461 目まぐるしいくらいの忙しさ
あれから……。
翌日になって、トーマスさんの新聞社から、テレーゼ様が今まで犯していた罪について、第一報が、世間に向けて報じられると。
今まで、テレーゼ様のことを好意的に見ていた分だけ、シュタインベルク国内に激震が走り、まるで、手のひらを返したかのように、国内の報道機関でもある、各新聞社が、一斉に、テレーゼ様に対して『稀代の悪女』だとか……。
『皇帝陛下のことも、国民のことも騙して、第二妃の立場から、皇后の座へ上り詰めた存在』などという見出しのもと、大々的に報じ始めてしまった。
今回、お父様と相談した上で、精霊のことなどは伏せて、トーマスさんがあげてくれた、テレーゼ様の罪を糾弾するような記事には、あの庭園で、自分が見聞きしたことも含めて、ルーカスさんの証言をもとに、真実しか書かれていなかったけど。
中には、根も葉もない、事実とは全く異なるようなことを、あたかも実際に起きたことであるかのように、面白おかしく取り上げて書いた嘘の記事なども出回ったりしていて……。
そのことで、騒ぎの声も、テレーゼ様に向けられる世間からの非難についても、ある程度、みんな覚悟していたものの、皇后であるテレーゼ様が捕まったことで、皇宮内でも、大混乱を来し……。
嘘の記事を信じて、口さがない噂話をするような人もいたりで、特に、兄弟の中でも、ギゼルお兄様は、テレーゼ様を非難する、あまりにも綺麗じゃない言葉の羅列が耳に入ってくることで、仕方のない部分もあるとはいえ、精神的に、かなり参ってしまっていたと思う。
私自身も、食事会の翌日は、能力の反動もあって一切動けなかったものの。
次の日から、お父様の判断で、テレーゼ様の処遇を決めるために、皇宮で働く従者達などに一斉に聞き取り調査などが入って、大規模な事実確認がされていく中。
貴族達から送られてくる抗議文への対応など、あまりにも多い事後処理に参加することになって、めまぐるしい日々を過ごしていくうちに、ここ数日、ギゼルお兄様の姿も見てきたけど、本当に、目に見えて憔悴していくのが、見ているだけでも伝わってきて……。
それでも、あまり疲れた様子を見せないようにと、ウィリアムお兄様と一緒に、気丈に振る舞っている姿を見ると……。
まるで、自分のことのように、心が痛んできてしまって、私自身も、周りからの『心ない言葉』が聞こえてくるたびに、疲労感のようなものを感じるようになってしまった。
特に、皇宮にいると、官僚や、皇宮で働く人達から『皇女様、大変でしたね……っ?』という声をかけてもらったりすることも多く……。
それ自体は、有り難いなと感じる部分もあるものの。
「テレーゼ様が、そのようなことをする人だとは、思っていませんでしたっ!
私も、その清廉潔白とも思える姿に騙されたうちの一人なんです……っ!
やっぱり、最近のご活躍を思えば、評判の高まっている皇女様が、どれほど素晴らしい御方なのか、今回の件で、特に、明らかになりましたねっ……!
それに、今、色々と新聞で報じられている情報や、周りからの話を聞いている限り、皇后としてのお立場に相応しくないほど、本当に、影であれこれと、色々なことを画策し、他人を蹴落として生きてきた方だったみたいですし……っ!
ここだけの話、それで、破滅に追いやられた貴族だけではなく、皇宮でも、酷い目に遭った人もいるみたいだって、皇女様もご存知でしたか……っ?
こういっては何ですが、私は、最初から、テレーゼ様よりも、前皇后様のことを支持していたんですよっ……!」
などといった、あまりにも調子が良すぎる声かけを、否応なしにされてくることもあって……。
私を持ちあげるために、嬉々として、テレーゼ様を貶してくるような発言には、私自身が納得出来ないというか……。
たとえ、テレーゼ様が罪を犯した人であろうとも、世間で流れている話の全てを鵜呑みにして、興味本位で、私のことを持ちあげる体を装って、根掘り葉掘り、色々と詮索するように、テレーゼ様のしたことについて、その真意を確かめようと、詳しく事情を聞いてこようとしたり……。
テレーゼ様自身、まだ、捕まったばかりで日が浅く。
お父様が箝口令を敷いたことで、今回の関係者は、みんな口を閉ざしている状況の中で、関係者という訳でもないのに、そういったことを詳しく知らない人から、テレーゼ様に対しての悪口を延々と聞かされることになるのも、あまり気分が良いものではないし……。
更に、そういう時、大体、彼等の発言の節々に、今後のことを見通した際に、『ウィリアムお兄様と、ギゼルお兄様の立場が悪くなってしまう可能性も充分にあるのではないか?』という感情のもと、今のうちに、私にすり寄っておこうというような政治的な魂胆が透けて見えて、本当に嫌な気持ちになってきてしまう。
テレーゼ様自身が、今まで、表に見せていた貌は、本当に完璧だと言ってもいいくらい、誰の目から見ても清廉潔白だと思われていたというのは言うまでもなく。
みんな、テレーゼ様が捕まるまでは、そのことを信じていたはずで……。
――こういったことを私に言ってくる人が、聞いたのだという、その噂話の出処は、新聞以外だったら、一体、どこから来るものなんだろう……?
それだけで……。
こういう時、本当のことなのか、嘘なのかどうかも分からないうちから、噂話を流す人に関しても、この機に乗じて、過激な嘘の記事を書いて、無責任にも煽り立ててくる新聞社と、本質的な部分では、何も変わらないなと思ってしまう。
特に、こういうときに一人歩きして、嘘の情報が広まって、自分がしていないことまで、責め立てられてしまう怖さを、巻き戻し前の軸の時も含めて、私自身が知ってしまっているから……。
たとえ、犯罪を犯した人であろうとも、やっていない罪まで押しつけて、その責任を取らそうとするのは、間違っていると思う。
……勿論、私に声をかけてくる全ての人がそうではないし。
私のことを心の底から心配してくれているような人もいるから、皇宮全体で見れば、私にすり寄ってくる人は、声が大きいように感じても、そこまで多い訳じゃないと思うんだけど……。
そんな状況の中でも、唯一、トーマスさんが最初に書いてくれた記事のお陰で、テレーゼ様の事件に関わっていた、ルーカスさんのことが、広く知れ渡ると、『どうして、テレーゼ様の傍に付くようになったのか』など、その背景と境遇を哀れんで、世間からも、同情の声が多く上がったのが、本当に救いだっただろうか……。
国内でも、特に、上流階級とされる貴族達は、縦社会として、絶対的な序列のようなものがあるからこそ、こんなふうに大きな事件があった時、虎視眈々と野望を抱いて、誰かが座っている爵位の椅子を奪うため、足を引っ張って引きずり降ろそうと狙って、些細なことでも追及してくるものだけど。
そういった権力争いからは、ほど遠いような、一般市民の人達は、これからの自分の立場などが関係してくる訳じゃない分だけ、ルーカスさんの境遇に同情し、彼等が抱く感情も、『その罪については、仕方がない部分が大きかったんじゃないか?』と、好意的な方へと、動いてくれたみたいだった。
そういう意味では、お父様の決断で、これから決まるであろう、ルーカスさんの刑罰を軽くするのに後押ししてくれているようで……、彼等の反応には、凄く有り難いなと感じてしまった。
それと同時に、世間からの、テレーゼ様の評価は、更に下がってしまったけれど……。
ウィリアムお兄様も、ギゼルお兄様も、ルーカスさんのことについては、私と同様、守りたいと感じてくれているみたいで。
「今回のことは、母上が自分で蒔いた種だから、ルーカスのことも含めて、母上自身が、その責任の殆どを取らなければいけないだろう」
と、特に、ウィリアムお兄様から、テレーゼ様が一連の事件の犯人として捕まってしまったばっかりで、まだまだ割り切れない部分もあると思うのに、冷静にそう言ってもらえたことで、その言葉に、私自身、複雑な気持ちを感じつつも、ルーカスさんを思って、ほんの少しだけ、ホッと胸を撫で下ろした。
それから……。
この短い期間の中で、私が、一番、有り難いなと思ったのは、宮廷伯の中でも特に親しく、何かと気に掛けてくれる環境問題の官僚でもある、ブライスさんの声かけで……。
「先ほど、ギゼル殿下にお会いした際に、目に見えてやつれていらっしゃったので、その体調を心配していたんです……。
ウィリアム殿下も、突然のことに、大量に入ってきてしまった事後処理などに追われて、碌に寝られてもいないでしょう……っ?」
と、お兄様達のことも気遣いながら、私に対しても、『このように、大変なことが起きてしまい、皇宮内でも混乱の状態が続いてしまっていますが、皇女様も、どうか疲れなどを出さないようにご自愛下さい』といった、どこまでも此方のことを思い遣って、配慮してくれた言葉だった。
お父様も含めた皇族の全員が、事後処理で、バタバタと忙しくしている真っ只中において、私のことを長く引き留める訳でも無く、簡潔に短く、気遣うように声をかけてくれたのには、本当に感謝していて……。
それまで、皇宮の序列や立場などが大きく変わるかもしれないと、政治的な部分を気にして気を揉んでいる人達に声をかけられることが多かったこともあり。
殺伐とした皇宮の雰囲気に、ストレスを感じて、ささくれ立ちそうになってしまっていたのが、ほんの少し和らいで、思わず、ほっこりしてしまった。
こういう時、皇宮での立場や序列などを気にして、自分の欲望のために、私自身の味方になりたいと声をかけてくる人もいる中で、ブライスさんのように、私達兄弟の味方になってくれる人が、存在するだけでも、救われたような気持ちになってくる。
私自身も、テレーゼ様に対して思うことは勿論あるけれど……。
私達、兄妹の間にある『パワーバランス』のようなものが変わるのではないかと感じて、私だけを持ちあげてくる人よりも、ブライスさんのように、ウィリアムお兄様のことも、ギゼルお兄様のことも平等に気に掛けてくれる人の方が、よっぽど、信用出来ると思ってしまう。
そうして……。
口さがない噂話をする人は、どこにでもいると、内心で辟易しながらも……。
お父様の号令のもと、テレーゼ様が今まで犯してきた罪に、誰が関わっているのか、使用人達一人一人に聞き取り調査が開始されていく中……。
一足早く……。
エリスに関しては、私が、エリスと一緒に、お父様の下へ行き。
エリスの口から、直接、お父様に、テレーゼ様に脅されて私の周辺を探るように命じられていたことについて、正直に告白するという機会を設けたことで、その流れで、侍女長からエリスを守ってくれていたという、ルーカスさんに聞き取り調査が入り……。
更に言うなら、テレーゼ様や侍女長にも確認が入ったあと、誰しもが、エリスの置かれていた状況を『私達が知っていた』ということに驚きながらも……。
エリスに対して、好意的な反応を示してくれたルーカスさんだけではなく、テレーゼ様や侍女長も、自分達の犯した罪について隠すこともなく、私達の証言と一致するような発言をしてくれたことで、3ヶ月の減俸処分で、済むことになった。
実際、私の下で、エリスが犯してしまった罪なんて殆ど何もなく。
エリスがやってきた最初の頃に、怪しい動きをしていたことで、セオドアや、みんなは、ミュラトール伯爵から毒が贈られてきていたという時期が関係していたこともあり、何かしらの毒物などを混入させたりする可能性もあるんじゃないかと、疑っていたこともあったみたいなんだけど……。
エリス自身は、テレーゼ様と侍女長から、私の周辺を探るようにとは言われていたものの。
そういった、直接、私に害を与えるようなことをしなければいけないとは命じられていなかった上に、前にも謝罪されたように、アルについての情報をちょっとだけ流したくらいで、直ぐに私に、心の底から、仕えてくれるようになったから、実際に、私が何か被害に遭った訳じゃないんだよね。
それでも、エリスは、自分が3ヶ月の減俸処分になることについては、身を引き締めながらも、まるで、当然のことだと言わんばかりに、しっかりと、受け入れた様子だった。
それと同時に……。
私自身が、お父様に、『本当に、私にとっては大事な侍女なんです……っ!』と、エリスには、このままずっと、私に付いて、侍女を続けてほしいと思っているのだと、お願いするように伝えたことで、皇宮内の、どこか違う部署に、左遷されたりするようなことにもならず、継続して、私の下で働けるということを、本当に嬉しく思ったみたいで……。
「本当に、本当に、アリス様のお陰です……っ!
こんな、私を、いつも優しく受け入れてくれて、本来なら、異動処分になっても可笑しくないところですのに、まだ、アリス様にお仕えすることが出来るだなんて……っ! 本当に、夢みたいですっ!
これから先は、迷惑をかけてしまうばかりではなく、ほんの少しでも、アリス様のお役に立てるように、一生、アリス様の傍で、お仕えしたいと思っています~っっ!」
と、ボロボロと大粒の涙を溢して、鼻ちょうちんを作って、私に対して、これでもかというくらい、ぎゅーっと抱きつきながら、号泣し始めたエリスに、私の方が困惑してしまった。
――三ヶ月とはいえ、減俸処分になるだけでも、実家に借金を抱えているエリスからしたら痛手なはずなのに……。
『それは当然のことです……っ!』と言わんばかりに、寧ろ、これだけの罰で済んでいるのは、他の誰でもないアリス様のお陰ですと、力説しそうなくらいの勢いで……。
私に仕えることの方が大事だし、私の傍から離れることにならなくて本当に良かったと、心の底から安堵している様子のエリスに、私自身、そんなふうに思ってもらえるようなことは、何もしていないんだけどな、と戸惑っていると……。
「姫さん……っ、あまりにも、何も分かってなさそうだから言うけど……っ。
たとえ、姫さんに何の被害もなかったとしても、そういった目的で姫さんに近づいてきたのは事実で……。
姫さんからの口添えがなかったら、これくらいで多分、済んでいないと思うし、皇帝は、かなり重めに罰を下したと思うぞ……っ?
そうでなくとも、皇后に脅されていたとはいえ、姫さんの侍女になった理由を考慮すれば、三ヶ月の減俸処分だけじゃなく、姫さんから離れなければいけないという処分が下されるのも、きっと、避けられなかっただろっ?
俺たちにとっては、それが一番重い罰になるんだから、それだけでも充分、助けていると思うし、姫さんは、今まで、自分がやってきたことを考えような……っ?
俺も含めて、どれだけ姫さんに救われているのか、もうちょっと、ちゃんと、自覚した方が良い」
と……。
セオドアに優しく諭されるようにそう言われてしまったあと、何故か、アルや、ローラにまで、複雑そうな表情をされながら……。
「アリスは、本当に、何の自覚もないのか……っ!?
僕ですら、エリスの心情については、理解出来るぞ……っ!」
だとか……。
「えぇ、そうですよね……っ、
アルフレッド様の言う通り、アリス様が、日頃から、いつも私達のことを思い遣って、気配りをして下さっていることに、私達が、本当に心の底から嬉しい気持ちで感謝していることを、アリス様自身、きっと、あまり、理解してないのだと思います……っ!
今まで、アリス様が、エリスに対して、どれだけ心を砕いて接していたかだなんて、ちょっと考えるだけでも、エリスがアリス様の受ける皇族の勉強を無料で聞くことが出来るようにと配慮したり、実家の借金を減らすために、奔走したりと……。
私達もそうですし、エリスにとっても、日を増すごとに、アリス様の存在が大きいものになっていることにも、気付いていないのではないかと……っ」
と、言われてしまい、私は、一人、そのことにオロオロしてしまった。
ローラや、アルだけでなく、セオドアにも、本当に大切に思ってもらえているのは、充分すぎるくらいに分かっているし、勿論、エリスにも、心の底から仕えてもらっているのだと、理解もしているつもりなんだけど……。
――本当に、私が、あまり、分かっていないだけなのかな……っ?
みんなに対して、何かをしてあげたっていう感覚もあまりないんだけど……。
仮に、私が、みんなに何かをしていたとしても、みんなも同様に、私のことを助けてくれたりもするし、私のことを心の底から思い遣ってくれているのは、一緒だと思うから、私自身がしたことに対しては、過剰に感謝をしてくれる必要もないのにな、と思ってしまう。
そうして……。
そんなことがあったりで……、エリスに関することでも割と忙しかったりもしたんだけど。
私自身、ここ数日は、事後処理として、淡々と、ハーロックが窓口になってくれている、国民の非難の声などの書類に目を通すようにしていた。
心情的には、ブランシュ村に今すぐ駆けつけて、ベラさんと、ルーカスさんの妹さんであるソフィアさんのことを助けたいと思っているんだけど……。
どうしても、皇宮での事後処理に慌ただしく……。
更に言うなら、勝手に助けにいく訳にはいかず、書面にして、エヴァンズ家からも、きちんと許可を取らなければいけないということもあって、許可が下りて、ブランシュ村に行ける日になるまで『それなら……』と、私自身が、皇宮での仕事を手伝いたいと申し出て、お父様の仕事の一つを譲り受けていた。
【こういう緊急時の場合、時間が、あまりにも勿体ないから、面倒な手続きだなんてしないで済むようになればいいのに……】
多分、お父様自身も、そう思っているだろうけど、それによって、煩く言ってくる人達がいるから、どうしようもないんだろうな……。
それでも『人命がかかっている以上、数日以内には、どうするか、はっきりさせるつもりだ』と、力強く声をかけてくれたお父様のことを思えば、本当に、一番といってもいいくらいに、この件に関して、優先順位を上げて、対応をしてくれたんだと思う。
しかも、何と、ルーカスさんから事情を聞くことで、発覚したんだけど、ルーカスさんの妹である、ソフィアさんは、触れたものを凍らせる事の出来る魔女、ベラさんに延命措置を受けることで、今まで、生きながらえていたみたい。
お父様から、その話を聞いて、ベラさんの事情を知っている私達も、本当に驚いてしまった。
ウィリアムお兄様も共犯で、アーサーのことだけを伝えて、お父様に、ベラさんのことを詳しく説明していなかったことについては、怒られてしまったけど、能力の使用で、寿命が少なくなってしまっていたベラさんの残りの時間を、国のために奪わせるようなことはしたくなかったという私達の意見を、お父様自身が『心情的に理解することは出来る』と受け入れてくれたことで、あまり、大事にはならなかった。
ただ、やっぱり、国内にいる魔女というのは、しっかりと、その存在を確認しておかなければいけないという理由で、ベラさんも、ソフィアさんも、国が保護をしておいた方が良いだろうという判断なのは、変わらないみたいで……。
お父様の立場だったら、そう言うだろうなという、一国の主としての顔を、きちんと持ち合わせているお父様に、嫌だと思う間もなく、能力者だと分かれば、他国の人間が、奴隷目的に攫ったりする恐れもあることから……。
それが、国内にいる魔女を守るためでもあるのだと、説明してもらったことで、私自身も、その言葉には、ほんの少し、納得出来てしまった。
その上で……。
お父様からは、私自身が能力を使って、二人を助けることで……。
『アリス、お前自身、僅かでも、自分の寿命を削ることになるだろうし、それは良いのか……っ?』と。
――その覚悟は、出来ているのか……っ?
と、この期間の中で、再三、聞かれてしまったんだけど、それでも『助けたい』という私の意志が強いこともあって、何とか、明日には、皇宮を出発出来るよう、許可をもぎとることに、成功したんだよね。
一応、これまでの間に……。
お父様も、お兄様達も、セオドアといった私の身近な人達も……、幾ら、人命救助のためとはいえ、私が能力を使うことに関しては、心情的に手放しに賛成出来ないというか、ルーカスさんのことも思えば、分からなくもないといった感じで、かなり複雑な表情をされてしまったんだけど……。
私自身が『どうしても……っ』と、声をあげたことで、とりあえず、ベラさんとソフィアさんの二人なら、というところで、お父様も頷いてくれた。
……因みに、魔女である、ソフィアさんのことを隠していたエヴァンズ家が、今回の件で、罪に問われないのかというところも気にはなったんだけど。
お父様に話を聞く限りでは、ソフィアさんは、生まれた時から髪が赤かったことで、エヴァンズ家で生まれたことをなかったことにして、親戚の子として預けられており、戸籍上では、ルーカスさんの親戚にあたるとのことで……。
だからこそ……、侯爵夫妻の本当の子供でありながら、エヴァンズ家の子供だとは言い切れず。
更に言うなら、ソフィアさんが三歳になった時に、魔女の能力が発現したものの、それ以降、ずっと、能力の制限をするのが不可能であり、随時、『身の回りのものを植物に変える能力』として、本人の意志とは関係なく、能力を使い続け、寝たきりの状態になってしまったことから……。
国への報告の義務とか、そういったことを抜きにして、最早、国で、保護が出来る状態ですらなかったと、判断されるとのことで、そこまで大きな過失はないと判断され、その件で、エヴァンズ家が罪に問われることはないみたい。
また、ソフィアさんが生まれた時から、戸籍上では、エヴァンズ家の親戚で生まれた子供となっていたことに関しても、それ自体は、本当に稀なことではあるけど、事情があって、養子に出したようなものだから、現在のシュタインベルクでは、特に、それを取り締まるような法律もないみたいだし……。
――そのことを、お父様から聞いて、私は、ホッと胸を撫で下ろした。
そうして……。
エヴァンズ家も、ルーカスさんの身柄を、皇宮預かりにしているということと……。
私が魔女であることの詳しい説明はせず、いきなり降って湧いてきたような『ソフィアさんのことを助けられる方法があるから、試してみるのはどうだろうか』といった、皇宮からの通達に……。
まさに寝耳に水といった感じでビックリして、早急に、侯爵から、ルーカスさんがテレーゼ様の駒として動いていたことへの謝罪と、『本来、息子が犯した罪のこともあって、このようなことを私達の口から言うのは、あまりにも烏滸がましいことだと思いますが、娘を助ける手段があるのなら、是非そうしてほしい』という、何枚にも渡って、感謝の気持ちが綴られた手紙が送られてきたみたい。
勿論、直ぐに、直ぐ、皇宮へと足を運んで、謝罪にこれない距離にいるものだから、お父様宛に、ひとまず、しっかりとした謝罪の文面と、感謝の気持ちが書かれた手紙を送ってきただけで……。
明日、侯爵夫妻が、お父様への謝罪のために、皇宮に来ることになっており……。
侯爵夫妻には事前に、お父様への謝罪が済んだら、侯爵には残ってもらって、ルーカスさんの今後についての話し合いをしてもらい、侯爵夫人は、その足で、ソフィアさんを治せる人間と一緒に、ブランシュ村に行ってもらうことになるだろうと、お父様が伝えてくれているため、私と一緒に、皇宮を立って、ブランシュ村に行く予定になっている。
一応、手紙だと、機密性が薄まってしまうということで、しっかりとは伝えられずに濁してしまったけど……。
ルーカスさんの一件があったとしても、お父様自身、今まで、皇室に忠義を誓って仕えていた、名門、エヴァンズへの信頼が損なわれるようなことは一切なく。
『私が魔女であることを、侯爵夫妻には伝えても大丈夫だろう』とのことで、私自身もそう感じるし、明日、二人には、そのことを伝えた上で、侯爵夫人と、ソフィアさんを助けにいけることが出来たらな、と思う。
『早く助けたい』と、勇むような気持ちばかりが先立って、今日の私は、全然、目の前のことに集中出来ていないんだけど……。
お父様の執事でもある、ハーロックから……。
「お嬢様……っ!
私が読んでも、かなり、どぎついような内容が書かれてしまっていますので……。
本当に、気持ち悪くなったりしたら、読むのを止めてもらっても構いませんし、無理だけはしないようにして下さいね……っ!
ウィリアム様や、ギゼル様を思って、この嫌な役目を、お嬢様が陛下に、自分がしたいと名乗り出て下さっただけでも、私はもうっっ、本当に、感動で……っ、涙で前が見えなくなってしまいそうです……っ!」
と……。
ハンカチを片手に、オーバーな感じで、思いっきり『およよ……っ』と、涙ぐみながら、リアクションをされて、私は、辟易するような気持ちで、アルとセオドアに付き合ってもらいつつ、目の前にある貴族の抗議文が書かれた書類と、にらめっこしていた。
特に、一般庶民の人達の声というのは、ここまで、あまり届かないものだけど……。
皇宮で働く官僚などの仕事をしている貴族のみならず、国内の爵位を持つ貴族達から、お父様が、これから決める処分について、厳しい処罰を求める嘆願書や、皇宮への抗議、気持ちの表明、『今後、どういったふうになるのかなどを早急に決めるべきだ』といったような言葉が書かれた文章が、あちこちから送られてきていて……。
刑罰を決める最終的な判断は、お父様に委ねられるものの……。
彼等から送られてきた手紙の中でも、最も多い意見などを無視してしまうと、それだけで、国を支えている貴族の大多数の意見を無視したという非難の声があがってしまって、余計に、火に油を注ぐことになりかねないものだから『ある程度、彼等の意見も汲んだ判決を出さないといけない』と、こういった抗議文に目を通すのもお父様の仕事のうちの一つでもあった。
ただ、お父様は今、他のことで手一杯で、あまりにも忙しいし……。
テレーゼ様が犯してしまった罪に対して、使用人達も含めて調査の対象になっていることを思えば、皇宮で働く人達の手を幾ら借りたところで、追いつかないほどに、そういったことが出来る人員が少なくて。
更にいうなら、お父様が本当に信頼出来る人となると、更に絞られてしまうことから、ハーロックに白羽の矢が立ったみたいなんだけど。
流石に、あまりにも多い量の、貴族からの抗議文などが書かれた手紙を、ハーロック一人だけで対処するには難しいものがあるし……。
お父様の他の仕事を手分けして手伝っているウィリアムお兄様や、ギゼルお兄様が、この仕事を請け負って、この手紙の全てに目を通すには、テレーゼ様が捕まったばかりで、あまりにも、精神的な負担が多すぎるだろうと思って……、私が自ら、お父様に言って、手伝いをしたいと申し出たことでもあった。
何なら、血の繋がった親子だからだという理由で、二人が対応してしまうと、きちんと意見を汲み取ってくれないんじゃないかだとか、そういう意見が上がる可能性なども出来るだけ考慮して、更なる非難を避けるため、というのも含まれている。
テレーゼ様のお部屋にある、お母様の日記についても気になっているんだけど、流石に、それは、全てが終わって、落ち着いてからじゃないと、確認出来ないということで、色々なことに、ヤキモキしながら……。
私は、この書類の山を見ながら、本来は、自分の仕事ではないにも拘わらず、私の仕事の負担を軽減するために、付き合ってくれると申し出てくれた、セオドアと、アルと一緒に、一度だけ、意気込んだあと、目の前の抗議文に書かれた貴族からの意見を、別の用紙に、簡潔に書き写しながら、どの意見が一番多いものなのか、纏めていくことにした。










