459 嘆願
テレーゼ様の言葉に混乱し、私が暫くの間、呆然としている間にも、テレーゼ様が、騎士達と一緒に、収監所まで歩いていくのを見て、この場に残された侍女長もまた、お父様に対し……。
「陛下……っ。私もまた、同罪です……っ!
今まで、いけないことだとは分かっていながらも、テレーゼ様の下で、自分の立場を利用しながら、沢山の罪を犯してきました。
特に、皇女殿下のことについて、謝罪させてもらえたら嬉しいです。……本当に申し訳ありませんっ!
ですが……っ! 私は、ルーカス様のように、あの方に命令されて動いていた訳ではありません。
私の家族が流行病に冒されてしまった際、もうどうしようもないと絶望していた時に、救いの手を差し伸べてくれたのは、あの方だけでしたっ。
たとえ、あの方に、そこまでの思いはなかったとしても……、侍女長である私のことを懐柔するのが、あの方にとって、特別有利に働くという打算であったとしても……、私自身が、助けられたということに代わりがありません。
そのうえで……、自分の意志で、あの方の傍に付くと決めてから、これまでの間にも、あの方を止められるチャンスは幾らでもあったというのに、それでも、私は、あの方の傍で罪を重ねることを選んできました。
どうか、テレーゼ様と一緒に、その罪について償わせて下さいっっ!」
と……。
自分が今まで犯してきた罪について、テレーゼ様に加担していたことを正直に告白しながら、訴えかけるように、切羽詰まるような声を出したのが聞こえてきて、私は、今、この場の状況に意識を戻したあと、侍女長の方をマジマジと見つめてしまった。
これまでの間……。
良くも悪くも、テレーゼ様の存在というのは、本当に周囲に多大な影響力を持っていたのだということが、侍女長の言葉からも、如実に伝わってくる。
だからこそ、普通の人では理解出来ないほどの心酔と……、テレーゼ様と離れてしまうことへの焦りのような何かが、今の侍女長を突き動かしていることに、この場の全員が驚いたのが、私の目にも入ってきた。
ここにきて、侍女長が、これまで自分が犯した罪について、一切、弁明をすることもなく、お父様に向かって『自分も捕まえてほしい』と、願うように声を上げてきたということ自体には、勿論、犯してしまった罪の重さの分だけ、反省の色も感じられるものの。
そうまでして、一緒に罪を償いたいと思わせるほどの何かが、テレーゼ様にはあるのかと、ビックリしてしまった。
それは、テレーゼ様が、本来持っているカリスマ性のようなものだろうか……?
――周りを惑わす、鮮烈なまでに、強い、毒花のような……っ。
テレーゼ様が、今までに、犯してきた罪に関しては、決して擁護出来るものではなく、『悪』そのものと言ってもいいはずなのに……。
テレーゼ様自身、もうどうしようもないと悟った時には、自分が犯した罪は自分の罪として、その全てを、あっさりと受け入れて認める潔さのようなものを、持ち合わせているからなのかもしれない。
それでも、ここまで、侍女長がテレーゼ様に固執し、心酔している理由については、私自身、理解が追いつかず……。
たとえ、テレーゼ様に恩義を感じていたとしても、お釣りがくるくらい、『この身は、生涯、テレーゼ様と共に……!』と言わんばかりに、切迫した雰囲気の侍女長が、あまりにも、テレーゼ様に傾倒しすぎていて、そこに、危うさのようなものも感じてしまう。
ただ……、侍女長の発言に思うところはあれど、直ぐに、その言葉に反応して、対処しようと動いてくれたのは、やっぱりお父様で……。
「やはり、アリスのことについても、お前も裏で、色々と動いていたのか……っ!
お前の罪も、これから全て、洗いざらい吐いてもらうことになるだろうからな……っ。
……自供をするにあたって、テレーゼの発言と相違がないかどうかも含めて、慎重に捜査を進め、その刑罰に関しても、追々、決まっていくことになる。
テレーゼに加担し、色々な方面で罪を犯していたのだとしたら、決して、生易しい罰にはならないだろうから覚悟しておけ……っ!」
と、冷たい声色で、ピシャリと厳しく、侍女長に向かって声をかけ、この場に残って待機していた副団長のレオンハルトさんに『侍女長も、テレーゼと一緒に収監所へと連れていくように』と、視線だけで指示を飛ばしたのが、目に入ってきた。
それを受けて、レオンハルトさんが、お父様の指示に即座に頷き返したあとで、侍女長の両腕をひねりあげるように拘束し、テレーゼ様を連れて行った騎士達を追う形で、その身を、収監所まで連れて行ってくれる。
といっても、侍女長自身、テレーゼ様と同じで、特に逃げたり暴れたりするようなこともなく、自分の足で歩きながら、どこまでも落ち着き払っていたけれど……。
そうして……。
レオンハルトさんや、騎士達がこの場からいなくなったのを見届けてから、直ぐに、この場にいる全員に釘を刺すように……。
「今日、この場で見聞きしたことは、テレーゼの罪以外、決して口外しないように」
という的確な指示が、お父様の口から飛んでくるのが聞こえてきた。
お父様の今の行動は、たとえ、レオンハルトさんが『騎士団の責任者』として、この場に来ていようとも、元々、この場にいなかった騎士達に、一連の流れとして詳しく事情を伝えるには、あまりにも色々なことが起きすぎてしまったことで、全てを伝える訳にはいかないと、人払いをする意味も含まれていたのだと思う。
一つの能力に特化した魔女達とは違い、アルや、アルヴィンさんみたいに、複数の魔法を操ることの出来る精霊が、この世に存在すること自体、極秘として扱わなければいけない情報でもあるし。
私達に寄り添ってくれて、人間に好意的なアルはまだしも、アルヴィンさんの存在というのは、今後、人間にとって敵となってしまいかねないほどの驚異であり……。
直ぐに、この場で『どうするのか』と、判断を下すには、あまりにも頭を悩ませてしまうであろう問題で……。
私が魔女であることも含めて、とりあえずお父様も、今、この時点で、そういった一連の情報について、どう扱うべきなのか、今後の方針を決めきることが出来ず、ひとまずは持ち帰って、検討したいと思っているのだと思う。
――だからこそ、ここにいる全員に箝口令を敷いて、情報の規制をするというのは、何も間違った行動ではない。
幸いにも、今、この場にいる使用人達は、テレーゼ様がお父様も来る食事会を計画していたこともあって、お父様の執事でもあるハーロックを始めとして、皇宮の中でも勤続年数が長く、仕事の出来る人達ばかりが集まっているというのは、私自身も理解していたし、そういった情報の規制に関しては、全く問題ないと思う。
もしも万が一、自分達の口から、そういった情報が漏れてしまったと、お父様の耳に入るようなことがあれば、それだけで、機密情報を故意に漏らした人間として、処罰の対象になってしまうのだから、彼等も、これから先、口を閉ざすしかないだろう。
だからこそ、多少の懸念はあるといえども、皇宮で働いている人達に関しては、大丈夫だと言ってもいい。
あとは、ルーカスさんの手引きで、部外者として、この場にやってきた『新聞記者のトーマスさん』が、外部に情報を漏らすことはあるのかどうかに、かかってくるけれど。
職業柄、機密情報を取り扱うことが多い記者という立場で……、トーマスさん自身は、元々、ハーロックが信用を置いていた人だということもあるし、私も、エヴァンズ家での夜会で、会話をさせてもらった限り、信頼が出来る人だと感じていて……。
恐らく、今回の事件について、テレーゼ様の件については記事にしても……。
それ以外の……、一歩間違えれば、世界さえも揺るがしかねないような、アルヴィンさんのことも含んだ精霊の存在などに言及したり、私が魔女であるということについても、その詳細に関しては、気になっているだろうけど、その辺りのことを、記事にはしないでくれるんじゃないかな……?
この場にいる使用人達だけでなく、トーマスさんも、私達の会話の遣り取りを聞いただけで、今の段階では、その『大部分』で、理解出来ない箇所も沢山あるだろうし。
……実際に、私が知り得ているほどの詳しい事情まで、きちんと把握出来ているかと言われれば、そうではないと思う。
それに、エヴァンズ家の夜会で『何か困ったことがあったら、いつでも言ってほしい』と、本心からそう思っているかのように、気さくな雰囲気で声をかけてくれたことを思えば、トーマスさんは、今日、ルーカスさんや、私、それからお父様の心強い味方として、ここに来てくれたんだと思うから……。
私自身、まだ知り合ったばかりで、トーマスさんとは、あまり深くは話したことがないものの。
自分が記者であることに誇りを持って、仕事をしている人なのだということは、これまでに、僅かばかり関わってきた短い時間の中でも、しっかりと伝わってくるものがある。
……だからこそ。
世間でも一大事件として扱われるようなことも含めて、この国が正しく機能するように、出さない方がいい情報に関しては、新聞社として、目先の派手な情報に飛びついて、利益を優先するのではなく。
今後の世情も含めて、お父様の意見も仰ぎつつ、記事にした方が良いものなのか、そうでないものなのかと振り分けながら、慎重に配慮してくれるはず。
そのことに、ホッと胸を撫で下ろしながらも……。
……私は、心中、複雑な気持ちを抱きつつ。
隣で、全てを受け入れるかの如く、穏やかな表情を浮かべながら、自分が断罪される時を、ただ凪いだ風のように待っているその人へと、ハラハラとした気持ちが抑えきれずに、心配するあまり、気遣うような表情を向けてしまった。
この場の状況において、あまりにも似つかわしくないほどに、自分の犯してしまった罪について、一切、取り繕うことも、隠すこともせずに、ただ、現状をありのまま受け入れるかのように……。
どこまでも、柔らかい表情を浮かべているからこそ、私自身が、心の底から、強く拒絶するように、これから、お父様が下すであろう決断に『嫌だな……』と感じてしまう。
――だって、どう足掻いても、今まで、テレーゼ様の下で動いてきた以上、ルーカスさんも、何かしらの罰は、受けなければいけないだろうから……。
それでも……。
テレーゼ様の下で、今まで、犯してきてしまったことに関しては、勿論、罪であることに間違いないとは思うものの。
一口に、罪だと言ったとしても、今も、自分の能力を制御出来ずに寿命が削られていってしまっている妹さんのことを思えば、ルーカスさんが今まで置かれていた状況が状況だっただけに、テレーゼ様に脅迫されていたと、『情状酌量の余地』はあると思うし……。
ウィリアムお兄様が将来、君主の座につくようにと、テレーゼ様に命じられて、私に対して、ルーカスさんがしてきたことに関しては、甘いのかもしれないけど、心情的には、全て許したいと感じてしまう。
というか、ルーカスさんが、私に対してやってきたことだけを考えれば、きっと、あまり罪には問われないんだよね……?
クッキーに関する毒の件も、結局は、ミュラトール伯爵が私に贈ってきたものだし、今回の事件でも、ルーカスさん自身が、自分で毒を飲んでいるし……。
最初は、そこまで、私とも親しくはなかったとはいえ、ルーカスさんの一連の行動を見れば、テレーゼ様の駒として、長年、使われて動いてきながらも、善悪の狭間で揺れつつ、ウィリアムお兄様のことも含めて、結果として、私達のことも、一切考えていなかったかと言われれば、そうじゃなく……。
ルーカスさんが、これまで歩んできた道のりを考えれば……。
テレーゼ様の命令を叶えるために、ウィリアムお兄様が、将来、皇位に就く道を選び進みながらも、私と、ウィリアムお兄様の立場やバランスが崩れないようにと、私に婚約を申し込んできた上で、最終的に、その婚約を解消出来る方向で、エヴァンズ家にかかる被害さえも最小にしながら、その代償が、ルーカスさんだけに向くような手段を取っているというのは、誰の目にも明らかで……。
――やっぱり、テレーゼ様の罪と、同等に語ることは出来ないと思ってしまう。
その上で……。
「ルーカス。
……お前が、どれほどの期間、テレーゼの下で、罪を犯してきたのかということは、これから先、しっかりと確認していかねばならぬことだと思うし……。
お前が今までやってきたことについては、たとえ、誰かに脅されていたことであろうとも、決して看過することは出来ないだろう。
だからこそ、その罪に関しては、しっかりと償わなければいけない」
と……。
はっきりと、ルーカスさんの目を見てそう告げる、お父様の言葉を聞きながら、私は、不安な気持ちで、二人のことを見つめてしまった。
ルーカスさんが、深く謝罪をするように頭を下げたあとで『……勿論です、陛下』と、何の反論もせずに、お父様の言葉を受け入れてしまっているからこそ、余計……。
そうして、ヤキモキとした気持ちが抑えられなくなって……。
「……あのっ、お父様、今ここで、口を挟む無礼をお許しください。
今まで、テレーゼ様の命令で、ルーカスさんが犯してしまった罪に関して、その全てを今の段階で把握することなどは、私にも出来ませんが……。
それでも、ルーカスさんが、その過程で犯してしまった、私に対する罪は、それほど大きくないものだったとしても……。
テレーゼ様の命令があって、その指示に従いつつ、動いていた中に、私のことも含められているのだとしたら、私自身も被害者であることには間違いないはずですよね?
それなら、被害者である私の方から、ルーカスさんの罪を許し、減刑の声をあげることも出来るのではないでしょうかっ?」
と頭の中をフル回転して、少しでも、ルーカスさんにとって良い状態になるようにと、一生懸命、知恵を働かせながら、お父様に向かって声をかける。
先ほど……。
テレーゼ様に関しては、皇族の一員として、その身分を考慮した時に『身内に甘い判決を下すことになってしまう』と、皇室の威信が揺らぎかねないという理由もあって、声をあげることは出来なかったけど……。
ルーカスさんに関しては、その限りではないと思うし……。
お父様に、今、声をかけたように、私自身が被害者に含まれるのだとしたら……。
――私から、減刑を求める声があがるだけでも、ルーカスさんにとっては、優位に働くはず。
さっきのテレーゼ様に対するお兄様達と一緒で、このまま、ルーカスさんに何もせず、後悔ばかりを抱えて、モヤモヤしてしまうことになる前に、何とかしなければいけないと、気持ちばかりが先走る……っ。
ミュラトール伯爵からの毒の件があったとしても、私自身が、ルーカスさんに出会って、助けられたこともあると感じてしまうから、全ての罪に対して、無罪になって、一切、何の償いもせずにいるということは無理でも、僅かな望みをかけて声を出せば……。
私の発言に、みんなが驚いたような表情を浮かべたのが見えた。
その上で、私を見つめてくる、ルーカスさんの表情は、後悔と共に、悲哀に満ちていて……。
『君は、本当に優しすぎる……っ』と、小さく、ぽつりと、声を溢したかと思ったら……。
「お姫様、ありがとう……っ。
でも……、テレーゼ様の下で、今まで色々なことをやってきた俺の犯した罪が消える訳じゃないから、俺は、きちんと、一つ一つ、その罪について、償っていかなければいけないと思ってるよ。
それに、君に対しての罪もまた、たとえ、法では裁けなかったとしても、許してほしいだなんて言葉が、あまりにも烏滸がましすぎるほどのものであったことには、違いがないから……」
と……。
私に向かって、一切、自己弁護をすることもなく、誠心誠意、謝罪をするように、再び、頭を下げたのが目に入ってきた。
――その姿を見て、私自身、本当に胸が痛んでしまう。
そうして……。
私だけじゃなく、ウィリムお兄様も、ルーカスさんの方を心配するような表情で見つめているのが見えた途端、あまりにも、か細く、『ごめん……、自分が犯した罪のことを差し置いてまで、君に、こんなことをお願いするのは筋も通っていなくて、卑怯だと分かってるんだけど、妹のこと……』と、声にもならないような、声で。
その先も含めて、言ってもいいのかどうか躊躇ったように、助けを求めてくる言葉が聞こえてきて、私は、こくりと力強く頷きながら、ルーカスさんのその手を握って、真っ直ぐに、その目を見つめ……。
「勿論です……っ!
大切な人を助けたいと思う気持ちは、誰にでもあるものですし、自分のことを、卑怯だなんて、言わないでくださいっ。
ルーカスさんの妹さんのことも、私に、救える命なら……っ、必ず、助けたいと思ってます……っ!」
と、声をあげて、ともすれば、その今にも消えてしまいそうな言葉を、しっかりと拾いあげた上で、私自身が『ルーカスさんの妹さんのことを助けたい』と思っているのだと分かってもらえるように、はっきりと伝えていく。
……そこから先は、お互いに言葉にならなかった。
私の言葉を聞いて、今まで気丈な姿を保っていたルーカスさんが、『……っ、!』と、息を呑み、ここに来て初めて、ホッと安堵したように張り詰めていた緊張を緩めながらも。
『……ありが……っ、本当に、……っ、何て、お礼を……、言ったら……っ』と、大きく目を見開いて、何度も、私に頭を下げるように、その瞳から、決して、透明な液体が溢れ落ちてしまわぬようにと、精一杯、涙を堪えているのが見えて……。
その姿に感化され、私も、ルーカスさんと同じように、『それくらい、全然、大丈夫です……っ!』と、声をかけたかったのに、それすらも出来ずに、今ここで、感極まって泣き出してしまいそうになってしまった。
ベラさんのこともそうだけど、アルヴィンさんに言われたように、私が能力を使うことで、寿命が削られている魔女を救い出すことが出来るのだとしたら、ルーカスさんの妹さんのことも、同様に、助けたいと強く思う。
――たとえ、それで、僅かばかり、自分の寿命を削ることになってしまおうとも……。
それと同時に、私の寿命のことも考えた上で、先ほどの台詞において『妹のこと……』と言いかけたあとで、その先を言わないようにと押し黙ってしまったルーカスさんのことを思えば、やっぱり、ルーカスさんは、人のことを思いやることが出来る、優しい性格の持ち主だと、私は思う。
だって……、今、自分が犯してしまった罪に関して、お父様からの判断を待つといった、今後の自分の人生を左右する大事な状況に置かれていてもなお、自分のことなんて二の次で、妹さんのことを一番に心配するくらいだから……。
そうして、私に対して『卑怯』だと、自分で言っておきながらも、妹を助けてほしいと、最後の言葉を出すことすらも思いとどまって、躊躇ったあとに、結局、声を出すことを止めた、ルーカスさんの葛藤や思いが、それだけで、痛いほどに伝わってきて……。
――私自身、そこから先、何て言葉をかければいいのかも、分からなかった。
それでも、妹さんのことは、妹さんのこととして……。
ルーカスさんの罪に対する罰に関しては、別物として考えて、そこを一緒くたにしてはいけないなと私は思う。
だって、私は、どんなことがあっても、ルーカスさんのことも、妹さんのことも、どちらも助けたいと思ってるから……。
だからこそ、ルーカスさんには『減刑されるだけの背景がある』と、強く訴えるような形で、ウルウルと潤んでしまって、真っ赤になってしまいそうな瞳で、お父様の方を、真っ直ぐに見つめていく。
今ここで、お父様から言質を取っておかなければ、他の貴族達や、宮廷伯の面々から非難を浴びて、ルーカスさんの刑罰が軽くなることはないかもしれない。
特に、この場で、実際に起きたことを見ていない貴族達などは、これ幸いとばかりに、ルーカスさんに対しても、追及の手を緩めることはしないだろう。
それが分かっているからこそ、出来ることなら、新聞記者のトーマスさんには、テレーゼ様が犯してしまった一連の事件を報道するに当たって、ルーカスさんに対しては、その境遇も含めて、世間からも『そうするのに仕方が無い背景があった』と、理解してもらえるような記事を書いてほしいと思っているし。
私だけじゃなく、ここにいる誰しもが、ルーカスさんに対して同情出来るという思いを、強く持っているうちに、みんなを巻き込んだ上で、みんなと一緒に、お父様に嘆願するように視線を向ければ……。
私達の姿を見て、お父様が息を呑み……。
「……勿論、全ての罪に対して、そうだとは言えないが、被害者でもあるアリスからの嘆願があれば、元々、適用されるはずだった刑罰から、幾分も、減刑することが出来るだろう。
ルーカスが、テレーゼに脅されていた背景などを、全て無視して、罰を下すことはしないから、安心すると良い」
と、私や、みんなからの視線に根負けしたように、お父様が、これから決まるであろう、ルーカスさんの刑罰に関しても、最大限の配慮はしてくれると、約束してくれた。