469 救世主と、ただ一人のヒーロー
そのあと……。
目が覚めたばかりで、ぼんやりとしていて、この場の状況が今ひとつよく分かっていないソフィアさんの身体を、更に詳しくアルが見てくれたことで、ソフィアさんの寿命を、能力が発現する前の状態まで戻すのに成功していると、教えてもらうことが出来た。
この3年間……、ベラさんの能力により、冬眠する動物達と一緒で、低体温で生命を維持しながらも、殆ど、仮死状態のようになってしまっていたソフィアさんは、7歳にしては、やっぱり、どこか幼くて……、その喋り方からも、まだまだ、小さな子供みたいな感じが抜け切れていない様子だったものの。
ソフィアさん自身が、魔女であることで、『身の回りのものを、植物に変える能力』を制御することも出来ずに、勝手に外へ向けて、力が放出され続けていたという記憶などに関しては、きちんと覚えていたこともあって、自分の身体が軽くなったのを感じ取り、驚きに目を見開いたあと……。
エヴァンズ夫人から、同じく魔女である私が助けたのだという、詳しい事情を聞いて、私の方へと視線を向けてくれた彼女は、パァァァッと、ほがらかとも思える明るい笑みを溢しながら……。
「身体中から、変な植物がいっぱい生えてきて、くるしくて、くるしくて……っ、血が、お腹の奥から沢山、出てきてしまって……、あんなにも、おもかった身体が、今は、凄く軽くなっていて、とってもうれしいです。
アリスお姉様……っ! このたびは、わたしを助けて頂き、ほんとうに、ありがとうございました……っ、!」
と、ベッドの上で、ぎこちない雰囲気の、習ったばかりとも思えるような淑女の礼で、ぺこりと頭を下げながら、私にお礼を伝えてきてくれて、そのあまりの可愛さに、私の方が、思わず、キュンとしてしまった。
アルや、周りの人達から、私が、アリスと呼ばれていたのを聞いて、私の名前に、お姉様という敬称を付けてくれたのだと思うんだけど、今まで、そんな呼ばれ方をされた事は、一度もなかったから、何だか、まるで、血の繋がっていない妹が出来たみたいで、凄く嬉しいかもしれない。
それに、私自身、普段、自分よりも小さい子に、あまり会わないこともあって、前に孤児院で接した子供達を思い出しながら、子供特有の可愛らしさみたいなものに久しぶりに触れたことで、『愛らしいな……っ』と、ついつい、ソフィアさんに、メロメロになってしまいそうになる。
だからこそ、ソフィアさんに釣られるようにして、ゆるゆるっと、まるで自分が、ちょっとだけお姉さんになったような感じで、柔らかい笑みを溢しながら、『お礼なんて、全然大丈夫です……っ! お身体は、平気ですか……っ?』と、声をかけてしまったんだけど。
この場で、そんなふうに思っているのは、恐らく私くらいで、セオドアや、アル、お兄様といった私の大切な人達は、ソフィアさんだけではなく、ソフィアさんと会話をしている私ごと微笑ましいという様子で、温かく見守ってくれていたものの……。
ソフィアさんの『アリスお姉様』という言葉に大慌てだったのは、エヴァンズ家の人達の方で……、特に、エヴァンズ夫人が、もの凄く焦りながら……。
「ソフィア……っ、この方は、この国でも、陛下と並んで、敬われるべき尊い御方なのよっ!
呼び方は、皇女殿下……、もしくは、皇女様でっ……、!」
と、慌てて、ソフィアさんに向かって、訂正するように声をかけたのが聞こえてきたことで。
「……あの……っ、エヴァンズ夫人、……ソフィアさんから、そう呼ばれるのは、何だか自分が、お姉さんになった気持ちがしてきて、凄く嬉しいですし。
年齢も含めて考えれば、まだまだ、分からないことも多いでしょうから、全然気にしないで下さい」
と、私が声をかけると、エヴァンズ家の面々の方が、私に対して『申し訳ない』といった感じで、ひたすら恐縮しきりの様子だった。
それでも……、ソフィアさんに、アリスお姉様と呼ばれるのは、とっても嬉しいし。
ソフィアさんが魔女であることを考えれば、皇女と、侯爵家の令嬢としてだけではなく、魔女同士としても、これから先も、きっと交流があるだろうから、出来ることなら、ソフィアさんとも仲良くなれたら嬉しいな……っ。
ただ、とりあえずは、病み上がりとも思えるような、彼女の身体の調子が落ち着くのを待つことになってしまうだろう……。
一応……、使った能力を再生するように巻き戻すことで、身体の負担は一切出ずに、削ってしまった分だけの寿命を戻すことに成功しているはずではあるものの。
アル曰く……。
【使った能力を復活させることで、寿命を延ばすことに、恐らく変な副作用みたいなものは出ないだろうけど……。
何かあってはいけないから、数日は、直ぐに動き回らずに、ベッドの上などで、じっくりと休ませてあげて、経過を見た方が良い】
とのことで……、それについては、エヴァンズ家の従者達が、これから、甲斐甲斐しく、ソフィアさんが、本当の意味で回復するまで、しっかりとお世話をしてくれると思う。
特に、ソフィアさんの場合、随分、長いこと寝たきりの状態になってしまっていたことで、日常生活を送るのに、必要な筋肉なども落ちてしまっているだろうし……。
身体の状態は、完璧に回復していたとしても、そういった面で、一気に、元気になって、元通りの生活が直ぐに送れるようになるとは、どうしても言い難く、徐々に歩いたり、運動をするなどして、リハビリをすることから始めることになると思う。
精霊の紹介については、そのあとになるだろうけど……。
それでも……、精霊王であるアルからしたら、もう既に、ソフィアさんを見ただけで、どの精霊が、彼女にとって唯一無二の契約者になれるのかということも、はっきりと分かるみたいで、また後日、その子を連れて、極秘裏に、エヴァンズ家へ訪問すると、行きの馬車の中で、夫人とも約束していたし……。
これから徐々に、ソフィアさん自身が、日常生活を取り戻していけるということに、本当に嬉しい気持ちを抱きながら、『これで、ひとまずは安心だ』と、私は、ホッと、胸を撫で下ろした。
そうして……。
まずは、ベラさんを助けに行くのを、何よりも最優先にしなければいけないけれど。
ルーカスさんにも早く『ソフィアさんのことを助けられたのだ』と伝えに行って、安心させてあげたいなと、心の底から強く思う。
――この3年ほどの間、自分の身体すら犠牲にして、何もかもを、かなぐり捨てて、ルーカスさん自身が、ずっと、それだけを願って、生活してきていただろうから。
私が、頭の中で、ルーカスさんに会ったら、必ず夫人の言葉を伝えようと決意していると……。
「お母様……、あの……っ、それでっ、ルーカスお兄様は、一体、どちらに……っ?」
と、何も知らないソフィアさんの口から、あまりにも純真無垢な視線が飛んできたことで、和やかだったこの場の雰囲気が、一気に静まり返って、ほんの少し暗く淀んでしまったのを感じて……。
私は、慌てて……。
「ソフィアさんは、知らないかと思いますが……、この3年間、ルーカスさんは、ソフィアさんのことを助けるために、ずっと頑張ってくれていたんですよ……っ!
本当に、格好良くて……っ、誰よりも、ソフィアさんのことを思う、完全無欠の、ヒーローだったんです……!
それで……っ、今は、ソフィアさんのことを助けるために、あまりにも大きな力を使って、ちょっとだけ、皇宮で休むことになってしまっていて……っ!」
と、この場で、嘘を言う訳にはいかないものの。
自分に出来る範囲のことで、ルーカスさんが、今まで、どれほど『ソフィアさんのために、自分の身を犠牲にしてまで頑張っていたのか』ということを、なるべく罪の部分と、ルーカスさんが身を粉にして動いていたことは濁しながらも、確かに、ソフィアさんにとっては、ヒーローだったのだと、しっかりと分かってもらえるように、彼女の目を見て、伝えていく。
きちんと、全ての事情を話すには、あまりにも今のソフィアさんは幼すぎるし、万が一にも、ルーカスさんのことについて、自分の所為だと責任を感じてしまったり、絶対に、あり得ないだろうけど、ルーカスさんを嫌いになったりもしないようにと……。
どこまでも慎重に言葉を紡いでいく私の発言を聞いて、嬉しそうに表情を綻ばせながら、『……本当ですかっ? ……お兄様がっ、私のために、?』と声をあげた、ソフィアさんとは裏腹に……。
エヴァンズ夫人も、エヴァンズ家の家令も、侍女も含めて、みんなが、一様に、さっきまでの間に、もう既に、流しきってしまったとも思える大粒の涙を、再び、号泣するかのように、ボロボロと溢し始めてしまって、いきなりのことに、私の方が慌ててしまった。
「……あ、あの……っ、ごめんなさい。
私、もしかして……、余計なことを、言ってしまったでしょうか……っ?」
そうして、勝手に判断して、ソフィアさんに声をかけてしまったけれど。
ルーカスさんのことについては、下手に触れないほうが良かったのかと思って、恐る恐る、エヴァンズ家の面々に声をかけると……。
「……っ、ちが……っ、違うんですっ、皇女様……っ!
皇女様だって、一連の事件の被害者でしたのに、ルーカスのことを……、私の息子のことをっ、娘のヒーローだなんて言って頂けるだなんて、本当に、嬉しくて……っっ!
今まで、ルーカスがしてきたことは、娘のためを思ってしたこととはいえ、決して褒められたものではありませんし、私も、そんな、ルーカスに、厳しくしなければいけないと、今、この瞬間まで気を張っていて……。
本当は、面会が叶うのならば、この腕に抱きしめて、どうして、こんな馬鹿なことをしたの……っ、と叱ってあげたかったですし。
それ以上に、やったことについて、駄目だと分かっていても、ソフィアのために、今まで、ずっと一人で悩んで苦しかったでしょう……っ?
あなたが、背負うことでもないのに、私達の分まで、本当に、ありがとうと、伝えてあげたかったんです……っ!
だからこそ、テレーゼ様の、その手を取る前に、私達に、一言、相談してほしかったんだって……!
言いたいことが、あとからあとから、溢れてきて、止まらなくって……。
こうなる前に、何か、出来ることはあったんじゃないか……、私がもっと早くに気付いてあげれていたならばと……、ずっと、今も悔やんでいましたのに。
皇女様に、ソフィアを助けるために頑張っていたヒーローだなんて、優しい言葉で、ルーカスのことを、そんなふうに表現して貰えたことで、こんなにも救われた気持ちになるだなんて……っ!」
と、ボロボロと泣き崩れながら、私の手をぎゅっと握り、本当に、心の底から感謝するように、何度も、何度も、『ありがとうございます……っ!』と、頭を下げて、お礼を言われたことで、私自身、エヴァンズ夫人のその言葉が胸に響いて、こみ上げてくるものが抑えられず、目尻に涙を浮かべてしまった。
エヴァンズ夫人も、侯爵も……、きっと侯爵家の者として、罪を犯した息子に対して厳しくしなければいけないという気持ちと共に、今まで、ルーカスさんのことを見てあげられなかった後悔に苛まれて、自責の念で、ずっと苦しんでいたのだと思う。
それから、こうなる前に気付いてあげて、ルーカスさんに何かをしてあげたかったという気持ちを持っていたのは、きっと、エヴァンズ侯爵夫妻だけではなくて、エヴァンズ家の従者達も、同じ気持ちだったのだと、彼等の姿からも如実に伝わってきた。
今、この瞬間、夫人のその言葉は、これまで、誰にも言えなかったであろう、本音、本心の部分を曝け出すことが出来て、文字通り、これまで抱えていた苦しみから、ほんの少しだけでも、解放されたような雰囲気だった。
――私の言葉で、凝り固まって、張り詰めてしまっていたその心が、そんなふうに、柔らかく解れていったのだとしたら、凄く嬉しいな。
それに、周りの人のことを考えて、厳しくしなければと思う気持ちも大事なことだとは感じるけど、少なくとも、私や、身の回りにいる限られた人達にだけは、今のように取り繕うこともなく、エヴァンズ夫人が思っていた本音の部分を、しっかりと教えてもらえると……、今、現在、色々なことが気がかりで、碌に眠れてもいないであろうエヴァンズ夫人が、僅かばかり楽になるはずだと、私自身も、安心することが出来るし。
ルーカスさんも、ソフィアさんも、侯爵夫妻から、こんなにも愛されていたのだと知れて『本当に、良かった』と、まるで、自分のことのように幸せな気持ちになってくるから……。
それこそ……、今、この瞬間に、夫人からの『この言葉』を、ルーカスさんにも聞かせてあげたかったな……。
刑罰がきちんと確定するまでは、侯爵夫妻が面会をすることは許可されていないんだけど、私が会う時に、夫人の言葉を伝えてあげたらきっと、家族に迷惑をかけてしまったと、後悔の念には、苛まれてしまうかもしれないものの、ルーカスさんも嬉しいと感じるはず。
だからこそ……。
私も、夫人の顔を真っ直ぐに見つめながら……。
「たとえ、誰に非難されようと、ルーカスさんは、紛れもなく、ソフィアさんを救おうとしたヒーローです……っ!
少なくとも、私は、そう思っています……っ!」
と、口元を緩ませて、微笑みながら、柔らかく声をかけることにした。
その瞬間、私の言葉を聞いて、暗く淀んでしまって、張り詰めていた空気が、また元の柔らかい状態に戻り……。
私の言葉に、みんなが、ズビッと鼻を啜らせて泣いてしまう中、ソフィアさんだけが、私達の様子に、戸惑っていたものの。
いずれ……、ルーカスさんがしてしまったことについて、彼女が知ることになったとしても『きっと、大丈夫』だと、私は思う。
ともすれば……、あなたのためにという言葉は、あまりにも重く、十字架のようにのしかかってしまうかもしれないけれど……、そのお陰で、ソフィアさんは、今この瞬間まで生き長らえてくれていた。
もしも……、ルーカスさんが、テレーゼ様の傍に付くことにならなかったとしたら……っ?
もしも……、私が、時間を巻き戻して、セオドアに出会い、古の森に行き、アルに出会わなかったとしたら……っ?
ちょっとでも、何かしらの歯車が狂ってしまっていたならば、それだけで、ソフィアさんの命は、もっと前に、儚く消えていってしまっていたかもしれないし。
私が、こうして、時を司る魔女として、今日、この日に、彼女と出会うことになったのも、彼女を救うことが出来たのも、文字通り、ルーカスさんが一生懸命、頑張ってくれたからだろう……。
だからこそ、ソフィアさんにだけは、そのことに責任感を感じるよりも、自分を守るために頑張ってくれたお兄ちゃんとして、ルーカスさんのことを、誇りに思ってほしい。
エヴァンズ家の人達は、従者も含めて、基本的に、誰もが良識があって、人柄も良い人達が多いから、『少なからず、被害者がいる以上は……』と、ルーカスさんのことを、口に出すことさえ遠慮しているような雰囲気だったから、被害者でもあった私が率先して、そう言うことで、これから、ちょっとずつでも、普段通りに話すことが出来れば良いなぁ、と私は思う。
ちょっと、お節介だったかもしれないけど、それでも、エヴァンズ家の人達が喜んでいる姿を見ることが出来ると、私も嬉しいし……。
私が、頭の中で、そう感じながら、目に見えて違いが分かるくらいの……、エヴァンズ家の人達の嬉しそうな表情に、ほっこりしていると……。
ずっと寝たきりの状態だったからか、汗をかいてしまった様子で、ちょっとだけ、自分にかかっていたシーツを剥ぐようにして、着ていた服を腕まくりした、ソフィアさんの姿が見えて、私は、思わず、そっちに視線がいって、彼女のことをマジマジと見つめてしまった。
……一体、どうして、私が、こんなにも、驚いてしまったのかというと。
ソフィアさん自身に、そんな気持ちを抱いたという訳ではなかったものの。
ただただ、寝間着として使われているであろう、そのネグリジェに、あまりにも見覚えがありすぎて、思わず、『これは、もしかして、ジェルメールのものでは……?』と、直ぐに、推測してしまったからだった。
自分が、ジェルメールと一緒に、共同で洋服を作って、仕事をするようになって長いからか……。
ヴァイオレットさんが作ったものは、タグを見ずとも、基本的に、見ただけで分かるようになっていて、ソフィアさんに合うように作られたであろう特注の可愛らしい雰囲気のネグリジェに、思わず注目してしまった。
そんな私を見て……。
「あぁ……っ、皇女様、やっぱり、分かりますか……っ?
ソフィアが、今、着ているものは、ジェルメールのものなんです……っ!
この間も、お礼をお伝えしたと思いますが、ボートン夫人の一件で、ご迷惑をおかけして、ルーカスが謝罪に伺った際……、皇女様の人脈のお陰で、マダム・ヴァイオレットの貴重な時間を頂戴することが出来たこと、本当に心より感謝しています。
これだけではなく……、もうっ、元気になることはないかもしれないけれど、こういった衣装が大好きな、ソフィアに着せたいと思って、マダム・ヴァイオレットに、沢山、衣装を作ってもらったんです。
……私共の気持ちに寄り添うように配慮して……、眠っているソフィアを起こすこともなく、優しく採寸して下さって。
本当に、まるで夢のような……、かけがえのない貴重な時間を過ごすことが出来て、元気になったソフィアにも、仕立てたドレスを着せることが出来ると思うと、今、この瞬間にも、感無量でいっぱいです……!」
と……。
夫人から、改めて、そのことについても感謝されたことで、私は思わずビックリしてしまった。
そういえば……、ボートン夫人にドレスを汚されたことで、ルーカスさんが謝罪に来た際、お詫びだと言って、ジェルメールで洋服を買うように手配してくれたんだよね……。
あの時、私は、ルーカスさんの謝罪の気持ちを受け取るために、セオドアとアルの衣装を作ることにしたんだけど、ルーカスさん自身も、『マダムの一日を侯爵家にもらえることに成功しましてっ。うちの母が滅茶苦茶、大喜びでねぇ』と、ヴァイオレットさんの時間を貰えることに感謝しているのだと、私に伝えてきてくれていたし……。
それが全て、寿命を削っていくソフィアさんのために贈るものだったのだとしたら、あの時のルーカスさんの多少の強引さというか、そういうことにも納得が出来る。
誰に対しても、良識のあるエヴァンズ夫人が、たとえ、ルーカスさんという代理人を向かわせていたとしても、人に謝罪に来た際に、自分のことで、ヴァイオレットさんの時間を貰えて嬉しいと、喜ぶだなんて、どうしても思えないし……。
あの時から、残された時間が少なかったソフィアさんのために、エヴァンズ家の人達は、一生懸命、自分に出来ることで、何かをしてあげたいという気持ちを強く持っていたのだろう。
エヴァンズ夫人が、ソフィアさんの方を見て、本当に慈しむように、心の底から嬉しそうな表情をしているだけで、私自身も嬉しい気持ちになってくる。
ただ……、このあと、ベラさんのいるブランシュ村まで行かなければいけないことを思えば、いつまでも、エヴァンズ邸で、みんなと、こうして喜びを分かち合っている訳にもいかないだろうし。
ソフィアさんとは、ここでお別れをしなければいけなくて、名残惜しい気持ちを抱えつつも、私は、エヴァンズ夫人の方へと視線を向ける。
そうして……、私の視線に気付いてくれたエヴァンズ夫人が、私が何を言いたいのか、一早く察してくれたあと。
「……ありがとうございます、皇女様……っ。
これから、ベラさんを助けに行くんですよね……っ!?
もう大部分の準備は済ませて、皇宮まで荷物を運んでいたかと思いますが、簡単に、身支度だけしてきますね……っ!」
と、声をかけてくれた。
夫人が、号泣するように涙を流してしまっていたことも思えば、このまま直ぐに出発する訳にはいかず、侯爵邸を立つ前に、軽く涙を拭いてくるなどの簡単な準備をしてこなければいけないと思ってくれたのだろう。
そういえば……、私自身も、ブランシュ村に、夫人が付いてくるのを当たり前のように思っていたけれど、エヴァンズ夫人は、ソフィアさんが起きたばっかりなのに、その傍に付いていてあげなくても、大丈夫なんだろうか……?
筋力が落ちきってしまっている、ソフィアさんも、私達と、一緒に行くわけにはいかないだろうし……。
エヴァンズ邸に行く馬車の中でも、ずっと気を張って……、時折、憔悴している雰囲気を見せていたこともあって、その体調面についても心配だし、もしも、エヴァンズ夫人さえ良ければ、エヴァンズ邸に残ることも視野に入れた方が良いんじゃないかと、私は、思ってしまうんだけど……。
「あの……っ、エヴァンズ夫人は、体調、大丈夫ですか……っ?
ここ数日の疲労が溜まって、もしかしたら、無理をしてしまっているんじゃないかと思うんですけど……。
ベラさんのことは、必ず、私が救いますし、ソフィアさんのことも気がかりなようでしたら、傍にいてあげた方が……っ、」
そうして……。
私が、これから、ほんの少しだけ身支度をしてくるのだと……、『あまり、お待たせはしませんので……っ』と、どこか意気込んだ様子で、この部屋から、勇んで出ていこうとするエヴァンズ夫人に向かって、気遣うように声をかけると……。
「いいえ……っ!私の疲れだなんて、本当に微々たるものでしかありません……っ!
皇女様だって、今、全然関係がないのに、私共のために、極限まで、身体を酷使して下さっているではありませんかっ!
ずっと、能力によって寿命が削られていくソフィアのことを、間近で見ていましたので、私にだって、皇女様が、どれほど無理をしていらっしゃるのかということも、理解出来ます……っ!
アルフレッド様から治療をしてもらっていても、体調だって、本当は、今も、お辛い状況なんですよね……っ?
それでも、自分に鞭を打ってまで、私達のために、我慢して下さっているのが伝わってきますし、顔色も青いことを思えば、本当なら今すぐにでも、ソフィアと同様に、ベッドで休んでほしいと思っているくらいなんですっ。
だからこそ……、皇女様がこれだけのことをしてくれている上に、ソフィアのことを、ずっと助けてくれていたベラさんのことを思えば、ベラさんの恩義に報いるためにも、絶対にブランシュ村まで行きたいです。
それに……、人手が多い方が、何かと、お手伝いも出来るかもしれませんので……っ!
私自身も、少しでも、皇女様のお役に立ちたいんです……っ!」
と……。
恩人である、ベラさんのためにも、絶対に、ブランシュ村に行きたいのだと……。
何か、自分でも役に立てることがあるかもしれないと、今まで以上に強い意志を持って、声をあげてくれたことで、私は、エヴァンズ夫人のその配慮に、嬉しく思いながら……。
「エヴァンズ夫人がそう言ってくださるのなら、私も嬉しいですし、きっと、ベラさんも喜ぶと思います」
と、エヴァンズ夫人に向かい、口元を緩ませて、にこにこと笑みを溢した。