462 調理場の真相
あのあと……。
皇室の過失だと、ここぞとばかりに責め立ててくる貴族の抗議文の一つ一つに目を通しながらも……。
中には、罪を犯してしまった、テレーゼ様のみに厳しい処罰を求める声で……、今回の一件を、どこまでも客観的に見てくれて、理路整然とした真っ当な意見を送ってくれている内容などもあったものの。
ある程度、覚悟をしていたとはいえ、主観的な観点で、自分達の私利私欲が混じったような処罰を求める声や、テレーゼ様に対して、一方的な、罵詈雑言とも思えるくらいに、酷い言葉が書き連ねられたものなど……。
ハーロックが、私に『無理だけはしないようにして下さいね』と、事前に声をかけてくれたのが分かるくらいに、皇室に、その文章を送られたとしても、感情面での罵りの言葉には、対処のしようもなく……。
これからの国のことを見据えている客観的な意見ではなく、ただただ、それを見た人が嫌な気持ちになってしまうだけの、主観での自分の気持ちや、誹謗中傷などを履き違えたようなものも、かなり、多かったことから……。
この内容を、ウィリアムお兄様や、ギゼルお兄様が、直接、見ないで済んで『本当に良かったな』と、私は、心の底から、そう思ってしまった。
特に、テレーゼ様が犯した罪に対する真っ当な抗議や非難、処罰を求める声に関しては、ある程度、受け入れるべきものであり、当然のことだと思うんだけど。
意見にすらなっていない、あまりにも度を超した、人の尊厳を傷つけるような誹謗中傷の文面や、やってもいないことへの的外れな意見など、テレーゼ様が犯した罪の被害者である私ですら、書かれているこの内容に……。
『ここまで、謂われる筋合いはないのでは……?』と、僅かばかり憤って、テレーゼ様に、ほんの少し同情出来てしまうほどに、あまりにも酷いと思えるようなものばかりだったから、お兄様達二人には、絶対に見せられないと感じてしまった。
勿論、その中でも、きちんとした意見を述べてくれている文面もあるし、非難などに関しては、どこまでが許されて、どこまでが許されないものなのか、その定義も凄く曖昧で難しいものだとは思うんだけど。
冷静に筋道が通っているものなら、批判と真摯に受け止められるものも、感情的に、書き連ねたようなものなども含めて『人の尊厳まで踏みにじるような、誹謗中傷までいってしまうと違うのではないかな』と、私は思う。
一連の事件では、私自身、テレーゼ様の被害者だということもあって、今回、お父様や、お兄様達二人が対応に当たってくれている事後処理に関して、能力の反動による体調不良もあったことから、最初は、『お前は、何もやらなくていい』と、みんなから気遣ってもらって、そう言われたんだけど。
流石に、お父様も、お兄様達二人も、バタバタと慌ただしく。
寝る間も惜しんで、動き回っている中、私一人だけ休んでいる訳にもいかないし、多分、みんなは、私の年齢も含めて『まだ幼い私に、そんなことをさせるだなんて』ということも、プラスで考慮してくれていたんじゃないかなと感じるものの。
私自身が『お父様の仕事を手伝いたい』という意志が固かったことから、最終的には受け入れてくれた。
当初は、そこまでのことを、あまり深くは考えていなかったけど。
お兄様達二人が、こういった文面を、直に見ることになっていたかもしれないことを思えば、この仕事は、皇族の中だったら、私か、お父様にしか出来なかっただろうし、私でも、ほんの少し、二人の役に立つことが出来たのだと感じられて、凄く誇らしい気持ちにもなってくる。
また、ハーロック自身も……。
「猫の手も借りたいほどに忙しかったので、お嬢様のみならず、陛下の信用が厚いお二人が、此方に助っ人として来て下さったことで助かっていますっ!」
と、凄く感謝していたけど……。
セオドアとアルが、こうして一緒に、私に振り当てられた仕事に付き合ってくれているのも、本当に、有り難いなと思う。
何なら、セオドアは、目の前に置かれた文章の山に目を走らせながらも、さりげなく、私の目には殆ど入ることがないように、何も言わずに、あまりにも酷い言葉が書かれているようなものから、優先して取ってくれていて……。
セオドアの、さりげない『その優しさ』に気付いた時、私は思わず、感極まって泣き出してしまいそうになってしまった。
私が、セオドアに向かって、ありがとうという感謝の気持ちを込めて、手を止めたあと、セオドアの顔を真っ直ぐに見上げると、何も言わないまま『これくらいのことは、お安いご用だ』と言わんばかりの、柔らかい視線が返ってきて、その間だけ、お互いに、ほっこりとしてしまった。
さっきまで、貴族達から送られてきた『厳しい言葉の羅列』に目を通していた分だけ、余計、そう感じるのかもしれない。
一瞬だけ訪れた、清涼剤とも思えるような、穏やかな一時に……。
「また、お前達は、そうやって二人だけで会話をして……っ!」
と、むぅっと、拗ねたように頬を膨らませて此方を見てきたアルの言葉が、どこまでも張り詰めていた緊張感を緩和してくれるもので、私は思わず、自然に、セオドアとアルの方を見て、笑みが零れてしまった。
「ごめんね、アルっ……!
セオドアが、私のことを思って、あまりにも酷い言葉が書かれているようなものから、優先して取ってくれていたから、どうしても、お礼を伝えたくて……」
そうして、アルに向かって、口元を緩めて、そう伝えると……。
「うん……? ……そうだったのかっ!?
道理で……、最初の頃に比べたら、そこまで酷い文章が書かれたものを取らなくて済むようになってきていた訳だ。
僕も、なるべく優先して、そういったものから先に取っていたのだが、やっぱり、セオドアの目には敵わないな」
と、アルに言ってもらえたことで、私は驚きに目を見開いて、アルにも『そうだったんだね、ありがとうっ!』と、感謝の気持ちを込めて、お礼を伝えたあと、頬をゆるゆると緩ませながら、嬉しい気持ちに包まれていく。
そのあとで……。
「だろうな。
……俺が目をつけた瞬間、姫さんのために、アルフレッドが先に取っていくこともあったしな。
姫さんの目に、極力、汚い言葉が書かれた文章を触れさせたくないってのは、俺もお前も同じだな」
と言いながら……。
「つぅか、本来なら、姫さんがやらなければいけない仕事でもねぇのに、この仕事は、あまりにも、ストレスがかかりすぎる仕事だろ……っ?
汚い言葉の羅列を目にするだけで、全然、関係のない俺でさえ、うっ、というくらいなんだ。
ただでさえ、能力を使ったばかりで、まだ、体調が完全に回復した訳ではないのに、みんなが働いているからって、無理して、こうやって、仕事の手伝いに出てきている姫さんが、一番、一生懸命、頑張ってるんだから、俺たちも、姫さんの負担を軽くするために、これくらいのことはする」
と、セオドアに優しく声をかけてもらったことで『私は、本当に恵まれているなぁ……』と、内心で思いながら、心がぽかぽかするように、ジーンと胸がいっぱいになってきてしまった。
――セオドアもアルも、本当に、いつも、私のことを甘やかしてくれすぎじゃないだろうか……?
そういうふうに『嬉しい言葉』をかけてもらうたびに、心の底から幸せな気持ちになってきて、特に、今日は、私自身、こういった作業で、疲れが溜まっていたこともあり、身体の芯から、癒やされていくような感覚がする。
アルと、セオドアに、そう言ってもらったところで……。
「お嬢様、ここまで、色々と、貴族から送られてきた意見を纏めて下さって、本当にありがとうございます。
ずっと、書類と顔をつき合わせていると、疲れもたまってしまうものでしょう……っ?
あまり、根詰めて、お仕事をされていると、お身体にも障るかもしれませんし……。
少し、皆さんで、休憩などをしてみては如何でしょうか……?
丁度、お昼時ですので、紅茶と共に、サンドウィッチなど、この場で食べられる簡単な軽食を作ってもらえるよう、厨房へ行って手配してきます」
と……。
『最近、老眼すぎて、近くのものが見えなくなってしまい、こういった書類仕事をするのが大変なんです……っ!』と言いながらも……。
私達と同じどころか、すさまじい勢いで、書類に目を通して仕事を片付けていっていたハーロックが声をかけてくれたことで、私は、持っていたペンを机の上において、その言葉に同意するよう、こくりと頷き返した。
「ありがとう、ハーロック。
……それじゃあ、申し訳ないんだけど、お願い出来るかな……?」
……ハーロック自身も、私達以上に仕事をこなしていたと思えば、疲れているだろうに、そういった疲れを一切感じさせないほどに、私達に声をかけてくれるその姿が、いつものように身のこなしもスマートな『スーパー執事の姿』を保っていて、本当に凄いな、と感心してしまう。
実際、皇宮で、人の手が足りていないというのは本当のことで……。
今現在、順番にとはいえども、殆どの使用人達が、聞き取り調査などで拘束されていることを思えば、こういった些細な行動ですら……。
普段、ハーロック自身が、こういう書類仕事をしていたら、他の使用人が、執事長であるハーロックに『お昼ご飯は、どうすればいいのか』と指示を仰ぎに来たりするものだけど、それさえも、いつも通りという訳にはいかず、上手く機能していないから、当面は、こんな感じになってしまうんじゃないかな。
特に、皇后宮で働いていた使用人達が、一斉に、厳しく追及されていることを思えば、今後、お父様が新たな后などを迎えない限りは、長らく主人不在のままになってしまうだろうけど、それでも、皇后宮という皇宮でも特別な場所の手入れなどは欠かせないものだから、そっちにも少なからず人員は必要になってくる訳で……。
ローラも、エリスも、既に、聞き取り調査の必要がないと判断された、皇宮で働く数少ない貴重な侍女だということで、この緊急時に、洗濯や、掃除をするための要員として、駆り出されていってしまった。
勿論、テレーゼ様が捕まった当初、皇后宮では、お父様の指示で騎士達が大勢立ち入って、書類などを持ち出したりといった『大規模な捜査』が開始されていて、ようやく、それが落ち着いてきたからこそ、侍女達が入ることも許可されるようになったんだけど……。
とにかく、今は、皇宮全体が大混乱で、騎士も、役人も、侍女といった使用人達も含めて全て、普段、仕事をサボっているような人ですら、何かしらの仕事が与えられて、忙しくバタバタと動き回っていた。
そうして、今回、国のトップでもある皇后という立場の人が捕まったことで、事態を重く見たお父様が、この非常事態に身を粉にして働いてくれた人達に対しては、『全員の仕事に見合った特別な手当を出す』と、早々に、宣言はしていたものの。
――それでも、回らないくらい忙しいのだから、本当に大変だと思う。
ちなみに、テレーゼ様や侍女長から、直接、指示を出された訳ではないけれど……。
いつの頃からか、皇宮内に蔓延っていた、皇女である私のことを軽視してもいい風潮で、特に、テレーゼ様について目をかけられていた侍女ほど……。
世間でも、名声があって評判も高い、尊敬する第二妃のテレーゼ様から『そなたは、私にとって特別な侍女だ』と、労いの言葉をかけてもらい。
プレゼントなどを贈られ、大事に扱われるたびに、私よりも『テレーゼ様に仕えている自分の方が立場が上なのではないか』だとか、私の悪い噂を信じ切り、他の皇族達や、テレーゼ様のお心を乱すようなことをする皇女が許せないから懲らしめてやろうといったところで……。
今まで、私の悪口などを、影で同僚の侍女達と言っても誰にも止められなかったことも相まって、増長し、私に対して、見えないところで、嫌がらせをしてきたような人も、沢山いたらしく……。
そういった人達には、特に、厳しい処分を下すと、お父様が判断してくれているみたい。
特に、私が以前から気になっていた、食事の見栄えだけ良くして、他の皇族達と同じグレードの食材を使ってもらえていなかったことも……。
テレーゼ様や、侍女長に何かを命令された訳ではなく、『一緒だと、テレーゼ様や、他の皇族の方達が可哀想』だとか『我が儘で、迷惑をかけている私の存在が邪魔だから』といった理由で、間違った使命感のもと、そういった侍女達が勝手に共謀して、調理場で働くシェフの何人かとグルになって、嫌がらせを行ってきていたみたい。
それを知った料理長が、直ぐに、お父様に許可を取って、その日の自分の仕事さえ、半ば放棄するような形で、私自身、能力の反動によって、ベッドで休んでいる時に、大慌てで駆けつけてくれたあと。
【皇女様、このたびは、誠に申し訳ありませんでしたっっ!
まさか、私の管理下で、そのような陰湿なことが行われていただなんて、本当に、知りませんでしたっ!
全ては、監督として現場のことをきちんと見ることが出来ていなかった、自分の責任ですっっ!】
と、床に手をついて、頭を擦りそうなほどに、盛大に謝罪してきて、私が『顔を上げて下さい』と言うまで、謝り続けてくれて、それまで何も知らなかった私は、ビックリしてしまったり……。
そこに対して、私自身、特に、怒りも湧いてこず、料理長は一切、関わっていなかったのなら、更に、問題のないことではあるし。
『別に、怒っていないので大丈夫ですし。そんなに、謝らないで下さい……っ!』と、焦りながら声をかければ、料理長は、何故か、感動に打ち震えた様子で、ひたすら、感謝の言葉を述べてきたあと、大号泣しながら……。
【普段、皇女様が、自室で、お付きの侍女が作ったご飯を召し上がっているというのは、承知の上なのですが……。
これからは、皇女様のために、今まで以上に腕によりをかけて、精一杯、料理を作らせて頂きます……っ!
ですので、陛下と一緒にお食事をされる日だけではなく、たまにで構いませんので、是非、いつでもお気軽に、皇宮で出される料理が食べたいと思う日などがあれば、何なりとお申し付け下さいっっっ!
皇女様には、私の作る、渾身の料理を召し上がってもらいたいと強く思っていますので……っ!】
と、こちらに迫ってくるような勢いで懇願するように、そう言われて、私は、その迫力に押されて、こくこくと頷き返すことしか出来なかった。
それから……。
よくよく話を聞けば、ここ数年は特に、信頼するお弟子さんの一人に食材の購入記録の帳簿などを任せていたみたいで、そのお弟子さんのシェフが、長年、私に対して『陰湿なことをしてきていた内の一人』だったみたい。
それでも、唯一の救いだったのは、病弱で、殆ど、部屋から出てくることがなかったお母様の食事だけは、お父様にお願いされて、常に、身体に優しい、別メニューとして料理長自らが作っていたそうで、亡くなる前まで、お母様自身は、いつも美味しい食事を食べることが出来ていたとのことだった。
それと同時に、前にも感じたことだったけど、お父様は不器用なだけで、決して、私に対しても、お母様に対しても、気に掛けてくれていなかった訳ではないのだと……。
私自身、お父様の優しさを、思いがけず、こんな所でも知ることになってしまって、誰かが罪を犯していたという状態だからこそ、ちょっとだけ不謹慎かもしれないけど、料理長の口から、そのことを知れて、嬉しい気持ちも湧き出てしまった。
それでも、こういった事件があったことで……。
今回、私のことを貶めようとしていた侍女やシェフ達だけでなく、元々、お母様に付いていた侍女達といった使用人も含めて『そちらでも罪を犯したりしていないか』と、遡って、一斉に聞き取り調査が開始されたことで、どんどん、ボロが出てきて、色々なことが、明らかになってきているみたい。
私も自分のことに忙しく、お父様から詳しく事情を聞けた訳ではないんだけど。
『今まで、皇宮内で行われていた因習や、古い体質を改善するには、丁度、良い機会だと思うし、皇宮に蔓延している膿を徹底的に炙り出すつもりだ』と、お父様自身が、今まで以上に厳しい目で、これまで、私やお母様のことを差別し、犯罪に関わったとされる使用人達を洗い出してくれているのだと、私自身、ウィリアムお兄様や、ハーロックの口からも、度々、耳にして知っていた。
そうして……
私が『セオドアの分も含めて持ってきてほしいから、アルと私の二人分よりも、もう少し多めに作ってもらえないだろうか?』と、料理長に頼んでもらえるよう、ハーロックにお願いしたことで……。
皇宮にある一室の、みんなで、デスクワークが出来るような広めの机が置かれている、普段は、皇宮で働く役人達が、会議などをするのに使っているこの場所に、ハーロックが、サンドウィッチというには、あまりにも豪勢な食事を配膳台に載せて戻ってきてくれた。
見れば、こんがりと焼き目のついた食パンに、皇宮で、普段、私達が口にしている、生ハムやチーズ、レタス、トマトなどをふんだんに挟んだ、定番のものだけではなく……。
炒りたてで湯気が立っているくらい熱々の、プロのシェフが作ったと一目で分かる、半熟っぽい、とろとろのスクランブルエッグが入った卵サンド……。
細かく切ったキャベツをドレッシングで和えたコールスローに、チキンを挟んで、マスタードで食べれるようにしたものなど、プロの技が、これでもかというくらい発揮されていて……。
サンドイッチの種類だけでも、異常なくらいの量がある上に、じゃがいもと生クリームの冷製スープであるヴィシソワーズが付けられていたり。
更に、料理の付け合わせとして、具材を蒸し焼きにした豚肉のテリーヌ、表面をカリッと焼いて、中をジューシーに、ふっくらと仕上げた鶏もも肉のポワレや、にんじんのグラッセ、一口サイズに切り分けられた、スモークサーモンのキッシュなどなど……。
軽食というには、あまりにも、一つ一つがこだわりすぎていて、それだけで料理長が腕によりをかけて作ってくれているのだと分かって『思ってたのと違う……』と混乱し、私は、何だかちょっとだけ、申し訳なくなってきてしまった。
多分、今までのことに対しての、お詫びの意味が、盛大に込められているのではないかと感じるんだけど、流石に、これは過剰すぎではないだろうか……?
一品、一品が、普段、皇族が食べている食卓に並んでいるといっても可笑しくないくらい、まるで、コース料理の一環として出されているような感じがして『みんなで、食べきれるかな……?』と、私は、ひたすら、目の前の豪勢な食事に困惑してしまったんだけど……。
「うぅむ……。また、アリスに好意的な人間が増えてしまったな。
あの謝罪の一件で、無償の優しさで、アリスに許してもらえたことが、よほど嬉しかったのだと思えるし、僕は、色々な料理が食べれて嬉しい気持ちもあるのだが……。
何だか、アリスが皇宮で認められて好意的な視線で見られるようになるだけで、複雑な気持ちになるのは僕だけか……?」
「いや。……安心しろ、俺もだ。
姫さんは、本当に、天然の人たらしだからな……。
距離が近くなればなるほど、その優しい人柄に接することが出来て、周りの人間は、どんどん好意的になっていくばかりだし。
……料理長が、姫さんに対して、今後、こういうふうに接してくること自体は、本当に喜ばしいことでしかないが。
俺たちが姫さんと過ごす食事の時間が邪魔されると思うと、手放しには喜べねぇよな……。
料理長も、俺たちみたいに、元々、姫さんの味方だったかと言われればそうじゃなくて、今まで、姫さんのことをきちんと見ることが出来ていなかった経緯があった訳だし……。
……まぁ、もらったもんは、遠慮なく頂くつもりだけどな。
俺自身、今日も、姫さんと一緒に、こうして食事をすることが出来ている訳だからな」
と、セオドアとアルの二人からは、私が、『お詫びの意味も込めて、これだけ盛大な料理を作ってくれたのではないか』と思っていたのとは、ちょっと違うことを言われて、思わず、ビックリしてしまった。
そうして……。
「……姫さんに、自分の料理を食べてもらうことを生き甲斐にしている侍女さんが聞いたら、今まで、アリス様に出されていた、グレードの低い食事にさえ気付いていなかったというのに、今更すぎると思いませんか……っ? と、今の俺たちと、同じ反応をすると思うけどな」
と……。
セオドアに、続けてそう言われたことと、その言葉を聞いて、一切の否定もすることなく、さもありなんといった表情で、うんうんと真面目に頷いているアルに驚きながら……。
私は『あの、人格者のローラが……っ!?』と、二人の様子に、更に驚いて目を見開いてしまった。
勿論、ローラが、いつも、私のことを一番に考えてくれているのは、分かっているんだけど。
――誰にでも分け隔てなく、優しいローラが、料理長にそんなことを思ったりするだろうか……?
エリスの時といい、何だか、急に、『私だけが、みんなの気持ちを、あまり、よく分かっていないのかもしれない……』と感じてしまい、そのことに、ちょっとだけ仲間はずれになったような寂しさを覚えつつ。
それでも、セオドアとアルに、そう言ってもらえること自体は、心配してくれているかなと感じて、凄く嬉しくて、二人に向かって『えへへ、心配してくれてありがとう』と、眉を八の字にしながら、口元を緩ませて、ふにゃふにゃと、笑みを向けていたら……。
「……なぁ、姫さん、本当に、俺たちの言ってること、全然、分かっていないだろう?
そこは、絶対に、ありがとうじゃない……っ!」
「……うむ、僕ですら、分かっているというのに、アリスの鈍感さは、筋金入りだな……っ」
「……あぁ。
だから、心配すぎて、過剰に守りたくなるんだよな……。
このままだと、何も分かっていなさすぎて、危ないから、うかうか、外にさえ出せないだろう……?」
という、謎の遣り取りが、セオドアとアルの間で行われていて、私は、二人の会話がよく分からなさすぎて、思わず、キョトンとしながら、首を横に傾げてしまった。