466 最大限の感謝と、極秘裏の出発
「も……っ、もしやっっ、ソフィアのことを助けて下さる方というのは……っ!?」
そうして、一拍、間があって、私が魔女だという事実を知って、どこまでも面食らって、慌てた素振りで表情を強ばらせ、私の方を見てきた侯爵と……。
驚きに包まれたまま、『……まさか、本当にそうなのでしょうか……っ!?』と、申し訳なさで、いっぱいの様子で、複雑な気持ちを隠しきれないままの侯爵夫人の姿が見えて……。
二人が、何の心配をしてくれているのか、理解出来た私は、思わず……。
「……あの、全然、気にしないで下さい。
私自身は、何とも思っていませんし……。
寧ろ、ソフィアさんと、ベラさんを助けることが出来て、お役に立てるのを、本当に嬉しく思っているので……」
と、二人に向かって、柔らかい口調で、嘘偽りもなく、本心から思っている言葉として、声をかける。
そのことで……。
ただただ、安心してほしかっただけなのに、その言葉を聞いて、夫人が、ワッと、こみ上げてくる大粒の涙を止めることも出来ない様子で、私の方まで駆け寄ってきてくれたあと。
「……っっ、皇女様っっ!
本当にっ、本当に……っっ、ありがとうございますっっっ!
皇女様をお誘いした御茶会の時から、ご迷惑しか、おかけしていないにも拘わらず……っっ!
一体、どれほどの……、感謝の言葉を述べれば、そのご厚意に、たりうるのか……っっ!
皇女様もまた、ご自身の命を削ることになるというのに……っ!
ソフィアだけでなく、ベラさんまで、助けて頂けるだなんて、本当に……っ、」
と、私の目の前で、何度も頭を下げて、お礼を伝えてくるその姿に、こみ上げてくるものがあって、私自身も、夫人のその感情がダイレクトに、この胸へと伝わってきたことで、思わず、一緒になって涙ぐんでしまった。
――そこから先は、夫人も言葉にならない様子だった。
その状態を見て、立場上、涙を、あまり人に見せてはいけないという配慮からか、我慢することで、夫人ほどの大粒の涙を流していた訳ではなかったけど、目尻に、こみ上げてくるものを抑えきれない様子で、エヴァンズ侯爵も、私の前までやってきて……。
「皇女様……っ、この場においてもなお、何から何まで、私共に配慮するような言葉をかけて頂き、本当にありがとうございます……っ!
代々、エヴァンズ家は、中立の立場を保って国のためになるようにと、貴族として正しくあり続けてきましたが……。
家柄としてではなく、個人的にもっ、これから先、皇女様がお困りの際には、必ずや、力になりたいと思っていますので、何かありましたら、何なりとお申し付け下さい……っ!
そうして……、この御恩に報いるためにも、より一層、貴族として、国のために心血を注いで、陛下やウィリアム殿下だけではなく、皇女様のお役にも立てるように尽力していきたいと思います……っ!」
と、感謝の言葉を伝えてくれたあと、エヴァンズ家としてだけではなく、個人としても、今後、より一層、私の力になってくれるのだと、力強く約束してくれた。
その言葉に、また新たに、私の味方になってくれる人が増えたことで、『本当に有り難いなぁ……』と、心の底から沸き上がってくる嬉しい気持ちに……。
「そう言ってくださり、ありがとうございます。
お二人の気持ちが、とっても嬉しいです……っ!
必ず、ソフィアさんのことも、ベラさんのことも、助けましょうね……っ!」
と、私も、先ほどの、侯爵夫人につられて涙ぐんでしまっていた状態のまま、パッと明るく花が咲くように表情を綻ばせて、二人に向かって笑顔をむけると……。
何故か、二人とも、その言葉を聞いて、今この瞬間にも、涙を流すのを堪えていた侯爵ですら、嗚咽交じりに、『……ありがとうございます』と、感謝の言葉を何度も口にしたあと、更に大粒の涙を流すことになってしまって、私はその状況に、一人、オロオロと慌ててしまった。
――勇気づけようと思って声をかけてみたんだけど、何か、まずかっただろうか……?
二人が今、流している涙に関しては、特別、嫌な涙という訳ではなく……。
私に対しての感謝の気持ちが溢れて、『有り難い』と強く思ってくれているのだと、よく分かるんだけど……。
そんな二人からの感謝の言葉に、嬉しいと思う気持ちと共に、こんなふうに、泣かせてしまうつもりはなかったのに、とほんの僅かばかり申し訳ない気持ちも出てきてしまって……。
それに対して、何か言葉をかけると、更に今の状況に拍車をかけてしまいそうで。
続けて、どういう言葉をかけてあげるのが正解なのかも分からず。
侯爵夫妻を前にして、あわあわと、二人のことを気に掛けて、プチパニック状態になってしまっている私を見て、セオドアもお兄様も、何故か、お父様までもが、どこか尊いものを見るような、優しい目つきで、私の方を見てきたことで、思わず、私は、そっちに気を取られてしまった。
そうして……。
話を戻すようにしてくれたんだと思うんだけど、『コホン』という、お父様の咳払いが、私への助け船となり……。
ここにいる全員の視線が、お父様の方へと向くと……。
「……まぁ、そういう訳だから。
私の自慢の娘が、こうして、困っている人間を助けたいと言っている以上は、私も、それを止めることは出来なかった訳だ。
……これから、侯爵夫人は、ウィリアムとアリスと一緒に侯爵邸へ行き、その足で、ブランシュ村に向かってくれ。
アリスが魔女であることも極秘事項ではあるが、もう一件、どうしても伝えておかなければならない極秘事項があってな……っ。
それについては、行きの馬車の中で、アリスの口からと……、アリスといつも共にいる少年の口から聞いた方が早いだろう。
人命救助のために、今、この瞬間に、特に、あまり悠長にしている時間などないのは分かっているからな」
という言葉が、お父様の口から降ってきたことで、私自身も、その言葉に、こくりと同意するよう真剣に頷き返した。
このあと……。
お父様と事後処理でのことや、これからの政治に関する話などをするため、この場に残る予定の侯爵には、お父様の口から伝えてもらうことになっていたんだけど。
精霊王である、アルのことは、『エヴァンズ夫妻には、しっかりと伝えておいた方がいいだろう』という話で纏まっていた。
というのも……、あの当時は、ベラさんのことを言う訳にはいかなかったから……。
魔女のデータを知りたいと、お父様に嘘を吐いて、前に、魔女関連の資料を見に、ベラさんを助ける目的で、何かしらの手がかりがないかと、禁書庫に行った際……。
【……なぁ、一つ、聞いておきたいんだが。
今のシュタインベルクに、姫さん以外の魔女は在籍してるのか?】
というセオドアの言葉を発端として、シュタインベルクで保護している魔女の話になって……。
お兄様の口から、国が保護している範囲で、現在、我が国で、魔女は“複数人”存在すると言われていて、その詳細については、お父様と上の立場にいる一部の貴族のみが知ってるのだということと……。
今は友好条約を結んでいて、近隣の国々との仲も比較的良好で、必要以上には、命を削るようなこともしていないという発言を聞いて……。
【むぅ、そうなのか? だとしたら、まだ良いが……。
……皇帝も、人が悪いと思うぞっ!
言ってくれれば、魔女のために、僕が積極的に、子ども達を紹介するのにっ……!】
と、アルが、私達に声をかけてくれていたことがあったと思うんだけど……。
今回の一件で、アルヴィンさんのこともあり、アルが改めて、そのことを、お父様に強く申し出てくれて……。
『魔女の人権を今まで以上に守るために、せめて、シュタインベルクで保護している魔女だけでも、傍で癒やしてくれる、唯一無二である精霊の子供達を付けた方が良い』と、提案してくれたことで、ソフィアさんの保護者でもある侯爵夫妻には、極秘事項には当たってしまうけど、その事は伝えておくべきだという、お父様の判断によるものだった。
元々、あの時の禁書庫でも、お兄様とその話になった際……。
【お前たち精霊の存在は、迂闊に人に喋ることは出来ないものだからな。
魔女を救うためとはいえ、他の貴族に精霊の存在がバレてしまって、そこから噂が広まってしまう可能性がある限りは、その辺り、どうしても慎重にならざるを得ない話だ。
ゆくゆくは、助力を願うにしても、その問題を先に解決しない以上は、下手に、お前に頼むことも出来ないんだろう】
だとか……。
【お前の気持ちは痛いくらいに理解しているが、下手を打てば、精霊にとっても、魔女にとっても、悪い結果にしかならない可能性のほうが高いんだ。
……ここは、一先ず、自分たちの為だと思って、我慢してくれ】
と……、当初から、お兄様が懸念してくれていたように、今現在、国内で保護している魔女のことを知っている国の上層部といえば、宮廷伯と……、侯爵位を持つ、一部の貴族達のことを指すけれど。
彼等は、良くいえば、様々な角度から物事を見ることの出来る人間の集まりだと言えるものの、悪く言えば、それだけ『思想』も何もかもが違い、細かく、それぞれの派閥などもあることから、国に求める方向性も違ったりする訳で……。
……その全てを、信用出来るかと言われたら難しく。
今、我が国にいる魔女について……。
お父様のみならず、他にも、その存在を把握している貴族達がいる以上は、アルの存在を隠したまま、下手にそこに手を出すだけで、これから、精霊と共に過ごすことになる『魔女達の普段の生活』から、綻びのようなものが生じて、いつか、異変に気付かれる恐れが出てきてしまうということで……。
――根本的に、その問題自体が解決した訳じゃないんだけど。
今回、精霊達を束ねている、アル本人からの強い要請ということもあって……。
魔女達の人権については、お父様自身が、前々から守りたいと思ってくれていたこともあり、その決断が、最終的に、どう転んでいくことになるのか予測出来ないながらも、宮廷伯や、侯爵の位を持つ貴族達には、詳しく説明せずに、今、国が保護している魔女達に同意してもらう形で、アルの立ち会いのもと、精霊を付けるという判断に、踏み切ってくれた。
魔女にとって精霊とは、自分に寄り添ってくれる唯一無二の特別な存在であり、彼等が傍にいるだけで、根本的な治療とまではいかないけれど、それでも、能力によって削られていく寿命を、かなり、軽減することが出来るから、出来ることなら絶対に、そうしてもらった方が良いと思う。
ルーカスさんにはもう、その事情を伝えているんだけど、エヴァンズ侯爵夫妻にも、そのことを詳しく伝えるのは、ソフィアさんが未成年であり、保護者がいないと一人で生活することは難しいと判断されているからであって、基本的に、この一件に関しては、お父様の独断だといっても過言ではない。
ここで、長々と立ち話をしている間にも、ソフィアさんの容体が気になってきてしまうし……。
王都から、割と近い距離にあって、ブランシュ村に行くほど、遠くはなかったとしても、侯爵邸には、なるべく早く向かった方が良いというのは、事実で……。
精霊に関する詳しい事情などについては、誰にも聞かれる恐れのない馬車の中で、侯爵邸に向かう道中で話せばいいと、お父様が、判断してくれたのだということは、私にも伝わってきた。
そうして……。
これから、お父様と、密に話をする予定の、エヴァンズ侯爵に別れを告げたあと。
基本的に、皇族や、それに付き従っている従者達以外は、許可がないと立ち入り禁止になっている場所なんだけど……。
戦争などで、騎士達が乗馬する、戦いに行くための馬ではなく、馬車を引くための馬のみがいる馬小屋の隣に建てられた、専用の皇宮にある木造の車庫へと、先に荷物を載せに行って、準備をして待ってくれているであろう、アルと、ローラと、エリスのもとへと、侯爵夫人と一緒に向かえば……。
今回、お父様が用意してくれたであろう馬車が4台ほど連なっているのが、私の目にも、入ってきた。
そのことに、私が、目を丸くしていると……。
「アリス、こっちだ。……待っていたぞ……っ!
実は、皇帝が大きめの馬車を、僕達が乗用するために使うものだけでなく、荷物を載せる用などで、複数台用意してくれていて……。
これでも……、貴族達から、皇族だとバレないよう、家紋などが付いていない馬車で……、ほんの少し裕福な家庭の令嬢を装うために、かなり台数を絞ったのだと、事前に、通達があったのだが。
長期間、どこかに旅行をしに行く訳でもあるまいし、貴族の基準というのは全くもって、僕には理解も出来ないものだな……」
と、私達がこの場にやって来たことに気付いてくれたアルが、困惑したように、私に向かってそう言ってきたことで、私自身も『確かに、馬車自体、4台もは、流石に要らないんじゃ……』と、内心で、その言葉に納得してしまった。
特に、そのうちの2台は乗用するためのものであり、普段、私達が使っている馬車というのは、ぎゅうぎゅうに詰めて乗ったとしても、6人までが限界で……。
今回、お兄様と侯爵夫人も入れて、7人で移動することもあり、私達が分かれて乗るために、お父様が用意してくれたものだと思うんだけど。
それ以外の二台は、荷物を載せるための『大きめのワゴン』として準備されたもので……。
そんなに必要かどうかと言われたら、確かに、荷物を載せるためのワゴンに、私達の荷物と侯爵夫人の荷物を積んだとしても、どう考えても、ワゴンを一台減らして、3台あれば充分すぎるほどに事足りると思う。
辺境の村になればなるほど、道路も舗装されたものじゃなくて、でこぼこの砂利道が多くなり……。
狭い道なども出てくることを思えば、ブランシュ村までの道中で、そこまで、荷物を沢山積んだ大きな馬車は、逆に邪魔になってしまうだろうし。
皇族が乗っている訳ではなく、裕福な家庭の令嬢や貴族だと装いたいというのは理解出来るものの、お父様の意図が、今ひとつよく分からずに、その采配に、私が不思議がっていると……。
「あぁ……、アルフレッド……。
これはな……っ、……父上が、わざと、そうしているんだ。
……そもそも、今回の件では、一般の人間に、知られてはいけないような極秘事項が多すぎるからな。
たとえ、馬車の中に何も積んでいなくても、傍から見た際には、積んでる荷物の中身などは、一切分からないだろうし。
これだけのワゴンを用意して、大荷物を持って行くんだから、自分達が所有している別荘などに、文字通り、道楽の目的で旅行に行くのだろうと、誤認させることが出来る。
あくまでもこれが、偽装用の馬車であることには、間違いないだろう」
と、お兄様から、お父様がそうしている理由について、補足するように言葉が降ってきたことで、私は思わずビックリしてしまった。
その上で……。
「……っていうことは、この馬車が皇帝の用意した偽装するためのものだとしたら……、俺たちとは、別行動をした上で、どこかの地点で合流した方が、絶対に良いよな……っ?
皇宮から一緒に、連なって馬車が出てしまうと、それだけで、目撃者がいたら元も子もなくて、怪しまれるだろうし。
俺たちが、侯爵邸に行くことになったことも含めて考えれば、今、世間を騒がしていて、どうしても周囲からの注目が集まってしまっている侯爵家に、大荷物を抱えた、家紋もない馬車が複数台入っていくことも可笑しく思われる可能性の方が高いだろう?」
と、この場の状況をしっかりと把握してくれたセオドアから、そう言ってもらえたことで『確かにそうだ』と、私自身も、その言葉には、直ぐに、頷くことが出来た。
「あぁ……、お前に言われなくても、元々、そのつもりだったんだが……。
今回、ブランシュ村に行く前に、侯爵邸に行くということになり、順路が変更になってしまったことで、俺たちが乗った馬車と、荷物用のワゴンの合流地点については、絶対に、変えた方がいいだろうな……。
それについては、俺たちが、侯爵邸に行くことになったと説明するついでに、これから来てくれる、父上の信頼している馭者に、俺の方から伝えておくことにしよう」
そのあと……、お兄様の口から、元々、そうするつもりだったということを教えてもらった上で……。
思いがけず、侯爵邸へ行くことになった私達の状況を冷静に見極めてから、『そうした方がいい』と、セオドアの意見も取り入れてくれて、荷物を載せたワゴンと、私達が乗っている馬車の合流地点を、当初予定していた場所から、柔軟に変更してもらえたことで、私は、ホッと胸を撫で下ろした。
……こういう時に、必ず、セオドアも、お兄様も、いつも私では思いつけないような、ハッとする意見を述べてくれるから、本当に、心の底から、凄く頼もしいな、と思う。
それに、お父様の信頼する馭者の人なら……、こういう緊急時においては、徹底して、何も聞かずに、自分達の仕事だけを遂行してくれると分かっているから、そっちの意味でも、安心出来て、頼もしいなと感じつつ。
それと同時に、ここまで慎重になって、外部に情報が漏れないようにと、一手も二手も先を見通すことの出来る、お父様に対し、改めて、尊敬する気持ちを抱きながらも……。
事前に、皇宮から侯爵宛に出された手紙では、多分、そこまで触れられてはいなかったんだろうけど。
今回、ソフィアさんを助けるために、私達が、一度、侯爵邸に行くことになるであろうと、理解していたはずなのに……。
侯爵夫人が何も言わずとも、自分の荷物を持ってきてくれていたことに、私自身、お父様と、エヴァンズ侯爵は、『少ない言葉であっても、お互いに理解し合えるほどに、意思の疎通がきちんと出来ているのだな』と、そのことにも、ちょっとだけ、嬉しく思ってしまった。
――まるで、お兄様と、ルーカスさんみたい……っ!
お互いに分かり合っているような雰囲気は、セオドアとお兄様にも、よく見られるんだけど、特に、幼馴染みという間柄だからこそ、余計に、そう思うのだろうか……?
頭の中で、普段の二人の関係性を思い出しながら、ふわふわと、緩みきった笑みを溢していたら、両手に荷物を、いっぱい抱えていた侯爵夫人が、それを、ワゴンに積もうとしている姿を目撃したことで、私は慌てて……。
「私も、荷物を積むのを手伝います……っ!」
と、声をかける。
ここにくるまで、流石に、どこかで泊まったりもしなければいけないほど、遠いブランシュ村にいくのには、一人だけで持てる量ではなく、セオドアも、夫人が持っていた重い荷物を中心に、さりげなく受け取って、ここまで運んでくれていたんだけど。
私が声をかける前にはもう、ローラや、エリスといった面々が、自ら、荷物を積もうとしている夫人の姿に……。
『そういうのは、私達の仕事ですので……っ!』と、焦りながら、声をかけてくれているのを……。
夫人が申し訳なさそうに、『ですが、皆さんに、これ以上の迷惑をかける訳には……っ』と、押し問答をしていたのを目撃して……。
それなら……、夫人にも一緒に荷物を積んでもらいながら、私も参加することで、みんなで積んだ方が、夫人も私達に気兼ねがないだろうし、早く終わることを考えれば、一番良い方法なのではないかと思って、声をかけたんだけど。
私の発言は、夫人からすると、あり得ないことだったみたいで……。
逆に……。
「そんな……っ、! ……っ、滅相もありませんっ!
私自身がそうするのは、当たり前のことですが、ただでさえ、息子も娘も助けて頂いているのですし……っ。
これ以上、ご迷惑をおかけして、高貴な身分である皇女様に、そのようなことまでして頂けるだなんてっ……、本当に、いつか、私に、天罰が下ってしまいますっ!
どうか、これくらいのことは、自分一人でさせてください……っ!」
と、もの凄い勢いで、私の提案は、却下されてしまった。
そのことに『何も気にしなくて良いのにな……』と、ぼんやりと頭の中で、そう思って、キョトンとしていたら、セオドアとお兄様、それから、アルだけではなく、ローラやエリスまでもが、もの凄く誇らしいものを見るような目つきで、私と夫人の遣り取りを見つめていて……。
エヴァンズ夫人は、私に対して、酷く、恐縮しきりだったけど……。
何故か、この場に、ほっこりとしたような、優しい空気が流れ始めたことで、人命救助のために、どうしても緊迫した雰囲気だった状態から、ほんの僅かばかり、解放され……。
ここに来るまで、ずっと、エヴァンズ夫人も張り詰めていた空気を纏っていたことを思えば、そのことに、『ちょっとだけ良かったな』と思いながらも、私は、そのまま、持ちかけた荷物を、夫人をやんわりと諭して手伝うことになった、ローラに預けたあと。
夫人から『皇女様にそのようなことをさせる訳にはいきませんので、先に馬車に乗って頂けると有り難いです』と言われたことで、
本当に何もしなくて良いのか……、少しだけ不安に駆られ、『手伝いたかったな』という気持ちを持ちつつ、後ろ髪を引かれる思いで、すごすごと、一足早く馬車に乗り込ませてもらうことにした。