472 王都での暮らし
前に、私にも話してくれたことがあったように、ベラさんの手は、自身の能力の影響で、ひやりと冷たくて……。
体感的に、以前、私が触れた時と比べても、更に冷たくなってしまっている気がして、それだけで、能力の影響とは別の部分で、寿命がどんどん削られていっていたのだと、私にも如実に伝わってくる。
それでも……、ソフィアさんのことも、ベラさんのことも、手遅れになってしまう前に、こうして間に合わせることが出来て本当に良かった。
だからこそ……。
【巻き戻れ……っ】
と、強く願いながら、感覚を研ぎ澄ませ、ベラさんの手のひらを伝って、私の手から細かい粒子のように溢れ出す光を、胸の奥深くに入れるような形で干渉していけば……。
周りから一切の音が消え、無音の状態が作られていったあと。
まるで、ベラさんの能力と共鳴するかのように、私の能力が、柔らかく、ベラさんの能力を包みこむようにして時間を巻き戻していくのを、肌で感じ取ることが出来た。
その上で、僅かばかり抵抗するかの如く、バチバチと反発するように、エネルギーが跳ね返ってきてしまい、その衝撃を堪えるために、私は、自分の足に力を込めていく。
――今、この瞬間にも、一瞬でも力を緩めてしまったら、跳ね返ってくるエネルギーに負けて、押しつぶされてしまいそうになるんだけど。
ソフィアさんの時よりも、私に返ってくる反動が大きいということは、それだけベラさんの『触れたものを凍らせることの出来る能力』もまた、力が大きいことの何よりの証なのだろう……。
「……っ、……ふぅっっ、……っっ、」
それと同時に……。
ソフィアさんやベラさんといった、私の魔法を受ける人の身体について、万が一にでも傷つけてしまわないようにと、繊細な力のコントロールをするのには、本当に、あまりにも神経を使ってしまうことで……。
そうして……、ぽた、ぽた、と、額から冷や汗が流れ落ちてくるのを感じながらも、私は、一生懸命、ベラさんの寿命が元に戻るようにと、まるで針の穴に糸を通すかの如く、慎重に能力を使っていく。
そうやって……、能力を巻き戻すにあたり、その周りを取り囲んでいた茨が、シュルシュルっと引っ込んでいったソフィアさんの時とは違い、ベラさんには『寿命を延ばすことが出来ているのだ』と、目に見えて分かる証拠になるようなものは、どこにもない。
そのことからも……、なおのこと、慎重にしなければいけないと感じるんだけど、それでも私の手を伝ってくるベラさんの手のひらの温もりが、徐々に、本来、人間が持っている『人肌の温度』を取り戻していっていることだけが、唯一の判断材料になってくるだろうか……?
最近になって、ご飯もマトモに食べれていなかった様子で、げっそりと痩せてしまった部分に関しては、私の力で治すことは出来ないけれど、それでも、私がそうやって能力を使っていくことで、ベラさんの血の気がなかった顔色も、血色が良くなっていくのが見えて、私自身、まだまだ気は抜けないものの、ホッと、安堵するように胸を撫で下ろした。
瞬間……っ。
ごぽりといつものように、胃からせり上がってくる血が、塊として、口から地面に向かって溢れ落ちていく。
能力を使う度に、何度も何度も経験していることだから、最早、慣れているとはいえ、それでも生理的な不快感と共に、自分の身体に、少なからず負荷がかかってしまっていることには、気付いていた。
そのことで、自分の体調の部分が気がかりになってしまうと、この一瞬が、命取りになってしまいかねないことから、私は、自分の具合に関して構うこともなく、頭の中で分散されてしまいそうになる意識を、ひたすら、ベラさんだけに集中させていく。
一度、ソフィアさんにかけた魔法を成功させることが出来ているからこそ、治せるという感覚がありながらも、一切、気を抜くことも、手を抜くことも出来やしない。
――それでも、ソフィアさんの時に比べて、少しだけ、自分自身に余裕が生まれていることには気付いていた。
もしかしたら、ベラさんが自分の能力を自分でコントロールすることが出来るというのも関係しているのかもしれない。
どこにも確証などないのに、体感的には、ベラさんの能力に干渉し、共鳴していることで、大体、どれくらいの時期に能力を発症していたのかという事情を聞かなくても、ベラさんが能力を発現する前の状態にまで、しっかりと戻すことが出来るのだいう謎の確信があった。
【もしかして、こういった巻き戻し能力に関しての理解についても、アルヴィンさんは深く熟知していたのかな……?】
私自身、自分の能力については、あまりにも、今の段階で、分からないことが多すぎて、アルも言ってくれていたけれど、もっと、アルとも一緒に、出来ることや、出来ないことについて、一つ一つきちんと検討していく必要があるだろう……。
そうして……。
体感的に、ベラさんが能力を発現する前までの状態に戻すことが出来ると感じた瞬間、止まっていた時間が、また再び、時を進めるように動き始めていくのが感じられて……。
「…………っ、う゛ぅ……っ」
と……。
能力を使ったことの反動で、身体全体が、まるで、見えない錘を付けられたかのように、ずっしりと重たい状態になっていく。
【流石に、この短期間の内に、二回も頻発して能力を使っているから、身体が悲鳴を上げてしまっているかもしれない……っ】
そうじゃなくても、あの食事会の時からずっと、連続して能力を使い続けていることもあって、どうしても身体にガタがきてしまうのは、仕方がないことだと言えるだろう。
私自身、能力によって訪れる反動については覚悟の上で、ソフィアさんのこともベラさんのことも助けたいと思って、自分の意志でしていることだからこそ、それについては、特に何の問題もないんだけど……。
身体の不調は、自分でコントロール出来るものでもないからこそ、どうしても堪えきれずに、手足が冷たくなっていく感覚に襲われて、頭痛と共にやってくる身体の震えに『はぁ……、はぁ……っ』と、荒い息が溢れ落ちていく。
そうして……、それまで気を張っていた力が緩んでしまい、ベッドの上に倒れかけたのを何とか堪えながら、ベラさんの体調を心配して、その姿を見つめれば……。
『……っ、こ、皇女様……っ!』と、目の前で大きく目を見開いて、わなわなと震え出したベラさんの口から……。
「……っあぁ、本当に、ありがとうございますっ!
あんなにも、重たかった身体が、今……っ、アタシ……っ、本当に、もの凄く軽くなっていますっっ!
というか……っっ、ここ最近は特に、何かを食べれば、それだけで胃もたれをして吐いてしまうから、マトモに、ご飯だって、食べられなかったのにっ。
数週間ぶりにお腹が空いたっていう感覚があって……っ、何かを食べたいと思えること自体が、本当に嬉しいです……っ!
それだけじゃなくて、身体が動くことで、生きていることの有り難みを、こんなにも、実感出来るだなんて……っ!
皇女様は、私にとって、救いの女神様に他なりません……っっ!」
と……、軽く自分の身体を捻ってみたり、手を握ったり開いたりして、体の調子を確認しながら、喜色満面の表情を浮かべて、本当に、心の底から感謝するように、そう言われたことで……。
ここ最近、出会う人が、みんな……っ、私のことを救世主って呼んだり、女神って呼んだりするようなことが多くて……。
あまりにも誇張された表現に、それだけ、私に向かって感謝をしてくれているのだとは感じられるんだけど『少しだけ、気恥ずかしくなってきてしまうかも……っ!』と嬉しい言葉に有り難いなと思いつつも、私はちょっとだけ照れてしまった。
そのあとで……。
「……っっ、ベ、ベラ……っっ! 嘘だろっっ!
お前、本当に、今っ、お腹が空いてんのかっっ……!?
俺が作ったお前の大好物の肉料理でさえ、一口も口に出来なかった上に、ここ最近は、あまりにも弱り切って、胃に優しい食い物ですら、吐くから食べたくないって文句を言いまくってたのに……っ!
あぁ……、マジで、本当に良かったなぁっっっ!
皇女様、俺からもお礼を言わせてくださいっ! 本当に、ありがとうございます……っ!
俺ぁ、お前が元気になってくれるなら、本気で嬉しいと感じるし、それだけじゃなくて、今、みなぎるように生気まで戻ってきて……っ!」
と……、きっと本当に、そう思っているんだと思うんだけど。
目に見えて表情を嬉しそうに綻ばせたあと、ボロボロと涙を溢しながら、大袈裟なくらい、オーバーなリアクションで、大股でヒューゴがベラさんに近づいてきたかと思ったら、病み上がりのベラさんの頭を、まるで親愛を感じている子供にそうするみたいに、ハチャメチャにぐしゃぐしゃと撫で回しているのが見えた。
その、ヒューゴの最大限とも思えるような愛情表現を、鬱陶しく感じた様子で……。
「ちょっと、人の頭をオモチャにするのやめてよ……っ!
アンタ……っ、アタシ、折角、髪の毛、綺麗に整えてたのに、本当に台無しじゃないっっ!
これだから、無骨な男はっ……! 女性に配慮してあげるっていう優しさが微塵もないんだからっ!
ここには、皇女様や、皇太子様、エヴァンズ夫人もいたりするんだし……っ!
きちんと身だしなみくらいは整えておかないと、みんなの前に出るのに、あまりにも失礼すぎるじゃないっ!」
と、ベラさんが呆れた雰囲気ながら、まるで幼い子供を叱りつけるみたいに、ヒューゴに向かって唇を尖らせていく。
その姿を見て、『うわっ、本当に、おっかねぇなっ……! でもっ、お前、やっと、本来の調子が戻ってきたなっ!』と、茶化すように、それでも心の底から、ベラさんの体調が良くなっていることを肌で感じ取った様子で、口元を緩ませきって、笑顔を見せるヒューゴに……。
私は『そういえば、ベラさんとヒューゴも、幼馴染みの間柄だったんだっけ』と感じつつ……。
お兄様とルーカスさんとはまた違ったような、男女の幼馴染みの関係性も、本当に凄く素敵だなと思う。
ずけずけと言いたいことを言い合っても、そこに、お互いを思い遣るような雰囲気が感じられることもあってか、嫌な感覚は一切してこないし……。
その上で、ヒューゴとベラさんが、お互いに遠慮無く、思ったことを伝え合える関係性だからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。
二人の遣り取りを、ただただ微笑ましく眺めていたら、私の視線を感じ取ったベラさんが、ヒューゴとの遣り取りを恥ずかしく思ったのか、わたわたと誤魔化すように、手を伸ばして、ヒューゴの胸を、ドンッと叩いたのが見えた。
その、ベラさんの対応に、ヒューゴ自身も、私達に見られていることを感じ取った様子で、背筋をシャキッと伸ばしていく。
そうして……、先ほどまでとは打って変わって、二人とも、どこまでも神妙な表情を浮かべながら……。
「皇女様……、もう一度、しっかりとお礼を伝えさせてください。
本当に、ありがとうございました……っ!
皇女様のお陰で、まるで、奇跡みたいに、自分の身体に羽が生えたような感覚がしてっ、本当にこんなことってあるんだなって思えるくらい、とっても嬉しいですっ!
皇女様のお身体に、負担があまりかかっていないと良いのですが……っ!」
だとか……。
「皇女様……、俺からも、もう一度、お礼を言わせてくださいっ!
ベラのことについて、改めて、本当にありがとうございました。
もう、絶対に叶えられない夢だと思って諦めていたことが、まさか、こんな形で叶えられることがあるだなんて思ってもみなくて……っ。
それしかないと感じて、黄金の薔薇を皆さんと一緒に採取しに行った日が、あまりにも懐かしいですっ! そうして、ベラの寿命を延ばしてもらえたことに浮かれきって、喜びのあまり、テンションが高くなってしまって、周囲の状況を見ることも出来ず、本当に申し訳なかったと思っています。
ベラに魔法をかけてくれた皇女様のお身体は、今、大丈夫なんですかい……っっ!?」
と……、二人から、改めてきちんとしたお礼と感謝と共に、心配するような声をかけてもらったことで、私は、口元を緩めながら、にこにこと、『はい、全然問題ありませんし、大丈夫ですよ』と、こくりと頷き返した。
その言葉に、ベラさんとヒューゴの視線が一気に鋭く、厳しいものに変化したあと……。
「皇女様、嘘を吐くのは、駄目ですよ……っ!
能力を使ったことで、体調が、全然、回復していないどころか、生気が感じられないくらい酷い状態になってしまっていますし……。
無理して立っているのも、辛いんじゃありませんか?
もしも、良かったら、アタシのベッドに、遠慮無く腰掛けてくださいっっ!」
「そうですってばっ!
皇女様っ、今、自分の顔色のことを、きちんと自分で分かっていますかっ!?
誰の目から見ても、明らかに、かなり無理してしまっているのが分かるくらいに青白いですよっ!
さぁ、早くっっ! シーツに座るのに抵抗があるようでしたら、この丸椅子に座ってくださいっ!」
と、二人から、まるで過保護に手厚く気遣うような声をかけてもらって、私は、二人のその言葉に甘えるように『……それなら、』と遠慮無く、ベラさんのベッドの上に、ちょこんと座らせて貰うことにした。
そんな私を見て、ベラさんが伸ばしている足を避けてくれたあと、『そんな端っこに座らないで、もっと甘えて、ベッドに深く腰掛けてくれたら良いんですよっ!』と声をかけてくれたのは、言うまでもなく……。
何て言うか……、中央にいる貴族達とはまた違って、敬語などが、しっかりとしている訳ではないからこそ、本当に近しい距離感で、二人からは、田舎ならではの温もりを感じるというか……。
きっと、普通は、皇女である私に、そういった対応をしてもいいのかどうか悩む人の方が多いと思うんだけど、この遣り取りが二人にとっての最上級のおもてなしであることは間違いないだろうし、私自身は、そのことを不敬だと思うよりも、何だか、ベラさんとヒューゴと一気に親密になれたような気がして、その対応に、ほっこりと嬉しい気持ちになってしまった。
そうして……。
能力を使った私をアルが癒やしてくれてから、私の魔法によって、ベラさんの寿命がどれほど延びているのか、その魂がきちんと修復されていっているのかどうかを、アルが確認してくれた上で、大丈夫だと太鼓判をおしてくれたあと。
改めて……、以前、会った時には、ベラさんの削ってしまった寿命があまりにも大きすぎたことで、『精霊を付けても意味がないだろう』というアルの判断で、紹介出来なかった精霊を、また今度、しっかりと紹介させてもらう予定だと伝えて、説得していけば……。
ベラさんも、ヒューゴも『そういえばそうだった』といった感じで、精霊のことに驚きつつも、事前に伝えていたこともあって、精霊の存在については、直ぐに理解してくれた。
それでも、最初、ベラさんは『皇女様に、寿命を戻してもらっただけでなく、そこまでして頂く訳にはいきません……っ!』と、遠慮がちだったんだけど、私自身、絶対にそうした方が良いと、根気強く説明したことで、最後には、根負けしたように納得して折れてくれた。
その上で……。
「自分の側にいるようになる唯一無二の精霊だなんて、とっても嬉しいです。
どんな子が、アタシの側に来てくれるようになるのか、楽しみで仕方がありません……っ!
出来れば、皇女様のように、愛らしい性格の子が来てくれたら、特に嬉しいんですけど……っ!
なんてっ、思わず高望みしてしまいましたけど……、きっと、アタシの側に来てくれたら、もうもうっ、それだけで、どんな子でも滅茶苦茶可愛がってしまいそうです……っ!」
と……、私の説得に諦めて受け入れてくれたベラさんは、もう既に気持ちを切り替えたのか、凄く嬉しそうな表情をして、精霊さんが自分の側につくようになることに、どこまでも、ワクワクしている様子だった。
その切り替えの早さが、カラッとしていて、サバサバしているベラさんの性格そのものを表していると私は思う。
まるで竹を割ったかのような好ましい性格に、私はベラさんのことを、自分にお姉さんがいたらこんな感じだったのかもしれないと、思わず、ソフィアさんが私のことを『アリスお姉様』と呼んでくれていたように、ベラさんのことをお姉さんと呼びたくなってきてしまった。
――それくらい、頼もしい魅力が、ベラさんにはあると思う。
「皇女様……、これから、ベラに、本当に精霊が付くようなことになるんですねっ!
ソイツは、俺にも、見えたりするんでしょうか……っっ!?
俺も、これから、精霊の子どもと一緒に暮らせるようになるだなんて、楽しみで仕方がないんですが……っ!」
そのあとで……、ヒューゴからも、まるでお伽噺に出てくる精霊のことを、まさか身近に感じられる日が来るだなんて思わなかったと言わんばかりに、ワクワクした様子で声をかけられたことで……。
「うむ……。
僕達自身、基本的に何もしていなかったら、人間の前でも、その姿を見せることになってしまうのは間違いないのだが……。
悪事を働く良くない人間なども、この世の中に沢山いるからな。
精霊によっては、自分の姿を魔法で隠すことが不得意な子もいるものの、人間界で生活をするのなら、契約者にしかその姿が見えないように魔法で姿を隠す方が良いと思うから、ヒューゴ、残念だが、お前に、子供達の姿は、あまり見えないかもしれないな。
だが……、ベラだけではなく、精霊の子に認められれば、お前にも、その姿を見せることもあるだろう。
ちなみに、僕が特別なだけで、一般的な精霊の子達のサイズは、かなり小さいぞ」
と、アルが、ヒューゴのその言葉に、率直に事実を述べてくれると……。
「……っていうか、ヒューゴっ、アンタ、何……、どさくさに紛れて、アタシに付いてこようとしてるのよ……っ!?
アンタは、ブランシュ村の人達から嫌われてる訳じゃないんだから、ここで冒険者として暮らしていくべきなんじゃないの……っ?
王都に来たって、働き口なんて、どこにもないでしょう……っ!?
それに、アタシのことを国が保護するっていうことは、多分、監視のようなものが付くってことですよねっ!?
だったら、なおのこと、アタシは、一人暮らしをしなければいけないはずでしょ……っ!?」
「はぁ……っ!? そんなのあり得ねぇよっ!
これから、お国のために能力を使わなければいけなくなって、何かあった時には、いの一番に招集されるであろうお前のことを放ってなんかおけるかよっっ!
大体、お前……、料理、滅茶苦茶下手くそじゃねぇかっっ! 気付いたら、鍋の中身を焦がしまくってるくせによっ!
一回、それで、火事になりかけたし……、誰が、日頃から、お前の健康面の管理をしてやってると思ってるんだっっ!
王都に行ったって、どうせ、碌に、金勘定も出来ずに食い物を買いまくって、幾ら国から給付金をもらっていようとも、一月の内に底をつかせてしまうのがオチだろうがっ!」
と……、唐突に、ベラさんと、ヒューゴが喧嘩をし始めてしまった。
【というか、ベラさん、凄くしっかりしているように見えて、そういうことに関しては不器用で、ヒューゴの方が得意なのかなっ?】
その言葉から、お互いがお互いを思い遣っていることは、伝わってくるんだけど……。
何でも出来そうなのに、思いがけず、ベラさんにも不得意なことがあると知れて、私はビックリしてしまった。
「ちょっと……っ、前に一回、料理をするのに、ブランシュ村で、商品を大量に買い込んだことについて、まだ、責めてくる訳っ!?
だって、何を作るにも、何を入れたら良いのかさえ、よく分からないじゃないっっ!
そんなの、オートミールのような簡単なもの以外だったら、アンタが書いてくれたレシピのものぐらいしか、作れないわよっ!
第一、王都には、田舎にはないような、小洒落た材料がいっぱいあるっていうじゃない……っ?
そういうのに慣れるために、とりあえず、いっぱい買って、試してみなきゃ分からないでしょっ!」
その上で……。
今まで、私達が接していく中で、ベラさんのお金使いが荒い様子などは微塵にも感じなかったんだけど、それは、多分、ヒューゴが家計の管理をしてくれていたからこそなのだろうと、私にも伝わってくるように、ベラさんの今の台詞は、あまりにも、ダメダメな感じだった。
――あ……っ、これ、多分だけど、不要な食材をいっぱい買い込んで無駄にしてしまう人の言い分だ。
更に言うなら、真新しい商品があれば、たとえ、それがどんなものでも、とりあえず試してみたいと買い込んで、手当たり次第、料理の中に混ぜ込んでしまうという危険思考……、独創性さえも持ち合わせてしまっている……っ。
明らかに、どう考えても、料理を作る人には不向きだと思えるくらいのベラさんの言い分に……。
「皇女様、助けてください。
……コイツ、それでいて、出来上がるまで味見もしねぇんです。
出来上がっても、鉄の胃袋を持ってるから、辛うじて食えねぇことはねぇって、平気だし……っ!
誰かが見てやってねぇと、食生活があまりにも、ヤバすぎて、健康が……っ」
と、ヒューゴが、訴えかけるように目に見えて頭を抱えたのが、目に入ってくる。
その姿に、私は、みんなと一緒に、ちょっとだけ、ヒューゴに同情的な視線を向けてしまった。
不要な食材を余らせて、どんなものも平気で混ぜ込んで、更に出来上がるまで味見もしないだなんて……っ!
――絶対に料理を作る上で、やってはいけない三拍子が揃ってしまってる……っ!
「ベラさん……、あの……っ、多分ですけど、ヒューゴにも、一緒に来てもらった方が良いと思います。
私も何だか、ベラさんの食生活が、本当に心配になってきました……。
それに、もしも良ければ、ヒューゴの働き口に関しては、私自身も王都に知り合いがいますので、どこかの店舗で従業員を募集していないかどうかを聞くことだって出来ますし……っ。
ヒューゴに斡旋してあげることも出来ると思いますよ……っ」
あまりにも、普段、杜撰な生活を送っていたベラさんにビックリしながら、ヒューゴの気持ちも理解出来て、私はベラさんに向かって、健康面を心配しつつ、一緒にヒューゴと暮らした方が良いと思いますと、ヒューゴが一緒に来ることを、手放しで勧めてしまった。
ヒューゴの働き口に関しては、ヴァイオレットさんに、ジェルメールだけではなく、王都のお店で従業員の募集をしているお店がないかどうかを聞いてみれば、顔の広いヴァイオレットさんのことだから、ヒューゴのような無骨な感じの冒険者であろうとも、適切なお店を紹介してくれる気がするし。
それこそ、この間、私達がお疲れ様会で行った、王都の中でも一般庶民に親しまれているような洋風居酒屋とかだと、別にヒューゴのような人物が働いていても、違和感はないと思う。
そのことを、私が二人に伝えると……。
「いえいえ……っ、ただでさえご迷惑をおかけしているのに、俺の職業の斡旋だとか、そこまで皇女様にご迷惑をおかけするには……っ!」
「本当ですよっっ! そんな……っ、私のことでも多大なる恩があるにも拘わらず、そこまでして頂いたとあっては、皇女様に対して、申し訳なさの方が沸き上がってきてしまいます……っ!」
と、二人からはそう言われてしまったんだけど、私は、ふるふると首を横に振り……。
「どちらにしても、王都で暮らすには、手に職があって、何かに特化した人以外、誰かの紹介や伝手がない状態で、一般の人が飛び入りで働き口を探すには、本当に大変なので、そうした方が絶対に良いと思います」
と、声をかける。
特に、王都の街並みは、上流階級である貴族の人達もよく来る場所だからこそ、その身分がしっかりと保証されている人じゃないと、一見さんお断りといった感じで、働くにしても、普通の人には、かなり敷居が高いと言えるだろう。
だからこそ、王都でお店を構えているオーナーさんは、ヴァイオレットさんも含めて、お店の背後に、みんな、出資をしてくれている後援者が付いているのが当たり前になっているし。
経営の面でも、そういった出資者に恥を掻かせないよう、従業員に関しては、応募の段階で、かなり厳しくその人となりを審査して『従業員として雇う』のが、基本となっている。
つまり、ヒューゴも一緒に、中央まで、ベラさんに付いてこようと思っているのなら、私の推薦状があるだけでも、大分、王都のお店で働きやすくはなるだろうし、そうじゃない場合は、本当に、働き口がなくて苦労してしまうだろう。
実際、ベラさんにヒューゴが付いてくることになったなら、天涯孤独なベラさんの家族と見なされて、その部分に関しては多めに保障されるとは思うんだけど、今後のことを思えば、ヒューゴ自身がまだ若いこともあって、王都で働いた方が良いのは間違いないことだと思う。
そのお金があったら、より豊かに暮らせるだろうし……。
ずっと国の保障に甘えているだけだと、戦争などで国に何かあった時に、元々の金額より給付金が減らされるなどの措置がされてしまった場合など、緊急時に、拠り所がなくなって困ってしまうだろうから……。
私自身が、今、思ったことを、正直に、ベラさんとヒューゴに向かって、懸念点を伝えた上で『そうした方が良い』と説明すれば……。
私の言葉を聞いて、ベラさんもヒューゴも、『そんなところまで、しっかりと考えてもいなかった』と、思いっきり驚いた様子で、此方に向かって、何度も頭を下げて感謝してくる。
基本的に、王都で暮らしていないと、そういったことには、全然詳しくなくて当然だと思うし、私だって、ジェルメールと深く関わるようになってから、そういったことに詳しくなってきた身だから、あんまり大きなことは言えないんだけど……。
それでも、二人に、今ここで、大分、感謝するようにお礼を伝えられたことで、自分の持っている情報でも役に立てることがあったのだと、ひたすら嬉しい気持ちで、ホクホクしていると……。
セオドアや、アル、お兄様といった面々に『本当に、姫さん(アリス)は優しいな……っ』と、言わんばかりの瞳で見つめられてしまった上に、何故か、エヴァンズ夫人から、熱烈に尊敬するような眼差しで見つめられて、私は、キョトンとしてしまった。