が、ベラさんにとっても良いことだろうと、すんなりと受け入れてくれたあと……。
ヒューゴからの『国が保護することに相成った』という言葉を聞いただけで、引っ越しの準備をしていることに気付いてくれて、私達に向かって、おめでたいことでもあるわよねといった雰囲気で急くように、声をかけてくれた。
だからといって、これは、ベラさんに謝罪をしたいのだという、ブランシュ村に住んでいる村人達のことを思ってというよりは、本当に心の底からベラさんの今後のことを考えてくれた上で出た『気遣う言葉』なのだろうということが、私にも、彼女の姿から如実に伝わってくる。
それと同時に、ほんの少しだけ寂しさも感じさせるような様子に、思わず、この場がしんみりとした雰囲気になってしまったのを肌で感じて……。
「あの……っ、今日、既に引っ越しの準備をしていて、必要な食器などを買い揃えたあと、明日には、ここを立とうと思っているんですがっ。
もしも、ヒューゴとベラさんさえ良ければ、おば様やブランシュ村の人達と最後にお別れの挨拶の時間を持つのはどうでしょうか……?
勿論、ベラさんの気持ちが一番大事になってくるとは思うんですけど……」
と、余計なお世話かなとも思ったんだけど、私は、ヒューゴとおば様の二人の間を取り持つように声をかけた。
ベラさん自身、もう、ブランシュ村の人達にはあまり会いたくないような雰囲気だったけど、私自身、ブランシュ村の人達が、ベラさんに対して、今までしてきたことに関しては、せめてもの償いとして、彼等自身がしっかりと謝るべきことだと思うし。
ベラさんさえ良ければ『ブランシュ村の人達と対話をする時間』を設けさせてあげたいなと強く感じてしまう。
――ベラさんが魔女であることで、ブランシュ村には、もう帰っては来れないだろうと、分かっているからこそ余計……。
この機会を逃してしまったら、今生の別れになってしまう可能性だってあると思えば、少ない時間でもいいから、そういった時間を設けた方がお互いのためにも良いんじゃないかな?
私自身も、詳しく事情を聞いた訳じゃないものの、今までベラさんが、ブランシュ村の人達からどんな扱いを受けてきたのかは、自分のこれまでを考えたら、容易く想像することが出来てしまうし……。
今までされてきたことを考えれば、ヒューゴも、ベラさんも直ぐに直ぐは、受け入れ難いことかもしれないけれど、今のブランシュ村の人達が、ベラさんを村から追い出してしまったことを本当に悔やんでいるのだとしたら、双方のためにも、話し合いの時間を持つことは大事になってくる気がする……。
ベラさんが、そのことを許せるかどうかは、また別問題だと思うけど、出来ればこのまま、彼等にされてきたことに関して蓋をしたまま、消えない状態で、しこりとして遺恨を残してしまうよりは、ほんの僅かばかりでもいいから、彼等の話を聞いてみるだけでも違うんじゃないだろうか?
そのことに関しては、どこまでも慎重にしなければいけないだろうし、私自身、ベラさんのことを思うと、ブランシュ村の人達には、特別、良い感情を持てないけれど、ヒューゴとも親しい様子のおば様が、間に入って取り成そうとしてくれるだけでも、状況は、また変わってくると思う。
私の言葉に、ヒューゴも、おば様も、驚いたような表情を浮かべて私の方をマジマジと見つめてきた。
その姿を見て、私は二人に向かって、今、自分が考えついたことを誤解のないように丁寧に、一からしっかりと説明していく。
この話で重要になってくるのは、ベラさんが今までのことを許せるかどうかなんて関係なく、ブランシュ村の人達もその可能性については考慮した上で、それでもいいから謝れる気持ちがあるのかどうか、というところだと思うんだけど……。
私の説明に、最初は難色を示していたヒューゴも、これから王都に行くのに、いつまでもベラさんの中に、そのことが暗い影となり、しこりとなって残り続けている方が良くないかもしれないとは思い始めてくれたみたいで……。
「確かに、皇女様の言うように、ソイツは、その通りかと思うのですが……。
いや、これについては、俺が勝手に決めることじゃ、ありませんよね……っ!?
とりあえず、ベラに聞いてみねぇことには……っっ、!」
そうして、ヒューゴが私に、今までとは違って、村人達がベラさんに謝ることについて、前向きにベラさんを説得したいと感じてくれた様子で、そう言ってくれたあと……。
「……そんなっ、皇女様……っ、本当にありがとうございますっっ!
私自身も、大多数の村人がベラのことを追い出した時に、ひっそりと森の外れにある小さな小屋に住むようにしかさせてあげられなくて……っ。
大々的には、助けてあげられなかったし、どこかのお貴族様がベラのことを助けて、そこの土地を買い取って家を建ててくれるまでは、ベラに本当に苦しい思いをさせてしまっていたのに、あまり関わることすら出来ていなくって……。
だからこそ、ベラには、ずっと謝りたい気持ちを持っていたんです……っ!
あの時、あなたのことを、一番に考えてあげられなくて、本当にごめんなさいって……っ!」
と……、おば様の口から、そう言われたことで、以前、会った時にも、その表情から僅かばかり感じられたことだったけど、私は彼女が、ベラさんに対して、強い後悔の念を抱いていたのだと知れて、こういう時であるにも拘わらず、ほんの少し嬉しく思ってしまった。
「いえ……っ、私は特に何も……っ!
ですが……、そう言って下さり、此方こそありがとうございます……っ!
ベラさんの気持ちが、一番、大事になってくることだと感じるのですが、今のおば様の気持ちがしっかりと伝わるだけでも、ベラさんにとっては嬉しいことだと思います」
そのあと、ふわふわと口元を緩ませて、微笑みながら、おば様に向かって、そう伝えると……。
『本当に、皇女様のお人柄が、あまりにも素敵で、ただただ救われます……っ!』と、思いっきり感謝をされてしまった。
その上で、これから、食器類などの引っ越しに必要なものを買い揃える目的で、ブランシュ村に向かうついでに、ベラさんを説得するのを後回しにして、ひとまず、私達は、本当に、心の底から、ベラさんに申し訳ないと感じてくれているのかどうか、ブランシュ村の人達に話を聞きにいくことにした。